2024/03/28 - 2024/03/30
438位(同エリア446件中)
ちゃおさん
以前来た時はこのような裏門は無かった。この30年の間、野球グラウンドを公園に模様替えすると同時に、お城の周辺飾りも整備したのだろう。城の漆喰壁などはどう見ても時代物ではなく、ここ10数年の間に綺麗に造られた。しかし天守閣に通じる石段は江戸時代のもののようだ。段差はそれ程大きくないが、石段の平面は幅広く取ってある。50-60cmから1m近くの幅広の天板だ。足の短い自分は幅広の天板の上を2-3歩歩かないと次の石段を上れない。昔の侍は大股に一気に登ったのだろうか。
裏門からほんの10数mも歩かない内に天守閣の入り口に着いた。裏門からの高度差は5-6mと言った処か。平城の典型で、平地の中に中央の天守閣の部分だけ一段高くして、見栄えを良くしている。この城が関ヶ原合戦の頃の石田三成が居城として使っていた時と同じものか、その後、江戸時代になってから、ここへは戸田氏が入城し、明治まで一国一城の主で収まっていたが、その頃再建されたものかどうかは分からないが、お城の見栄えからすると戦後になって再築されたものだろう。戦後の再築では小田原城が最初の頃の築城で、それが口火を切ったように、各地で再建が始まったが、そんな中の一つに大阪城や名古屋城などもある。
今日は芭蕉会館からここまでの道のり、かなり歩いた。元気な頃なら駆け足程度で来れる距離だが、今はもうかなりアップアップだ。更に又天守閣に登る元気はない。エレベーターが付いているかどうか分からないが、いずれにしても3階分の階段を上る気力もない。それに、余り記憶はないが以前一度登っている。間近に川が流れていたが、揖斐川だろう。天守閣に登れば確かに見晴らしはよいだろうが、それよりも足を労わろう。これから又駅まで歩かなければならない。天守閣はその入り口部分の前を素通りし、お城を横断する形で、出口、そこは本来の入り口にあたるのだが、下城した。
- 旅行の満足度
- 5.0
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