2025/06/14 - 2025/06/14
18位(同エリア507件中)
松本伸雄さん
遠山氏が築き、奪回し、守り抜く
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苗木遠山資料館 ここでスタンプを押します
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いざ、出発
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高森神社 山の中腹にある風穴で幕府に献上する氷を貯蔵した
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足軽長屋からの眺望 天気が良いと恵那山も見える
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龍王院跡 領主遠山家の祈祷所 中世の苗木遠山氏の居館と城は植苗木にありました
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足軽長屋跡 足軽が出勤したら寄るところ
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風吹門跡 大手門 応仁の乱から信濃の小笠原氏、木曽氏、次いで武田氏が美濃へ進出してくるようになる
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自然の岩と石垣が綺麗に繋がる
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大矢倉跡 1526年に見張りに適した高森山に城を移築
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大矢倉 一階は三方石垣、二階三階は壁に矢狭間があった
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駈門跡 武田信玄と織田信長が対立する時代、遠山氏は双方と縁戚関係を結びます
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大門跡 本能寺の変の後、遠山氏は森長可に城を追われ、徳川氏に身を寄せましたが、関ヶ原の戦い前に家康の指示で苗木城を18年ぶりに奪還し、苗木領の大名となりました
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御朱印蔵跡 重要書類蔵 年に一度虫干しをした。はしごで出入りした。
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綿蔵門跡 江戸時代当初から明治時代に至るまで260余年、遠山氏は苗木領主として初代友政から12代友禄にわたりこの地を治めました
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坂下門跡
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菱櫓門跡
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千石井戸・本丸口門跡
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天守下の井戸、今でも水が出る
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本丸口門跡 その昔、赤土の壁であった苗木城を白く塗ることとなり、白く輝くお城に変わった時、突然空が暗くなり、嵐が訪れました。翌朝、お城の白壁ははぎ取られ、赤壁に戻ってしまった。次こそはと、塗り直しても、お城の麓の木曽川から龍が現れ、鋭い爪でガリガリと白壁を剥ぎ取りました。以降、苗木城は赤壁のままにされ、赤壁城と呼ばれるようになりました
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武器蔵跡 具足蔵跡 礎石や縁石が往時のままです。
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天守の柱があった穴を利用した展望台 懸造り
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笠置矢倉跡 本丸西側にある
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玄関口門跡 鍵が掛けられていた
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本丸玄関跡 玄関には玉石が敷かれていた
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ガスっていますが、手前の橋はリニア新幹線が木曽川を渡るのに、一度地上に出ます。天気が良いと奥に恵那山が見えます。
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馬洗い岩 籠城中に水があると見せかけ、米で洗う振りをした岩。馬はどうやって登ったか?
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二の丸 領主遠山家の住居や家臣が集まる部屋があった
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的場 弓の練習をした
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的場の石垣
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現在の総石垣の城郭は、関ヶ原合戦の後に一万石の大名として復帰した苗木遠山氏によるものです。 おわり
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