2025/12/29 - 2026/01/03
409位(同エリア1693件中)
ケイコとサトシさん
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2025年12月29日から2026年1月3日。
4泊6日のエジプト年越し旅を楽しんできました。
今回の旅行コンセプトは4つ。
①Uberを使わず、すべて交渉でタクシー利用。
②バクシーシの考えを尊重。
③世界史のリアル勉強を楽しむ。
④カイロとアレキサンドリアの2都市周遊。
関西国際空港からドバイ経由でエジプトカイロへ。
1日目:カイロのイスラム地区
2日目:ギザのピラミッドと大エジプト博物館
3日目:アレキサンドリア
4日目:オールドカイロとシタデル、そして帰国
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- エミレーツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- エクスペディア
-
今回の旅行は関西国際空港から。
-
エミレーツの巨大飛行機でドバイ経由でカイロに向かいます。
-
ドバイ国際空港。
定番の高級自動車クジやってました。 -
12月30日10時25分
カイロ空港に到着。
入口付近のタクシー勧誘を突破して、空港外へ移動。
Uberは利用しないと決めていたので、タクシーに声をかけて価格交渉。
2人目で交渉成立!
まずは今回宿泊するフィロホテルに向かいます。 -
フィロホテルがあるTALAAT HARB SQUAREに到着。
なんと空港到着からたった1時間。11時30分に到着できました。
Uber交渉で時間をとらずに、直接交渉で急いだかいがあった! -
フィロホテル入り口。
ホテルの看板はでていませんのでご注意。
非常に歴史ある建物です。 -
扉の内側に赤いフィロホテルの案内垂れ幕が。
3rd Floorと書いてありますが、日本のカウント方法だと4階です。
どうやらこの建物には3つのホテルが入っているらしい。 -
ビックリしたのが・・・。
この年代物のエレベーター。 -
あまりにレトロで少し乗るのが怖い。
結局1回も使いませんでした。
ホテルスタッフの説明では、1900年頃に設置された120年物のエレベーターらしい。 -
この赤い矢印に従って移動すればホテルに到着。
-
フィロホテルのスタッフは、非常に愛想が良くて親切。
部屋は古いし、賑やかな交差点前なので騒々しいですが、基本清潔で心地は良かったです。 -
浴槽はありませんが、トイレにはトイレットペーパーがついてるし、シャワーはお湯が出ました。
歯ブラシ、髭剃りは無かったのでご持参ください。 -
荷物をホテルにおいて、さっそくカイロ旧市街(イスラム地区)へ。
まずはイブン・トゥールーン・モスクへ向かいます。
路上には山ほど犬と猫がゴロゴロしています。平和だねぇ。 -
モスクまではトゥクトゥクを利用。
価格交渉はすんなり成立! -
イブン・トゥールーン・モスクに到着。
バグダッドを本拠地とするアッバース朝のエジプト総督「イブン・トゥールーン」が建てたモスクです。
イブン・トゥールーンはアッバース朝から独立し、トゥールーン朝をひらきます。新首都アル・カタイを築き、その中心にこの巨大なモスクを作りました。
西暦879年に完成されました。 -
モスクは旧市街イスラム地区の南部に位置しています。
エジプトのほとんどのモスクが石造りなのに対し、このモスクは焼レンガと漆喰で作られています。これはアッバース朝のあるメソポタミアエリアの影響と言われています。 -
イチオシ
最大の特徴は、らせん状のミナレット。
これもバグダッドのサーマッラーのマルウィーヤ塔の影響だそうです。 -
スルタン・ハッサン・モスク(左)とアル・リファイー・モスク(右)。
ここはシタデルに隣接する場所で、非常に巨大なモスクが並んでいます。 -
入口は共通で、両モスクの間にチケット売り場があります。
並んでいますが建築年は全く異なります。
スルタン・ハッサン・モスクは1363年に完成。
アル・リファイー・モスクは1912年に完成。 -
アル・リファイー・モスク。
近代国家ムハンマド・アリー朝の威信を示すモスクとして建てられたんだそうです。 -
イスマイール・パシャやフアード1世など、近代エジプトの王墓となっていました。
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続いてスルタン・ハッサン・モスク。
入口が暗い通路になっているのが一つ目の特徴。 -
通路を抜けるとイーワーン(半屋内の広間)が中庭を囲むように4つあります。
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正面イーワーンには廟がありますが、空の廟になっています。
このモスクを作ったスルタン・ハッサンが政争に巻き込まれ暗殺されたためと言われています。 -
マムルーク建築(巨大・威圧感・重厚な石造り)の最高傑作。
圧倒的な重厚感を感じました。 -
両モスクの間からは、カイロ城塞(シタデル)にあるムハンマド・アリーモスクが見えます。ムハンマド・アリー・モスクは後日訪問予定なので、今回はパス。
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徒歩でバーブ・アル=アズブ(Bab al-Azab)へ。
ここはサラディン城塞(シタデル)の南西に位置する城門です。
この城塞は1811年の「マムルーク粛清」の舞台となった「血の門」です。 -
エジプト近代化の父、ムハンマド・アリーが、実権を握っていたマムルーク達を一斉虐殺した事件です。
マムルーク達を祝宴と偽り城塞に呼び出し、この門に誘き出し虐殺したと言われています。いまもまだ廃墟のような状態で、しかもここに近づいたとき、ホームレスと思われる方々にかなり絡まれましたので、女性は一人で行かないほうがいいかも。
でも、歴史的な舞台だったから見たかったんですよね・・。嬉しかった。 -
カサバ・オブ・ラドワン・ベイ(Qasaba of Radwan Bey)。
オスマン朝時代に作られた屋根付きの市場通りです。 -
マムルーク朝時代に作られたハーン・ハリーリと異なり、直線的なのが特徴的ですね。
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ズヴェーラ門(Bab Zuweila)。
ファーティマ朝時代に作られた城壁都市カイロの南門。
後のマムルーク朝時代に、この門の隣に政治犯の収容所・牢獄が作られ、ズヴェーラ門は処刑場の象徴となりました。処刑された後の首級が門に晒されたそうです・・・。
後に牢獄はモスクに作り替えられ、門には2つのミナレットが作られました。
マムルーク朝最後のスルタン「トマン・ベイ」は、オスマン帝国に敗れ、ズヴェーラ門で処刑されました。まさにマムルーク朝が滅びた舞台。 -
ズヴェーラ門の城壁に登ります。
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イチオシ
カイロ城壁の上から見た城壁の内側。
ムアイヤド・モスクのドームと、たくさんの尖塔(ミナレット)が見えます。
千のミナレットの都(City of a Thousand Minarets)と言われるだけあります。 -
カイロ城塞の外側方面。
さきほどのカサバ・オブ・ラドワン・ベイが見えます。 -
イチオシ
ズヴェーラ門上の尖塔に登ります。
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ここが尖塔入口。
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中は狭い螺旋階段。途中真っ暗で、スマホの光がないと怖いくらいでした。
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尖塔の中間に到着。広く展望台があるので、良い景色。
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尖塔の先まで登ります。
高所恐怖症の人には怖いかも。スリリングで狭い足場でした。
もう一本の尖塔に登っていた旅行者と手を振り合いました! -
ズヴェーラ門と一体化しているムアイヤド・モスク。
このモスクはモスクができる前はマムルーク朝の国家牢獄。
このモスクを建てたスルタン・ムアイヤドは、若い時代に政争で牢獄に閉じ込められた経験があり「牢獄を出れたらモスクに作り替える!」と誓っていたそうです。 -
ドームの下には、スルタン・ムアイヤドとその皇子の墓があります。
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外観も美しいですが、ドームの内側も綺麗。
重厚で質素というマムルーク建築の特徴がよくでてます。 -
旧市街をどんどん北上します。
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エジプトといえばのアエーシ。
平焼きパンです。 -
こんな細い道路も車は走ります。
しょっちゅう何かにぶつかったり、擦ったりしながら走ってます。 -
一歩裏道に入ると、地元の方々しかいない通路があり、そこは市場としてにぎわってました。新鮮な果物。
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新鮮な鶏・・・・。
というか、なんで逃げないんだろう? -
市場を越えていくと、アズハル・モスクが見えてきます。
西暦970年に作られ、現在のアズハル大学の母体となっている宗教・学問拠点。
世界最古の大学と言われています。 -
大理石?が一面に敷き詰められています。
顔がうつる程ピカピカです。
凄い綺麗ですね! -
イチオシ
時代とともにミナレットが追加されてきたそうで、複数のミナレットを持っているのも特徴です。
とは言え、この床の白光がすごい。 -
さすが世界最古の教育機関。
いまも多くの学生と思われる方々が、座って勉強しています。
多くの学生が、観光客の存在を気にせずに学ぶ姿を見ることができたことに衝撃・・・。さすが1000年以上続く教育機関・・。 -
アズハル・モスク。
エジプトの方々の、イスラム教を勉強する熱心な姿勢。1000年前から連綿と続く風景に感動しました。 -
スルタン・アル=ゴーリー・コンプレックス。
アル=ゴーリーは、当時隆盛を誇っていたオスマン帝国とたたかって戦死したマムルーク朝のスルタン。 -
まずはコンプレックスの中心のモスク。
礼拝している信者さんがいたので、ちょっとだけ見学。
4イーワーン型でした。 -
マムルーク建築にも、控えめながらも美しいステンドグラスがありました。
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スルタン・アル=ゴーリー・コンプレックスのハーンカー(スーフィー修行者のための施設)と霊廟に向かいます。
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ここがハーンカーなのかな?
スーフィー舞踏のステージがありました。
建物も美しい。
後日、こちらのハーンカーで、タンヌーラ(スーフィー舞踏とよく似たエジプト文化) -
こちらが霊廟。
もちろんアル=ゴーリーの霊廟として作られたのですが、オスマン帝国との戦いで戦死したゴーリーの遺体は見つからなかったため、いまも空の廟になっています。 -
アル=ゴーリーのウィカーラ。
マムルーク朝後期の商業施設(隊商宿)です。
たくさんのラクダが並んだ隊商が、宿泊したり荷物を保管したりした場所です。 -
まさに映画に出てきそうな雰囲気ですよね。
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アル=ムイッズ通りを更に北上します。
ゴーリーコンプレックスより北には、たくさんのモスクとマドラサが密集しています。 -
マムルーク朝のスルタン・バルスバイが1438年に完成させたモスク。
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非常に質素ですが、シンプルで美しい縞模様のモスク。
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このモスクも4イーワーン型です。
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ハーン・ハリーリ。
マムルーク朝時代に作られた市場 -
ネットやSNSでは、ランプなどが並ぶ写真がよく出ていますが、このように土産から地元の方の必要雑貨までそろった市場。
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アル=ムイッズ通り史跡共通チケットをここで購入。
チケット売り場はカーラーウンコンプレックス入り口の前にあります。 -
アル=サーリフ・ナジュム・アッ=ディーン・アイユーブのマドラサと霊廟(Madrasa and Mausoleum of al-Salih Najm al-Din Ayyub)。
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続いてカーラーウン複合施設(Qalawun Complex)です。
なんとスルタン・カーラーウンの廟と、病院、学校の複合施設。
公立病院として地域を支えていたなんて、なんとも予想外でした。
そして何より、この内装。装飾。
他のマドラサなどと比較して、圧倒的に豪華絢爛です。 -
イチオシ
カーラーウンの廟です。
暗くなっているので、見やすいように明るく撮影しましたが、本当にかっこいい施設。今回の旅行で驚いた一つです。
あまりカーラーウン複合施設は、有名ではありませんが、マムルーク朝のモスクやマドラサが集まるムイッズ通りの中でも、随一の素晴らしい内装でした。 -
夜はライトアップされるようですので、次回は夜も来てみます。
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マドラサ・スルタン・アル=ナースィル(Madrasa of Sultan al-Nasir Muhammad)
アル=ナースィルは教育に非常に力を入れていたそうです。 -
バルクーク・モスク。
この通路にも、宗教的な意味があり、俗世から聖域に切り替える場所という意味があるそうですよ。 -
4イーワーン型のモスク。
非常にシンプルで、メインのイーワーンには、なんと蝙蝠が沢山いました。 -
非常に豪華な屋根。かっこいい!
最近イスラム文化の幾何学模様が好きになってきました。 -
ハマム イナール(Hammam InaL)
エジプト版大衆浴場です。トルコなどでもハマムは有名。
モスクに礼拝に行く前に体を清める目的もあるそうです。 -
ドームにはカラフルな小窓がついていて、湯気をカラフルに見せていたそうです。
オシャレですね。 -
サビール=クッターブ・アブドゥル・ラフマーン・カトフダー(Sabil-Kuttab of Abdel Rahman Katkhuda)。
サビールは給水所。
クッターブは子どもにコーラン読み書きを教える初等教育施設。
この複合体だそうです。
残念ながら入場できませんでした。 -
アル・ハーキム・マスジッド・モスクです。
アル=カーヒラ(カイロ)が作られてすぐに作られた巨大モスク。
ファーティマ朝時代の990年から建築がはじまったモスク。
城壁都市カイロの2つの北門、城壁と一体化しているため、尖塔(ミナレット)が頑丈な角塔に包まれているのが特徴。 -
昔は質素な石材で作られていたそうですが、20世紀後半に美しい大理石に吹き替えられたそうですよ。
このモスクも暗くなって訪問するとライトアップされているという噂。
次回は夜も来てみたい。 -
イチオシ
フトゥーフ門です。
「フトゥーフ」とは開拓とか開かれたという意味なんだそうです。
城塞都市カイロの北門の一つで、横にはアル・ハーキム・マスジッド・モスクのミナレットが見えますね。 -
北側城壁の外側を歩きます。写真は撮っていませんが、この城壁前の道路の反対側、北側は広大な墓地になっています。
城壁の中と外の差を強烈に感じることができる場所でした。 -
旧市街、イスラム地区観光の最後はナスル門。
「ナスル」は勝利を意味するそうで、防衛・勝利・権力を表しているそうです。 -
ホテルに近い旧「エジプト考古学博物館」に戻ってきました。
-
今回の旅行ですごく助けてもらった両替所「Egyptian Exchange Co.」。
カイロ市内で日本円からエジプトポンドに両替をしてくれます。
レートも空港よりも良い! -
お店のスタッフも非常に親切です。
パスポートの提示は必要ですが、テキパキと両替してくれます。
日本円5000円札を両替したのですが、「5000円札」をスタッフは初めて見たそうで嬉しそうにしてました。 -
タハリール広場。
エジプトの皆様に非常に知名度が高い広場。
「タハリール」は解放を意味するそうですが、いわゆるアラブの春「2011年革命」のとき、ここに市民が100万人集まったそうです。
ホテルに戻りたいとき、目的地を「タハリールスクエア」と言えば、すべてのタクシー運転手がすぐに分かってくれました。 -
カスル・エル=ニール橋(Qasr El Nil Bridge)。
ギザとタハリール広場を繋ぐ、ナイル川に架かる橋です。 -
カッコいい獅子の像が両端に鎮座しています。
ジョジョの奇妙な冒険に出たことがあるとか・・。 -
橋の上から眺めるナイル川。
カイロタワーが見えてますね。 -
夕方だったので、ちょうど夕日を見ることができました。
-
イチオシ
15分くらい眺めてましたが、結構地元の方たちもナイル川沿いに集まって夕日を眺めていました。
あの世界史でも地理でも勉強するナイル川。
そのほとりで見る夕日。
なんか感慨深いものがありました。 -
真っ暗になる前にエジプト名物のコシャリを食べに徒歩で向かいます。
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いつも混雑している人気店。
18時ごろに行きましたが、私は5階席を案内してくれました。
かなりお店は広いので、少人数であれば予約は不要な感じです。 -
コシャリは米・マカロニ・レンズ豆・ひよこ豆に、トマトソースやビネガーをかけ、混ぜて食べます。
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トマトソースやビネガーは、店員さんが盛り上げながらぶっかけてくれます。
動画もありますよ。 -
こんな感じにクチャクチャに混ぜていただきます。
味は濃くて美味い!
味濃いめのミートソースパスタのようなおいしさでした。 -
店内はこんな感じ。
店員さんもサービスがいい店でした。
量は多いので、コシャリ一つで満腹になりました。 -
ホテルに戻ってきました。
フィロホテル周辺は繁華街なので、夜になってもたくさん人がいて安全な場所でした。 -
ヨーグルトを買って帰りました。
私は海外旅行に行ったときには、可能な限りヨーグルトたくさん食べます。
その土地によって味が違うのと、食当たり防止のマジナイみたいなものです。
エジプトのヨーグルトは、ギリシアヨーグルトだったり、まったく砂糖が入っていないプレーンでした。
旅行2日目。エジプト初日が終了!
この後疲れきってぐっすり寝ました。 -
明日はギザのピラミッドとオープン間もない大エジプト博物館に行く予定です。
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