2025/12/29 - 2026/01/03
510位(同エリア1699件中)
ケイコとサトシさん
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2025年12月29日から2026年1月3日。
4泊6日のエジプト年越し旅を楽しんできました。
今回の旅行コンセプトは4つ。
①Uberを使わず、すべて交渉でタクシー利用。
②バクシーシの考えを尊重。
③世界史のリアル勉強を楽しむ。
④カイロとアレキサンドリアの2都市周遊。
関西国際空港からドバイ経由でエジプトカイロへ。
【エジプト】年末年始の歴史満喫旅
1日目カイロ旧市街イスラム地区編
https://4travel.jp/travelogue/12026997
2日目ピラミッドと大エジプト博物館編
https://4travel.jp/travelogue/12027491
3日目カイロから日帰りアレキサンドリア編
https://4travel.jp/travelogue/12028178
4日目オールドカイロとゴミの町マンシェットナスル編
https://4travel.jp/travelogue/12028384
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- エミレーツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- エクスペディア
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ホテルの神様・バステトに見送られ、一日の旅が始まりました。
朝6時にホテルをチェックアウトし、荷物を預けて身軽に出発します。
本日の目標
・オールドカイロ地区でコプト教に関する文化に触れること
・「ゴミの町」と呼ばれるスラム街にある聖シモン洞窟教会を訪れること
・サラディンのカイロ要塞を見学すること -
この日は小雨が降っていました。傘は持っておらず、周囲で購入できる場所も見当たりませんでしたが、すぐに止む予報だったため、そのまま歩き始めました。
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最初に向かったのは、かつてシタデルへ水を送っていたとされるマグラ・エル・オユーン水道橋です。地下鉄駅から徒歩で向かいましたが、周辺にはやや荒れた雰囲気がありました。
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イチオシ
近くで見ると、水道橋の大きさに圧倒されます。ローマ時代の遺構のようにも見え、エジプトの歴史が幾重にも重なっていることを実感できる場所でした。
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橋の下では人々が生活している様子も見られたため、写真撮影は周囲に配慮しながら行いました。観光地とは異なる、今も人々が暮らすエジプトの現実を感じました。
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観光地として整備が進められているのか、水道橋の北側は修復がかなり進み、きれいな状態になっていました。
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水道橋の端にあるこの建物が、取水所のフム・アル=ハリーグ(Fum al-Khalig)です。ここでナイル川の水を汲み上げ、シタデルまで水を送っていたそうです。
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マグラ・エル・オユーン水道橋から歩いて約30分の場所に、アムル・イブン・アル=アース・モスクがあります。
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このモスクは、エジプト最古であり、アフリカでも最古のモスクといわれています。イスラム軍がローマ帝国をエジプトから追い出した際に築いた軍都フスタートの中心となるモスクです。
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非常にシンプルな造りのモスクです。
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イチオシ
小雨が降ったため、床が雨に濡れて美しく反射していました。
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世界各国の言語で、イスラム教について学べる冊子が用意されていました。
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イスラム教についての知識があまりなかったため、日本語版をいただきました。帰りの飛行機で読んでみようと思います。
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続いて、オールドカイロのコプティックエリアへ向かいました。モスク側から歩いて来ると、コプティックエリアの手前に入場ゲートがあり、9時までは入場できませんでした。
一方で、地下鉄を利用してコプティックエリアに来た人たちは、早めに入場できているように見えました。 -
ふと周囲を見渡すと、建物が一棟、完全に傾いているように見えました。思わず少し怖さを感じます。
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コプティックエリアに入りました。このエリアは非常に歴史が古く、多くの歴史的建築物が今も残されています。ナイル川の氾濫によって土が長年にわたり堆積し、地盤が高くなったため、著名な建築物の中には半地下や地下室のような構造になっているものもあります。
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パソコン画面で見れる人なら見えるかな?
この地区は入り組んだ構造になっていて、教会の場所などが見つかりにくいので、簡単なマップを作ってみました。
参考までにどうぞ! -
このオールドカイロ(コプティックエリア)の教会群は、バビロン要塞跡の城壁内に造られています。長年にわたる洪水などによって土が堆積し、城壁自体が約3メートルほど埋まっているため、城壁の内部へ入るには、写真のような地下通路を通る必要があります。この通路は、もともとは地上にあった通常の通路だったそうです。
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このかつての地表に造られた入口を入ります。すると……。
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通路の両脇には、なぜか本がずらりと並んでいました。宗教書や観光書、文化に関する本などさまざまですが、かなり昔からこの一帯は本屋街になっているそうです。とても良い雰囲気でした。
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Mar Guirguis Church(聖マル・ギルギス教会)。
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比較的新しく見える、きれいな教会です。聖ゲオルギオス(聖ジョージ)の名を冠しており、こちらはコプト正教会の教会です。
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美しい教会内。
礼拝している方が多くいたので早めに退散。 -
聖バルバラ教会。
面白いように、どこも半地下のような入口。
ナイル川がどれだけ台地を嵩増ししていくのか分かりますね。 -
こちらもたくさんの信者さんが礼拝していました。
金曜日ですが、礼拝することがあるんですね。日曜かと思ってましたが。 -
聖ジョージ教会です。正式名称は St. George Greek Orthodox Church といい、コプト教ではなくギリシア正教の教会になります。
なぜ、この最も目立つ場所がコプト正教会ではなくギリシア正教会なのか、不思議に感じました。
これは、ローマ帝国時代に東ローマ帝国から公認されていたギリシア正教が、当時から良い場所を確保していたことに由来するそうです。イスラム軍が東ローマ帝国をエジプトから駆逐し、バビロン要塞が破壊された後も、土地の権利はそのまま認められました。そのため、この一等地が現在もギリシア正教会の教会となっているのだそうです。 -
イチオシ
この教会は、バビロン城塞に二つあった円塔のうちの一つの上に造られており、円形の構造を見事に生かした造りになっているように感じました。
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この像が聖ゲオルギオス(英語で聖ジョージ)です。竜を討伐した伝説をもつ聖ゲオルギオスは、ギリシア正教でもコプト教でも広く崇拝されています。
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見事なキリストの天井画も印象的でした。
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教会内部には、写真のような洞窟風の礼拝所もあり、独特の雰囲気があります。
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また、聖ジョージ教会の地下部分では、埋まったバビロン要塞跡が見えるようになっていました。要塞の1階や2階にあたる部分が、長年の堆積で見事に地中に埋まっていることが実感できます。
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聖ジョージ教会を出て、バビロン要塞跡へ移動します。
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聖ジョージ教会の裏側、コプト博物館の入口付近にも要塞跡が残っており、地下に埋まった構造がよく分かりました。これもすべて、ナイル川が運んだ土の堆積によるものなのでしょう。
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続いて、ハンギング教会(アル・ムアッラカ教会)へ向かいました。
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この教会はバビロン要塞の塔の上に建てられ、かつては宙に浮いて見えたため「ハンギング教会」と呼ばれたそうです。ただ、洪水による堆積で地盤が上がり、現在は浮いているようには見えにくくなっています。
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教会内には多くの信者さんが訪れていて、かなり賑わっていました。
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9時にコプト博物館がオープンしたので、一番乗りで入場しました。
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豪華で巨大な建物で、入口にはムバラク元大統領の肖像が飾られていました。国の博物館として認定されていることを示すものだそうです。
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館内には、キリスト教、とりわけコプト教に関連する宝物が数多く展示されています。
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コプト教の絵の特徴は、やはり「目」だと感じました。大きく描かれた目には、「世界を見守っている」という意味があるそうです。
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古い写本や聖書のような展示もあり、どれも非常に歴史を感じさせるものでした。
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聖メナス(St. Menas)に関する展示。
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金色の背景が美しいイコンなども印象に残りました。建物そのものも美しく、見応えのある博物館でした。
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続いて、ベン・エズラ・シナゴーグへ向かいました。ここはユダヤ教の礼拝所です。
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施設内は撮影禁止だったため外観のみ撮影しましたが、ここから大量の古文書が見つかったことで有名になった場所でもあります。
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最後に、10時オープンのアブ・セルガ教会へ向かい、オープン直後に入場しました。
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朝早くから来ていた人たちが、一番遅く開くこの教会に一斉に押し寄せていて、入口には行列ができていました。ここも半地下に入るような構造です。
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この教会は、キリストが迫害から逃れてエジプトへ避難した際、聖家族が隠れた場所の上に建てられたと伝わっています。
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地下の洞窟には行列ができていました。
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5分ほどで入場できました。
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今は立派な地下空間になっていますが、当時は横穴の洞窟のような場所だったそうです。洪水による堆積で地盤が上がり、現在は地下になっていると聞くと、土地の歴史の厚みを実感します。
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ここで避難し、祈りを捧げていたのだと思うと、胸に迫るものがありました。
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続いて、もう一つのコプト教徒の生活エリア「マンシェットナスル」へ向かいます。ゴミの町とも呼ばれるスラムです。
私は運よくすぐにタクシーを捕まえられましたが、行き先を伝えると断られることもある場所だそうです。 -
古代から採石場だった石灰石の山「ムカッタム丘陵」に広がるマンシェットナスルは、ガベージシティ(ゴミの町)という別名も持っています。コプト教にとって、人里離れたこの土地は修道場としても神聖視されてきた場所だそうです。
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「ゴミの町」と呼ばれるのは、ここに住む人たちがゴミ回収や資源リサイクルを生業としてきたためです。街には独特の匂いがあり、雰囲気も他の観光地とはまったく異なります。
なぜコプト教徒の町がゴミ回収の町になったのかには、歴史的な背景があるようです。カイロ城塞内にはイスラム権力が強かったこともあり、彼らが周縁に住むようになった面もあります。また、回収した残飯を豚に処理させ、豚を飼育する仕組みもあったそうですが、豚食はイスラム教徒には禁忌のため、コプト教徒にしか担いにくい仕事だったのだといいます。
彼らはゴミ回収民(ザッバリーン)と呼ばれ、厳しい仕事を担いながらも、カイロを支えているという誇りを持って働いているそうです。スラムのような景色ではありますが、明るく元気な人が多いという話も印象的でした。 -
採石場跡を利用した聖シモン洞窟教会(Cave Church of Saint Simon)に到着しました。ここは無許可の増改築を重ねてできた施設のため、公的には認可されていないそうです。
ただ、コプト教徒の方々が採石場跡を少しずつ掘り広げ、長い時間をかけて現在の巨大な施設にしてきたと聞くと、その積み重ねに圧倒されます。公認ではないものの、学校や福祉施設としても機能しているため、黙認されている状況のようです。そのため、正規のツアー会社ではツアーに組み込めないそうです。 -
イチオシ
2万人収容とも言われる巨大な洞窟教会は、想像以上のスケールでした。10世紀頃、靴職人シモンが信仰の力で山を動かしたという伝説があり、そこからこの地に小さな教会ができたのが始まりだそうです。
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イチオシ
目の前に広がる景色は圧倒的で、これが無許可の建築物だとは信じがたいほどでした。観光客はほとんど見かけませんでしたが、子どもたちが元気に遊んでいて、どこか温かい空気もあります。自分でタクシーやトゥクトゥクを手配して来る必要はありますが、それでも訪れる価値のある場所だと感じました。
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上から見るとこんな感じ。
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採石場跡の岩壁には巨大な壁画も描かれていました。
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さらに壁画の上には、バンジージャンプ台のような設備まで見え、アトラクションの整備も進んでいるようでした。
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イチオシ
今回のエジプト旅の最後の目的地、カイロ城塞(シタデル)へ向かいます。この城塞はサラディンが建てたため、「サラディン要塞」とも呼ばれています。
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聖シモン洞窟教会のあるムカッタム丘陵の西端に位置しており、採石場が近く工事しやすいことや、小高い場所という地の利もあったのかもしれません。
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入口付近にチケット売り場があり、クレジットカードも利用できました。
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イチオシ
まずはムハンマド・アリ・モスクへ。オスマン帝国支配下のエジプト総督だったムハンマド・アリ・パシャが建てたモスクです。彼が治めたエジプトは独自の軍隊や外交を持ち、ムハンマド・アリ王朝を開いて世襲も行うなど、事実上の独立国のような姿を取ったとされ、近代エジプトの創始者とも言われています。
エジプト旅行1日目に訪問したシタデルのアザブ門で、当時の権力層だったマムルークを粛清した人物です。 -
このモスクはオスマン帝国の影響を強く受けており、複数のドームはイスタンブールのブルーモスクやアヤソフィアを思わせます。ミナレットも細長く、マムルーク様式とはかなり異なる印象でした。オスマン帝国への配慮に加え、ヨーロッパへ向けてエジプトの力強さを示す意図もあったのかもしれません。
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モスクには珍しい西洋時計があり、これはフランスから贈られたものだそうです。
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この時計台と引き換えに、エジプトからフランスへオベリスクが送られたと言われています。コンコルド広場のルクソール・オベリスクがそれです。こうした要素もあり、アジアとヨーロッパの文明が混じり合うような印象を受けました。
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内部は息をのむほど豪華で、青と金を基調とした天井がとにかく美しいです。
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マムルーク様式の無骨さとは対照的な、絢爛さが際立っていました。
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金曜日は昼に礼拝時間が設けられており、入場規制がかかります。
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金曜日は礼拝時間の前後に注意した方がよさそうです。時間を忘れて眺めてしまうほど見応えのある場所でした。
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イチオシ
どうやったら、こんな豪華絢爛なものを作れるのでしょうか。
当時のムハンマド・アリ・パシャの力の強さを感じます。 -
こちらの奥に、ムハンマド・アリ・パシャの霊廟があります。
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シタデルは高台に築かれているため、カイロ市街を広く見渡すことができます。朝の雨のおかげか空気が澄んでいて、なんとギザのピラミッドが見えました。
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イチオシ
拡大してみると、クフ王とカフラー王のピラミッドらしき二つが確認できます。
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敷地内には犬も多くいましたが、耳にタグが付いていたので、ある程度管理されているのかもしれません。
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とても平和そうに寝ている姿が印象的でした。
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次に、スルタン・アル=ナーシル・ムハンマド・モスク(Sultan al-Nasir Muhammad Mosque)へ。マムルーク朝のスルタンが建てたマムルーク様式のモスクで、低く太いミナレットが特徴的です。一方で、青緑色のドームは珍しく、これは鉛板でできているそうです。内部はマムルーク様式らしく、どこか無骨な雰囲気が残っていました。
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礼拝のため見学は短時間の予定でしたが、バクシーシを支払い、ゆっくり見学させていただきました。
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ムハンマド・アリ・モスクに比べると観光客が少なく、落ち着いて散策できたのも良かったです。
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この青緑色のドームは、鉛板なんだそうです。
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内側は、マムルーク様式らしく無骨な雰囲気。
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エジプト国立軍事博物館は、シタデルの広大な敷地を活用した施設。
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古代から現代までの軍事史が展示されています。
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巨大な騎馬像はイブラヒム・パシャで、ムハンマド・アリ・パシャの息子として近代エジプト軍を完成させた英雄とされています。
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続いてエジプト警察博物館へ向かいましたが、メインは改装中のようで入れませんでした。ただ、その代わりに予想外に素晴らしい景色を見ることができました。
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周辺には埋まっているように見える通路もあり、おそらくアザブ門へ続く道なのではないかと想像しました。
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初日に見た、向かい合って建つ二つの巨大モスク、スルタン・ハッサン・モスクとアル・リファーイー・モスクもここから望めます。この眺めは本当に素晴らしかったです。
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監獄跡も残っており、ここに入れられると裁判も行われず、人知れず姿を消したという話が伝わっています。「城塞に連れて行かれた者は、もうアッラーのもとに行ったと思え」という言い伝えまで残っているそうで、背筋が寒くなりました。
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先ほどのムハンマド・アリーモスク。
1時間ほど礼拝の時間が続いていました。
多くの信者さんが詰めかけていました。 -
離れるのが名残惜しく、エジプトがますます好きになりました。最高に素晴らしい歴史と文化を堪能できた旅でした。
子どものころに伝記を読んで憧れていたサラディンの名を残すシタデル。オスマン帝国の影響を受けながら近代エジプトの礎を築いたムハンマド・アリ。エジプトは文明・文化の面でも、アフリカの大国という意味でも、あらゆる点でスケールの大きな国だと感じます。
人々も人懐っこく、お節介なくらい面倒見が良くて、愛嬌がありました。とにかく最高に楽しかったです。 -
ホテルに預けた荷物を受け取るため、タハリール広場へ戻りました。エジプト最後のグルメとして、Oldish(Restaurant & Cafe)へ。エジプト料理のいろいろなメニューが楽しめるお店です。
店内は日本人のお客さんが多かったのですが、サービスが良く、清潔で、何より美味しかったのが納得でした。 -
オレンジジュースは少しスムージーのようで、とても美味しかったです。
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イチオシ
今回いただいたのはエジプト料理のムサカです。もともとはギリシア料理がオスマン時代に伝わったものだそうですが、エジプトでは別物に進化しているように感じました。挽肉入りのナスとトマトの煮込みのような料理で、アエーシ(エジプトのパン)につけて食べると格別でした。最初からこのお店を知っていたら毎日来ていたかもしれない、と思うほど美味しかったです。
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フィロホテルで荷物を受け取り、時間があったのでスタッフの方々と少しおしゃべりしながら、空港までのタクシーを手配してもらいました。本当にお世話になり、次に行くときもまた泊まりたいと思える良いホテルでした。
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予定通りターミナル2に到着し、手続きも出国も思ったよりスムーズでした。
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残ったエジプトポンドを使い切ろうと、サイネージに出ていたICED MOJITOを注文したのですが、、、、
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出てきたものは色がまったく違い、思わず突っ込みたくなりました。これもエジプトらしさなのかもしれません。最後の最後まで飽きない国でした。
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カイロ空港はエジプト料理のレストランは見つかりませんでしたが、バーガーキングなどの定番店は揃っていました。
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典型的なエジプト土産。
恒例のご当地マグネットを買って帰りました! -
帰りもドバイ経由。エミレーツで帰国です。
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ドバイ空港は深夜でも賑やか。
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関西国際空港には1月3日の夕方に到着し、さっそく空港近くでラーメンを食べました。日本のグルメはやはり美味しいです。
すでにもう一度エジプトに行きたい気持ちになりながら、岐阜まで車で走り切りました。長い旅行記を読んでいただき、ありがとうございました。
【エジプト】年末年始の歴史満喫旅
1日目カイロ旧市街イスラム地区
https://4travel.jp/travelogue/12026997
2日目ピラミッドと大エジプト博物館編
https://4travel.jp/travelogue/12027491
3日目カイロから日帰りアレキサンドリア編
https://4travel.jp/travelogue/12028178
4日目オールドカイロとゴミの町マンシェットナスル編
https://4travel.jp/travelogue/12028384
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