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今回は道の駅甲斐大和<br />最寄駅甲斐大和駅は以前は開業当初初鹿野村であったことから初鹿野駅でしたが、合併により大和町となり駅名も甲斐大和に改称、現在は大和町も合併により甲斐市となっています<br />付近にある田野地区は武田勝頼が織田軍に攻められ最期を迎えた場所で、この日川上流には武田氏終焉の地に因む史跡が点在しています<br />日川上流の竜門峡(日川渓谷)のハイキングコースを歩きながら、武田氏終焉の地を巡ってみました<br /><br />【表紙の写真】景徳院の武田勝頼墓

武田氏終焉の地を訪ねて竜門峡を歩く👟

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2026/03/01 - 2026/03/01

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かつのすけさん

この旅行記スケジュールを元に

今回は道の駅甲斐大和
最寄駅甲斐大和駅は以前は開業当初初鹿野村であったことから初鹿野駅でしたが、合併により大和町となり駅名も甲斐大和に改称、現在は大和町も合併により甲斐市となっています
付近にある田野地区は武田勝頼が織田軍に攻められ最期を迎えた場所で、この日川上流には武田氏終焉の地に因む史跡が点在しています
日川上流の竜門峡(日川渓谷)のハイキングコースを歩きながら、武田氏終焉の地を巡ってみました

【表紙の写真】景徳院の武田勝頼墓

一人あたり費用
1万円未満
交通手段
JRローカル
  • 本日は京王線新宿駅から出発します

    本日は京王線新宿駅から出発します

    新宿駅

  • 特急高尾山口行<br /><br />先日1月31日に営業運転を開始したばかりの2000系車両 初乗車です

    特急高尾山口行

    先日1月31日に営業運転を開始したばかりの2000系車両 初乗車です

    京王線 乗り物

  • まだ営業運転を開始してから1か月ほどしかたっていないため、車内もきれいです

    まだ営業運転を開始してから1か月ほどしかたっていないため、車内もきれいです

  • 高尾駅に到着

    高尾駅に到着

    高尾駅 (東京都)

  • 新型車両は高尾山口へ向けて去って行きました

    新型車両は高尾山口へ向けて去って行きました

  • 続いて09時18分 JR中央線に乗換て

    続いて09時18分 JR中央線に乗換て

    JR中央本線 乗り物

  • 10時25分 高尾から1時間ちょっとで甲斐大和駅に到着しました<br />

    10時25分 高尾から1時間ちょっとで甲斐大和駅に到着しました

    甲斐大和駅

  • 駅のホームにも「武田家終えんの郷」と書かれています

    駅のホームにも「武田家終えんの郷」と書かれています

  • 甲斐大和駅は初鹿野駅から平成5年現駅名に改称された無人駅<br /><br />それでは出発します

    甲斐大和駅は初鹿野駅から平成5年現駅名に改称された無人駅

    それでは出発します

  • 駅前には武田勝頼像が建つ

    駅前には武田勝頼像が建つ

  • ホームの上を横切る甲州街道へ出て東京方面へと進む

    ホームの上を横切る甲州街道へ出て東京方面へと進む

  • 日川を渡り

    日川を渡り

    日川 自然・景勝地

  • 駅から歩くこと20分ほどで道の駅甲斐大和に到着<br />

    駅から歩くこと20分ほどで道の駅甲斐大和に到着

  • 売店の入口<br /><br />道の駅甲斐大和は売店、そば打ち処『そばの実』の他軽食コーナーなどの施設があります

    売店の入口

    道の駅甲斐大和は売店、そば打ち処『そばの実』の他軽食コーナーなどの施設があります

  • その売店外 入口脇に道の駅スタンプが設置されています

    その売店外 入口脇に道の駅スタンプが設置されています

  • この日も無事にスタンプゲット

    この日も無事にスタンプゲット

    道の駅 甲斐大和 道の駅

  • その前にある顔はめパネルはもちろん武田勝頼です

    その前にある顔はめパネルはもちろん武田勝頼です

  • 売店の規模はそれほど大きくない

    売店の規模はそれほど大きくない

  • スタンプブックの「当駅のオススメ」にもなっている「うらじろまんじゅう」<br />オヤマボクチを練り込んで作られています<br /><br />この地域ではかつて「オヤマボクチ」の葉から取り出した繊維を「ほうとう」の「つなぎ」として使っていたことがあり、それをまんじゅうとして加工したのが始まりとされています(農林水産省HP「うちの郷土料理」より)

    スタンプブックの「当駅のオススメ」にもなっている「うらじろまんじゅう」
    オヤマボクチを練り込んで作られています

    この地域ではかつて「オヤマボクチ」の葉から取り出した繊維を「ほうとう」の「つなぎ」として使っていたことがあり、それをまんじゅうとして加工したのが始まりとされています(農林水産省HP「うちの郷土料理」より)

  • 買ってみました

    買ってみました

  • 11時になり飲食コーナーが開店したので、ここで昼食<br /><br />「そばの実」さんと

    11時になり飲食コーナーが開店したので、ここで昼食

    「そばの実」さんと

    味処 そばの実 【旧店名】惣菜村2248 グルメ・レストラン

  • 軽食コーナーがありますが

    軽食コーナーがありますが

  • 今回は軽食コーナーでいただきます

    今回は軽食コーナーでいただきます

  • チャーシュー丼<br />

    チャーシュー丼

  • リーズナブルに550円で済ませました

    リーズナブルに550円で済ませました

  • さて、来た道をここまで戻り、山を登って行きます

    さて、来た道をここまで戻り、山を登って行きます

  • 眼下にさきほど歩いてきた道が見える

    眼下にさきほど歩いてきた道が見える

  • 歩いて行くと道路脇に「四郎作古戦場跡」の石碑<br /><br />一旦は蟄居を命ぜられたにもかかわらず勝頼の危機に駆け付けた忠臣小宮山内膳友晴が戦いの最前線であるこの地に陣を敷き、寄せ来る敵と奮戦数刻の末、従容として主君に殉じた

    歩いて行くと道路脇に「四郎作古戦場跡」の石碑

    一旦は蟄居を命ぜられたにもかかわらず勝頼の危機に駆け付けた忠臣小宮山内膳友晴が戦いの最前線であるこの地に陣を敷き、寄せ来る敵と奮戦数刻の末、従容として主君に殉じた

  • 道路には旧大和町時代のマンホールに武田菱が描かれています

    道路には旧大和町時代のマンホールに武田菱が描かれています

  • 更に進むと鳥居畑古戦場<br />四郎作古戦場から100mほど先にある<br />勝頼らはここに陣を張る

    更に進むと鳥居畑古戦場
    四郎作古戦場から100mほど先にある
    勝頼らはここに陣を張る

    鳥居畑古戦場 名所・史跡

  • 更に100mほど歩いたところに景徳院がある<br /><br />武田勝頼父子および家臣の慰霊のため徳川家康の命により創建された

    更に100mほど歩いたところに景徳院がある

    武田勝頼父子および家臣の慰霊のため徳川家康の命により創建された

    景徳院 名所・史跡

  • 参道を進まず、山門からすぐ入ったところから近道を抜ける途中にある没頭地蔵尊<br /><br />武田勝頼公 37歳 同夫人 19歳 武田信勝公 16歳

    参道を進まず、山門からすぐ入ったところから近道を抜ける途中にある没頭地蔵尊

    武田勝頼公 37歳 同夫人 19歳 武田信勝公 16歳

  • 更に上ると「甲将殿」

    更に上ると「甲将殿」

  • 天正10年3月 武田勝頼公生害石<br /><br />上手・下手から迫る織田軍にもはやこれまでと、この石の上で武田勝頼公が自害したと言われている

    天正10年3月 武田勝頼公生害石

    上手・下手から迫る織田軍にもはやこれまでと、この石の上で武田勝頼公が自害したと言われている

  • 天正10年3月 北条夫人生害石<br /><br />少し離れたところにある

    天正10年3月 北条夫人生害石

    少し離れたところにある

  • 甲将殿の裏手には勝頼公主従の墓が並んでいる

    甲将殿の裏手には勝頼公主従の墓が並んでいる

  • 中央に勝頼公、両脇に嫡男信勝と北条夫人のお墓が並んでいます<br /><br />二百周忌にあたる江戸時代の安永4年に11世住職により造立された供養塔とされています

    中央に勝頼公、両脇に嫡男信勝と北条夫人のお墓が並んでいます

    二百周忌にあたる江戸時代の安永4年に11世住職により造立された供養塔とされています

    武田勝頼の墓 名所・史跡

  • 境内には辞世の句碑<br /><br />「おぼろなる月もほのかに雲霞晴れて行くへの西の山の端」

    境内には辞世の句碑

    「おぼろなる月もほのかに雲霞晴れて行くへの西の山の端」

  • 山門は唯一火災を免れ当時の姿を残している県指定の重要文化財だそうです

    山門は唯一火災を免れ当時の姿を残している県指定の重要文化財だそうです

  • 山門では来る者に睨みを利かす

    山門では来る者に睨みを利かす

  • 御本堂

    御本堂

  • こちらの旗竪松は織田軍に追われていた勝頼公が世子の信勝公が元服を済ませていなかったことから急いで陣中にあった楯無の鎧を着せ、擐甲の礼を行った際に重宝旗を大松の根元に立てたと言われる

    こちらの旗竪松は織田軍に追われていた勝頼公が世子の信勝公が元服を済ませていなかったことから急いで陣中にあった楯無の鎧を着せ、擐甲の礼を行った際に重宝旗を大松の根元に立てたと言われる

  • 本堂の裏にある岩舟地蔵

    本堂の裏にある岩舟地蔵

  • 庭園もある

    庭園もある

  • 案内図によればこの辺りが「首洗いの池」の筈なんですが・・・

    案内図によればこの辺りが「首洗いの池」の筈なんですが・・・

  • お寺の前の駐車場の奥には姫ヶ淵のレリーフ<br />勝頼と共に自害した北条夫人の侍女16人はここで命を絶った<br />描かれているのは北条夫人と侍女たち<br />

    お寺の前の駐車場の奥には姫ヶ淵のレリーフ
    勝頼と共に自害した北条夫人の侍女16人はここで命を絶った
    描かれているのは北条夫人と侍女たち

    姫ケ淵 名所・史跡

  • 景徳院を後にして更に山を登って行きます

    景徳院を後にして更に山を登って行きます

  • 竜門峡入口まで歩いてきました

    竜門峡入口まで歩いてきました

  • 竜門橋を渡り、

    竜門橋を渡り、

  • ここから竜門峡

    ここから竜門峡

  • 暫くは上り坂が続きますが

    暫くは上り坂が続きますが

  • こちらが竜門の滝でしょうか・・・?<br /><br />遊歩道からはかなり離れていて渓谷との間に木々が多い茂っていて、特に説明もないのでよくわからなかった

    こちらが竜門の滝でしょうか・・・?

    遊歩道からはかなり離れていて渓谷との間に木々が多い茂っていて、特に説明もないのでよくわからなかった

  • 東電取水口

    東電取水口

  • こちらにも滝がある

    こちらにも滝がある

  • 竜門峡遊歩道はHPでは「遊歩道として整備されている」と書かれていましたが、柵が壊れていたり、絶壁の上を幅が50cmもないところがあったり、道標が見当たらずどちらに進んで良いのかわからないところがあったりと歩いていて不安な場所もいくつかありましたが

    竜門峡遊歩道はHPでは「遊歩道として整備されている」と書かれていましたが、柵が壊れていたり、絶壁の上を幅が50cmもないところがあったり、道標が見当たらずどちらに進んで良いのかわからないところがあったりと歩いていて不安な場所もいくつかありましたが

  • 水辺に出る

    水辺に出る

  • 枯葉が覆い積もっていますが、枯葉の深さはまさかの50cm以上!<br /><br />知らずに足を踏み入れたら底なし沼のように太もも辺りまで足がすっぽりとはまってしまいました

    枯葉が覆い積もっていますが、枯葉の深さはまさかの50cm以上!

    知らずに足を踏み入れたら底なし沼のように太もも辺りまで足がすっぽりとはまってしまいました

  • 炭焼窯跡

    炭焼窯跡

  • この場所を強く踏むと太鼓のような音が響いたと伝わる天狗林

    この場所を強く踏むと太鼓のような音が響いたと伝わる天狗林

  • 渓谷感が増していきます

    渓谷感が増していきます

  • ここにも炭焼窯跡がありました

    ここにも炭焼窯跡がありました

  • 橋を渡る

    橋を渡る

  • 休憩舎

    休憩舎

  • 休戸橋を渡り

    休戸橋を渡り

    竜門峡 自然・景勝地

  • その橋の上から見た日川

    その橋の上から見た日川

  • 今度の橋はただ板が置いてあるだけ<br /><br />しかも何故か微妙に斜め

    今度の橋はただ板が置いてあるだけ

    しかも何故か微妙に斜め

  • 平戸の石門

    平戸の石門

  • この穴の中を潜り

    この穴の中を潜り

  • 木賊(とくさ)の石割けやきは石の割れ目から生えています

    木賊(とくさ)の石割けやきは石の割れ目から生えています

  • 更に渓谷感が増していく

    更に渓谷感が増していく

  • 蜘蛛渕(くもんぶち)

    蜘蛛渕(くもんぶち)

  • 深い淵に小滝が流れ落ちる

    深い淵に小滝が流れ落ちる

  • この辺り、ほぼ道がないのでどちらに行ったらよいのか迷ってしまいましたが、何とか<br />「栂見の洞穴」と書かれているこちらを見つけ、おそらく道はあっていたとほっとしながら進み

    この辺り、ほぼ道がないのでどちらに行ったらよいのか迷ってしまいましたが、何とか
    「栂見の洞穴」と書かれているこちらを見つけ、おそらく道はあっていたとほっとしながら進み

  • この階段を登ったら遊歩道終了

    この階段を登ったら遊歩道終了

  • 道路に出たところから見た風景

    道路に出たところから見た風景

  • すぐ目の前に栖雲寺があります

    すぐ目の前に栖雲寺があります

  • 標高は意外と高く1,050m<br />貞和4年業海本浄が開山した禅寺<br />業海示寂65年後、武田信満が自害して菩提寺となって以降は武田家の外護を得て栄えたが、信玄没後は勝頼が天目山の戦いで織田信長に敗れ、この寺も全焼、後に徳川家康の寺領寄進を受けて伽藍を再建した<br /><br />また、栖雲寺は蕎麦切発祥の地とも言われています

    標高は意外と高く1,050m
    貞和4年業海本浄が開山した禅寺
    業海示寂65年後、武田信満が自害して菩提寺となって以降は武田家の外護を得て栄えたが、信玄没後は勝頼が天目山の戦いで織田信長に敗れ、この寺も全焼、後に徳川家康の寺領寄進を受けて伽藍を再建した

    また、栖雲寺は蕎麦切発祥の地とも言われています

  • 境内には武田信満の墓があります<br /><br />武田信満は応永24年2月6日上杉憲宗の討伐軍の攻勢を受けここで自害した<br /><br />信満の後は信重(信満長男)、信守、信昌、信縄、信虎、信玄、勝頼と続く<br /><br />

    境内には武田信満の墓があります

    武田信満は応永24年2月6日上杉憲宗の討伐軍の攻勢を受けここで自害した

    信満の後は信重(信満長男)、信守、信昌、信縄、信虎、信玄、勝頼と続く

  • 応永23年10月上杉氏憲の乱があり、舅であった信満は氏憲に加担し、都留郷で戦うが敗戦し、応永24年2月6日天目山にて自害

    応永23年10月上杉氏憲の乱があり、舅であった信満は氏憲に加担し、都留郷で戦うが敗戦し、応永24年2月6日天目山にて自害

    武田信満の墓 名所・史跡

  • 蕎麦祷観音

    蕎麦祷観音

  • 庭園は寄付金300円とのことでしたが、100円玉の持ち合わせがないため

    庭園は寄付金300円とのことでしたが、100円玉の持ち合わせがないため

  • 外から拝見

    外から拝見

    栖雲寺庭園 寺・神社・教会

  • ちょうど市営バスが上ってきました

    ちょうど市営バスが上ってきました

  • 帰りはひたすら下り坂

    帰りはひたすら下り坂

  • ここを右に入って行くと天目山温泉<br />この日は暖かく、汗もかいたため、寄り道して温泉に入って行きます

    ここを右に入って行くと天目山温泉
    この日は暖かく、汗もかいたため、寄り道して温泉に入って行きます

  • 入場料は520円でしたが、4月1日からは600円に値上げされるそうです

    入場料は520円でしたが、4月1日からは600円に値上げされるそうです

    やまと天目山温泉 温泉

  • サウナなどはありませんでしたが、露天風呂もあり、さっぱりしました

    サウナなどはありませんでしたが、露天風呂もあり、さっぱりしました

  • 再び駅へ向かって歩きはじめます

    再び駅へ向かって歩きはじめます

  • ずっと続く坂は結構急坂

    ずっと続く坂は結構急坂

  • 日川渓谷レジャーセンター

    日川渓谷レジャーセンター

    日川渓谷レジャーセンター 宿・ホテル

  • CLOSEDです

    CLOSEDです

    日川渓谷レジャーセンター 名所・史跡

  • 土屋惣蔵片手切<br /><br />天目山を目指す勝頼らを攻めるため深沢口から先回りしていた織田軍をここで土屋惣蔵が待ち受け、岩角の藤蔓を片手で掴んで太刀を片手で振るって寄せ来る敵を片っ端から斬り伏せ、崖底の日川に蹴落としたとされる

    土屋惣蔵片手切

    天目山を目指す勝頼らを攻めるため深沢口から先回りしていた織田軍をここで土屋惣蔵が待ち受け、岩角の藤蔓を片手で掴んで太刀を片手で振るって寄せ来る敵を片っ端から斬り伏せ、崖底の日川に蹴落としたとされる

  • 遊歩道の入口の竜門橋まで戻ってきました

    遊歩道の入口の竜門橋まで戻ってきました

  • 景徳院の前を通り

    景徳院の前を通り

  • 駅前に来ました<br />駅は切り通しの底に設置されているため、眼下に見える

    駅前に来ました
    駅は切り通しの底に設置されているため、眼下に見える

  • 勝頼さんがお出迎え

    勝頼さんがお出迎え

  • 甲斐大和駅到着<br /><br />甲州市観光協会のHPによれば<br />甲斐大和駅→景徳院→竜門峡入口→天鼓林→休憩舎→栖雲院→やまと天目山温泉→日川渓谷レジャーセンター→甲斐大和駅 のハイキングコースの所要時間は約4時間10分となっています

    甲斐大和駅到着

    甲州市観光協会のHPによれば
    甲斐大和駅→景徳院→竜門峡入口→天鼓林→休憩舎→栖雲院→やまと天目山温泉→日川渓谷レジャーセンター→甲斐大和駅 のハイキングコースの所要時間は約4時間10分となっています

  • 上り線ホームには甲州鞍馬石を使用したモニュメント

    上り線ホームには甲州鞍馬石を使用したモニュメント

    甲斐大和駅

  • 特急の後にようやく来た高尾行の電車に乗って帰ります

    特急の後にようやく来た高尾行の電車に乗って帰ります

  • 終点の高尾駅に到着

    終点の高尾駅に到着

    高尾駅 (東京都)

  • 京王線に乗換<br />帰りも新型車両2000系でした<br /><br />

    京王線に乗換
    帰りも新型車両2000系でした

    京王高尾線 乗り物

  • 新宿駅へ

    新宿駅へ

    新宿駅

  • 高尾駅では既に薄暗くてはっきり見えなかったので、新宿駅でもう一枚

    高尾駅では既に薄暗くてはっきり見えなかったので、新宿駅でもう一枚

  • C&amp;Cさんで早めの夕食

    C&Cさんで早めの夕食

    カレーショップ C&C 新宿本店 グルメ・レストラン

  • コロッケカレーをいただいて帰りました

    コロッケカレーをいただいて帰りました

  • おうちに帰って・・・<br /><br />道の駅で買ったうらじろまんじゅうを美味しくいただきました

    おうちに帰って・・・

    道の駅で買ったうらじろまんじゅうを美味しくいただきました

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