2025/11/05 - 2025/11/08
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chemireさん
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佐賀城
鍋島氏の居城。本丸、二の丸、三の丸などからなり、藩政の中心部となる本丸は佐賀城の南東部に位置していました。
現在、佐賀城本丸御殿の一部が復元され、佐賀城本丸歴史館として無料で公開中。周辺には、石垣や天守台、鯱の門が現存しています。
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11月5日(水)旅1日目
15:20
鍋島直正公銅像に、ご挨拶。
福岡空港~西鉄バス/佐賀バスセンター (ホテルに荷物を預ける)~ 佐賀市営バス/博物館前と乗り継ぎが良く、写真を撮る間もなく佐賀城跡に到着。以前、佐賀城跡を訪ねた時に本丸歴史館に入館しなかったので、今回じっくり見たくてやってきました。
2019/10/01サラッと見た佐賀城の記録
https://4travel.jp/travelogue/11552350 -
周辺図
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鯱の門
御座間とともに、天保9年(1838)当時の姿を残しています。国の重要文化財。 -
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門の名前の由来となった青銅製の鯱。
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石の積み方や矢穴、刻印を観察。
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鯱の門には、佐賀の乱(佐賀戦争)時の銃弾の跡が見られ、柱の一部には打ち込まれた銃弾がそのまま残っています。
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鯱の門をくぐり、御玄関前広場の奥に見えたのは幕末の24ポンド砲を原型としたカノン砲(複製品)。
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佐賀神社で見た150ポンド砲より小さな大砲ですが、 その威力は十分。24ポンド砲では重さ10kgの弾は、現在なら2.5km先にあるJR佐賀駅まで飛ぶそう。
2019/09
佐賀神社で見たカノン砲
https://4travel.jp/travelogue/11549238 -
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では、復元された佐賀城本丸御殿=佐賀城本丸歴史館へ。暗くて分かりにくいですが、中央が当時の「御玄関」で、歴史館の正面入口として使われています。
入館料無料(募金箱あり)。 -
御玄関前に3つの大砲がありました。
アームストロング砲
イギリスで開発された錬鉄製構成砲。新政府軍と旧幕府軍との間でおこった戊辰戦争では、佐賀藩が所持していたアームストロング砲などの最新装備が、新政府軍を勝利に導いています。 -
右側が、オランダ製モルチール砲。臼に似ていることから通称臼砲と呼ばれるそう。左は、臼砲を参考にして佐賀で鋳造した分厚い青銅製の冠軍銘モルチール砲。
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冠軍銘モルチール砲。小さいけど、重量が1.2tもあるとか。
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オランダ製モルチール砲
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本丸御殿
江戸時代、佐賀城は2度の大きな火災に見舞われています。2度目の火災の後、1838年(天保9)10代藩主 鍋島直正が、最初の火災後に空き地となっていた本丸に御殿を再建。佐賀城本丸歴史館の建物は、この時に造営された本丸御殿の一部を復元したものです。 -
御玄関
当時、藩主など特別な人が利用した玄関。
今は歴史館の入口として使われ、ここから先は土足厳禁。玄関に向かって左側に鍵付きの靴入れ、館内右側には100円リターン式のコインロッカーがあります(入館時は人が多かったので、これは帰りに撮ったもの)。 -
御式台
当時、客の待機場所や色々な行事を行う場所として使われ、現在は甲冑や鉄砲が展示されています。 -
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青漆塗萌黄糸威二枚胴具足(複製)
鍋島直茂の嫡男勝茂が、島原の乱の際に着用したものだそう。 -
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日本で初めて近世城郭の本丸殿を復元したもので、2500㎡の規模を誇る国内最大級の木造復元建物です。
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外御書院を囲むように北廊下と南廊下が配されています。45mも続く畳敷きの長い廊下です。
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写真左が外御書院。御式台側が四之間、奥へ進み一之間へと続き、一之間は公式行事の際に藩主が座る部屋で、家臣は主に二之間から四之間にかけて控えていました。
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気になった飾りは橋の欄干を現していて、廊下部分は川。火災になっても廊下 = 川が火を止めてくれるというおまじないだそうです。
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一之間から四之間の4部屋と南北廊下(写真では左右にある廊下)を合わせると320畳にもなります。幕府からの贈答品やお世継ぎのお披露目などの公式行事が行われ、1838年(天保9)の本丸完成の際には約1000人の家臣が集まったそうです。
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外御書院 一之間
11代藩主 鍋島直大の結婚披露もここで催されました。 -
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御三家座
小城藩・蓮池藩・鹿島藩の三つの支藩を治めた小城鍋島家・蓮池鍋島家・鹿島鍋島家の御三家が集う部屋。現在では復元模型や遺構が展示され、建物の様子が学べるようになっています。 -
本丸御殿復元模型
屋根が載っているのが復元された建物。約2500㎡で、全体の約1/3に当たります。 -
一部の補強技術を除いて、江戸時代と同じ建築工法を用い復元したそうです。
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杏葉紋鬼瓦
天保8年(1837年) 本丸御殿が再建されたとき飾ったとされる鬼瓦。 -
御三家座の床の一部がガラス張りになっていて、江戸時代の礎石を見ることができます。
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南廊下側から見た外御書院。
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屯之間
家臣が行事などで登城した際に控えていた場所。
現在では、佐賀藩に関するビデオや本丸殿で行なわれていた行事を再現したバーチャル体験コーナーがありました。
ここで休憩を兼ね、座ってビデオを3本視聴。
佐賀城の復元(18分40秒)/雄藩への道 (16分40秒)/世界遺産「明治日本の産業革命遺産」三重津海軍所跡(12分57秒) -
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御小書院
御三家との面談や側近たちとの会議が行われた部屋。現在は、特別展・テーマ展が開かれる部屋になっています。 -
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テーマ展「佐賀城を知る」開催中 ~令和8年1月12日(月曜日・祝日)
ご自由にお取りくださいと書かれたパンフレットは、内容がとても充実していました。 -
パンフレットより。
見取り図上部の水色「表」の空間から黄色「内」の空間が復元された部分。 -
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御座間・堪忍所
藩主の仕事部屋にあたる御座間と、警備詰所にあたる堪忍所。 -
昭和32年(1957)まで小学校の作法室として利用。改築に伴い近くの地区に移築され公民館として利用され、その後、再び元の場所である現在地に移築。廃城後、公的施設として使用されたことで、今こうして現存建物として見学できるのがありがたいです。
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石垣張りの障子。当時は大きな紙を漉く技術がなかったので途中で継ぎ足して貼り、障子が石垣の積み目のように見えることからそう呼ばれています。
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鍋島直正が建設した当時の柱
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建設当時の柱に接木がされています。
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10代藩主 鍋島直正は、本丸御殿を再建した際に生活空間である「奥」と政治が行われる「表」を近くに作り、合理的な政治を行ったそう。
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鍋島直正公の書(1856年)複製
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南廊下を進み、突き当たりの東廊下に設けられた江藤新平のコーナーへ向かいます(分かりにくいですが大きな顔写真のある所が入口)。
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江藤新平所要のピストル。閉館時間が近づいて来たので、このコーナーはサラッと見るだけになってしまいました。
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17:40
鍋島直正公の像に挨拶してから2時間20分が経過したけど、まだまだ見足りない。あたりが暗くなり始めて来たので、急いで遺構表示や天守台の見学へ向かいました。
(次の旅行記へ続く。)
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