2026/03/17 - 2026/03/17
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3月16-17日に淡路島(4回目)をレンタカーで、妻と観光をしました。
国生み神話ゆかりの地(伊弉諾神宮 おのころ島神社 沼島(オノコロ神社 上立神岩等) 淡路人形浄瑠璃(資料館 人形座観劇) 七福神巡り(護国寺 萬福寺 八浄寺) 若人の広場公園 賀集八幡神社 洲本城跡と洲本市内等を回りました。
(写真)沼島の上立神岩(高さ30mで天の御柱、竜宮の表門、天の沼矛に例えられます。沼矛を差し込んだところです。イザナギの命にも例えられる。岩の中央部にハートマークがへこんでいるのが分かります。)
(沼島)国生み神話の伝説の島です。神代の昔、天と地が分かれたばかりの頃、天上は高天原と呼ばれ、神々が国をつくることになった。イザナギとイザナミの命に託し、国生みの道具の「天の沼矛」を授けた。二神は「天の浮橋」に立ち、沼矛を下界にさし、かき混ぜ、矛からシオが滴り、島となった。神聖な島を「オノゴロ島(おのころ島)」という。二神は島に降り立ち、夫婦となって日本の国土を造ったという。島の候補地は日本各地に沢山ありますが、沼島がその最有力候補だとされる。
(洲本城跡)三熊山(高熊 乙熊 虎熊の3山の総称)山頂にあります。紀州を本拠地としていた水軍の安宅氏によって、室町後期に築かれ、脇坂氏が完成させた。石垣と本丸は当時のものですが、今の天守閣は昭和3年に展望台として建てられた。戦国時代の城郭様式が残ります。東西800m 南北600mの総石垣造りの曲輪が残ります)
②2026年3月17日(火)
露天風呂(6:15-6:35) 朝食(7:30-8:30ビュッフェ形式) H9:45発。
(車20分-25-76) 土生港10:05着きます。
土生港10:30-(船10分往復920円)10:40沼島港に着き、歩いて観光します。
(沼島観光)沼島漁港 小・中学校を通り、
1)裏海岸の奇岩(上立神岩 平バエ岩等)を見学し、
2)八角井戸 伊藤庭(沼島庭園) 梶原五輪塔を見て、
3)おのころ神社(自疑神社)二神像 を参拝します。
西光寺 神宮寺(本殿 枯山水庭園) 沼島八幡神社(本殿 逆羅針盤)を参拝し、
4)(昼食)「吉甚バッタリ・カフェ」(12:20-12:50ピザとナンドッグ)を戴きます。
連光寺(沼島城跡) 弁財天神社(厳島神社)(黒松の大木) 待合室の鞘状褶曲の岩を見ます。
沼島港13:20(船10分)土生港(車ー76(灘黒岩水仙郷 立川水仙郷 由良漁港 成ケ島を通り)
5)洲本城跡(14:23-14:56)三熊山山頂 室町後期の水軍安宅氏の築城 石垣 本丸跡 天守閣(昭和3年築) 柴右衛門狸の祠を見学します。
6)洲本市内(厳島神社 洲本八幡神社 堀端筋 レトロ小道 寺町筋(遍照院 千福寺 本妙寺 浄泉寺)を通り、 (車-洲本-28-東浦51分)
予定していた宝生寺 静の里公園 松帆神社は運転の疲れの為、パス。
7)八浄寺(15:40-15:55)七福神-大黒天 七福宝塔)を参拝します。
東浦BT16:15着き、車を返却。土産を買い夕食はパスします。
東浦BT16:35(高速バス大磯号67分)関西に戻ります。
{旅程}
①2026年3月16日(月)
関西(高速バス)9:27東浦BT(レンタカーで淡路島巡り)
★②3月17日(火)
(レンタカーで淡路島巡り)東浦BT16:35(高速バス)関西
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス 船 レンタカー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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Hより見た朝日
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早朝、露天風呂に入ります。
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露天風呂よりの大鳴門橋
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露天風呂よりの大鳴門橋
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朝食会場
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朝食(ビュッフェ形式)
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朝食(ビュッフェ形式)
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朝食(ビュッフェ形式)
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朝食(ビュッフェ形式)沢山戴きました。
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朝食(ビュッフェ形式)沢山戴きました。
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朝食(ビュッフェ形式)沢山戴きました。
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朝食(ビュッフェ形式)沢山戴きました。
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朝食(ビュッフェ形式)沢山戴きました。
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部屋よりの大鳴門橋
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部屋よりの大園島
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宿泊したHニュー淡路プラザ淡路島(正面)
南あわじ温泉郷 ホテルニューアワジ プラザ淡路島 宿・ホテル
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2日目もレンタカーで回ります。
まず、沼島に船で渡ります。 -
沼島汽船土生港ターミナル
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沼島汽船土生港ターミナル(内部)
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沼島に渡る船(しまちどり号)
沼島汽船 乗り物
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沼島に渡る船(しまちどり号)
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沼島
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沼島(地図)
国生み神話の伝説の島です。神代の昔、天と地が分かれたばかりの頃、天上は高天原と呼ばれ、神々が国をつくることになった。イザナギとイザナミの命に託し、国生みの道具の「天の沼矛」を授けた。二神は「天の浮橋」に立ち、沼矛を下界にさし、かき混ぜ、矛からシオが滴り、島となった。神聖な島を「オノゴロ島(おのころ島)」という。二神は島に降り立ち、夫婦となって日本の国土を造ったという。島の候補地は日本各地に沢山ありますが、沼島がその最有力候補だとされる。沼島 自然・景勝地
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沼島郵便局
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沼島港の漁船
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こうろく池
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沼島小・中学校
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地殻変動の歴史の岩
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地殻変動の歴史の岩
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花
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花
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沼島を一周する遊歩道
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上立神岩への道
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沼島の裏海岸は多くの奇岩が見られます。
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沼島の裏海岸は多くの奇岩が見られます。
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沼島の裏海岸は多くの奇岩が見られます。
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上立神岩(高さ30mで天の御柱に例えられます。沼矛を差し込んだところです。
別の所に下立神岩があり、この2つは男女を象徴する一対の立神岩です。下立神岩は昭和9年に崩壊するまで中程に穴が開いていた。(その為、女の象徴であった。) -
沼島の裏海岸は多くの奇岩が見られます。(奥が上立神岩)
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上立神岩(高さ30mで天の御柱に例えられます。沼矛を差し込んだところです。
別の所に下立神岩があり、この2つは男女を象徴する一対の立神岩です。下立神岩は昭和9年に崩壊するまで中程に穴が開いていた。(その為、女の象徴であった。) -
上立神岩(高さ30mで天の御柱、竜宮の表門、天の沼矛に例えられます。沼矛を差し込んだところです。イザナギのいのちにも例えられる。岩の中央部にハートマークがへこんでいるのが分かります。)
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上立神岩(高さ30mで天の御柱、竜宮の表門、天の沼矛に例えられます。沼矛を差し込んだところです。イザナギのいのちにも例えられる。岩の中央部にハートマークがへこんでいるのが分かります。)
別の所に下立神岩があり、この2つは男女を象徴する一対の立神岩です。下立神岩は元は上立神岩より高かったが、1854年の安政大地震で中程より折れ、昭和9年の室戸台風で崩壊するまで中程に穴が開いていた。(その為、女の象徴であった。)
この岩は蛇紋岩と泥質岩の混合です。 -
上立神岩と海
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ハエ・バエ(岩礁)平バエ(上・下立神岩の中間にあり、二神の契りの場と謂れ、八尋殿のモデルと言われる。泥質片岩で縞模様があり、平バエ祭りがあります。
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ハエ・バエ(岩礁)平バエ(上・下立神岩の中間にあり、二神の契りの場と謂れ、八尋殿のモデルと言われる。泥質片岩で縞模様があり、平バエ祭りがあります。
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ハエ・バエ(岩礁)平バエの傍をクルーズ船が通ります。
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島一周のクルーズ船
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沼島小・中学校
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八角井戸(八角形の井戸で中国の占いで「八角」は吉相、沼島は井戸の事を川という。後醍醐天皇の皇太子の妃が沼島に漂着した時に使ったという伝説があります。別名「玉川」と言います。
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八角井戸(八角形の井戸で中国の占いで「八角」は吉相、沼島は井戸の事を川という。後醍醐天皇の皇太子の妃が沼島に漂着した時に使ったという伝説があります。別名「玉川」と言います。
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沼島庭園(伊藤庭)10代将軍、足利義植が造らせたという伝説があります。(閉鎖中)
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町中の石仏
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梶原五輪塔(梶原景時が頼朝の死後、御家人に追われ、梶原一族は鎌倉を脱走し、静岡で討死した。生き延びた一族の手で景時の遺体は「沼島水軍」の本拠地のここに葬られたという伝説があります。五輪塔には地・水・風・空の文字が刻まれています。)
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梶原五輪塔(梶原景時が頼朝の死後、御家人に追われ、梶原一族は鎌倉を脱走し、静岡で討死した。生き延びた一族の手で景時の遺体は「沼島水軍」の本拠地のここに葬られたという伝説があります。五輪塔には地・水・風・空の文字が刻まれています。)
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梶原五輪塔(梶原景時が頼朝の死後、御家人に追われ、梶原一族は鎌倉を脱走し、静岡で討死した。生き延びた一族の手で景時の遺体は「沼島水軍」の本拠地のここに葬られたという伝説があります。五輪塔には地・水・風・空の文字が刻まれています。)
松香石という特殊な石で造られ、鎌倉初期の建立です。 -
木村屋旅館
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沼島の漁港
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おのころ神社に行く参道(竹林)
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おのころ神社(国生み神話のイザナギ・イザナミの二神を祀っており、元々山自体が御神体で地元では「おのころさん」と呼ばれています。
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おのころ神社(国生み神話のイザナギ・イザナミの二神を祀っており、元々山自体が御神体で地元では「おのころさん」と呼ばれています。)
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おのころ神社(急な階段の参道)
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おのころ神社(急な階段の参道)
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おのころ神社(急な階段の参道)途中で一休みします。
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おのころ神社(拝殿)
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おのころ神社(拝殿)イザナギとイザナミの二神
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おのころ神社(本社)国生み神話のイザナギ・イザナミの二神を祀っており、元々山自体が御神体で地元では「おのころさん」と呼ばれています。
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左はイザナギと右はイザナミの二神と天の沼矛の像
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左はイザナギと右はイザナミの二神と天の沼矛の像
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おのころ神社(戦争忠魂碑)
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おのころ神社より見る沼島の町
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沼島漁港
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西光寺(山門と鐘楼)
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西光寺(本殿)真言宗の寺院で880年開基。梶原氏の菩提寺です。数々の宝物が寄進されています。
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神宮寺(数々の宝物が寄進されています。その説明)
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神宮寺(山門)真言宗の寺院で880年開基。梶原氏の菩提寺です。数々の宝物が寄進されています。
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神宮寺(本殿)真言宗の寺院で880年開基。梶原氏の菩提寺です。数々の宝物が寄進されています。
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神宮寺(本殿)
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神宮寺(築山式枯山水庭園で沼島特有の結晶片岩を「人」字型に組み合わせています)
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神宮寺(築山式枯山水庭園で沼島特有の結晶片岩を「人」字型に組み合わせています)
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沼島の街並み
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沼島の街並み
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町役場
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町役場(内部)
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沼島八幡宮(御影石の石段で神門から下が男坂(42段) 上が女坂(33段)です。男坂
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沼島八幡宮(御影石の石段で神門から下が男坂(42段) 上が女坂(33段)です。女坂
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沼島八幡宮(1436年、梶原俊景により創建。神社の背後には原生林が残され、拝殿天井には逆羅針盤が奉納されています。)
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沼島八幡宮(1436年、梶原俊景により創建。神社の背後には原生林が残され、拝殿天井には逆羅針盤が奉納されています。)
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沼島八幡宮(1436年、梶原俊景により創建。神社の背後には原生林が残され、拝殿天井には逆羅針盤が奉納されています。)
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沼島八幡宮(本社)
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沼島八幡宮(絵馬)
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沼島八幡宮(1436年、梶原俊景により創建。神社の背後には原生林が残され、拝殿天井には逆羅針盤が奉納されています。)
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沼島八幡宮より女坂と神門を見ます。
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沼島八幡宮より沼島の町と手前は神宮寺
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昼食を予定していたR「水軍」は一杯でした。(13:20発の船に間に合いません。)
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近くの「吉甚バッタリ・カフェ」で昼食を戴きます。(予定していた「水軍」は一杯でした。)
吉甚 バッタリ・カフェ グルメ・レストラン
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「吉甚バッタリ・カフェ」メニュー
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「吉甚バッタリ・カフェ」(店内)お土産屋も兼ねています。」
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山椒ちりめんピザ(800円)
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舟形チーズナンドッグ(800円)
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連光寺(10Cには沼島城があった。)
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連光寺(10Cには沼島城があった。)本堂
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連光寺(10Cには沼島城があった。)鐘楼
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連光寺より「おのころ山」(山自体がおのころ神社の御神体)
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橋本商店(島で数少ないお店)
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弁財天神社(厳島神社)黒松の大木
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弁財天神社(厳島神社)(沼島特有の結晶片岩を組み合わせています。)
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弁財天神社(厳島神社)末社
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弁財天神社(厳島神社)本社
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弁財天神社(厳島神社)より見る沼島港
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沼島ターミナルセンター
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沼島ターミナルセンター(内部)
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沼島ターミナルセンター(鞘状褶曲ー地層の一部が鞘状に突出して出来た褶曲で1億年前の地球のしわと呼ばれ、世界的にも珍しい。ここ以外にフランスに一か所のみである。平成6年に発見され、島北部の島崎にあり、クルーズでしか見られない岩ですが、待合室にも本物が展示され、触る事も出来ます。)
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沼島ターミナルセンター(鞘状褶曲ー地層の一部が鞘状に突出して出来た褶曲で1億年前の地球のしわと呼ばれ、世界的にも珍しい。ここ以外にフランスに一か所のみである。平成6年に発見され、島北部の島崎にあり、クルーズでしか見られない岩ですが、待合室にも本物が展示され、触る事も出来ます。)
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「しまかぜ」で土生港に向かいます。
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「しまかぜ」で土生港に向かいます。
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土生港(右は乗ってきた「しまちどり」)
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淡路島
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沼島
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沼島の岩の褶曲
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淡路島
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淡路島の土生港に着きます。
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立川水仙郷
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由良漁港と成ヶ島(天橋立に似ている事より「淡路橋立」と言います。)
水軍の本拠地であった。 -
洲本城跡(地図)
三熊山(高熊 乙熊 虎熊の3山の総称)山頂にあります。紀州を本拠地としていた水軍の安宅氏によって、室町後期に築かれ、脇坂氏が完成させた。石垣と本丸は当時のものですが、今の天守閣は昭和3年に展望台として建てられた。戦国時代の城郭様式が残ります。東西800m 南北600mの総石垣造りの曲輪が残ります) -
洲本城跡
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洲本城跡(説明)
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追手門跡
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南之丸隅やぐら跡
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やぐら台跡
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洲本城跡の原生林
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本丸大石段
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武者走台跡
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本丸跡
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芝右衛門狸のおはなし
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芝右衛門狸の祠
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天守閣
洲本城跡 名所・史跡
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天守閣(昭和3年築)
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天守閣(昭和3年築)
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蜂須賀茂韻歌碑
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天守閣より本丸跡を見ます。
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現在も発掘中です。
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天守閣
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洲本城跡より洲本市内と右は大浜公園を見ます。(洲本八景の1つ)
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天守閣より洲本市内
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天守閣より洲本市内(下に洲本八幡神社 左中央に厳島神社が見えます。)
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天守閣より淡路島北東部の海岸線
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洲本温泉と奥は友ヶ島
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洲本の厳島神社
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洲本の洲本八幡神社
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洲本の堀端筋
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寺町筋と言われる地区(江戸時代に淡路を治めていた蜂須賀氏が1631年に城を由良から洲本に移した時に城や町の防衛の為に、1か所に寺を集めました。人形塚や石碑等の見所の多い寺が多いです。今回は車で通り過ぎます。)
遍照院 -
千福寺
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本妙寺
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浄泉寺
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洲本川
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八浄寺(大黒天ー淡路七福神の1つ)
裕福の神様・大黒天を祀る。開基は応永年間(1394-1428年)で大黒天が手にするのは「福労」といい、積み重なった苦労を吸い取る為にあり、打ち出の小槌は弱い心や怠け心を打ち振る為と言います。) -
八浄寺(大黒天ー淡路七福神の1つ)山門と七福宝塔
八浄寺 寺・神社・教会
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八浄寺(大黒天ー淡路七福神の1つ)本堂
裕福の神様・大黒天を祀る。開基は応永年間(1394-1428年)で大黒天が手にするのは「福労」といい、積み重なった苦労を吸い取る為にあり、打ち出の小槌は弱い心や怠け心を打ち振る為と言います。) -
八浄寺(右が不動堂 左が弥勒堂)
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八浄寺(大師堂)
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八浄寺(七福宝塔)
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八浄寺(七福宝塔)
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東浦BTより「大磯号」に乗り、関西に帰ります。
道の駅 東浦ターミナルパーク 道の駅
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