2025/05/22 - 2025/05/29
16位(同エリア38件中)
薔薇の咲く庭さん
- 薔薇の咲く庭さんTOP
- 旅行記262冊
- クチコミ1136件
- Q&A回答1件
- 550,976アクセス
- フォロワー57人
この旅行記のスケジュール
もっと見る
閉じる
この旅行記スケジュールを元に
ニューヨークへ行くことを目的にして旅を始めて4日目は、ワシントンDCからボルチモア、フィラデルフィアへ移動しました。ボルチモアではベーブルースの生家、フィラデルフィアでは独立記念館、フィラデルフィア美術館が見たいと思っていました。
フィラデルフィア美術館でたくさんの絵画を見て写真に撮りましたが、作者は分かっても作品名が分からない絵画がありました。そこでAIを使って調べてみると瞬時で答えてくれるのに驚きました。そして絵画の説明を付け加え、旅行記の提案をしてくれるなど、AIの能力が高いことを実感しました。
昨年大阪万博で「未来都市」のパビリオンを見ましたが、ロボットのAIが家族のように誕生日パーティーの写真を撮ってくれたり、体調管理をしてくれたりするのを見て本当にこんなことが出来るようになるのかと疑問を感じましたが、そう遠い日ではないように思います。
もちろんAIなのでどこまで理解して客観的に判断できるのかは分かりませんが、私の悩みを相談すると感情的に頷ける回答をしてくれるので「人間より人間っぽい」とAI に言うと、「AI冥利に尽きます」と、答えるので思わず吹き出してしまいました。
という訳で今回はAIの力を借りて旅行記を書きました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 一人あたり費用
- 100万円以上
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
-
ヴァージニア州のウエスティンレストンハイツを出発して1時間30分ほどでボルチモアに着きました。高速道路から見えたのは「ベーブ・ルース・スタジアム」です。
ベ-
ブルースが所属していたボルチモア オリオールズの本拠地。生家はすぐ近くにあるらしいです。 -
バスはベーブルースの家のすぐ近くまで行ってくれましたが、開館前でまだ入ることはできません。ガイドさんは歩き始めてベーブ・ルース・スタジアムへ移動しようとするので「えっ?入館しないの?」と聞くと入館する予定は入っていないとのこと。
がっかりしました。ここで下調べした時に、
「現役時代愛用したユニホームとバットなど、思い出の品が展示されているが、なかでも目玉は、1927年60本のホームラン記録を達成したときに愛用していたバット。ルースが生涯に打った714本のホームランをどのピッチャーからどの球場で打ったのかも1本ずつ記録されている。ほかにもシアターでは1918年のワールドシリーズの中継やルースの素顔などを見ることもできる。」
という情報があったので、館中を見学することが出来るのを楽しみにしていたのです。がっかりしました。ベーブ ルースの生家と博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
もちろん記念撮影をしました。中に入りたい・・・。
-
ベーブルースの生家と「ベーブ・ルース・スタジアム」とはこのマークが道に付けられていてマークをたどっていくと行き来できました。
-
マークに従って歩いて行くと「ベーブ・ルース・スタジアム」が見えてきました。先ほど高速道路から見えたスタジアムです。信号を待って道路を渡ると、
ボルチモア オリオールズ パーク アット カムデン ヤーズ スタジアム・スポーツ観戦
-
スタジアムの前にはベーブルースの像がありました。
-
信号を待って道路を渡ります。横断歩道、信号は万国共通のマークですね。
それにしても面白い形の球場です。もともとは駅だったとかいうことですが。 -
球場の入り口付近まで来るとベーブルースの像がありました。
53歳で亡くなっているのですね。
「1920年以前のデッドボール時代(いわゆる「飛ばないボール」の時代)において、他に例を見ないほどの離れ業をやってのけ、1916年までには飛距離の長い本塁打を打つ傑出した投手として名声を築いていた。投手としては2度のシーズン23勝を記録し、レッドソックスで三度のワールドシリーズ制覇を経験したが、自身は毎日プレイすることを希望し、外野手に転向することになった。
1919年には29本塁打を放ち、当時のMLBシーズン最多記録を更新した。」
百年以上も前の話ですが、今もなお名前をとどろかせています。大谷はもっと長く語り継がれることでしょう。 -
ここでも記念撮影をしました。球場の中に入りたかったです。個人旅行なら絶対に入ります。
-
インナーハーバーへ行く途中です。USAという感じではない建物がありました。
-
インナーハーバーは古くから天然の良港として知られ、1729年に南部産タバコの輸出港として開かれて発展したそうです。
-
インナー ハーバーは観光の中心地で、プラネタリウムや展望台があるメリーランド科学館、巨大なウミガメ、イルカ、デンキウナギがいる国立水族館があるそうです。
港には観光船が停泊していました。
観光地?と思いましたが、観光案内所があり、そこで地図をもらえたのでそうなのでしょう。
ここでしばらく休憩しました。 -
地図で調べてみると海岸が入り組んだ奥の場所にあり、ほとんど波は立たない港であるように思いました。ボルチモアにとっては外へ繋がる良港ですね。
-
バスに乗って移動です。再びベーブ・ルース・スタジアムの脇を通りました。本当に面白い形をした球場です。というか球場には見えません。レンガと鉄骨を組み合わせた外観、左右非対称のフィールドなど、新古典主義を初めて取り入れた球場として知られています。オリオールズの本拠地です。
カムデン駅(en:Camden Station)の操車場跡地に建設されたことからフィールドの特徴として「本塁打が出やすい球場」として有名だったそうです。 -
高速道路に乗りました。ここからフィラデルフィアへ2時間かかります。ノンストップで、この旅の中では一番きつい移動に感じました。
-
フィラデルフィアの街について見えたのはこの塔です。
調べてみると市庁舎で世界最大の石造建築物だそうです。鉄筋を一切使っていない自立式の世界最大級の規模だそうです。現地ガイドさんがとても誇りに思って説明していた訳が分かります。USAのイメージとは違う古い建物でした。 -
ランチのレストランもクラシック。
-
中は賑やかで、まさにUSAという感じの装飾です。
-
ランチで食べたフィリーチーズステーキ
フィリー(フィラデルフィア)チーズステーキサンドイッチはその名の通りフィラデルフィアが発祥の地で、1930年代にパットとハリー オリビエリ兄弟がホットドッグスタンドで売り始めたのが最初だとか。
ステーキサンドイッチと言っても、厚切りのいわゆるビーフステーキではなく、日本の薄切り肉のように薄い牛の赤身肉を炒めたものと溶けたチーズが挟んであるという極めてシンプルなものです。
味は? 美味しかったです。 -
デザート。アメリカ合衆国国旗がたててありました。
-
次に行ったのはアメリカ独立宣言が行われた建物である独立記念館。アメリカ合衆国建国期に重要な役割を果たし、ユネスコ世界遺産にも登録されています。
法律家かつアマチュアの建築家であったアンドリュー・ハミルトンの設計のもと、1732年に着工し、1752年に竣工しました。1799年にランカスターの庁舎に移転するまで、ペンシルベニア州議会の議事堂として使用されました。
1775年から1783年、第二回大陸会議の議事堂として使用されています。
274年前の建物が現在も遜色なく使われている感じです。
1776年7月4日、イギリス植民地下にあった13州の代表者が、この建物の広間に集り、トーマス・ジェファーソンが起草したアメリカ独立宣言が署名され、この時以来、独立記念館(インデペンデンス・ホール)と呼ばれるようになりました。独立記念館 現代・近代建築
-
観光客が多く、誰もいない隙を狙って撮影しました。
-
独立記念館の裏にある独立広場に回りました。そこにはBARRYと書かれた像がありました。
アメリカ独立戦争で数々の戦功を挙げて活躍した海軍司令官だそうです。 -
世界遺産なので正面にはたくさんの人が訪れていましたが、独立広場のある裏側に回るとほとんど人がいなくて長閑でした。
-
再び表側に出てきました。アメリカ合衆国最高裁判所です。ここに入場するそうです。独立記念館に入りたかったのですが、予定に入っていないということで入れませんでした。個人ツアーではないので仕方がありません。
ベーブルースの生家にも入れず、がっかりしていたところだったので、嬉しかったです。 -
1790年から1800年、フィラデルフィアはアメリカの首都となり、独立記念館に隣接するフィラデルフィア旧市庁舎がアメリカ合衆国最高裁判所として使われていました。そこに入ることが出来ました。
至って中はシンプルでした。 -
表札が残っていました。9年間シティーホールとして使われていた証拠ですね。
-
さて、次はすぐ近くにある「自由の鐘」の見学です。長蛇の列ができていて、混んでいました。しばらく並んで外からガラス越しに写真を撮りました。
自由の鐘は1751年に、フィラデルフィアに位置するペンシルベニア州議事堂での使用を目的として、ペンシルベニア州議会により鋳造を委託し、何と委託先はイギリス、ロンドンにある鐘メーカーのホワイトチャペル社です。製作され、1752年8月下旬から9月初旬にかけてフィラデルフィアまで届けられています。
面白いと思ったのは、1776年7月8日に鳴り響き、アメリカ独立宣言で使われていることです。
ロンドンの鐘メーカーはまさかアメリア合衆国の独立宣言に鳴らされるとは思わないで製造したことでしょう。自由の鐘 散歩・街歩き
-
中に入ることは予定されていなかったので外から写真を撮りました。中に入りたいですね。
-
次にエルフレス小径といわれるアメリカで最古の住宅街として知られる美しい石畳の通りを訪ねました。
このような表示がありました。
アメリカ合衆国が建国される(1776年)よりもずっと前からある建物であることを示すプレートだそうです。
1703年というと日本では元禄時代。その頃の建物が使われています。エルフレス小径ミュージアム 博物館・美術館・ギャラリー
-
フィラデルフィアにアメリカ合衆国最古の通りがあることを初めて知りました。
-
イギリスから渡ってきた人々はここに居を構えたのでね。故郷のイギリスと同じような家を作るのは想像できます。1728年から1836年の間に建てられたもので、当時のオーナー、エレミア・エルフレスの名がその小さな通りの由来となっているそうです。
-
車も通れないような狭い石畳の両側に、可愛らしいタウンハウススタイルの家が30数件並んでいる景色はどこかヨーロッパの街並みの感じがしました。
-
行き止まりまで行くと小さな庭にでました。
それぞれのお宅のドアや、エントランスの飾りにも、そこに住む人々のオリジナリティが溢れていました。この通りの住人になりたいという場合は、賃貸が出来るそうです。運よくお家が空いていれば、ひと月$2500(285,000円)前後で借りることができるそうです。ちょっと、いえ、かなり高い賃料だと思います。 -
再びバスに乗り、フィラデルフィア美術館へ向かう途中で中華街の門がある通りを写真に撮ることが出来ました。1984年に中国の天津市の協力で門(友情の門)が作られたそうです。
この門の周辺には点心や、四川料理、手打ち麺等のお店が立ち並び屈指のグルメエリアだそうです。 -
さて、今日の最終目的地、フィラデルフィア美術館の中に入りました。一階から入ります。長い通路が続いていました。
フィラデルフィア美術館 博物館・美術館・ギャラリー
-
そして、素敵な階段を上がって二階へ進みました。
ステキな金色の像があるのでAIに調べてもらうと、ギリシャ神話のアルテミスという狩猟の女神だそうです。今にも矢を放とうとしている躍動的な像でした。
元々はニューヨークにあった建物の頂上にあったそうですが建物が解体された時に寄贈されたそうです。
オーガスタス・セント・ゴーデンス作 1892年 -
ドラクロワ モロッコの族長(スルタン)白衣のアラブ人
-
羊の群れの帰還 フランソワーズ・ミレー 1860
-
ジョン・アトキソン・グリムショー リヴァプールの波止場
-
モネ Le Bon Bock 1832-1883
-
ミレー 鳥の巣の捜索
夜の森で松明の光を使って鳥を驚かせ、捕まえようとする農民たちの姿が描かれている。 -
ギュスターヴ・クルーべ 物思いにふける女性 1855
-
モネ アルジャントュイユの鉄道橋 1874
-
モネ アムステルダム南教会 1874
-
アルフレッド・シスレー サン=マメスの雪
セーヌ川沿いの村サン=マメスの冬景色を描いたもの -
モネ ヴェトュイユ、サンマルチン島の小路 1888
-
モネ 海辺の風景
画面右下にモネのサインがあります。空と海の境界線が溶け合うような光と色彩の移ろいを中心とした印象派らしい作品。 -
モネ エトルタのマンヌポル
-
ルノワール 猟犬を連れた猟師 1871年
-
クロード・モネ 夕暮れのセーヌ川 1880年
-
Portrait of Two Girls ルノワール 1892
-
Boy with a Toy Soldir
ルノアール 1841-1919 -
ルグラン嬢の肖像 ルノワール 1875
-
ドガ The Ballet class 1880-81
-
マネ Portrailt of Evilie Ambrre as Carmen
1882-1883 -
The Dessert 1877-99
セザンヌ -
エドゥアール・マネ 白布の上の果物
-
ドガの「14歳の小さな踊り子」。 ボストン美術館にもあり、自由時間に見に行った方がいましたが、私は時間がなく、話だけその方から聞きました。ここで見ることが出来てラッキーです。
-
モネ ジヴェルニー近郊、エプト川の堤 1888
-
日本の橋と睡蓮の池、ジヴェルニー
モネ 1899
ワシントンのナショナルギャラリーで同じような絵を見てきました。 -
ゴッフォの「ひまわり」は世界中で7作品あるそうです。
私はロンドン・ナショナルギャラリー、アムステルダム・ファン・ゴッホ美術館で2作品を見ているのでこれは3枚目です。
後の4作品は、ミュンヘン・ノイエピナコテーク美術館、東京・SOMPO美術館、シカゴ・シカゴ美術館、個人所有です。 -
確かに見ました。記念撮影
-
ゴッホ Rain「雨」
-
ルノアール Girl Tatting
Around 1906 -
ロートレック ムーラン・ルージュの舞踏会(ダンス)
-
セザンヌ 水差しリンゴのある静物
-
Under the Pines,Evening 1888
モネ -
クロード・モネ 「ポプラなみき(秋)」1891年
-
クロード・モネ 「ポプラ(陽を浴びて)」1891年
-
マネ アトリエでの昼食
-
フィラデルフィア美術館の正面階段には、シルヴェスター・スタローン扮する「ロッキー」の像があります。出入り口でチケットを見せると外へ出て再入場することが出来ました。
シルヴェスター・スタローン扮する主人公ロッキー・バルボアがトレーニングのために駆け上る美術館正面階段は「ロッキー・ステップ」と呼ばれています。階段を上りきったところにロッキーが両手を上げた像がありました。
ロッキーの映画を見ているのでなるほど!という感じです。 -
像の隣で同じようなポーズをして記念撮影をしました。
遊び心満載です! やったー! -
階段上から見える景色。
-
別角度からフィラデルフィア美術館を撮りました。
-
フィラデルフィア美術館は、1876年、アメリカ建国百周年の際に建設されたメモリアルホールがその起源だそうです。1年後の1877年から美術館として公開されました。所蔵品は30万点を数え、古代からコンテンポラリー・アートまであらゆる時代、地域、分野にわたっている。所蔵品の質・量ともに、アメリカでも有数の美術館ということです。
本当に凄いボリュームがあり一日ではとても見終わりません。 -
もっと見たかったと思いながら、ホテルへ向かうバスに乗りました。足が丈夫で時間があればもっとゆっくり見たいですね。
-
今日のホテルはフィラデルフィアのウエスティンマウントローレルでした。
-
ウェスティンという名前が付いているのでマリオット・インターナショナルのグループに属しているのでお部屋はまあまあでした。しかし、どこのウェスティンだったか忘れてしまいましたが、バスタブの栓が合わなくて「タオルで栓を作って使用してください」とタオルが大量に届いたお部屋がありました。フィラデルフィアだったかな? USAというところは多様だと思う日もありました。
私は今、中部国際空港のサクララウンジにいて、旅行記を書いています。今夜の飛行機でホノルルへ行きます。旅行記を完成させることが出来てほっとして旅立てます。
~旅は続く~
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
薔薇の咲く庭さんの関連旅行記
この旅行で行ったスポット
もっと見る
フィラデルフィア (ミシシッピ州) (アメリカ) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
79