2025/12/29 - 2026/01/03
42位(同エリア170件中)
ケイコとサトシさん
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2025年12月29日から2026年1月3日。
4泊6日のエジプト年越し旅を楽しんできました。
今回の旅行コンセプトは4つ。
①Uberを使わず、すべて交渉でタクシー利用。
②バクシーシの考えを尊重。
③世界史のリアル勉強を楽しむ。
④カイロとアレキサンドリアの2都市周遊。
関西国際空港からドバイ経由でエジプトカイロへ。
【エジプト】年末年始の歴史満喫旅
1日目カイロ旧市街イスラム地区編
https://4travel.jp/travelogue/12026997
2日目ピラミッドと大エジプト博物館編
https://4travel.jp/travelogue/12027491
3日目カイロから日帰りアレキサンドリア編
https://4travel.jp/travelogue/12028178
4日目オールドカイロとゴミの町マンシェットナスル編
https://4travel.jp/travelogue/12028384
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 3.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- エミレーツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- エクスペディア
-
2026年1月1日。
お正月ですが、日帰りでアレキサンドリアへ向かいます。往路はバス、復路は鉄道を利用する予定です。今日も出発の際、猫に見送られました。
アレキサンドリアは、その名のとおり、マケドニアの王アレクサンダー大王によって築かれた都市です。もともとギリシア北部の一小国にすぎなかったマケドニアは、彼の東方遠征によって一気に巨大国家へと成長しました。
アレクサンダー大王の死後、エジプトを支配したのはプトレマイオス朝です。この王朝のもとで、アレキサンドリアはエジプトの首都となりました。
プトレマイオス朝は、アレキサンドリア図書館に代表されるように学問を重視し、またアレキサンドリア大灯台(ファロス灯台)の建設に象徴される高度な建築・技術力を誇った王朝として知られています。
やがて、最後のファラオであるクレオパトラ7世の死をきっかけに、アレキサンドリアはローマ帝国の支配下へと移りました。
古代世界史の大きな舞台でもあったアレキサンドリア。
これから始まる街歩きが、今からとても楽しみです。 -
カイロからアレキサンドリアへの移動には、今回は長距離バスの Go Bus を利用しました。
Go Bus は日本からでも事前にオンライン予約ができるため、旅行者にとって使いやすいバス会社です。
ただし注意したいのが、カイロ側のバス乗り場が少し分かりにくいこと。
今回利用した乗り場の正式名称は
「Go Bus (Tahrir) Boarding Station」 です。
場所は、Ramses Hilton Hotel の目の前。
周囲に大きな看板は少なく、初めてだと戸惑いやすいので、事前に地図で位置を確認しておくのがおすすめです。
出発時間は朝5時30分。
実際には少し遅れて、5時35分ごろにバスが到着しました。到着後はすぐに乗車が始まり、そのままアレキサンドリアへ向けて出発です。
GoBusのウェブサイト:https://go-bus.com/ -
カイロ市内の渋滞を抜けると、バスは順調にアレキサンドリア方面へと走り出しました。
市街地を離れてからは、まるで高速道路のような幹線道路を進み、想像していたよりもずっとスムーズな走行です。
「エジプトの長距離移動=大変そう」という印象がありましたが、この区間に関しては拍子抜けするほど快適でした。 -
途中で一度だけ、トイレ休憩がありました。
正直なところ、休憩時間は少し長めで、なぜか30分ほど停車(笑)。とはいえ、トイレを済ませたり、軽く体を伸ばしたりできたので、長距離移動としては悪くありません。 -
到着したのは、アレキサンドリアの Moharam Bek Bus Station。
大きなトラブルもなく、朝9時ごろには無事アレキサンドリアに到着しました。
早朝出発でしたが、思っていた以上にスムーズな移動で、日帰り旅でも十分に時間を確保できそうです。 -
ここからはタクシーを利用して、まずアレキサンドリア中央駅の Misr Station へ向かいます。
最初の目的は、帰りの鉄道チケットを確保すること。到着後すぐに駅へ向かうことで、日帰り旅でも時間を気にせず行動できるようにします。 -
アレキサンドリアの Misr Station。
重厚な造りが印象的で、長い歴史を感じさせる大きな駅です。 -
駅に入る際には、簡単な荷物チェックがありました。そのときに係員から「何人だ?」「何をしに来た?」と質問されます。
「日本人で、チケットを買いに来た」と伝えると、特に問題なく中へ通され、外国人向けのチケットオフィスまで案内してくれました。
この外国人用チケットオフィスには、英語表記の時刻表がしっかり掲示されており、駅員さんも英語が通じます。そのおかげで、カイロ行きの列車チケットもスムーズに購入することができました。 -
2026年1月1日時点のアレキサンドリア→カイロの時刻表です。
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購入したのは、午後5時50分発のカイロ行き列車。
座席は一等席です。
料金は 40アメリカドル。
さすがに、しっかり外人価格でした(笑)。
このときの時刻は朝9時30分。
出発まで 8時間20分。限られた時間ですが、これからアレキサンドリアを思いきり堪能します。 -
まずはミスル駅から徒歩約3分の場所にある Kom El Dikka(コム・エル=ディッカ遺跡公園) へ向かいます。
この公園には、ローマ円形劇場をはじめ、ローマ浴場、講堂群、モザイク床が残る邸宅跡などが集中的に保存されています。
いずれも、ローマ帝国支配下にあったアレキサンドリア後期の都市の姿を今に伝える遺跡です。
駅から近く、短時間でも見学しやすい点も、日帰り旅行には嬉しいポイントでした。 -
遺跡の中心にあるのが、Roman Theatre of Kom El Dikka。
半円形に広がる客席と石造りの構造は、まさにローマ帝国らしさを感じさせる遺跡です。 -
イチオシ
この円形劇場を見ると、アレキサンドリアがかつてローマ帝国の支配下にあったことが、一目で分かります。
ローマ帝国、そしてその後のビザンツ帝国時代において、アレキサンドリアはナイル川流域の穀倉地帯を背景に持つ、きわめて重要な都市でした。
単なる地方都市ではなく、食料供給と海上交易の両面で、帝国を支える拠点のひとつだったことがうかがえます。 -
一般には「円形劇場」と呼ばれていますが、実際には演劇を上演する劇場ではなく、歌や音楽の演奏、弁論大会などに使われた「オデオン」と呼ばれる小規模な施設だったそうです。
娯楽というよりも、知的・文化的な集まりの場として使われていた点に、当時のアレキサンドリアらしさを感じます。 -
床に残るタイルモザイクも、いかにもローマらしい意匠です。
この Roman Theatre of Kom El Dikka は、エジプト国内でも最も保存状態が良いローマ時代の円形劇場(オデオン)のひとつとされているそうです。 -
この地下にも同じように建物が沢山埋まっているんだろうなぁ。
-
こちらはローマ浴場跡。
古代ローマで公衆浴場を意味する「テルマエ(Thermae)」と呼ばれる施設です。 -
こうしたローマ帝国の公共浴場文化は、後のイスラーム世界に受け継がれ、各地のハマム(公衆浴場)へとつながっていったそうです。
時代や宗教が変わっても、「体を清め、交流する場」という考え方が連続しているのは興味深いところです。 -
遺構の規模を見ると、当時は相当巨大な施設だったことが想像できます。
これは浴場を温めるための火を焚いた窯でしょうか。
まさに、テルマエ・ロマエ の世界そのものですね。 -
見事なタイルモザイク。
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公共施設なども、ここにたくさん密集していたそうです。
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当時は、行政機関などもこの一帯に集まっていたそうです。
大都市アレキサンドリアの町の中心部に、これほど大規模な遺跡が今も残っているのは、あらためて驚かされます。 -
アレキサンドリア沖の海底で発見されたスフィンクスなども展示されていました。
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コム・エル=ディッカ遺跡公園を後にし、タクシーに乗って次の目的地へ向かいます。
向かったのは、アレキサンドリアを代表する地下遺跡のひとつ、Catacombs of Kom el Shoqafa(コム・エル=ショカファのカタコンベ)です。 -
Catacombs of Kom el Shoqafa(コム・エル=ショカファのカタコンベ)は、ローマ帝国支配時代に造られた、アレキサンドリア最大級の地下墓地です。
エジプト・ギリシア・ローマの文化が融合した、非常に珍しい構成の墓地として知られています。
造られたのは、1世紀から3世紀ごろと考えられているそうです。 -
一見すると、まるで井戸のようにも見えます。
しかしこのロープは、Catacombs of Kom el Shoqafa で現在も進められている発掘作業のためのもので、掘り出した砂を地上へ運び出す際に使われていました。 -
立て坑を取り囲むように、螺旋階段が続いています。
その階段を伝って、少しずつ、地下深くへと潜っていきます。 -
最下層まで降りてきて、思わず驚きました。
「墓地」と聞いて想像していた雰囲気とは違い、どこか地下宮殿のような、意外なほど豪華な造りです。 -
ここは共同墓地だったのでしょうか。
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まだまだ発掘されていない場所もたくさんありました。
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これは発見された人骨だそうです。
-
イチオシ
この一角などは、まるで インディ・ジョーンズ の世界に迷い込んだかのよう。
地下墓地とは思えないほどの豪華さで、このカタコンベは正直、想像をはるかに超えてきました。
アレキサンドリアを訪れるなら、ぜひ立ち寄ってほしいおすすめの場所です。 -
造りはどこかギリシア神殿を思わせる共同墓地ですが、壁面にはエジプトの神々を描いた壁画や装飾も見られます。
ギリシア文化とエジプト文化が自然に溶け合った、アレキサンドリアならではの融合を強く感じました。 -
こちらは、発掘作業をされている方。
この場所で土の入ったバケツを受け取り、ロープを引いて地上へと送り出していました。
作業の合間にこちらに気づくと、笑顔で手を振り、ポーズまで取ってくれました。
厳かな遺跡の中で、ふっと人の温かさを感じる瞬間です。 -
土がぎっしり詰まったバケツ。
これを地上までロープで引き上げるのは、相当な重労働だろうなと感じました。 -
このようなカラフルな壁画もありました。
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ここからは約500mほど歩いて、Serapeum of Alexandria(セラペウム遺跡公園)へ向かいます。
途中は、いかにもアレキサンドリアの下町といった雰囲気のエリア。観光地とは違う日常の風景が広がり、なかなか刺激的な道のりです。
雨が降ったあとだったのか、足元はかなりぬかるんでいて、歩くのには少し注意が必要でした。 -
こちらが Serapeum of Alexandria(セラペウム遺跡公園) です。
セラペウムは、ローマ帝国時代後期におけるアレキサンドリアの学術の中心地のひとつだったと考えられています。
かつて存在した Library of Alexandria(アレキサンドリア図書館) や Museion(ムセイオン) に関わる重要な書物の一部が、このセラペウムに引き継がれたとも伝えられており、そのため「後期アレキサンドリア図書館」と呼ばれることもあるそうです。
また、プトレマイオス朝最後の女王である クレオパトラ7世 も、ここで学んだと伝えられています。
遺跡の静けさの中に、かつての知の集積地としての面影を感じる場所でした。 -
セラペウムは、プトレマイオス朝 の時代に築かれたと伝えられています。
プトレマイオス朝はギリシア系の王を戴く王朝でしたが、同時にエジプトの伝統的な宗教や神話も重んじていたそうです。
ギリシア神殿を思わせる列柱のそばに、エジプト的なスフィンクスが並ぶ光景。
ここでは、ギリシア文化とエジプト文化が対立することなく、自然に共存していたことが実感できます。 -
遺跡の中でひときわ目を引くのが、この巨大な柱です。
どこか パルテノン神殿 を思わせる存在感があります。
素材は花崗岩のため、パルテノン神殿のような白さはありませんが、そのぶん非常に頑丈そうな印象。
一緒に写っている人と比べてみると、この柱がいかに巨大かがよく分かるのではないでしょうか。
※この柱は一般に Pompey's Pillar(ポンペイウスの柱)と呼ばれています。 -
この柱の高さは 約27m。
ちなみに パルテノン神殿 の柱はおよそ 10m と言われています。
数字で比べてみると、その巨大さがいかに圧倒的かがよく分かります。
これほどの柱が、あえて一本だけ残っているというのも印象的です。
周囲に広がる遺跡跡と相まって、どこか言葉にしがたい趣を感じさせます。 -
書物などを保管していたと考えられる建物は、現在は地下に埋もれています。
ただ、後世に埋まってしまったというよりも、もともと地下空間を利用して書庫などが造られていた可能性が高いようです。
暑さや湿度を避けるためにも、地下は書物の保管に適した場所だったのかもしれません。 -
年末に録画していたエジプト特集では、この奥に入れてましたが、私が訪問した時は扉が閉じられていました。残念。
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この柱の周囲には、かつて神殿などの建造物が建ち並んでいたそうです。
それらは大地震などによって失われたと考えられていますが、その中でこの一本の柱だけが残ったというのは、あらためて驚かされます。
なお、この柱は神殿の構造材として使われていたものではなく、ローマ皇帝 ディオクレティアヌス を讃えて建てられた記念柱だとされています。
実用のためではなく、権威や記憶を示すために立てられた一本柱が、こうして今も残っていると思うと、歴史の重みを感じずにはいられません。 -
イチオシ
遺跡が放つ儚さを感じますね。
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再びタクシーを利用して、地中海沿いに建つ Citadel of Qaitbay(カイトベイ要塞) へ向かいます。
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カイトベイ要塞の名は、マムルーク朝後期のスルタン カーイトゥーベイ に由来しています。
彼はカイロ旧市街にあるマドラサ(学院)を建立したことでも知られる人物です。
マムルーク朝後期のスルタンによる建築ということもあり、この要塞は、ここまで見てきた古代ギリシア・ローマ時代の遺跡と比べると、およそ1000年以上新しい建造物になります。
同じアレキサンドリアでも、時代が一気に中世へと跳ぶ感覚です。
そして実はこの場所、古代世界七不思議のひとつ、アレキサンドリアの大灯台 が建っていた跡地だと伝えられています。
古代の灯台と中世の要塞が重なるこの場所は、アレキサンドリアの歴史の層の厚さを象徴するスポットです。 -
Citadel of Qaitbay(カイトベイ要塞)。
この要塞は、オスマン帝国 の艦隊が地中海側から侵入するのを防ぐ目的で築かれた、巨大な海防要塞です。
要塞は、かつてアレキサンドリアの大灯台が立っていた巨大な基壇の上に建てられています。
建設にあたっては、崩落した灯台の石材も再利用されたと伝えられており、古代と中世が物理的にも重なり合う場所となっています。 -
大砲にも耐えられる非常に分厚い壁で囲まれています。
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何とも写真映えがします。
柱も壁も分厚く、非常に頑丈なつくりです。 -
海の方に向いて穴が開いています。
偵察したり、鉄砲を撃ったりしたのでしょうか。 -
なんか額縁に入った絵みたいですね。
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何とも写真映えしますね。
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要塞沖の遊歩道。
ここからの眺めがまた素晴らしいらしい。
今回は行きませんでしたが。 -
イチオシ
それにしてもいい天気。
壁が真っ白に見えました。すごくきれい。石灰石なのかな? -
これも写真映えしたので撮影。
これ城壁の中。かなり頑丈で分厚い設計になってます。 -
壁の外に向かう出口。
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要塞は海側に向かって大砲を撃つことができる設計になっています。
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カイトベイ要塞は港入口を封鎖できる場所に立っています。
港には沢山のヨットが停泊していました。巨大なヨットハーバーです。 -
こちらは Sidi Morsi Abu al-Abbas Mosque(シディ・ムルシー・アブー・アル=アッバース・モスク)。
カイトベイ要塞から新アレキサンドリア図書館へ向かう途中、タクシーの運転手さんが気を利かせて立ち寄ってくれました。
予定外の訪問でしたが、アレキサンドリアを代表するモスクのひとつだけあって、その存在感は圧倒的。街の信仰と日常を感じられる、印象的な場所でした。 -
訪問時は修復工事の最中でしたが、この Sidi Morsi Abu al-Abbas Mosque は、アレキサンドリア最大のモスクとして知られています。
また、イスラーム神秘主義であるスーフィズムの中心的な聖地のひとつでもあるそうです。 -
1919年革命の主導者サアド・ザグルールの銅像。
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こちらが新アレキサンドリア図書館。
正式名称は「Bibliotheca Alexandrina」 -
イチオシ
古代の アレキサンドリア図書館 は、プトレマイオス朝が築いた王立の研究共同体 ムセイオン の中核施設でした。
巨大な交易都市だったアレキサンドリアに寄港する世界中の船舶から書物をすべて提出させ、それらを写本したうえで保管し、知識を集積していったと伝えられています。
世界中の情報と学問を集めようとした、その知への欲望には圧倒されます。
そして現代、そうした精神を受け継ぐかのように、アレキサンドリア図書館をよみがえらせようとする試みが続いているのも、実に象徴的です。 -
古代のアレキサンドリア図書館を現代に復活させようという構想のもとに建てられたのが、Bibliotheca Alexandrina です。
未来的で力強い建築が印象的な、とにかくかっこいい図書館。
「知の集積地」を現代的な形で表現した建物だと感じました。 -
博物館のような資料も一部ありました。
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活版印刷?的な機器も展示されていました。
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ただ私には、この犬?スフィンクス?羊?のモニュメントに一番惹かれました。
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アレキサンドリアの有名な海岸線を見に向かいます。
ものすごい車の量ですが、信号無しで渡ります。結構スリリング! -
イチオシ
海岸線に沿って続く、眺望を楽しむための道路。
目の前には、地中海の澄んだ青い海と Citadel of Qaitbay、そして静かに浮かぶヨットの姿が広がります。
近くの大学の学生でしょうか。若者たちが海を眺めながら思い思いに過ごしていて、観光地というよりも、街の日常が溶け込んだような、とても心地よい雰囲気でした。 -
続いて、アレキサンドリア国立図書館へは徒歩で向かいます。
その途中で見かけたのが、街を走る Alexandria Tram(トラム/路面電車)です。
このトラムは 1897年に電化されたとされ、パリなどヨーロッパの主要都市とほぼ同時期に導入された、非常に歴史ある交通機関。
走っている車両も、今となってはかなりのレトロトラムで、街の景観の一部として強い存在感を放っています。
残念ながら、2026年2月から約2年間にわたる大規模改修が予定されているという話もあり、このレトロな車両は姿を消すかもしれません。
時代に合わせて新しくなるのは仕方ないとはいえ、少し寂しい気持ちにもなります。 -
アレキサンドリア国立博物館。
アメリカ大使館として使われたこともある歴史ある建物。 -
ローマ帝国のハドリアヌス帝の胸像。
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セラピスは、エジプト神の オシリス と聖牛 アピス、そしてギリシア神の ゼウス/ハデス の性格を統合した神とされています。
ギリシア世界とエジプト世界を結びつけるために生み出された、いわば国家的な融合神だったそうです。
館内は非常にシンプルな構成ですが、その分ポイントが分かりやすく、1時間ほどでアレキサンドリアの歴史を一通り学ぶことができました。 -
グレコローマン博物館。改装されて非常に綺麗な博物館です。
古代アレキサンドリアのギリシア時代からローマ時代エジプトの勉強ができる博物館です。 -
アレキサンダー大王の頭部像
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こちらは プトレマイオス12世 の像。
あの有名な クレオパトラ7世 の父親にあたる人物です。
プトレマイオス王朝は、アレクサンダー大王の後継王朝として成立したため、支配層はギリシア人系でした。
それにもかかわらず、この像ではエジプトのファラオが身に着ける被り物「ネメス」をまとっています。
ギリシア系の王でありながら、エジプトの王として振る舞おうとする姿勢がよく表れていて、個人的にとても惹かれるポイントです。 -
マルクス・アントニウスの頭部像と、クレオパトラ7世の頭部像。
そして二人の双子の子供、アレクサンダー・ヘリオスとクレオパトラ・セレネの像。 -
こちらにもハドリアヌス帝の頭部像。
先ほどアレキサンドリア国立博物館で見たハドリアヌス帝とそっくり。 -
メデューサのモザイク画。
メデューサはギリシア神話に出てくる怖い存在ですが、家では悪魔を退けるお守りになるそうです。 -
イチオシ
ヘレニズム文化とエジプト文化が融合したアレキサンドリアで、特に大切に崇拝されていた聖獣が アピス。
いわゆる「牛の神様」です。
像は驚くほど写実的で迫力があり、ただの宗教的存在というより、力強い生命そのものを表しているように感じました。
素直に、すごくリアルでかっこいい像です。 -
ナイル川流域では、ワニも神聖な存在として崇拝されており、死後にミイラ化されることもあったそうです。
これは、豊穣やナイルの力を象徴する神 セベク 信仰と深く結びついています。
実際、大エジプト博物館 でも、ワニのミイラが展示されていましたよね。
アレキサンドリアで見た展示が、別の場所での体験とつながる瞬間でした。 -
博物館を出て、思わずびっくり。
なんと、雨が降っています。
アレキサンドリアは地中海に面しているため、エジプトの中では比較的雨が降る地域だそうですが、それでもやはりエジプト。日本と比べれば、年間の降水量は圧倒的に少ないと言われています。
それなのに、この日はまさかの土砂降り。
当然のことながら、地元の人たちは誰も傘など持っていません。みんな諦めたように、びしょ濡れになりながら歩いていました。
私は一等席の列車でカイロまで帰らないといけないので、あんまりずぶ濡れになるわけにもいかないと思い、歩ける距離ですがタクシーでアレキサンドリアのミスル駅に向かいました。この時夕方16時半。
電車出発まで1時間ちょっとの時間でした。 -
イチオシ
再び Misr Station に到着しました。
出発時刻の 約30分前になるまで、ホーム(搭乗口)には入れない仕組みのようです。
チケットを駅員さんに見せると、どの列車に乗ればいいのかを丁寧に案内してくれました。
慣れていない旅行者にとっても、これはかなり安心できる対応です。 -
エジプトの国旗模様の列車。カッコいいですね!
-
そしていよいよ乗車です。
「一等車・・・あれ?」と思わずツッコミたくなるシートですが、まあ 寝るだけだから良いか(笑) というテンションで乗り込みます。
少し待っていると、隣のホームから別の Egyptian National Railways 列車が出発していきました。出発の様子を撮影してみたので、よければ雰囲気だけでもご覧ください。
(動画リンク)https://www.youtube.com/watch?v=JKx1apeunic -
約4時間。
午後10時ちょっと前にカイロのラムセス駅(Ramses Station)に到着。 -
カイロの看板。
-
イチオシ
ラムセス駅の有名なモニュメント。
ピラミッドなのかオベリスクなのか、オシャレなデザイン。
10時ピッタリに、このモニュメントの電気が消えました。 -
ラムセス駅の外観。
モスクのようなイスラムらしくてカッコいいですよね。 -
地下鉄でタハリール広場方面に移動します。
-
評価が高かったエジプト料理屋のFELFELAへ。
-
見事な ハマーム・マシュイ。鳩の半身焼です。
今回はアレキサンドリアでほとんど何も食べていなかったので、正直かなり空腹。
もう、びっくりするくらい美味しかったです。
ただ、ここで少しトラブルがありました。
エジプトポンドの残りが少なく、しかも翌日は両替する時間も取れないほど観光予定を詰め込んでいたため、入店時に念のため「クレジットカードは使えますか?」と確認していました。
そのとき店員さんは、はっきりと「使えるよ!」と言ってくれたんです。
ところが会計時になると、「うちは現金のみですよ」との返答。
入店時のやり取りを伝えると、「ごめん、間違えてた」と軽く謝られただけでした……。
結果、400ポンドの現金払い。
これは正直、なかなか痛かったです。 -
最後はエジプトポンドが思った以上に減ってしまい、少し反省点もありましたが、それを差し引いても日帰りのアレキサンドリア旅は最高に面白かったです。
そしてホテルに戻ると、いつものように猫がお出迎え。
長い一日の締めくくりとして、なんともエジプトらしい、ほっとする瞬間でした。
【エジプト】年末年始の歴史満喫旅
1日目カイロ旧市街イスラム地区編
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2日目ピラミッドと大エジプト博物館編
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3日目カイロから日帰りアレキサンドリア編
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4日目オールドカイロとゴミの町マンシェットナスル編
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