2024/05/17 - 2024/05/17
2281位(同エリア2337件中)
とーりさん
一泊二日の「空旅short」、第5弾は鹿児島および薩摩半島としました。思い起こせば鹿児島はブルートレインや九州一周旅行で30年以上前に訪問し、その後も新幹線開通時に来ましたが改めて市街散策をしたのは久しぶりです。今回は鹿児島市内の旧跡をゆっくり散策したり、レンタカーを駆使して霧島や薩摩半島など公共交通機関では周りづらいところも効率よく訪問し、夜は立ち飲み居酒屋でご当地名物を堪能することができ、改めて鹿児島の魅力を確認することができました。
日程は以下の通りです。
1日目(5/17)羽田 ⇒ 鹿児島・・・丸尾滝・・・霧島神宮・・・寺山公園・・・鹿児島市内・・・
ホテル
2日目(5/18)ホテル・・・釜蓋神社・・・池田湖・・・西大山駅・・・天文館・・・鹿児島 ⇒ 羽田
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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鹿児島市内に到着しました。車を停めて維新の功臣たちの足跡を辿ります。まずは「高島鞆之助」。「薩の海軍」にあって陸軍で立身し、陸軍大臣や枢密顧問官などを歴任した人物です。
(高島鞆之輔誕生地13:11 ⇒ 14:19若き薩摩の群像) -
続いては「井上良馨」元帥海軍大将、長州の井上馨とは別人です。大臣等にはならず軍務方面を極めました。教科書などでは馴染みの無い方だと思います。
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続いて「大久保利通誕生之地」碑。言わずもがなですが維新三傑のひとりです。
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大久保以外にもこの近辺は維新で活躍した人々が多数生まれ育った街です。かの司馬遼太郎に「明治維新から日露戦争までを一町内でやったようなもの」と言わしめたほど、人材に恵まれていたところだったようです。
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市街を流れる甲突川沿いの散策路を歩いて行きます。
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桜島も見えてきました。
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少し歩いて到着したのが「松方公園」。
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公園内に「大勲位松方正義之像」があります。この人、松方正義の生誕地です。ポーズをとっていますが正直あまり恰好の良い人ではないので残念、頭にハトが止まっているのも残念です。
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こちらが「松方正義」、明治期に2回首相の印綬を帯びました。鹿児島県出身の三人の首相のうちのひとりです。教科書でも出てきますがイマイチ印象が薄い感じです。
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続いてやって来ました「黒田清隆」生誕地。案内板はありましたが特に碑はなかったような気がします。
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こちらが「黒田清隆」、第二代内閣総理大臣です。西郷・大久保亡き後、薩閥の中心となった人物ですが結構酒癖に問題があったようです。
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ちょうど市電が通過していきました。ひさびさあれにも乗りたいなあ。
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市電の通りに面した立派なビルの傍らにふたつの碑があります。「山本権兵衛・山本英輔誕生の地」碑です。
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こちらが「山本権兵衛」。鹿児島県出身の総理大臣三人のうちのひとりです。二度組閣しており、短いながら軍部大臣現役武官制の停止や関東大震災直後に組閣し復興に着手するなど私の好きな総理大臣のひとりです。
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次に訪れたのは有名な「東郷平八郎」誕生地です。
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日露戦争でバルチック艦隊を撃破したことはあまりにも有名です。のちに元帥となり神格化され海軍部内に絶大な影響力を有しました。
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しかしまあたくさんの碑があります。こちらは「村田新八」、西南戦争で西郷隆盛と命運を共にした人です。
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続いて「井上良馨」。あれ、別のところにも同じ誕生地碑があったはず、と後で調べてみたらやはりそうで、生まれたところと育ったところでそれぞれ碑を作っていたりするそうです。
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「篠原国幹」誕生地。こちらも村田新八と同じく西南戦争で没した人物です。
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歩いているとこんなのが。通常ごみとは別に市では桜島の降灰を収集しているようです。市内は美しい桜島の景観や随所に温泉が湧くなど恵まれた資産がありますが、日常的に活発な火山降灰の処理は大変だと思います。
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いちだんと大きな碑があります「元帥大山巌誕生之地」碑です。
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「大山巌」は西郷隆盛の従弟にあたり西南戦争では政府側として西郷を破り日清日露戦争で活躍し元老としても名を連ねました。
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こちらは「吉井友実」、西郷・大久保と盟友だった人で主に宮中や枢密院で活躍しました。西郷の名が「隆盛」となったのはこの人の勘違いが元だったとか。
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そしてありました「西郷隆盛」・「西郷従道」誕生之地碑。兄弟なので同じところにありますが従道の方が見劣りがしてしまいます。
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自販機の脇に隠れるようにあったのが「伊地知正治誕生地」碑。戊辰戦争で軍略家として活躍した人です。
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そして「大久保利通君誕生之地」碑。大久保の誕生地も他にあったはず...複数あるのはそれぞれ由緒があってのことでしょうし今さらどちらかを撤去もできないのではとも思います。ちなみに併設してある案内板には「大久保利通生い立ちの地」となっていました。
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少し行くと「大久保利通」像が。なかなかかっこいいです。
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川を渡ってあるのが「樺山資紀邸趾」。新政府の初期議会で所謂「蛮勇演説」を行ったということで教科書にも載っている人です。
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ぐるっと回って「鹿児島中央駅」にやって来ました。降って湧いたような巨大な駅です。ここ鹿児島市はプライメイトシティとして君臨しており、人口規模以上に大きな街に見えます。
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その傍らにあるのは「床次竹二郎像」、彫刻の大家朝倉文夫が作成したものです。床次は薩摩出身ですが維新の功臣ではなく、主に大正期から昭和戦前期まで活躍した人です。実力者ではありましたが政権を求めて反対政党にも鞍替えするなど(今の政治家にも似た方がいますが)、政権亡者として有名だった人物です。
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さて「鹿児島中央駅」に少し立ち寄ってみます。
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私が初めて訪れたのはブルートレインに乗りたくて、当時最長距離寝台特急列車だった「はやぶさ」に乗りやって来ました。当時の駅名は「西鹿児島」駅でした。子供心になんで鹿児島行きではなく西鹿児島行きなのだろうと思いやって来ましたが、双方の駅を訪れなるほどと妙に納得したものです。今は新幹線まで延びて来て大阪まで4時間かからず行けるなど時代は変わったものです。
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その「西駅」時代からあったこちら「若き薩摩の群像」、これを見ると鹿児島にきたなあと懐かしく思います。
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幕末薩摩からの使節団、視察係と留学生ということで知っているのは視察係では条約改正に尽力した寺島宗則と豪商五代友厚、留学生では初代文相の森有礼くらいであとは存じませんでした。
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