2026/01/10 - 2026/01/10
3566位(同エリア10530件中)
けんいちさん
けんいちの1人旅です。
東海道を歩くシリーズの4日目です。
これまではお正月の暇な時間に歩いていたのですが、今後は季節に関わらず歩けるときに歩いてみます。
川崎から戸塚間は、車でよく走るところであり、また少し前まで勤務先もありました。歩くことで新たな発見ができるでしょうか(^-^)
川崎宿~戸塚宿 27.7キロ
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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今日のスタート地点となる川崎宿へ向かうため、東海道線に乗ります。戸塚駅で電車を待っているとサンライズ出雲/瀬戸が通り過ぎて行きました。
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川崎駅で下車します。
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川崎宿の本陣跡地から歩き始めます。本陣跡を示すものはビルの駐輪場に案内板があるだけです。
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旧東海道を西に歩いて行きます。周辺は歓楽街で、朝7時にも関わらず多くのお店が開いています。
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朝食は少し歩いて、ビルの1階にある食堂に入ることにしました。近隣の工場の人たち向けに早朝から営業しています。
三平食堂 -
朝5時から営業している食堂です。朝から日本酒を注文している男性もいました。
昔ながらのガラスケースからおかずを選ぶスタイルです。 -
焼魚(シャケ)に定食を付け、みそ汁を豚汁に変更してもらいます。シンプルですがとても美味しかったです(^-^)
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お腹もいっぱいになったので、再び旧東海道歩きを再開します。
八丁畷駅 -
鶴見川橋を渡ります。
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鶴見川
JR東海道線が走っています。 -
鶴見に入ると至る所に、旧東海道を示す案内板があります。
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鶴見神社に寄ってみます。
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鶴見神社
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鶴見神社
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京急鶴見駅の高架を潜り、反対側の道を歩きます。
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京急鶴見駅
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しばらく歩くと、鉄道の高架と橋脚が現れました。
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JR国道駅です。ここだけ昭和のまま時間がストップしたような空間です。1930年に作られた駅舎がそのまま残っています。しかし高架下の店はすべて閉店していました。
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このときは知りませんでしたが、戦時中の米軍戦闘機による機銃掃射の痕が駅の壁面に残っているそうです。昭和遺産・戦争遺産・鉄道遺産として価値がありますね。
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新子安方面に歩いていくと、鮮魚店が並ぶエリアがありました。問屋街のような雰囲気ですが、一般のお客さんもチラホラ見かけます。
生麦魚河岸通り -
江戸前あなごの専門店がありました。煮あなご\2,000と掲げられていました。食べたい!(≧▽≦)
神高 -
お店の裏手は東京湾です。ポカポカ陽気で気温も上がってきましたので、着ていたダウンジャケットなどを脱ぎます。
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キリンの生麦工場です。工場見学やバーベキューで何度か訪れたことがあります。敷地内に高速道路が通っています。
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旧東海道と国道15号が合流する地点に、生麦事件の碑がありました。
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薩摩藩士がイギリス人を切りつけた、歴史の授業で必ず習うあの事件です。碑の背後には、イギリス国旗が掲げられていました。
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これまで碑は、道路工事があるたびに場所を移されてきました。実際に事件が起こった場所は、いま歩いてきただいぶ手前の場所だったようです。気づきませんでした。
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キリンの建物には、これから工場見学をするであろう人たちが集まっていました。見学のあとにできたての生ビールが飲めるんですよね(^-^)
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交通量の多い国道15号線を歩いていると、ふと15年前のことを思い出しました。
2011年の東日本大震災の日です。
当時この近くに勤めていたこともあり、首都圏の電車がすべて止まる中、実家のある東京・大田区へ向かうため、この国道15号を歩き始めました。
途中の道がよくわからなくても、この道さえ歩いていればいつかは家に辿り着ける・・・そのとき初めて、道路というものに頼もしさを感じたのです。 -
新子安駅前
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滝の川を渡ります。
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ここ一帯が神奈川宿です。日本橋から3つ目の宿場町です。
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歌川広重 東海道五十三次「神奈川 臺之景(かながわ だいのけい)」
*本画像はパブリックドメインとして東京都立中央図書館より提供されています。 -
国道15号を離れJR線を跨ぎ、国道1号線側に出ます。
青木橋 -
台町エリアです。これまで平坦な道でしたが、ここからは丘を登ります。
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かつて坂本龍馬の妻・おりょうが働いていた料亭です。
田中屋 -
しばらく歩くと松原商店街に入ってきました。
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旧東海道はそれまでほとんど人がいなかったのに、ここだけはとても多くの人で賑わっています。
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活気があります。路上にまで野菜などが並んでいます。
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鮮魚店もあります。マグロを捌いています。
魚幸水産 -
店頭にお寿司のイートインスペースがあります。お昼ご飯にしましょう。
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お寿司を注文して待っている間に、同じく店頭で売っていたまぐろ汁を買います。
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ちょっと贅沢に、特選”極”握りを注文です(≧▽≦)
本鮪大トロ、中トロ、生ホタテ、醤油いくら、生大海老 1,300円
道路沿いなので、「あら、美味しそうね」と、通りゆく人たちにジロジロ見られながら食べました(^-^; -
旧東海道の道は、相鉄本線・天王町駅の中を突っ切ります。
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国道1号線に突き当たるとそこは保土ヶ谷宿です。日本橋から4番目の宿場町です。
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歌川広重 東海道五十三次「保土ヶ谷 新甼橋(ほどがや しんまちばし)」
*本画像はパブリックドメインとして東京都立中央図書館より提供されています。 -
国道1号線を戸塚に向かって歩きます。
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国道1号線からふたたび旧東海道の道へ入ります。
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箱根駅伝で有名な権太坂(ごんたざか)に差し掛かりました。駅伝は国道1号線ですが、こちらは元祖権太坂です。
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日本橋から歩いてきて、東海道最初の難所です。なかなかの上り坂です。
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権太坂を登りきると、高台から雪をいただいた富士山を望むことができました。
しかし、急坂を登ってきて疑問に思いました。国道1号線やJR東海道線は低い場所を通っているのに、なぜ旧東海道はこのような難所を越える道になっているのかということです。調べてみると、昔は低地部分が湿地帯であったり、いくつもの川が流れていて通りにくい場所だったようです。 -
だいぶ疲れてきました。
権太坂和泉線/堺木立場跡 -
焼餅坂
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品濃坂上
歩道橋が旧東海道を進む順路となっています。 -
戸塚に入ってきました。油断して普段履いている靴下で歩いてきたのがよくなく、足がふやけて皮膚がシワシワになってしまいました。それが原因で足裏がかなり痛いです。
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ゴールの戸塚宿本陣まであとわずかです。
吉田大橋 -
歌川広重 東海道五十三次「戸塚 元町別道(とつか もとまちべつどう)」
*本画像はパブリックドメインとして東京都立中央図書館より提供されています。 -
JR東海道線の戸塚駅を西口に渡ります。
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駅から数百メートル歩いたところが、戸塚宿の澤邊本陣跡です。日本橋から5つ目の宿場町です。ここを今日のゴールとします。川崎宿から27.7キロ歩きました。足裏がすごい痛くて限界です(-_-)
澤邊本陣跡 -
戸塚駅に戻り、横須賀線に乗って帰りました。
久しぶりに長距離を歩きました。天気にも恵まれ、絶好の東海道歩きになりました。普段は車や電車でさっと通り過ぎてしまう場所で、これまで知らなかった鮮魚店通りや商店街に出会えたことは、新鮮で楽しい体験でした。
次回の歩きでは、どんな発見が待っているのか楽しみです(^-^)
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