2025/06/14 - 2025/06/14
57位(同エリア372件中)
松本伸雄さん
複数の曲輪を階段状に積み重ねた連郭式の中世山城
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登山口から5分で枡形虎口へ
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土塁に囲まれた枡形虎口 久々利城は、14世紀後半に、美濃の守護であった土岐頼康の弟、土岐康貞によって築城
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本丸跡まで見渡せます
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三の丸跡 土岐康貞の長男が久々利氏を名乗り、その後代々、久々利悪太郎と称した
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三の丸跡から本丸跡を見上げる
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三の丸跡から下を見る
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横から攻撃する、横矢掛り
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二の丸跡 久々利氏は、天文6年から10年間、烏峰城(のちの美濃金山城)の城主であった斎藤正義と激しく戦い、ついに天文17年、斎藤正義を城内にて謀殺します
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二の丸跡から、三の丸跡を見下ろす
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東出丸跡
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本丸跡
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本丸跡から二の丸跡と三の丸跡を見下ろす
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その後、久々利氏は信長の家臣であった森可成に従いますが、本能寺の変の後、その去就を明らかにせず、天文11年に美濃金山城にいた森長可によって謀殺されます
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久々利城は、森勢に急襲されて落城します
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五斗蒔(ごとうまき)街道方向
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見張り台へ
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久々利城跡城守隊の整備が行き届いてます
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右、天空の見張り台
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戦国末期の山城の姿をよくとどめています
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二重堀切へ
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二重堀切の中へ
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手前の石は、つぶて用(投げる)
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二重堀切
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堀切を横から見る
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竪堀
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久々利城が森氏に移ったあと、枡形虎口などが改修された
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下りは、えらいです
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土塁
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久々利城跡総合案内
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可児郷土歴史館で資料をいただきました。 おわり
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