2025/12/21 - 2025/12/21
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FUKUJIROさん
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この旅行記スケジュールを元に
今月の初めに「放送100年」の記念にNHK放送博物館を見学しましたが、その時に「昭和100年」というキーワードを見つけました。
政府広報に拠りますと、令和8年(2026年)に、昭和元年(1926年)から起算して満100年を迎えます、とあります。政府では、幅広い分野にわたり、「昭和100年」関連施策を推進するようで、その一つとして、埼玉県の久喜市立郷土資料館において「第15回特別展 昭和100年・放送100年記念 昭和ラジオテレビ物語~「鉄塔」のあるまち久喜~」が開催されていました。
久喜市にはNHKの菖蒲久喜ラジオ放送所が所在することから、この企画展が開かれることになったとのことで、まずは現地を見てきました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス 私鉄 徒歩
-
埼玉県道12号川越栗橋線(菖蒲街道)を桶川から北方向へ進むと、しばらくして前方に紅白の縞模様に塗られた高い鉄塔が見えてきます。
菖蒲城趾あやめ園の駐車場からの眺めです。 -
少し拡大すると2本の放送塔がはっきり見えました。
よろしければ菖蒲城趾あやめ園を訪れたときの旅行記もご覧ください。
https://4travel.jp/travelogue/11984573 -
NHK菖蒲久喜ラジオ放送所に近づきました。
NHK放送センターが管轄する2本のアンテナは、右がラジオ第1放送のアンテナ、左がラジオ第2放送のアンテナです。2本のアンテナは500mほど離れています。
敷地面積は、313,121m2(約95,000坪)の広さがあります。東京ドームと比較すると、6.5個分ほどになります。 -
近づきました。
パラボラアンテナが並ぶ建物は、衛星放送地球局です。衛星放送用の放送電波を衛星へ送り出す送信所です。この衛星放送の地球局は、東京渋谷にあるNHK放送センターの主局から電波送信が困難になった場合に機能します。
右側にはラジオ第一放送のアンテナ、そして木の枝の向こうにラジオ第二放送のアンテナも見えます。
左端に見えている鉄塔は地上波テレビ中継用アンテナ。 -
東京の愛宕山にあった社団法人東京放送局の送信所は、後に埼玉県川口市に移転、更なる出力増強のために現在地に再度移転しました。
放送設備電波を効率よく放射するため、敷地全面に銅線を放射状に埋設し「ラジアルアース」としています。 -
NHK東京第一放送JOAKの垂直接地アンテナ。
昭和57年(1982年)3月31日、ラジオ第一放送設備を「川口ラジオ放送所」(埼玉県川口市)より現在地に移転しました。同時に出力を100kWから300kWに増力しています。
送信アンテナの高さは245m。これは送信周波数594kzの波長505mに対して約1/2の長さとなっています。 -
地上波テレビ中継用アンテナは、群馬県・栃木県・茨城県など北関東の地上波テレビ送信所へ放送電波を中継しています。
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NHK東京第ニ放送JOABの垂直接地アンテナ。
第一放送が移転して1年後、昭和58年(1983年)3月24日に「鳩ヶ谷ラジオ放送所」(埼玉県川口市)より移転しました。同時に出力を300kWから500kWに増力しました。AMラジオ放送の送信所としては、国内で最大規模・最大出力です。
アンテナの高さは215mです。こちらは周波数693kz、波長433mに対して約1/2の長さです。
NHKは、令和8年(2026年)春の番組改編でラジオ第ニ放送の中止を決めているため、この鉄塔もいずれ撤去されることでしょう。 -
STLアンテナです。東京都渋谷区のNHK放送センターから送られる放送電波を受信しています。
さて、この送信所の歴史を展示しているという久喜市立郷土資料館へ行ってみましょう。 -
久喜市立郷土資料館に到着しました。
久喜市鷲宮5丁目33番1号、東武伊勢崎線の鷲宮駅から歩くと15分位です。 -
昭和ラジオテレビ物語の看板がありました。
休館日は月曜日(休日は開館)、午前10時から午後6時まで開館。入館料は無料。 -
エントランスに、国指定重要無形民俗文化財の鷲宮催馬楽神楽のタイル絵が掲示されています。
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エントランスには、鷲宮催馬楽神楽のジオラマもありました。
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展示室は2階です。
ちなみに1階は市立図書館です。 -
2階のホワイエにも展示があります。
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鷲宮催馬楽神樂のジオラマ。
第四座 降篩御先猿田彦鉑女之段は、猿田彦神と女命による二人舞です。五穀豊穣、国家安穏を祈るおめでたい舞で、猿田彦が宙に「大日本」と書き、印を結ぶなど、特徴的な所作があります。
二神が夫婦神となったことから、安産の祈願のために行ったとも伝えられています。鷲宮催馬楽神楽を代表する曲目です。 -
体験コーナー。
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鉱石ラジオがありました。
送信所からわずか5km超の距離にも関わらず、ものすごくか弱い音声が聞き取れました。鉄筋コンクリートの建物の中のため、電波が弱いのかも知れません。 -
ドーモくん 放送100年記念品、令和7年。
NHKのキャラクターであるドーモくんが描かれたクリアファイル。 -
放送のしくみ(『NHKの技術2025放送100年特別号』から転載)パネル。
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展示室に入りましょう。
開催にあたって、企画展の趣旨が示されています。令和7年(2025年)は、昭和元年(1926年)から数えると昭和100年、そして大正14年(1925年)に日本でラジオ放送が開始されてから100年、終戦からは80年になります。久喜市が放送文化の一翼を担っている重要地であることを紹介することが企画展の目的です。 -
森繁久彌さんの台本。
昭和30年代~50年代のNHKラジオドラマ「日曜名作座」の台本です。
久喜市と合併する前の旧音蒲町役場庁舎(現・菖蒲行政センター)内で展示されていたものです。 -
森繁久彌さんの台本。
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展示品の数々。
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タワー大神宮の御朱印。
東京タワーのメインデッキの2階にある「タワー大神宮」は伊勢神宮から分祀された神社です。 -
嵐山電電宮のお守り。
京都嵐山に日本で唯一の電気と電波を守護する神社「嵐山雷電宮」があります。
御祭神は雷神である電電明神です。 -
雜役船「栗橋」の1/119模型。
旧栗橋町も久喜市に合併した町の一つです。
雑役船「栗橋」は明治30年(1897年)に北欧で造られ、第二次大戦でも沈む事なく、戦後は海上保安庁の練習船となりました。昭和30年(1955年)退役。排水量1,158トン、全長 57.912m。
船舶無線のコールサインはJKDQでした。
大正9年(1920年)9月1日、「くりはし」に改名。 -
聴取感度略図の絵葉書。
関東平野は、ほぼ鉱石ラジオで聴取可能となっています。昔は電波も騒音も少なかったからでしょう。 -
後藤新平総裁の演説。
大正15年に東京放送局編の『ラヂオ講演集』に、初代の後藤新平総裁がラジオで話した「御大婚二十五年祝日本 祝の辞」が掲載されています。本の表紙はアール・ヌーヴォー調です。 -
日刊ラヂオ新聞。
昭和2年、日本で最初に発行されたラジオ専門紙です。1部3銭でした。
番組表には、外国語講座や天気予報、料理献立やラジオドラマ、ニュースや科学講座、管弦楽の音楽等が書かれています。 -
電波塔が描かれた株券。
昭和8年、中国東北部に日本政府が設立させた満州電信電話株式会社の株券です。図案には電波塔が描かれています。 -
ラジオ放送開始10年の特売チラシ。
昭和10年、ラヂオ放送開始10周年を記念した宣伝チラシです。聴取申込や引込線工事、アンテナ工事等をセットで販売しているほか、ラジオ受信機を1年間保証しています。 -
「兵に告ぐ」掛け軸。
昭和11年2月26日未明、陸軍皇道派の青年将校らが約1,500名の兵を率いて決起しました。彼らは首相官邸、陸軍省、参謀本部、警視庁などを襲撃・占拠し、国家改造を要求しました。
「兵に告ぐ」が繰り返し放送され、3日後の29日には下土官・兵が投降し、事件は終結しました。 -
ベルリン五輪中継のレコード。
昭和11年にドイツで開催されたペルリンオリンピックで、金メダルをとった男子水泳800mリレー決勝の実況中継を採録したレコードです。 -
東部軍管区情報解説図。
戦前のラジオ放送は、国の関与や指導のもとに行われ、日本が戦争へと突入すると、ラジオ放送は国によって戦争遂行のため利用されました。 -
ラヂオニュース聴取用支那事變全局要圖。
ニュース放送時間が記されています。
午前六時二十五分
11月1日~3月31日午前六時五十五分より
午後零時三十分より
午後四時ょり
午後七時より
午後九時三十分より
一日5回の放送でした。 -
「読売報知 昭和20年8月15日」。
終戦の日に発行された新聞です。
紙面に「御親ら御放送 けふ正午」という記事が掲載されています。
国民は、玉音放送後の解説で終戦を理解したと言われています。 -
週刊NHKラジオ新聞。
昭和28年8月9日号の「週刊NHKラジオ新聞」です。表紙は草笛光子さんでした。「グラフNHK」の前身とされる広報紙でした。 -
シャープシネマスーパー 5S-85。
昭和31年、早川電機工業(後のシャープ)のテレビ型ラジオです。
当時、極めて高額だったテレビを手に入れたような気分が味わえるラジオでした。画面の豆球が光ることにより動きを表現しています。 -
ラジオ用放送受信章。
かってNHKのラジオ放送を聴取するには受信料が必要でした。これは昭和33年頃のアルミニウム製の放送受信章です。 -
「ケンちゃんチャコちゃん」の台本。
TBS系列で放送された児童向けテレビドラマで、シリーズ第12作目の作品でした。 -
テレビ石。
米国のカリフォルニア州等で産出されるウレキサイトという石です。結晶が光ファイバーの役割を果たすことから、石の下の文字や絵を透かし見ることができるそうです。 -
鷲宮郵便局の柊つかさ像。
久喜市と合併した旧鷲宮町にある鷲宮神社はアニメ「らき☆すた」の聖地です。
よろしければ鷲宮神社を参拝したときの旅行記もご覧ください。
https://4travel.jp/travelogue/11684176 -
NHK菖蒲久喜ラジオ放送所のジオラマ。1/1000。
旧菖蒲町の職員有志(主に2人の職員)が1か月をかけて作ったものです。 -
NHK菖蒲久喜ラジオ放送所のジオラマ。
垂直アンテナの高さが印象的です。 -
常設展も少しだけ覗いてみました。
県指定文化財の木造积迦如来坐像〈複製〉です。元は奈良の唐招提寺の古仏と伝えられており、鷲宮神社の神宮寺であった大乗院に鎮座していました。
明治の神仏分離政策によって大乗院は廃寺となり、霊掛寺に請来されました。 -
北条氏直への進上物(複製)。
かつて驚宮神社の神主は、古河公方の北条氏直へ鯉と鮭を贈っていました。当時は鷲宮付近の河川には鮭が遡上していたと考えられています。 -
板碑。
関東地域には板碑が多く残されていますが、特に埼玉県は板碑の宝庫とされています。
よろしければ埼玉県立歴史と民俗の博物館でたくさんの板碑を見学したときの旅行記をご覧ください。
https://4travel.jp/travelogue/11783273 -
徳川家康寄進状(複製)。
天正19年(1591年)に徳川家康公が鷲宮神社へ400石の領地を寄進したときの寄進状です。
これは大国魂神社(東京都府中市)の500石に次ぐ待遇でした。 -
日光道中栗橋関所の模型。
徳川幕府は、利根川の渡河点に当たる栗橋宿には関所を設けていました。 -
房川船橋之図。
栗橋の関所を抜けると、利根川を舟で渡りますが、将軍が日光東照宮に社参する際には臨時で船橋が架けられました。
この図は、第12代将軍・徳川家慶公が天保14年(1843年)に日光社参したときの様子を描いています。 -
鷲宮催馬楽神樂の第四座 降篩御先猿田彦鉑女之段における猿田彦神の衣装です。
最後までお読みいただきましてありがとうございました。
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