2025/01/29 - 2025/01/29
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Giorgio Bianchiさん
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この旅行記のスケジュール
2025/01/29
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2025年1月-2月に行った地中海周遊旅行の旅行記です。
2025年1月27日-2月13日の18日間で、地中海に面する北アフリカ諸国(エジプト、リビア、チュニジア)と、マルタ及びイタリア(ローマ)の5か国を巡りました。初の北アフリカ旅行でしたが、予想以上に良い国ですっかりハマったので、次は行ってない内陸部含め再訪したいと感じました。
旅程は以下の通りです。
1月27日(月) 往路(羽田発)
1月28日(火)-2月1日(土)
エジプト旅行(4泊5日)
訪問都市:
カイロ→アレクサンドリア(泊)
→エル・アラメイン→アレクサンドリア(泊)
→カイロ(泊)→ギザ→カイロ(泊)
2月1日(土)-2月5日(水)
リビア旅行(4泊5日)
訪問都市:
トリポリ(泊)→サブラータ→スルマン
→トリポリ(泊)→クサール・ハッジ
→ジャードゥ→タルメイサ→ガリヤン
→トリポリ(泊)→ホムス
→レプティス・マグナ→トリポリ(泊)
2月5日(水)-2月9日(日)
チュニジア旅行(4泊5日)
訪問都市:
チュニス→カルタゴ
→シディ・ブ・サイド→チュニス(泊)
→エル・ジェム→スース(泊)→チュニス(泊)
→ジャンドゥーバ→ブラ・レジア
→ドゥッガ→テブルスーク→チュニス(泊)
2月9日(日)-2月12日(水)
マルタ旅行(3泊4日)
訪問都市:
ルア→ヴァレッタ→スリーマ(泊)
→イムディーナ→ラバト
→ヴィットリオーザ→スリーマ(泊)→ルア(泊)
2月12日(木)-2月13日(金)
ローマ旅行(日帰り)・往路(羽田着)
今回は前回の旅行記で扱わなかったエル・アラメインの日帰り旅行分を扱います。
第二次世界大戦時、北アフリカ戦線の激戦地であるエル・アラメイン。東部戦線のスターリングラード、太平洋戦線のミッドウェー海戦等のように、言わずとも名が知れた第二次世界大戦時の激戦地です。エル・アラメインは現在では地中海沿岸の一大リゾート地として知られていますが、第二次世界大戦時のエル・アラメインの戦いを扱った軍事博物館やエル・アラメインの戦いで命を落とした各国の兵士たちの墓地が今でも残っています。イタリア軍事史を調べていた人間としても、この地を訪れることは憧れでして、寧ろこのエジプト旅行の最大の目的でした。
とはいえ、意外にもあまり情報が無い。地球の歩き方にも載っているんですが、初めてのエジプト旅行である自分からすれば、「セルビスって何?タクシーじゃ行けないの?鉄道とか通ってないの?」と不安の中本当に行けるんか~??って感じで行ったので本音言うとめちゃくちゃ不安でした。
結論から言うと、めちゃくちゃ簡単に行けました。おまけに、普通にアレクサンドリアから日帰りで行けます。今回は行きはUberでタクシー呼んで行き、帰りはUber対象外だったのでセルビスでアレクサンドリアに帰りました。セルビスはめっちゃ安かった上にタクシー並みに飛ばすからめっちゃ速かったので、正直タクシー使うよりセルビスの方がおススメです。とはいえ、タクシーも安いので行きはタクシーでも良いかも。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ショッピング
- 3.5
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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2025年1月29日(水)
アレクサンドリアのホテルを朝イチで出発してエル・アラメインに向かいます。ターミナルからセルビスで行けるらしいのですが、初エジプト旅行の自分はどうも乗合バスには抵抗感があり、Uberで行けるっぽいのでUberで行ってもらうことにしました。軍事博物館が9:00開館なため、それに合わせて7:45にアレクサンドリアのホテル出発です。
道中まさかの雨!傘ホテルに置いてきたよどーするよって思ってましたが、着くころには雨も止んで晴れてました。運が良かったのかな。アレクサンダー ザ グレート ホテル ホテル
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アレクサンドリアのホテルからエル・アラメインの軍事博物館までタクシーで移動し、570EGP(1,852円)でした。100kmくらい離れていたはずですが、こんなに安いんだ...エジプトのタクシー代はマジで安いです。
んでもって飛ばしてくれたおかげで9:00ピッタリに到着しました。
帰りもタクシーで、と思ってタクシーの運ちゃんに10時半でまた同じ場所で、と伝えたんですがこれは忘れられたみたいで来てくれませんでした。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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エル・アラメインの軍事博物館は9:00ちょい過ぎにオープンして入場。入場者は自分だけでした。入場料200EGPと写真撮影料75EGPを払って入場しました。クレジットカード払いが基本のエジプトでは珍しく現金です。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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博物館の外側には当時使われた各国の戦車や戦闘車両、航空機、火砲等が並べられています。これだけでも身に来たかいがあるってもんですね!以下、展示された兵器をある程度紹介しますが、興味ない人は飛ばしちゃってください。
こちらはイタリア軍のセモヴェンテ da 75/18突撃砲。
イタリア軍の中でも特に対戦車能力の高い戦闘車両でした。
エル・アラメインの戦いを描いた映画『砂漠の戦線エル・アラメン』でもこの車両の実車が登場します。展示された車両は戦闘で放棄されたものなのか、履帯や装甲が破損しているようです。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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イタリア軍の53口径90mm高射砲。
高射砲として造られましたが、対戦車砲として高い能力を発揮しました。
その高性能さから友軍であるドイツ軍でも運用されています。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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イタリア軍のM13/40中戦車。
第二次世界大戦時のイタリアの戦車で最も一般的なタイプ。
名実ともにイタリアの主力戦車として活躍しました。
生産量が多く、イタリア国内の戦車博物館でも見られます。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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イタリア軍の1911年式27口径75mm野戦砲。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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イタリア軍のFIAT・アンサルド装甲車。
主に偵察部隊で使われたイタリア軍の装甲車で、第二次世界大戦時にはシワ・オアシス侵攻時にも使われました。戦闘で破壊されたのか残骸です。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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英空軍のスピットファイア戦闘機。
第二次世界大戦時の英空軍の主力機として有名です。
戦闘で破壊された残骸なのか、残念な見た目。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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ドイツ軍の150mm重榴弾砲。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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ドイツ軍のSd.Kfz.8牽引車。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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ドイツ軍の105mm軽榴弾砲。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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ドイツ軍のSd.Kfz. 135/1自走砲。
調べたところ、ドイツ軍がフランス軍との戦いで鹵獲したフランス製ロレーヌ37L牽引車に榴弾砲を搭載した改造車輛で、何と世界にはこれを含め2輌しか残っていないという貴重なものらしいです。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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英軍のクルセイダー巡航戦車。
北アフリカ戦線で活躍した英軍の主力戦車です。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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連合軍のM3リー中戦車。
アメリカ製ですが、米軍以外の連合軍でも使われました。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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英軍のMk.VI軽戦車。
主に偵察戦車として使われていました。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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アメリカ製のM4シャーマン中戦車。
生産量の多さから戦車博物館行くと必ず見ますね。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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カナダ軍の軍用トラック。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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英軍のQF 17ポンド砲。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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アメリカ製のP-40戦闘機。
アメリカ製ですが、こちらは解説によると英空軍が運用した機体。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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他にもいろんな火砲や戦闘車両が展示されていますが、数が多いので残りは省略します。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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博物館の外壁にはカッコいいレリーフが。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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軍事博物館の入り口。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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外壁にはドイツ軍のロンメル将軍のレリーフ。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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博物館の中庭。
周囲にはエル・アラメインの戦いをテーマとしたレリーフが。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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こちらは英軍のモントゴメリー将軍。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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北アフリカ戦線の戦況図。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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イタリア軍の第7ベルサリエーリ連隊のレリーフ。
イタリア軍のレリーフはドイツ軍や英軍とは違い、将軍ではなく一兵士というのが興味深いところです。バスティコ将軍のレリーフも見たかった...第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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こっちはドイツ軍のロンメル将軍のレリーフ。
モントゴメリー将軍のレリーフと対になるようになってます。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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ドイツ空軍のエース、ハンス・ヨアヒム・マルセイユのレリーフ。
北アフリカ戦線では特に有名なパイロットかも。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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博物館内に入ると、早速イタリア軍の展示が。
最初の部屋はエル・アラメインの戦いに参加した国のざっくりした紹介があり、次の部屋からは主要国(イタリア、ドイツ、英国)と戦場となったエジプトについて詳しい解説となっています。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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イタリア軍の4人の元帥紹介。
左上はウーゴ・カヴァッレーロ陸軍元帥。
第二次世界大戦時の大部分においてイタリア軍の参謀総長でした。
右上はイタロ・バルボ空軍元帥。
イタリア史上唯一の空軍元帥にして、ファシスト党終身幹部。
戦時中はリビア総督でしたが、序盤に航空事故で戦死しました。
左下はロドルフォ・グラツィアーニ陸軍元帥。
ファシスト政権期で最も重要な将軍で、植民地戦争で活躍。
第二次世界大戦時は陸軍参謀長、そして後にエジプト侵攻を指揮。
1943年の休戦以降は北部のRSI政権で国防相を務めました。
右下はエットレ・バスティコ陸軍元帥。
北アフリカ戦線後半の指揮で知られる将軍。
ロンメル将軍と共にアフリカでの反撃作戦を指揮しました。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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イタリア軍将官のマネキン。
誰をイメージしたかわかりませんが、バスティコ将軍あたりでしょうか。
顔がそれっぽい気がする。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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全体を写すとこんな感じです。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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こちらはドイツ軍の展示。
博物館内部では客が自分しかおらず暇だからか、管理してるエジプト軍の人が展示を丁寧に解説してくれました。この博物館は軍の管理下になってます。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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続いて連合軍の主力だった英軍の展示。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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モンティだけじゃなくオーキンレック将軍もいます。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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実は参加していた自由ギリシャ軍の展示。
ギリシャはイタリア・ドイツの侵攻で陥落した後、亡命政権の下で自由ギリシャ軍として戦い続けた兵士たちがいました。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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自由フランス軍の展示。
北アフリカ戦線での自由フランス軍の活躍は有名で、ケーニグ将軍の指揮によるビル・アケムの戦いは有名です。エッフェル塔最寄りの地下鉄駅の名前にも使われていますね。
それと、実は南部リビアのフェザーンや南部キレナイカには自由フランス軍が主力となり、チャドから侵攻を仕掛けています。あまり知られていませんが、クフラ制圧時の「クフラの誓い」は自由フランス軍を語るうえで非常に重要なものです。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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左からカナダ、インド、南アフリカ。
英連邦軍の一翼として参加しました。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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同じく英連邦軍のニュージーランドと。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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こちらも英連邦軍のオーストラリア。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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そして唐突に出てくるエジプト軍の展示。
といっても、エジプト軍自体はエル・アラメインの戦いには参加していません。1940年のイタリア軍によるエジプト侵攻以降、エジプトは戦場にはなっていますが、主力として防衛戦力として戦ったのはエジプト軍ではなく英軍をはじめとする連合軍。イタリアはエジプトには宣戦布告しておらず、領土に侵攻しておきながら実は外交的には「戦争状態」にはなっていません。
とはいえ、当然ながら小規模な衝突はあったようで、後にあるエジプト軍ブースにてその知られざる戦いについても紹介がありました。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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各国の紹介を終えて次の部屋に向かうと、次の部屋はまずイタリア軍ルーム。エル・アラメインの戦いの前のイタリア軍の配備図と、指導者であるムッソリーニの写真。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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北アフリカ戦線のイタリア軍関係の写真が展示されています。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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イタリア軍の小銃とか。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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イタリア軍の階級の紹介。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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エル・アラメインの戦いで活躍した空挺師団「フォルゴレ」の師団長、エンリコ・フラッティーニ将軍。エル・アラメインの戦いを描いた映画『砂漠の戦線エル・アラメン』でも、主人公たちは「フォルゴレ」師団です。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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伊軍のバスティコ将軍と、独軍のロンメル将軍の写真。
ですが、キャプションではバスティコ将軍はItalian Officer。
名前も載ってないのか。悲しいかな。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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サルデーニャ擲弾兵の軍服。
イタリア軍のアフリカ装備はひとし君人形みたいなデザインで好きです。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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第二次世界大戦時参戦前のイタリアの勢力圏。
1940年6月の参戦以降、本土からは南仏やユーゴスラヴィア、アルバニアからはギリシャ、リビアからはエジプトやチュニジア、東アフリカからはソマリランドやジブチ、スーダンやケニアなど様々なエリアに侵攻しました。
もっとも、戦間期に既にリビア再征服、エチオピア侵攻、スペイン内戦介入、アルバニア侵攻と、自国のキャパシティを超えた軍事作戦を行っていたイタリアには大規模戦争に耐えうる力は無く...事の顛末は知っての通り。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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フォルゴレ空挺の軍服。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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左がカラビニエーリで、右は戦車兵。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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機関銃座の再現。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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ファシズムのシンボルであるファスケス(ファショ)を掴む鷲。
イタリア社会共和国軍の軍旗にも使われています。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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イタリア海軍のサン・マルコ海兵と海軍軍医。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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左はイタリア空軍のパイロット。
マーク的に第四戦闘航空団と思われます。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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左はイタロ・ガリボルディ将軍。
1941年3月-7月の間リビア総督を務めた将軍ですが、東部戦線でも有名。
右はイタリア海軍特殊部隊「デチマ・マス」の潜水工作員、ルイージ・ドゥランド・デ・ラ・ペンネ中尉。第二次世界大戦時にはアレクサンドリア軍港襲撃にて、英戦艦「ヴァリアント」を爆沈させた戦果で有名です。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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イタリア軍リビア人兵士。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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おお!これは北アフリカ戦線で有名なイタリア軍の戦闘糧食!
イタリア軍兵士からは「死んだアラブ人」、ドイツ軍兵士からは「ムッソリーニのケツ」と呼ばれた伝説的に不味いという牛肉の缶詰!第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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イタリア軍ルームの次はエジプト軍ルーム。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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第二次世界大戦時のエジプト軍の軍服。
どマイナー過ぎる...!ニッチ参戦国好きの血が騒ぐ。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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当時のエジプト王ファールークの像。
事実上エジプト最後の王となってしまった人物です。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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これまたどマイナー過ぎる!
第二次世界大戦時のエジプト国防相とエジプト軍参謀総長の絵画。
多分Wikipediaもアラビア語で調べなきゃ出てこなさそう。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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第二次世界大戦時のエジプト軍の装備なんかも。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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第二次世界大戦初期、イタリア軍のエジプト侵攻時にエジプト軍部隊が国境を突破したイタリア軍のトラックを拿捕したエピソードの絵画。こんなことがあったんですねぇ。全く知られてないエジプト軍エピソード。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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こちらも知られざるエジプト軍エピソード。
1941年11月、エジプト内の鉄道を破壊するために侵入したドイツ軍工作員らをエジプト軍が未然に防ぎ、捕虜としたというエピソード。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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陸軍だけじゃなくエジプト海軍のエピソードもあります。
1941年に紅海で爆撃を受けた米国船の船員をエジプト海軍の小型艇が救出したというエピソード。紅海で爆撃となると、イタリア空軍がやったんでしょうか?第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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知られざるエジプト軍エピソード。
1940年7月、つまり伊軍の参戦直後に国境を越えた伊空軍爆撃機をエジプト軍対空兵が撃墜し、パイロットを捕虜としたエピソードらしい。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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ドマイナーなエジプト軍エピソードも尽きたのか、近代以前のエジプト軍の紹介も出てました。何故に??
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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続いてドイツ軍ルーム。
すぐにロンメル将軍の像があります。マルサ・マトルーフにはロンメル博物館もあるらしいし、エジプト人はロンメルが好きなんでしょうか。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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ドイツ軍兵士とバイク。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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ドイツ軍兵士のマネキン。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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ドイツ軍の装備や空軍の紹介など。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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ドイツ軍ルームを終えると、最後は英軍ルーム。
モントゴメリー将軍像がお出迎え。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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北アフリカ戦線の著名な英軍の将軍紹介。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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エル・アラメインの戦いの各国軍の配備図。
手前に見える空挺師団「フォルゴレ」は映画『砂漠の戦線エル・アラメン』で、歩兵師団「パヴィア」は映画『炎の戦線エル・アラメイン』にて主人公の部隊として描かれています。いずれも砂漠の南部戦線。それを支援したのが後方に見える戦車師団「アリエテ」。これも映画に出てきますね。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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英軍兵士のマネキン。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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紅茶を飲む英空軍パイロット。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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大体ざっとこんな感じでした。
割と見ごたえあるので軍事史好きには是非お勧めです。
個人的には大戦時のドマイナー過ぎるエジプト軍エピソードが目から鱗でした。こんなの全然知らなかった...第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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軍事博物館ではちょっとしたお土産も売っていて、せっかくなので限定品のキーホルダー買いました。ちょっと高かったけどまぁいいや。
第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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自分以外に客がいなかった軍事博物館ですが、10時過ぎからヨーロッパ系の客が何人か来始めました。ぼちぼちタクシーの運ちゃんが迎えに来るのを待っていましたが、来ない。待っても来ないので町のバスターミナルからセルビスでアレクサンドリアに帰ることにしました。
本当は町はずれにあるイタリア軍戦没者墓地にも行きたかったんですが、エル・アラメインはリゾート地故に冬場はタクシーも稼働していないと言われて、歩いていくには遠過ぎるし、セルビスで途中下車したら帰ってくるの大変だし、と思って今回は断念しました。次来るなら行きたいなぁ。
バスターミナルまでの場所わからないので兵士に聞いたら、兵士の知り合いの親切な地元のおっちゃんがバスターミナルまで来るまで送ってくれました。シュクラン!送ってくれるだけじゃなくアレクサンドリア行きのセルビスを探してくれて、乗り方も教えてくれました。エジプト人マジで優しい。第二次世界大戦時の激戦地を今に伝える by Giorgio Bianchiさん軍事博物館 (エル・アラメイン) 博物館・美術館・ギャラリー
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というわけで帰りはセルビスでアレクサンドリアに帰ります!
セルビスで40EGP、つまり日本円で120円くらい。安い!
エル・アラメインは軍人さんが多く、セルビスの客も軍人が多かったです。乗客集まったら出発と言われましたが、案外すぐに集まって出発。セルビスの運ちゃんはアラビア語しか通じませんが、隣に座った軍人さんが通訳してくれました。めっちゃ助かる~。
エル・アラメインを10:50発、アレクサンドリアに12:10着だったので、タクシーと同じくらいの爆速でした。めっちゃ速いじゃん!
というわけで、エル・アラメイン編はここまで!英連邦郡戦没者墓地 文化・芸術・歴史
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旅行記グループ 2025年1月-2月:地中海周遊紀行(北アフリカ・マルタ)
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