2025/06/04 - 2025/06/06
294位(同エリア621件中)
公共交通トラベラーkenさん
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2025年6月4日~6日の2泊3日で千葉県北部へ行ってきました。主な観光スポットは水郷のまち佐原と香取神宮、それから成田空港近くの成田市三里塚御料牧場記念館や航空科学博物館です。いつも通り神社仏閣参りが多いのですが、それ以外に近代建築や飛行機に関する博物館見学などバラエティに富んだ観光スポットを取り入れた旅程になりました。
旅行記その1はいきなりお隣の茨城県まで足を延ばして、稲敷市阿波の大杉神社(あんばさま総本宮)を参拝し、「茨城の日光東照宮」の異名を持つ派手な社殿を楽しみます。その後は千葉の佐原に戻って水郷の町をぶらぶら散策します。ちょうどアヤメ祭りのシーズンでしたが、今回は花はパスでひたすら古い町並みを練り歩きます。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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今回の旅行はJR成田線佐原駅からスタートです。
佐原駅 駅
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佐原と言えば伊能忠敬です。私たち旅行好きな者にとっては神様のような方です。
伊能忠敬翁像(佐原駅) 名所・史跡
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伊能忠敬様を見習ってというわけではないのですが、旅の食事はできるだけ簡素にします。近くのコンビニでおにぎりを買ってバスロータリーのベンチで食べてしまいます。
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佐原の観光は後回しでまずはバスで茨城県稲敷市に移動するのですが、まだ少し時間があるので駅周辺を散歩しながら、本日の宿に大きな荷物を預けに行きます。電柱を見ると「佐原イ」の番地名が記載されています。このあたりは明治22年(1889)の町村制施行の際に佐原町となり、大字のかわりにイロハを採用したそうで、今でもそのままイロハが残っています。
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駅前の街中に小さなお堂があります。観光マップでは薬師堂と書いてありました。
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お堂の中。厨子のフタが閉まっていました。
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本日泊まるホテルの前にはレトロなレストランがありました。創業大正15年、洋食の老舗東洋軒です。
東洋軒 グルメ・レストラン
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本日の宿、ビジネスホテル美松です。1泊2食付で6600円という格安ホテルです。
荷物を預けようとフロントで呼び鈴を鳴らすと、笑顔のご主人が出てきて荷物を預かってくれました。格安ですが、このホテルは当たりの予感がします。 -
佐原駅に戻って桜東バス 江戸崎・佐原線に乗ります。そこから約40分、茨城県稲敷市阿波にある阿波バス停にやってきました。
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バス停のすぐ近くにある大杉神社が最初の観光スポットです。バス通りに面した階段の上にいきなり豪華な楼門(麒麟門という名称です)がそびえています。平成22年3月27日、約280年ぶりに再建されたものです。
大杉神社 寺・神社・教会
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二階建ての楼門には麒麟、飛竜、獏、獅子など、200体以上の彩色豊かな彫刻が施されているそうです。
大杉神社の社殿群は、「茨城の日光東照宮」・「あんば日光」などの異名を持つそうですが、この絢爛豪華な楼門を見れば、看板に偽りなしだと実感できます。 -
正面入り口に回ります。
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一の鳥居の左側は「ねがい天狗」。
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右側には「かない天狗」。
神社のホームページには『今から800年ほど前、大杉神社では源義経と行動を共にしたこともある常陸坊海存(海尊)が社僧を務めていました。
海存の容貌は特徴的で巨体に紫髭、碧眼、鼻高でありました。海存は不思議な力を持っており、大杉大明神の御神徳によって、病を治し、多くの人々を救い、数々の奇跡を示しました 。 そのことにより「海存は大杉大明神の眷属で、天狗である」との信仰へと発展いたしました。
当初は海存の風貌から烏天狗を御属としておりましたが、後に陰陽一対として鼻高天狗、烏天狗の両天狗を御眷属とすることとなりました。
現在ではいかなる願いも叶えて下さったと伝えられる海存の奇跡に由来して、大杉神社を日本で唯一の「夢むすび大明神」と称し、鼻高天狗は「ねがい天狗」、烏天狗は「かない天狗」と呼ばれるようになりました。』とあります。 -
カラフルな二の鳥居をくぐります。
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ここを進めば拝殿や本殿がありますが、先に右に曲がって裏の方を見に行きます。
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ここは関東や東北地方に分布する約670社を数える大杉神社の総本社なので、ガッチリ儲かっていそうな感じが伝わってきます。
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まずはお手洗いに入りましょう。
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ど派手なトイレです。
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個室の壁も一つ一つ趣向を凝らしたものになっています。
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天井もこんな感じです。
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個室にはすべて名前がついています。こちらは「九十九神之間」
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ユーモラスな物の怪たちです。
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豪華なシャンデリアもあります。
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目黒雅叙園のトイレみたいです。
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裏手に回ると境内社がいくつか建っています。
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勝馬神社。
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競馬ファンには有名な神社らしい。
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相生神社。
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子授けのご利益があります。
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勝馬神社の隣にはすごい生命力を感じさせる大木があります。椎の木だったと思いますが、幹の凹凸がグロテスクと言ってもいい程複雑な様相を呈しています。
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幹のウロに仏像まで安置されています。心憎い演出です。
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ねがい矢。社務所で矢を受け取って願い事を書いた紙を結び付けて的に向かって討つというアトラクションらしいです。
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二の鳥居の前に戻ってきました。まだ周辺しか見ていませんが、情報量が多すぎて大変です。
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麒麟門を内側から見るとこんな感じです。
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カラフルで細かい彫刻がびっしり施されています。
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一つ一つの彫刻の意味はよく分かりませんが、きっとおめでたい故事かなにかにちなんだ描写なのでしょう。小さな人々がウジャウジャいます。
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神楽殿。ここは渋い。
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舞台の奥に四神(青龍・白虎・朱雀・玄武)像が置かれています。
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これが拝殿。なかなか豪華です。大杉神社はあんば様信仰の発祥の地となっています。
あんば様というのは、東京堂出版「日本民俗宗教辞典」『あんばさま』の項によると、
『関東内陸部の村々や千葉・茨城・福島・宮城・岩手県の太平洋岸の漁村などで信仰されている神。発祥地は茨城県稲敷郡桜川村阿波にある大杉神社である。地名の阿波は近世には「安場村」と記され、明治以後も一般に「あんば」と呼ばれていた。大杉大明神が疫病(特に疱瘡)除けや水(海)上安全の神としてその信仰が広まると、あんばにある大杉様ということから「あんば様」と呼ばれるようになった。』 -
『一地域神であったあんば様の信仰が爆発的に広まったのは享保10年代からであった。1727年(享保12)には「あんば大杉躍り」が大流行し、江戸市中にも飛び移った。享保年間は幕政の変革期であり、激しい米価変動などの社会不安の中で、悪魔払いの歌と躍りが人々の要望に応えたのである。あんば様は天狗の姿で各地に飛来し、悪魔を退散させるということで、農漁民にも江戸町人にも熱狂的に受け入れられていった。その後、あんば信仰は幕末に至るまでの間、20~30年間周期で1753年(宝暦3)、1773年(安永2)、1803年(享和3)、天保年間(1830~44年)、慶応年間(1865~68)、などに大流行した。あんば様は水上安全と豊漁の神として漁民に広く信仰された。福島・宮城県など東北の太平洋岸にも早くから伝播し、宮城県気仙沼市の安波山には江戸中期の1739年(元文4)頃、常陸から大杉神の勧請がなされていた。』
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『あんば信仰は地域や職業集団に寄って特徴的な展開をした。①千葉・茨城・栃木県の利根川水系流域の村々では神社から天狗面を迎え、疫病除けの祈願をした。遠距離の地では分霊を勧請して小祠にまつった。②河川の船運業者は水上安全の神として信仰した。③漁村では海上安全と豊漁の神として信仰が深かった。若い漁夫たちが海岸にあんば様を祭り、休日要求の手段に利用することも、1960年代まで行われていた。』
とのことでした。大変面白い民俗信仰だと思います。 -
境内社の大国神社。
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吊るし賽銭箱というのがありました。
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升に向かって100円玉を投げ入れましょう。
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500円玉も投げましょう。
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その他たくさんの境内社が並んでいます。
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撫桃。
厄除・八方除・星除などにご利益があるとされた大杉神社では、厄難を退散せしめるための儀式の多くに桃が使われます。
この桃の形をした石をなでると厄難が解消されるそうです。ここは無料で触って良いみたいですので、全部撫でまわしておきます。 -
本殿を囲う塀の彫刻もカラフルです。
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案内看板によるとどうやら中国の故事にちなんだものが並んでいるらしい。
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本殿の側面。
平成に入って復元工事が行われたそうなので、神社全体がとても新しくてきれいです。 -
神木の大杉。太郎杉、二郎杉、三郎杉からなる三本杉だったが、太郎杉は安永7年(1778年)に焼失しました。
霞ヶ浦東岸域に位置するこの地は古代から常総内湾の交易の要地だったようで、この大杉は常総内湾においてランドマークの役割をはたし、人々の信仰の対象となってきたということです。 -
天狗がいます。
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境内の外にある葦船神社。水子供養を行っています。
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大杉神社に隣接する龍華山安隠寺に入ります。安隠寺の創建は平安時代初期の延暦15年(796)快賢が大杉神社の別当寺として開基したのが始まりと伝えられています。
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文治年間(1185~1189年)には源義経の家臣常陸坊海尊が僧として仕えていたことから天狗伝説が生まれたとも言われています。
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明治時代初頭に発令された神仏分離令により廃寺に追い込まれましたが明治11年(1878)に再興しています。現在の本堂は安永8年(1779)に建てられたものです。
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大杉神社に比べるとかなり地味ですが、よく見ると彫刻がすばらしい。小さなお堂ですが見ごたえがあります。
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お寺はこのくらい渋い方がなんだかありがたみが湧いてくるというものです。
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本堂向かって左手の小さなお堂。
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こちらも彫刻が凝っています。
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延命地蔵尊、かな?
変わった姿勢のお地蔵様です。 -
こちらは別のお堂の中。大師さまですかね。
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安隠寺と大杉神社の境内はつながっています。再び大杉神社に戻ってきました。
こちらはきらびやかでいかにも羽振りが良さそうです。 -
そろそろ佐原に戻るバスが来る時間です。
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佐原から阿波に来るバスは数時間に1本しかありません。公共交通機関での参拝は結構大変ですが、それでも来る価値は十分にありました。
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佐原方面に戻るバスはさらに少なくて、平日で1日に5本だけでした。
帰りは佐原駅の手前、仲河岸バス停で下車します。 -
佐原まで戻ってきました。ここは「北総の小江戸」と呼ばれる水郷のまちです。古くから香取神宮の門前町として栄え、江戸時代になって利根川の改修工事が完成すると、水運を主体とした商業の街としてさらに発展しました。小野川沿いには関東で初めて「重要伝統的建造物群保存地区」に選定された、当時の面影を残す建物が軒を連ねています。
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美しい川沿いの通りからわき道にそれると年季の入った工場跡が残っていました。こういうのは観光資源にはならないとは思いますが、ぜひいつまでも残していてほしいものです。
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油久商店という看板が見えます。肥料を扱う商店らしい。
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ファンタの古い看板があります。もともとかかっていたものか、レトロな演出で後からつけたものか、微妙なところです。
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こちらにもありました。
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ハイカラな美容院。
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旧三菱銀行佐原支店。
佐原で一番目立つ近代建築です。ここは後で入ります。佐原三菱館 (佐原街並み交流館) 名所・史跡
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看板建築と呼ばれる建築スタイルのお店が続きます。
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八坂神社に入ります。
八坂神社 寺・神社・教会
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佐原・本宿地区の総鎮守なんだそうです。
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境内に水郷佐原山車会館があります。こちらは関東三大祭りの一つである佐原の大祭に関する展示を行っている施設です。
水郷佐原山車会館 美術館・博物館
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山車の上部に巨大な藁人形が載っているのが佐原の大祭の特徴です。
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とても上手に特徴をとらえています。
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山車の下部には「佐原囃子」を演奏する人たちが乗り込む場所があります。佐原囃子は日本三大囃子の一つになっているそうです。
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山車の周りはびっしりと彫刻が施されています。この山車を見るだけで当時の佐原の繁栄ぶりが良くわかります。
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江戸中期の神輿が展示されています
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神輿の紋は三つの輪宝。輪宝はチャクラのこと。
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この神輿もかなりお金がかかっていそうです。
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2階の展示室。佐原で最古の大人形のサルタヒコ。
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大人形は、山車の上に乗せて、下から見上げられる前提で作られているので、床に近い位置から見ると良い顔になるとのこと。
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下から見上げた顔。
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まち歩きに戻ります。
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洒落た店構えが多い通りです。
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蜷川家具店。アニメ映画『君の名は。』に出てくる「中川精肉店」のモデルなんだそうですが、よくわかりません。
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こちらは看板建築より古そうな店構えです。
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旧三菱銀行佐原支店に入ります。
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大正3年(1914)に川崎銀行佐原支店として建設されたものです。
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銀行内部を見学していたら、併設の佐原町並み交流館のスタッフの方が来て建物について解説をしてくれました。
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窓の防火シャッターの開閉装置。
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佐原町並み交流館エリアには銀行らしい大型の金庫跡もあります。内部は写真の展示室になっていました。その他佐原の古い建築の模型などもたくさん展示されています。
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古い家を利用して土産店やスイーツ店などを営業しているところが多いようです。川越などより車の通りが少なくて観光しやすいと思います。
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川沿いにある千葉商船という看板を掲げたビル。この辺りが水郷佐原観光の中心エリアになると思います。
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その向かいの建物もかなりいい感じです。中村屋商店という看板がかかっていますが、佐原商家町ホテル NIPPONIAという施設になっているようです。NIPPONIAは県指定文化財である「中村屋商店」にフロントとレストランを配し、周辺エリアに点在する明治から昭和初期に建てられた5軒の建物を宿泊棟に改修、佐原の商家町全体を一つのホテルと見立てた分散型ホテルを展開しているそうです。
中村屋商店 名所・史跡
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旧油惣商店。明治33年(1900)築。
佐原には珍しい寄棟総2階造りなんだそうです。 -
佐原商家町ホテルNIPPONIA
いつかこんなホテルに泊まれる御身分になってみたいものです。佐原商家町ホテルNIPPONIA 宿・ホテル
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無料休憩所のさわら町屋館に入ります。
さわら町屋館 名所・史跡
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ここもNIPPONIAの運営する施設のようです。内部は2階建ての休憩施設になっていて、CAFE NETAIMOとmanpukuという2つのスィーツコーナーが入っています。
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manpukuは台湾カステラのお店です。
こちらは生キャラメルナッツの台湾カステラ 550円。
すごく美味しいです。キャラメルとナッツがカステラにからんで口の中がねっとり甘くなります。歩き疲れた体に染みます。 -
妻はCAFE NETAIMOの「芋ぺちーの」が気になるということでこちらを購入しました。
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これが「芋ぺちーの」650円。
べにはるかという品種を低温貯蔵で熟成させ、じっくり焼き上げたもの(「寝た芋」というらしい)を使用し、すっきりとした甘さと芋の風味が味わえ、インスタ映えも狙える1杯に仕上げました。
これはものすごく美味しかった。写真が下手なのでイマイチ映えていませんが、味は本当に絶品でした。 -
休憩所はお座敷になっています。
2階もきれいな座敷で窓からは水郷佐原の街並みを見下ろすことができました。 -
木の下旅館という看板の残る建物。すでに旅館業は廃業しているようで、今は飲食店になっているみたいです。
お食事処 木の下 グルメ・レストラン
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伊能忠敬旧宅にやってきました。
伊能忠敬旧宅 名所・史跡
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佐原の伊能家に婿入りした忠敬は佐原村名主を務めたり、商売に精を出したり、結構活躍していたようです。
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伊能忠敬といえば、隠居してから江戸に出て暦学や天文を学び、その後日本全国測量の旅に出かけた元気なお爺さんですが、彼の偉業を支えた知識とバイタリティは、経済的にも文化的にも大いに発展していた佐原という土地に暮らしていたことと無関係ではないだろうと思います。
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測量に使用する器具なども展示されていました。
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名主を務めたほどの家なので敷地はかなり広いです。
川を挟んだ対岸には伊能忠敬記念館という立派な博物館がありますが、測量や地図にはそれほど興味がないので、今回はパスしました。 -
樋橋(別名:ジャージャー橋)
元は江戸時代前期に作られた佐原村用水を、小野川の東岸から対岸の水田に送るための大樋でした。今の橋は観光用につくられたもので、30分ごとに落水させています。
13年ほど前にバスツアーで佐原を訪れたことがあるのですが、その時も橋からジャージャーと水が落ちるこの風景を見て面白いなと思った記憶が残っています。
(それ以外のことはあんまり覚えていないのですが。)樋橋 名所・史跡
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観光エリアの端のほうにやってきました。観光客の姿はほとんど見られません。
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茶色い壁の大きな建物があります。地図には与倉屋土蔵とあります。
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ここは明治時代に醤油醸造所として建てられ、戦後に米蔵となり、現在は地域のイベント会場として使用されている場所なんだそうです。
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蔵の向かいにもいい感じの建物が残っていました。
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観光の中心とは少し雰囲気が違っていてなかなかいいですね。
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下新町通り
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こちらにも蔵がありました。
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伊能紋章店という看板がかかっていました。
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この通りにも古い商家の建物が残っていました。
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蔵も建っています。
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コの字型のへこんだ部分が正面玄関になっている面白いお店。
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白木屋染物店と読めます。
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小野川沿いに戻ってきました。
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川沿いから離れて中央商店街の通りを西に進みます。
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この辺りも古いお店が並んでいます。
さわら十三里屋 グルメ・レストラン
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旧千葉合同銀行佐原支店。1929年(昭和4年)に建てられたものです。
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室岡本店。
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円城寺本店。こちらも素晴らしい店構えです。
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円城寺本店の脇に細い路地がありました。
これは大変良い路地なので、奥まで入ります。 -
下宿稲荷という小さな祠がありました。勘だけでこんな隠れスポットにたどり着けるようになるまでには、それなりに街歩きの経験値を積まなければならないのです。
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それにしても味わい深い路地です。
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この先は行き止まりみたいです。大通りに戻りましょう。
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馬場本店酒造。300年以上の歴史を持つ老舗の酒造会社です。味醂も作っているらしい。
馬場本店酒造 専門店
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すぐ近くにあるのが東薫酒造。こちらも200年の歴史を持つ酒造です。
水郷というだけあって、米も水も豊富にある佐原は『関東の灘』と言われるほど酒造りが盛んだったようです。東薫酒造 専門店
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金平湯という銭湯がありました。
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「かねへいゆ」と読むそうです。昭和の銭湯そのままの姿で時間が止まっているかのようです。
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細い路地には野良猫がつきものです。
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宿泊するホテルの周辺もなかなか味わい深い路地が広がっています。地図では「チャンカ通り」と記載された道です。どうもこの辺りは昔、色街があったようです。
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通り抜けられるかどうか微妙な路地。
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抜けられました。
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とりあえずホテルにチェックインしました。格安ホテルですが部屋に入ってみると広々としています。
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なんと畳敷エリアまであります。これはとても使いやすいです。
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18:00からホテルの食堂で夕食です。煮魚とハンバーグ(目玉焼き付)がメインです。ボリュームも味も大変結構な夕食です。このホテルのコスパはすごく良いです。ご飯をお腹いっぱい食べることができました。
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満腹でしばらく動けなかったので部屋で休憩。その後暗くなってからもう一度散策に出かけます。小野川沿いに行く道はまだ歩いたことのない細い路地を選んで歩きます。
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保科歯科医院と書かれた渋い表札がありました。
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そろそろ提灯に灯がともり始めます。この辺りも入り組んだ細い路地が続いていて、小さな飲食店が点在しています。この辺りも昔は色町があったようです。
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稲荷の祠。こういう場所にはよくあります。
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カワイイ狐様です。
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どんな歴史のある祠なのかはよくわかりません。
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川沿いにやってきました。
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観光客は私達以外いないようです。部活帰りの高校生が駅の方に歩いているだけです。
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近隣のおじさんたちがお酒のお店に吸い込まれていきます。
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佐原はちょうどアヤメ祭りの時期です。観光客のほとんどは日中に利根川の対岸にある水郷佐原あやめパークを訪れるのでしょう。
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おかげ様で静かな佐原の風景を独占できました。
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まぁちょっとだけ寂しいですね。やっぱりもう少し観光客がいた方がいいかも。
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ふたたび細い路地を通ってホテルに戻りました。
佐原は水郷だけではなく、細い路地を歩くのが楽しい街でした。
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この旅行記へのコメント (1)
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- salsaladyさん 2026/01/05 10:55:41
- 夢結びの神社へ。。。
- ☆香取―佐原(さわら)圏内のブログをサーフしていたら。。。”大杉神社”発見❣
☆今年初詣に出かける予定が、後すところ数kmで、交通渋滞のジャムに取り込まれて、あえなく断念~目的を茨城の『牛久阿弥陀大仏』へと変更しました。
☆牛久は茨城県、佐原は千葉なんですよ❣ 5-6年前に千葉のつもりで訪れた大杉神社がとても楽しい飾りつけと、面白い展示(狐ならぬネズミの嫁入り道中の長いもの)に魅かれて、今一度拝見しようと思ったのに。。。麒麟門は、富士山爆発の溶岩止め❣の意味があり、決して開けないそうです。ここ迄歩ける方は素晴らしい脚力!
☆さわらも江戸の風情が残ってますが、茨城と言えば『牛久大仏』「牛久シャトー」と水戸の偕楽園。。。観光地が少ないそうですね。又行きたいと存じます。~see you~
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