2025/03/05 - 2025/03/14
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azianokazeさん
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3月8日 ハノイ3日目の午後
午前中のハノイ郊外、バクニン省ディンバン村の超マイナースポットから打って変わって、午後はハノイ市街地のメジャー観光スポット「タンロン遺跡」と「文廟」です。
同行撮影はいつものように日本語ガイドのユウ君。
表紙写真はタンロン遺跡の「端門」
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
ハノイ三日目(3月8日)の午後
午前中が郊外の超マイナースポットだったので、午後は逆にハノイ市街地内のメジャーな観光スポット「タンロン遺跡」と「文廟」へ。
先ずは「タンロン遺跡」から
入口から端門に向かいます。 -
入場ゲートをくぐって先ずあらわれるのが「端門」
中学生の一団が。何かの記念行事のようです。
この遺跡(地下の歴史遺産のことでしょう)が発見されたのは最近のことです。
入場料は忘れましたが、ネット情報では約400円とのこと。 -
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中国の支配を退け、ベトナムに長期的な統一政権を打ち立てた李朝が、中国支配時代の砦の跡に1010年、宮城を創建し都としたのがタンロン(昇龍の意)でした。
以降、陳朝、胡朝、黎朝と王朝は交代するものの遷都は行われず、阮朝がフエに王宮の建設を開始する1805年までタンロンは都であり続けました。
しかし、その後はインドシナ戦争やベトナム戦争の戦禍にさらされたタンロンの地。そして2002年、新国会議事堂の建設にあたって行われた発掘調査によって、ベトナム歴代王朝の壮大な遺構が日の目を見ることになります。【阪急交通社】
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各時代の遺跡が重なっているのが特徴で、2010年8月にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されています。 -
背後に見えているのが入場ゲートで、飾りの下がった道を進んできました。
これだけでも十分広いですが、「端門」という名前からわかるように、ここは遺跡の先端で、遺跡は端門から更に奥に広がります。 -
「端門」は遺跡の先端部分に過ぎませんが、観光客的には一番見栄えのする場所でしょう。
地下に保存されている(学術的・歴史的には貴重な)遺跡を見ても「ふーーん」って感じですから。
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門のあたりに透明板で保護された、学術的には貴重な地下の遺跡なども公開されていますが、ほとんど無視して(よく見えない・・・ということもあります)楼閣に上がってみます。
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レンタル衣装で撮影しているカップル
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門の上からの眺め
何度も言うように見えているのは入り口部分で、遺跡はここから奥に広がっています。 -
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先ほどの二人。とても可愛かったので、写真を撮らせてもらいました。
アオングタンという貴族が着用したガウン状の伝統衣装・・・でしょうか。
ベトナム女性の帽子と言えば三角錐の「ノンラー」が一般的ですが、これは円盤形の「マン」というもののようです。(簡単に調べただけなので、間違っていることもあります)
遺跡内に衣装をレンタルするところがありましたので、おそらくそこで借りたものでしょう。
小柄なベトナム女性にはよく似合い、お人形さんみたいな可愛らしさです。 -
端門から正北門方向に歩きます
フランス軍事政権時代の建物を使った展示スペースのようです。
発掘された遺跡がいろいろ展示されているようですが、今回はパスしました。 -
鐘に隠れている建物が「敬天殿」
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昔は文武百官が並んだのでしょうか
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奥の建物が「敬天殿」
建物自体は復元ですが、龍の階段は当時のもの -
「敬天殿」の「龍の階段」
(ネットからの無断借用画像) -
遺跡は更に正北門まで続きますが、非公開プライベート活動の目的も一応達成したので、「これ以上は、まあ、いいかな・・・」って感じもあって、タンロン遺跡はここで終了。
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なお、知りませんでしたが、この付近にはベトナム戦争(1955~1975年)中、ハノイへの爆撃が激しくなってきた1967年に作られた作戦司令部(共産党の重要な会議が行われていた)があって、地下壕などを含めて公開されているようです。
更に新しい国会議事堂を建設する際に発見された「ホアンジエウ18番遺跡」も敷地外(共通入場券)にあります。
ということで、本気で見るなら時間はいくらあっても足りないとことです。 -
次にやってきたのは「文廟」
孔子を祀る廟で、ベトナム最古の教育機関でもありました。建立は1070年。
タンロン遺跡から比較的近いハノイ市街にあります。
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学問の神様でもある孔子の廟ということで、日本の道真公を祀る天神様同様に、学生・生徒がご学問上達・試験合格などの祈願に訪れる場所です。
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敷地内は緑が多い公園風
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ずらっと並ぶ亀は82匹 それぞれが背中に「進士題名碑」を担いでいます。
進士題名碑とは科挙合格者の名前と出身地が刻まれた石碑です。
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学者・官僚としての未来が約束された英才ですが、こういうエリート制度は功罪それぞれあるところ。
亀の表情はそれぞれ異なり愛嬌があります。
進士題名碑は2010年に世界記憶遺産に登録されました。 -
ティエンクアン池
「ベトナムの科挙は、1075年から1919年まで行われました。ベトナム最後の王朝、グエン(阮)朝になってからは首都がフエに移ったため、科挙の試験もフエで行われていました。中国は1905年に科挙を廃止しているので、それから14年もベトナムの方が長く科挙制度を続けていた」【EZ STAY Hanoi】とのことです。 -
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正面の建物が孔子が祀られている拝堂
ベトナムではお馴染みの風呂用腰掛けがずらりと 生徒たちが集められて合格祈願だか何だかが行われるようです。 -
ティエンクアン池周辺 求めに応じて、縁起のいい「字」を書くサービス
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メインの敷地外にも付属建物がいくつか
ここではアートっぽいものが展示されていました。 -
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敷地から外に出て、車を待ちます。 出口付近にはいろんな露天営業が。
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学校から企画のために動員された生徒たち・・・でしょうか
ベトナムでも生徒の関心は孔子様よりスマホ -
何故か芋も
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開くと立体的に飛び出すメッセージカード
観光地でよく見かけましたが、SNS全盛の今時、買う人がいるのでしょうか?
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市街地の中で、今も人々の暮らしに寄り添って息づく遺跡。「東河門」
東河門は、旧ハノイの出入り口です。 タンロン城塞周辺の城塞の東に位置し、カンフン10年(1749年)に建てられ、ジアロン3年(1817年)に再建され、今日までまだあります。
これは、古いタンロン城塞に残っている21の門の1つです。
タンロン遺跡のように綺麗に整備されたものより、こういう暮らしの中に残る遺跡がいいですね。
これで実質三日間のハノイ滞在を終えて、翌日9日は飛行機で中部の古都フエに移動します・・・が、移動前の翌日の昼、最近ハノイで人気の面白スポットに。
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