2026/01/21 - 2026/01/22
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harusuさん
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サグラダ・ファミリア(聖家族贖罪教会)は1882年着工以来いまだに完成していません。「世界で唯一入場料を払って見る建築現場」は、バルセロナ政府から建築法規に沿った確認許可の降りていない建物と認識されてたそうでしたが、バルセロナ市とサグラダ・ファミリアは2015年、建築許可をめぐって交渉を開始。 最近になって教会側が市に対し3600万ユーロ(約46億7000万円)を支払うことで合意したそうな。
アントニ・ガウディは着工の翌年1883年まだ無名時代に二代目の建築家に抜擢され、電車にひかれて亡くなる1926年まで、生涯をかけてサグラダ・ファミリアの建築に注力しました。
この未完の大聖堂もガウディ没後100年の、2026年についに完成予定です。
しかし、勘違いしていたのですが2026年の完成予定はイエス・キリストの塔を含んだ主要部分でその後、最後のファサードに着手して全体が完成するのは2034年頃なんですか?2026年からだとまだ、8年後なんですネ。
未完の大聖堂の歴史において非常に重要な節目となるガウディ没後100年にあたる2026年サグラダ・ファミリアのメインタワー「イエス・キリストの塔」(高さ172.5m)完成予定を記念して、公式ガウデイ展が天王洲アイル・寺田倉庫で行われたので行ってきた。
- 旅行の満足度
- 4.5
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寺田倉庫G1ビルアクセス
りんかい線 天王洲アイル駅 B出口より徒歩4分
東京モノレール羽田空港線 天王洲アイル駅 中央口より徒歩5分 -
会場は寺田倉庫G1ビル
受付は2階へ。チケットは当日券も残っているようでしたが、Netで事前に購入してスマホ提示して入場。トイレは会場内にないので2階の受付前に済ませましょう -
係員の案内でエレベータに乗って5階の会場へ
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会場の様子
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緑陰の記憶 ガウディの故郷・レウスの森
ガウディの感性を育んだのは、カタルーニャの太陽と緑あふれる森だった。 -
糸杉の円錐とベリェスグアルドの塔
木々の枝ぶり、虫の羽、花の螺旋――自然の中に秩序と造形美を見出した幼少期の眼差しが、やがて彼の建築思想の礎となる。 -
「サクラダ・ファミリア 上部の塔」
光と影が織りなす“観察の森”を歩きながら、彼が見た世界の秘密に気づくエリア。 -
「ハニカム状の覗き穴」(カサ・カルベット)
カサ・カルベットの入口の覗き穴からは、蜂の巣状のハニカムパターンを垣間見ることができます。これは自然から着想を得た、コンパクトで効率的な構造です。
単なる装飾を超えて、この幾何学的な形状は音響効果や通気性をも高めています。ガウディは、対称性・強度・軽さを兼ね備えたハニカム構造に魅了され、それをモジュール化されたデザインソリューションとして取り入れた。 -
「カサ・ビセンス」のタイル(バルセロナ)
左:葉っぱのタイル(ガビネテ・モダニスタより貸与)
右:ひまわりのタイル(ガビネテ・モダニスタより貸与) -
ガウデイは1868年秋、16歳でバルセロナに到着し、兄フランセスクと共に賑やかなラ・リベラ地区に定住しました。高校を卒業する頃、アシャンプラ計画によって変貌を遂げつつあった街を散策する機会を得ました。ガウディはそこで起こっているあらゆる出来事を吸収し、カタルーニャには建築家が必要だと悟りました。
天才ガウディは、地中海に面した国際的なバルセロナを夢見るようになりました。 -
1874年、ガウディはバルセロナ大学建築学部に入学
多才で学際的な才能を持つ彼は、歴史、経済学、美学、そしてフランス語を学びました。この多様な知識は、後に彼の折衷的な建築デザインに反映されることになります。学生時代の彼は非常に急進的で、教授陣からは多少誤解されていました。
1878年に学位を取得した際、学長のエリス・ロジェントは次のように述べました。
「この学位を狂人に与えたのか、天才に与えたのか、私には分かりません…時が経てば分かるでしょう。」 -
ガウディのキャリアの始まり
「アントニ・ガウディ」の名刺(1877年-1878年)
所蔵:ガウディ・センター・レウス
作者:アントニ・ガウディ -
1878年、ガウディはバルセロナの旧ユダヤ人街、カジェ・デル・カッレに最初のアトリエを開設しました 。
左:マタロ労働者協同組合の工場・住宅
労働者と雇用主の平等を促進する先見性のあるプロジェクトで、デザインを通して社会の調和を重視するガウディの信念を反映
右:レイアル広場の街灯
メルクリウスの兜をかぶせたこれらの優雅な街灯は、バルセロナで台頭しつつあった商人階級とその商業的野心を遊び心たっぷリに表現 -
「桟橋計画案」(立面) 1876年 アントニ・ガウディ作成
この初期の学術的作品には、プロポーション(比事)と海洋インフラヘのガウディの関心が反映されています。実現には至らなかったもの。 -
「パナニンフォ」(短手断面図)1878年作成
ガワディが建築学部の卒業創作として手がけ、本作には、空間のリスムや最何子に才能が示されています。
後半の構造的へとつながる発想の明芽が、すでにこの時点で表れています -
ガウデイの名言
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「エルカプリチョ」
若きガウデイが設計した富豪の邸宅 ... エル・カプリチョはガウデイ30歳頃に建てられた屋敷です。 -
「カサ・ビセンス」のタイル 1885年/(バルセロナ)
ガウディは現地から直援インスビレーションを得ました。
カーネーションのタイル
近くのヤシの木も、家の門やパルコニーの格子にあしらわれた。 -
世界初公開 1879年
手紙「家族の家(カサ・ペアラル)」の原文 -
「アストルガ司教館」 竣工:1913年 設計者: アントニ・ガウディ
大司教区の司教館として1889年から1913年にかけて建築された。
現在は宗教美術博物館として使用されている。 -
「カサ・ボティネス」
アントニ・ガウディの設計によって1891年から1892年に建設された。地方の貯蓄銀行であるカハ・エスパーニャの本店として使用されている。 -
「グエル館」 1886年 設計者: アントニ・ガウディ
「ゴシック芸術は不完全であり、未完成である。」
ガウディはゴシック様式を「再発明」し、シンプルでありながら荘厳な建築を創り上げました。伝統と革新を融合させた彼の革新的な設計において、彼は光を建築
要素の一つとして取り入れました。またこの建築過程で彼の作品における転機と
なったのは、後に彼の多くの建築物に見られることになる特徴的なカテナリーアーチの発明でした。
友人であり支援者でもあったエウセビ・グエルは、彼の濃密な社会生活と文化生活を真に体現する邸宅の建設を彼に依頼しました。ガウディはホールと礼拝堂の上に、宇宙の象徴である革新的なドームを建てました。そこから光が差し込み、空間は光と影の絶え間ない戲れを伴う劇的な光のショーのように姿を変えていきます。 -
研究者ガウデイ
サクラダファミリアにあるガウデイの工房(1904年)
彼のプロセスはゆっくリ且つ綿密で、そして非常に独創的でした。太陽光の角度や風の向き、葉の曲線までも研究しました。何一つ恣意的なものはありませんでした 。 -
ガウデイの探求期
サクラダファミリアにあるガウデイの工房(1917年)
初期の作品は何か新しいものを示唆していましたが、真の転機はエグゼビ・グエルからの設計の依頼でした。 -
「ガウデイの柱・石の森」模型
アントニ・ガウディは、人類史上、新しい柱の体系(柱型の一群)を構築した、数少ない建築家の一人として知られています。彼の柱、特にサグラダ・ファミリアを支える柱は、建物の内部を壮大な「石の森」へと変貌させます。
四角、丸、ねじれ、様々な組み合わせで作られている。 -
世界初公開
1893年 ガウディの立体視
3枚の立体写真をメガネでみれます。 -
世界初公開
1893年 ガウディの立体視 -
世界初公開
1893年に作られたパーフェクスコープ眼鏡 -
ガウディの立体視
------「ガウデイ展Ver.Ⅱ」へ続く-----
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