2025/07/10 - 2025/07/11
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nekosaruさん
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日本→アテネ→ティラナ→オフリド→スコピエ→プリズレン→ブリシュティナ→イスタンブール→日本
【コソボ1日目】
スコピエ(北マケドニア)→プリズレン経由→ブリシュティナ
スコピエホテルに9時ガイドのドライバーさんが来た。この人はブリシュティナのガイドで別の仕事で昨日スコピエに来て地元に帰るところでもあるそうだ。
出発から30分ほどで国境に。
国境付近では高温による山火事がまだ鎮火してなく煙っぽい。
国境では3ヶ月前に両国の審査がまとまってひとつのゲートで出来るようになって便利になったとのこと。パスポートを預け15分くらいで国境通過しコソボに入国。
1時間ほどでプリズレン11時15分到着。
出発13時まで観光する。
まずは有名な石橋ウラグリ Ura e Gurit。ここが観光の出発点のようで多くの団体観光客が写真を撮っている。
ここではアジア人は珍しいようで何回かどっから来たの?とwelcomeな意味で声を掛けられた。
暑さのあまりとりあえずカフェに入る。カプチーノ頼むとクリームがソフトのように乗っててびっくりしたけどおいしかった。エスプレッソとで4.5ユーロ、クレカで支払える。ここコソボはユーロが通貨だ。
この街はコソボ紛争以前に「コソボの中世建造物群」として世界遺産に登録されていたが紛争で破壊されている。
そのひとつ14世紀初頭に建てられたというセルビア正教会「リェヴィシャの生神女教会Bogorodica Ljeviška」に寄った。橋から徒歩10分もかからない。鉄柵で囲われている。正面の鉄柵扉から欧米の夫妻が出てきたので入れるのかと中へ入ろうとすると警察官が現れてパスポートを見せろという。渡すと中へ入っていいと言うので内部を見ることが出来た。教会内のフレスコ画は黒く焼けている部分もあるが残っている部分もある。結構傷ついているそれらフレスコ画をみるとこの国のまだ最近あったばかりの複雑な歴史を感じさせる。中には10名ほどの外人グループツアーが説明を聞いていた。見学して鉄柵の扉を出るとさっきのポリスがパスポートを返してくれた。外人ツアーの人たちも出るとポリスは扉に鍵をかけて向かいの駐在所に入っていった。見学できたのは幸運だったのかもしれない。
石橋近くまでもどり大きなシナンバシャモスクも覗く。17世紀のオスマントルコ時代のものらしい。
大きな広場に水飲み場があって人が集まって水を汲んだり飲んだりしてる。空のペットボトルに汲んで飲んでみるとなんかおいしい気がした。
広場の周りのお土産屋さんをまわってコソボ国旗柄の安い布バッグゲット。
集合場所はトルコ式浴場ハマムの前。ハマムもれんが造りで昔ながらの雰囲気だ。
プリズレンをあとにしてプリシュティナへ向かう。北マケドニアと比べ高速道路が整備されてるようで途中から時速130km、約1時間ちょっとでプリシュティナ到着。
HOTEL PRIMA のオーナーの身なりがあまりに普段着すぎて浮浪者と間違えて申し訳なかったがチェックイン。オーナーはおすすめのレストランやカフェ、観光スポットを教えてくれてとてもありがたかった。
ブリシュティナは首都という感じではなくてまだまだ田舎の大都会という感じ。道も大通りはおしゃれな整備が進むも一本なかに入るとガタガタ道で歩道もない。
街中に多くあるATM からユーロをキャッシングする時どのバンクのATM でも5ユーロの使用料請求の画面出るがキャッシング額には反映されずにすんだ。
オーナーのくれた地図で中心部を散策する。
コソボ博物館も工事で閉鎖中。近くの古いモスクも覗く程度。古い民家のような民俗学博物館も入口の戸は開かない。ウォーキングツアーの10人くらいの外人たちも入口の前で説明受けてる。石畳通りやテントのバザールは野菜や衣料品などを地元の人たちが買いに来ていた。
途中「フリア」(クレープ生地を塩とバター、ヨーグルトと何度もミルフィーユ状に重ねて焼いたパイみたいなもの)というコソボの伝統料理を探したら民俗学博物館近くの大通りにあるPremium bakery station という店にあると近くのモスク内カフェの兄ちゃんに教えてもらい買ってみた。あとで食べたらパンのように食べれてとてもおいしく一口でいただけた。そのベーカリーのお姉さん、日本からと聞いてwelcome な雰囲気でHave a nice tripなんて言ってくれた。
夕飯はレストランLIBURNIA でコソボステーキチーズ添え、スライスチーズの村のサラダ、PEJA ビール、スプライト。パンもついてきた。ステーキもサラダもおいしくてしかも全部で24ユーロとお値打ちでよかった。
宿への帰り道、ホテル前の小さなスーパーでもレジの女の子が「ありがとう」と日本語で言ってくれて、スゴーイにも反応して笑顔。この国でもアニメの影響か日本への関心の高いことがわかった。
まだ明るくて19時前だったのでマザーテレサ通りへ行った。
閉鎖中の国立劇場からしゃれたカフェやレストランの並ぶ大きな広い遊歩道がずっと続いている。
大きなスカンデルベルグ騎馬像もある。
途中の野外舞台では各国の舞踊コンクールが催されていて気軽にアルバニアの民族舞踊などが見れた。
さらにすすむと植木の陰にマザーテレサ像の空間、その先左手に丸い天井が連なる図書館も見えてくる。突き当たりがマザーテレサ大聖堂、ここはまだ大通り造成中のようで工事の柵があった。
とにかく人通りがすごくて驚いた。木曜日の平日にも関わらずだ。どっから集まって来るのかと思うほど人が多い。地元の若い娘たちや若者が多い。もちろん観光客らしき人たちも少なからずいるけど圧倒的に地元の若者たちが多い。
若い娘たちは連れだって練り歩いているみたいだ。タバコも吸ってる。
確かに陽が落ちて暗くなってもこの通りは明るくライトアップもされ、おしゃれなカフェやバーもいっぱいあるので若者たちが集まるのもわかる。他で発散出来る場所があまりないのかもしれない。この国は若い国だ。ニューボーンのロゴも見た。
だけとこの通りの若者たちを見るとなんか自由を謳歌しているのか、刹那的なのかわからないが、あまり他では感じたことのない退廃的な雰囲気さえ感じた。行き過ぎると少し怖い感じがした。
暗くなってきれいにライトアップされたマザーテレサ大聖堂やドームが薄青く光る図書館などプリシュティナのメインストリートの夜景を楽しんで21時すぎに帰宿した。
【コソボ2日目】ブリシュティナ
グラチャニツァ修道院
ホテルの朝食は1階カフェでおばちゃんたちが作ってくれた。とてもフレンドリーでおいしくいただけた。
世界遺産グラチャニツァ修道院へ行く。
配車アプリETAXIをダウンロードし使ってみた。呼ぶと7分くらいで来ると表示。フロントのおばちゃんがタクシーを心配して道までついて来てくれた。やさしい。
若いお兄さんのドライバーでものの30分ぐらいでグラツァニツァ修道院到着、6ユーロ。ただし正面じゃなくて手前の角で停めて降ろされた。
ここは1321年に建てられたセルビア正教会で中にはその時代のフレスコ画も残っているとのこと。
正面から中に入ると中国人の団体観光客が教会のひとから説明受けている。添乗員が英語を中国語に通訳していた。
ここのフレスコ画はモナリザよりも古くてこのセルビア王妃の画がここのモナリザだとか、この教会がある事、存在が信仰において重要なんだとか説明していた。
各壁面、柱などフレスコ画は古さをあまり感じさせないくらいきれいに残っている。
見学中にも地元の高校生くらいの若い男の子たちやおじさんがお祈りに来て正面におかれたイコンに顔を近づけてお祈りしていた。
信仰の中心の教会だということがわかる。
敷地にはお土産物や宗教的品々を売ってるお店もあり、若い修道士の人がお弁当を取りに来て教会の裏手のいまの建物に歩いていった。
とても暑かったので町の中心に向かって少し歩いた。途中すれちがった弁当を下げた警官2人にHi!と笑顔で言われた。 Udinese Cafeという店に入った。陰になったテラス席でエスプレッソとマキアートを頼む。雰囲気もよくて店内結構お客さん多い。
一服出来た。
向かえ側はグラカニカ町役場のようだ。
セルビアの国旗がはためいてる。町全体がセルビア系住民の住む地区という。
修道院の正面に車をつけずにUターンして帰ったドライバーはアルバニア人なのだろう。
そう思うと緊張感漂ってきそうだけどよそ者の我々には全くわからない。
のどかな田舎町としか思えなかった。
本当の意味でのどかな田舎町になって欲しいと心から願った。
教会にお祈りに来ていた若い子たちやカフェで仲間と話してるおじさんたちや若い女性たちがいる。一方、配車したドライバーのお兄さんやおじさんたち。
お互いが共存していたのどかだった日々をいつの日か取り戻す時が来ることを心から願う。
戦争の記憶のない世代が。
また配車アプリで車を呼ぶと隣の村から10分かけてやってきた。帰りも約30分、6ユーロだった。
明日出発が6時前なのでホテルで荷物をまとめたあと夕飯に街に出掛けた。
おいしい熟成ステーキで値段も手頃というSarajeva Steak House に行ったが1kg50ユーロと重量制にもかかわらず残念ながら肉より骨の方が重い600g30ユーロが出てきた。料金は割高だった。
気を取り直してスィーツのお店MISSINI Sweetsに入ってaffogato(カプチーノ)とTespishte テスピシュテ(コソボのスィーツ)を食べた。
お恵みくださいのおばあちゃんがテーブルをまわって来た。無視してたら後ろのテーブルの日本へ行ったことがあるという兄さんはコインを渡してた。また次のテーブルの人も渡してる。
しばらくするとまた違うお恵みくださいのおばあちゃんが入ってきた。今度は20セントコイン渡す。後ろのテーブルでは今度は相棒の兄ちゃんが渡してる。
店も入店を黙認してるし皆誰かしら恵んでいる。ここコソボでは施しの習慣が普通にあるのだろうと感じた。
店を出てマザーテレサ大聖堂の時計塔に登った(2ユーロ)。少し怖かったけど登ったかいがあった。ブリシュティナ市街が一望できて素晴らしい眺めだった。
大聖堂横にはちゃんとしたお土産屋もあった。
宿に帰ると主人と奥さんがちょうどフロントにいたので日本から持ってきた小袋アラレを渡してお礼を言えた。
いろいろ感じたコソボの2日間だった。
明日は5時45分出発でブリシュティナ空港からイスタンブールだ。
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コソボ国境近くの北マケドニア山火事、先日はこの道も封鎖されてたとのことでまだコゲ臭い
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北マケドニアとコソボの国境
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プリズレンの町角
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石橋(ウラグリ Ura e Gurit)
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ルンバルディ川沿いには多くのカフェレストランがある
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カプチーノの一服
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リェヴィシャの生神女教会は「コソボの中世建造物群」のひとつとして世界遺産に登録されている、正面入口から入った
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教会正面むかえに置かれた白いボックスが警官の駐在所になっていた
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教会
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広場(シャタルバン広場というらしい)の隅にある水飲み場、水はおいしい
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近くの聖ジョルジュ教会、ここは閉まってました
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広場近くのシナン・パシャモスク
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モスクの天井
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石橋
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修理中のガジ・ハマム、この前あたりで集合してブリシュティナへ出発した
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首都ブリシュティナへ到着、ホテル近くの路地
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ブリシュティナ市街を散策すると一番目立つのがバザール・モスク(スルタン・ムラド・モスク)、オスマン帝国時代のモスクだ。
「15世紀(1460~1461年)ファーティフ・スルタン・メフメト治世下に建立され、市内で最も古いモスクの一つです。コソボの戦い(1389年)で殉教したスルタン・ムラト1世・フダヴェンディガルにちなんで名付けられました」らしい -
コソボ博物館、まだ工事中で閉館してました
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バザールモスクの前は多くの車やバスの行き交う大通りでした
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民俗学博物館は古い民家、扉は固く閉まってました
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伝統の「フリア」を買ったベーカリー
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石畳の道の左右オールドマーケット、果物や日用品を売ってる
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テント張りのバザール、生鮮食品などいろいろ売ってる
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オールドマーケットは地元の人たちがほとんど
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村のサラダ、すりおろしたチーズ添え
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コソボステーキ、シャリチーズ添え
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このカフェの前あたりからマザーテレサ通りが始まってた
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通りの広場ではサッカー試合のライブビューイングも。盛り上がっていた
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通りの入口にある噴水広場
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マザーテレサ通りを歩く人たち
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左右にはおしゃれなカフェやレストランも並んでいた
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マザーテレサの記念碑も
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KFOR (Kosovo Forceコソボ治安維持部隊は、コソボに駐留する北大西洋条約機構NATO主導の国際安全保障部隊)に感謝する記念碑
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地元の人たちが散歩しているマザーテレサ通り
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踊りのコンテスト大会をしていた
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マザーテレサ大聖堂
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図書館の夜景
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若い娘たちも多い
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マザーテレサ通り
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バザール(チャルハ)モスクの夜景
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イブラヒム・ルゴヴァ初代コソボ大統領の像
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ホテル
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翌日は配車アプリを使って世界遺産グラチャニツァ修道院へ行った。ここで下ろされた。
修道院正面(左手)のむかい側の電柱にはセルビア国旗が掲げられてた -
直ぐにグラツァニツァ修道院正面入口がある
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堂々としている、中のフレスコ画もすばらしかった
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敷地は広くて正面入口の隣に関係宗具や土産物を売ってる小さな建物も。裏手には修道士が暮らしてる建物も
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カフェむかえの公園にもセルビア国旗が
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市内のほうに少し歩くとカフェがあって皆さん休んでいる
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カフェで一休み
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町角
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町を出るとコソボ国旗、車はブリシュティナへ30分かからず行った
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ブリシュティナに戻って夕食に出かけた、ものすごい暑さの中、冷えたビールはおいしかった
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夕飯のあとカフェへ入る。Tespishte テスピシュテ(コソボのシンプルなデザートで、油と牛乳または水を煮詰め、小麦粉、卵、ベーキングパウダーを加えて生地を作ります)
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ニューボーンモニュメント、このうらには体育館やスタジアムも
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このマザーテレサ大聖堂の左の鐘塔の下に入口があってエレベーターで登る
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奥は遊歩道のマザーテレサ大通り、手前に延伸工事中みたい
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高層ビルとマンションが立ち並ぶ
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山手にはマンション群
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マザーテレサ通りのモニュメント、いろいろなことに「うーん」と考えてしまいそうになった
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