2024/05/17 - 2024/05/17
2283位(同エリア2340件中)
とーりさん
一泊二日の「空旅short」、第5弾は鹿児島および薩摩半島としました。思い起こせば鹿児島はブルートレインや九州一周旅行で30年以上前に訪問し、その後も新幹線開通時に来ましたが改めて市街散策をしたのは久しぶりです。今回は鹿児島市内の旧跡をゆっくり散策したり、レンタカーを駆使して霧島や薩摩半島など公共交通機関では周りづらいところも効率よく訪問し、夜は立ち飲み居酒屋でご当地名物を堪能することができ、改めて鹿児島の魅力を確認することができました。
日程は以下の通りです。
1日目(5/17)羽田 ⇒ 鹿児島・・・丸尾滝・・・霧島神宮・・・寺山公園・・・鹿児島市内・・・
ホテル
2日目(5/18)ホテル・・・釜蓋神社・・・池田湖・・・西大山駅・・・天文館・・・鹿児島 ⇒ 羽田
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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鹿児島中央駅を後にして再びナポリ通りを歩き、Googleマップ上ある「三島通庸誕生地」に来ました。ですが案内板は特になく、碑はありましたが表面は風化してしまったか削られたかで読み取れませんでした。三島は教科書によると新政府の県令として東北や栃木で強引な土木工事を行い、当時の民衆を容赦なく弾圧した鬼県令として有名で当時の自由党との軋轢を生んでいましたが、一方で遅れていた東北のインフラ整備に貢献したともいわれています。
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再び甲突川を渡ります。
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続いて来たのは「維新ふるさと館」です。
(維新ふるさと館14:44~15:41) -
ここは鹿児島出身の維新の功臣をわかり易く展示紹介している博物館です。かつて出来立ての頃に訪れたことがあり、面白かったので今回もひさびさ楽しみにしてきました。
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似てるかどうかはわかりませんが人形展示もあります。
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西郷の写真は残っていないとのことですので肖像画で偲ぶしかないですが、いくつかある肖像画それぞれはあまり似ていません。短髪、大柄でギョロ目だったというのが大体の一致したところだったでしょうか。
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こちらがメインの劇場です。西郷や大久保など動く人形がわかり易く維新の頃を語ります。前回も見ましたが今回も楽しめました。
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維新ふるさと館を出て移動します。ちょこっと市電に乗ってみます。
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水族館口電停で市電を下車し、少し歩いて「西郷隆盛終焉の地」に着きました。目の前には鹿児島本線の線路、隣はマンションと案外開けたところにありました。
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碑には「南洲翁終焉之地」とあります。熱心なファンが酒のミニボトルを供していました。
(西郷隆盛終焉之地16:14) -
西郷関連の跡をたどります。こちらは少し戻って「私学校跡」。
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そして「西南戦争の銃弾跡」。
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こんな感じで銃弾により石垣が凹んだりしています。
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そして鹿児島城、別名鶴丸城内に入ってみます。まずは入口にでんと構える「御楼門」、中はどんなかな?
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残念ながら本丸は明治初年の火災で焼け落ちて再建はされていません。域内には県の資料センターの「黎明館」などが作られていて見学できるようになっています。
(黎明館16:26~16:47) -
銅像があります。これは「天璋院篤姫」像。言わずもがなですが、徳川13代将軍家定の御台所となった人物です。
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黎明館内部は資料館というより博物館のようになっていて各種展示があります。これはアマミノクロウサギの剥製。貴重なものです。
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こちらは昔の鹿児島の繁華街天文館のジオラマ。こういうのいいですね。
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ここにもやはり西郷と大久保の写真が。やはりこの二人は特別なのでしょう。
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黎明館を出て続いて「西郷隆盛像」に来ました。上野公園の浴衣姿で犬を連れた像とは違いここのは軍装です。浴衣姿の方が親しみは持てますが、実際はこちらの方が本来の姿なのではないでしょうか。
(西郷隆盛像16:55) -
さらに歩いて「照国神社」に到着。時刻は17時を回ってしまっているため参拝はできますが御朱印等はもらえません。とりあえず本殿にお参りします。
(照国神社17:01~17:09) -
域内には三体の銅像があります。こちらは祭神でもある「島津斉彬」像。
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そしてこちらが斉彬の弟で兄の死後藩政を牛耳った「島津久光」像です。
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久光の子で斉彬の養子となって島津本家を継いだ「島津忠義」像。この像だけは洋装です。
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こちらは「鹿児島県教育会館」。昭和初期に建てられたコンクリート造の建物です。老朽化により取り壊しが決まった(もう壊された?)そうです。残念ですが傷みも激しくやむを得ないと思います。跡地はマンションになるようです。
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さらにこちらは「鹿児島市中央公民館」。こちらも昭和初年のた建物で、登録有形文化財で、修築を経て今でも現役で使われているそうです。
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最後は「小松帯刀」像、薩摩藩の家老職に抜擢され西郷や大久保とともに維新を成し遂げ所謂「維新の十傑」に入る人物です。将来を嘱望されていましたが、若くして病に倒れてしまいました。長生きしていたら西郷や大久保を上回る力量を発揮したかもしれません。
(小松帯刀像17:16)
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