2025/03/28 - 2025/03/28
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AandMさん
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3月下旬、3泊5日の日程で旅行社企画のアンコール遺跡ツアーに参加しました。東京(NRT)~シェムリアップ・アンコール国際空港(SAI)の間は自主行動で、シェムリアップで現地ガイドさんが出迎えてくれ、観光案内をしてくれました。
アンコールワットを訪れたのは3日目の3月28日、アンコールワットから昇る朝日を見学するため、ホテル起床は午前4時、日の出を見た後でホテルに戻って朝食を取り、午後に遺跡内部を見学し、夕方に日没見学する行程でした。幸い天候が良く、遺跡を昇る太陽と日没を見ることができました。
午後の遺跡内見学、建物、壁に彫られたレリーフや彫像の素晴らしさに圧倒されました。ただ日中温度が34~36℃と高く、猛暑の中での見学となりました。
アンコールワットとアンコールトム遺跡は、シェムリアップの街北側にあります。いずれもアンコール王朝時代に建設された寺院と城塞都市遺跡ですが、アンコールワットは12世紀前半にスールヤヴァルマン2世によって建設されたヒンドゥー教の寺院、他方、アンコールトムは12世紀後半にジャヤーヴァルマン7世によって建設された王宮&護国寺院です。「アンコール」はクメール語で「都市」、「トム」は「大きい」、「ワット」は「寺院」を意味するそうです。建設された時期が近く名称も似通っていますが、両者は別遺跡です。
この旅行記では、アンコール遺跡群を代表し、世界遺産に登録されているアンコールワットを見学した様子などを紹介致します。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- ベトナム航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
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3月28日
アンコールワットの日の出は絶景として知られ、世界中から観光客が日の出を見るために寺院を訪れます。訪問時、日の出が5時50分頃でしたので、ホテル起床4時、5時半頃に旅行社がアレンジしてくれたバスに乗車し、アンコールワットに向かいました。
アンコールワット入り口で「見学パス」のチェックを受け、暗がりの中を進んで遺跡の中に入り、見学スポットに到着。
アンコールワットの背景が仄かに明るくなってきました。日の出までもう少しです。濠に囲まれたアンコール王朝の巨大な寺院遺跡 by AandMさんアンコールワット 史跡・遺跡
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早朝にも拘わらず、沢山の観光客が日の出を待っていました。
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遺跡の向こう側に太陽が昇り始めました。丸くて赤橙色の鮮やかな太陽です。
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塔の頂上付近まで太陽が昇り、周辺が次第に明るくなってきました。
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日の出を見学する観光客の皆さんです。写真を撮っている方、場所を移動しながら日の出を観察している人々など様々です。
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天候に恵まれ、遺跡群から昇る鮮やかな太陽を見れたこと、幸運だったと思います。アンコールワットの日の出、日本で見る太陽よりも赤橙色が鮮明な印象です。
昇りつつある太陽を後に、バスに乗車してホテルに戻り、朝食です。 -
午後に再びアンコールワットを訪れました。アンコールワットは西向きに建造されていますので、午前中は逆光、午後に順光になるため、午後の方が見学に適しているとされます。ただ気温が約36℃と高くなり、猛烈な暑さになりました。
この場所はアンコールワット入り口にある橋(虹橋)の前、幅150mほどの濠を渡った先が寺院境内となります。 -
入口をナーガ(蛇神)とシンハ(獅子神)が守っています。ナーガとシンハはヒンドゥー教では寺院を護る守護神とされています。
この場所にあるシンハの頭部が欠けているのは、クメール・ルージュが支配した時代に破壊されたためのようです。アンコールワット遺跡の内部でも、破壊された仏像などが結構ありました。現在、修復作業が進められていますが、このシンハは未補修状態のままです。 -
橋を渡って境内に入りました。
数百メートルほど続く石畳参道を進みます。参道の両側は緑地で、池や幾つかの遺跡がありました。 -
参道の右側(南側)にある「南経蔵」、仏教の経典が保存されていた場所です。大分壊れていますが、建造当時の建物形状が保存されています。
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参道の左側(北側)にある「北経蔵」、1990~2000年代に日本の国際援助の一環として補修作業が進められたそうです。
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アンコールワット遺跡の前に聖池があり、池面に映る建物は「逆アンコールワット」として知られます。
風が無く、穏やかな池面でしたので、美しい姿を写真に撮ることができました。 -
遺跡への入り口「十字テラス」です。「十字テラス」は、王室の儀式で使われたり、国王や役人が民衆に演説を行った場所だそうです。
入口を2対のシンハ(獅子神)像が護っています。 -
「十字テラス」に昇りました。前方に三基の塔が見えます。
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中央にあるのは「王の門」、アンコール王朝時代は王専用の門として使われました。王以外は左右にある別門を通って回廊内に入ったそうです。
現在、「王の門」は観光客に開放されています。 -
「王の門」をくぐると、階段があり、階段の先に回廊が続いています。
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回廊の壁や天井に黒っぽい模様が残されています。建物が建造された頃、壁画が描かれていたように思われますが、年月経過で劣化が進んだのでしょう。
回廊の柱に女神像(デバター)レリーフが彫られています。 -
「十字回廊」、第一回廊と中央祠堂の間にあり、中央部は一段と低くなっています。アンコール王朝時代、この場所には水が張られ、沐浴場として使われていたそうです。現在、水が無い窪地状態です。
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「十字回廊」を囲む建物に仏像が沢山残されていましたが、大部分の仏像は壊されています。
アンコール王朝の宗教が仏教からヒンドゥー教に変わった際、あるいはクメール・ルージュがカンボジアを支配していた時代に、多くの仏像が破壊されたそうです。現在、この場所に置かれているのは、近代カンボジアの治世になってから発掘&補修されたものと思われます。 -
一部に新しい仏像があり、黄金色の聖布が掛けられていました。アンコールワットは遺跡ですが、同時に現在も活用されている仏教寺院であることが分かります。
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「十字回廊」の柱の一つの上部が黒っぽくなっていました。現地ガイドさんが、江戸時代に日本人が書き残した墨書である、と教えてくれました。
寛永9年(1632)に、平戸藩士の森本右近太夫一房が書いたもので、「父の菩提を弔うため、また老母の後生を祈るために仏四体を寄贈」とあったそうです。
クメール・ルージュ支配時代に墨書が消されたとのこと。 -
ただ黒くなっている個所を良く見ると、漢字が幾つか認められ、最後の部分に「寛永・・」とあるのが分かります。約400年前(江戸時代の初め)、日本人がこの地を訪れていたことを示す証拠です。
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「十字回廊」の柱や天井に、幾らか色彩が残されています。建物が建造された12世紀頃には、建物内部は艶やかな色彩で装飾されていたことが想像されます。
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柱の下部に彫られている仏像レリーフ
頭部の飾り、周辺の幾何学模様が緻密で美しいと思います。 -
「十字回廊」の向かい側にあった建物です。建造から数百年が経過していますが、屋根がそのまま残され、建物の全体構造が保存されています。
西欧の教会遺跡では、壁が残されているのに屋根が失われているケースが多いと思います。クメール王朝の建造技術が相当優秀であったことが分かります。 -
回廊を進んで中央祠堂に向かいます。
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建物の柱に彫られていた天女(アプサラ)像
彫が浅いので判別し難い感じですが、足を深く折り曲げて掌を反らせたアプッサラ特有の動作が描かれています。製作当時は、彩色が施された艶やかな像であったと思われます。 -
回廊の中央祠堂側に連子窓がありました。砂岩に緻密な加工が施された見事な窓です。
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中央祠堂の建造物群、ここに第3回廊があります。
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塔に向かって急峻な石段が設けられていますが、立ち入りが禁止されていました。
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中央祠堂を囲んでいる回廊に沢山の連子窓があり、窓間の柱にレリーフが彫られています。
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女神像(デバター)です。デバターは、インド神話の水の精アプサラス、ヴィシュヌ神の妻ラクシュミーなどとされますが、個々の像の表情、装飾、動作などが微妙に異なっていることに気付きます。
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別の柱に彫られていたデバター
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長年風雨に晒されていた割に、彫が鮮明です。
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頭部の飾り、手に持っている小物類がデバター毎に異なっています。
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これらのデバター、クメール朝廷に仕えていた女官や踊り子達がモデルになったとも伝えられます。
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多くのデバターのレリーフがありますが、若くて美しい女性であることは共通しているように感じます。痩せすぎや小太りのデバターは見かけません。
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連子格子窓の仕切り柱の殆どに、美しいデバターが彫られていました。
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美しいデバターが数体彫られており、見応えがあります。
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見事な髪飾りをしたデバター、ギリシャやローマ時代に造られた大理石像に匹敵すると思います。デバターを製作したクメール王朝時代の芸術家のレベルの高さに感心させられます。
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中央祠堂を取り囲む回廊の角部には小さな塔があります。
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中央祠堂の中央にある塔に向かって階段が設けられています。
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第3回廊へ上る階段で、観光客向けに特別に設置されたものです。
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ただ、第3回廊を訪問した3月28日は仏教の日(仏足日)でした。ここで宗教行事が執り行われているため、終日、観光客の立ち入りが禁止されていました。
そのため残念ながら第3回廊の見学はできませんでした。 -
中央塔についての説明板がありました。中央塔はバコン(Bakon)と呼ばれる最も聖なる場所で、当初はヒンドゥー教の神であるビシュヌ神が祀られていましたが、アンコール王朝が仏教になった際にビシュヌ神像は砂岩で封止され、仏陀の立像が彫られたそうです。
説明板に「仏陀立像」の写真が掲示されていました。所々剥落していますが、色彩が施された仏陀立像であることが分かります。 -
連子窓の回廊角部にある塔、多様な石像が彫られています。
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多数の猿の神(ハヌマーン)が彫られています。ハヌマーンはインド神話に登場する神猿だそうです。アンコールワットがヒンドゥー教の寺院として建造された際に彫られたと思われます。
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見事な幾何学模様
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何を模したのか分かりませんが、見事な彫像です。
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このような回廊が中央祠堂をぐるりと取り囲んでいます。
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第2回廊から下って、最外部に張り巡らされている第一回廊に戻ります。
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第一回廊の西面北側を進みます。
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この場所の壁画にはラーマヤーナに記述されている「ランカ島の戦い, Battle of Lanka」が描かれています。
「ランカ島の戦い」はラーマ王子率いる猿軍団と魔王ラーヴァナ軍の戦いで、ラーマ王子はヴィシニュ神が人間として生まれ変わった姿とされています。ランカ島は現在のスリランカだそうです。 -
戦いの場面が描かれています。
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大きいのは人間で、猿軍団は小さく描かれています。猿たちが攻撃しているのは魔王ラーヴァナのようです。
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南面東側に描かれているのは「天国と地獄, Heaven and Hell」
冥界の王ヤマ(闇魔)が死後の人々を裁き、天国か地獄行きが決められるとされています。
水牛に乗っているのが冥界の王ヤマ(闇魔)だそうです。 -
地獄に落とされる人たちが描かれています。
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地獄の様子が描かれています。
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更に回廊を進みます。
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東面南側の壁面に「乳海攪拌」が描かれています。
「乳海攪拌」は、ヒンドゥー教の天地創造の物語で、神々と阿修羅が山に絡ませた蛇神(大蛇バースキ)を引きあって海を掻き混ぜて様々な生き物を生み出すとされています。この部分の壁画には蛇神を引く沢山の阿修羅が描かれています。 -
中央で大蛇バースキを引っ張っているのはヴィシュニュ神です。
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「ヴィシュニュ神」の右側で蛇を引いているのは神々です。
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「乳海攪拌」壁画を過ぎた個所に彫られていた美しい模様のレリーフ
沢山の葉に囲まれ、中央にヒンドゥー教の神々が彫りこまれています。製作から相当の年が経過していますが、屋内にあったため、彫像の保存状態は良好です。 -
回廊の柱に彫られていたデバター像、こちらも保存状態良好。
アンコールワット壁画の彫は浅くて色彩も付いていませんので、詳細が分かりずらい個所が沢山ありました。これに比べ、デバターの彫は深くて像が鮮明です。デバターには壁画のような物語が無いので面白味が削がれますが、彫像作品としてはこちらの方が注目に値するように感じます。 -
回廊巡りを続けます。
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第一回廊の北面東側には「神々と阿修羅(Asura)の戦い, War between Devas and Asuras」が描かれています。ヒンドゥー教では、阿修羅は神々と永遠の対立をする存在だそうです。
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車に乗って戦っている神の姿が描かれています。
壁画に描かれている場面を理解するには、壁画主題の源とされる古代インド叙事詩「ラーマヤーナ」と「マハバーラタ」に記述されている物語を知っていることが必要なようです。私も含め、大部分の方々はインド叙事詩の内容を承知していません。
ただこれらの壁画を見ることで、クメール王朝時代の宗教観、唯物感、世界観の一端に触れることが出来るように思います。 -
馬に乗り、左手に盾、右手に刀を持って戦う神
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馬に乗って戦っている神、周辺で激しい戦闘が繰り広げられています。
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アンコールワット主要部を見学し、建物の外に出てきました。遺跡の北西側です。
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西に向かって小路を進むと、建物群が見えてきました。門に文字が書いてありますが、クメール語なので読めません。
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道を進むと小祠があり、黄金色の衣を纏った神仏像が安置されていました。木造祠の柱は半ば朽ちかけており、古いけど石造で立派なアンコール遺跡の建物との対比を感じます。
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こちらは現在使われている仏教寺院(Northern Angkor Pagoda)です。黄金色に塗られた建物の外見は立派ですが、木造です。
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仏教寺院の前にあった樹木。木の名前は分かりませんが、大きな花の蕾が付いていました。もう少しで大きな花が開きそうです。
アンコール王朝時代にもあっただろうと想像されます。 -
木造の寺院、遺跡の立派さとは比較になりません。アンコールワットが建設された約900年前の方が、経済的に豊かであったのではないか、と想像します。
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アンコールワットの西堀に面した場所から、日の入りを見学しました。
日の出を観察した早朝にはモヤがかかっていませんでしたが、日没観察ではモヤのため太陽が少しボケています。 -
橙赤色の太陽が沈みます。水面に光が反射し、美しい景観です。
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沈みつつある太陽光に照らされたアンコールワット遺跡
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アンコールワットの森の彼方に太陽が沈んでいきます。印象に残る景観でした。
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日没見学を終え、石畳の参道を進みます。現地時間で夕方6時半頃ですが、気温は30℃以上でした。参道を過ぎた所にある駐車場で、旅行会社が手配してくれた冷房付きのバスが待ってます。
今日は朝4時起きで、アンコールワットの日の出を観察し、午後に遺跡の内部見学、そして夕方に日没を見ることができました。遺跡内部の回廊にあった壁画、デバター(女神)などのレリーフ像、見応えがありました。アンコールワットは素晴らしい遺跡で、世界遺産の価値が十分にあると感じました。
また、アンコールワットが建設された12~13世紀のクメール王朝、今のカンボジアに比べて遥かに豊かで勢いがあったことが、窺われました。猛暑の中での見学で相当疲れましたが、アンコールワット見学は期待通りで満足感がありました。
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