2025/04/19 - 2025/04/19
323位(同エリア330件中)
かくちゃんさん
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十一日目。
午前九時五十五分、飯田駅前を出発。伊那街道に入り、飯田最古の大横町道標の先を右折すると大平街道である。
ここからは上り道。飯田線の踏切を渡り、中央自動車道のガードをくぐり右折して阿弥陀寺に到着。枝垂桜を見学後、いったん大平街道に戻り、再び脇道に入って正永寺桜を見学していると「よろしければどうぞ」と地元の方とお思しき方が「正永寺桜覚え書き」というペーパーをくださる。ペーパーをリュックにしまった後、上り勾配がきつくなった街道沿いの脇道を歩きと走りを交互に繰り返しながら進み、猿庫(さるくら)の泉の入口手前で大平街道に合流。満開の山桜が映える大深沢の滝、突如現れた花火工場を経て、振袖道標に到着。ここで給水、体操をして小休止。
ここからは冬季通行止め区間だが、同時に沢沿いを通る旧道につながる。旧道は荒れているとのことなので無難に県道を選択。勾配を緩めるために曲がりくねった上り道を、道端に点在する千手観音様に出会うたびに手を合わせながら進み飯田峠に到着。
ここから道は下りとなり、10分ほど進むと大平宿に到着。古い民家が多く残る宿場町を散策し給水して出発。ここから再び上りとなる道を進むと道路脇には残雪が見られるようになり、道を上るにつれてその量は増えていく。大平峠を越えトンネルを抜けると大平峠県民の森広場である。
ここで沢の水を給水して、旧道に。旧道はあまり人が通っていないようで階段の木枠は苔が生えており、足の踏み場に困るほどの悪路でしたが何とか走破。再び県道に戻りカーブの続く下り道を進むと視界が開け民家が現れ、国道256号線との交差点を通過して清内路からの旧道と合流。続く下り道を進み、本谷橋で蘭(あららぎ)川を渡り、広瀬を経て蘭の集落に入る。この集落の端が尾越である。今日はここで止まることとする。本日の走行距離、七里三十二町也。
着替えた後、当てにしていたお蕎麦屋さんを目指すも残念ながら休憩時間中。近くの喫茶店で南木曽行のバスの時間まで時間をつぶしたのでした。
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 新幹線 JR特急 JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
練馬駅前バス停に停車中の「ほの国号」。練馬駅から豊橋駅まで乗車します。
バスの座席は3列で男性が真ん中に集められているような感じでした。広いとまでは言えませんが隣が気にならない程度の空間でした。ただ、通路は狭いですかね。練馬から乗る人なんていないだろうと思ったら、人影がちらほら。3~4人はいたように思います。 -
早朝の豊橋駅
朝5時30分、飯田までの切符を買うべく券売機に向うも扱いは近距離きっぷのみ。新幹線口に行けば買えるかと思いきやこちらは6時20分から。仕方なく「JR全線きっぷうりば」に行くとこの時間なのに切符を買う人が並んでいます。2~3分待って「飯田まで」と言うと「青空フリーパスでいいですか」と聞かれたので「それって何ですか」と聞き返すと名古屋近郊の普通列車に1日乗れる切符との説明。「フリーパスの方が飯田まで20円安いです。」と言われたので、苦笑いしながら「ではそれ下さい」と購入。豊橋駅 駅
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青空フリーパス
何と帰路である南木曽から名古屋まで乗れるではありませんか!切符、南木曽から東京まで買ったのに(苦笑)。
新幹線には乗れませんが特急券を買えば特急には乗れるようです。次に中京に来る時はまた利用したいところです。 -
飯田駅
飯田線はそれなりに混雑していました。飯田でも結構人が降りていました。飯田駅 駅
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伊那街道飯田宿
新しい建物もあり寂れた感じは全くありませんが、昭和22年(1947年)の大火からの復興により町並みが変わったからでしょうか、宿場町の雰囲気は感じられません。 -
大横町の道標
案内板が立てられており、飯田最古の道標と紹介しています。飯田最古の道標 名所・史跡
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大平街道の起点
大平街道はここから飯田峠、大平峠を越えて妻籠宿先の吾妻橋まで続きます。 -
阿弥陀寺の枝垂桜
飯田城主のお手植えと伝わる桜は樹齢400年以上。葉桜でしたが、なかなか見事でした。 -
正永寺桜
地元の方からいただいた「正永寺桜覚え書き」によれば、山桜の仲間で日本で唯一の新品種、樹高実測は約6m、花びらの数は60~80枚もあるのだそうです。こちらも残念ながら葉桜でした。 -
猿庫の泉入口にある大平街道の石碑
もともとは起点にあったものが昭和22年(1947年)の大火後の都市計画事業により一里にあたるこの地に移転したのだそうです。遅咲きの山桜がきれいです。 -
振袖道標
写真右端にある道標は、天保13年(1842年)に建造されかつては旧道沿いにありましたが、近年、旧街道の往来人が少なくなり一般の方に見知っていただけるようここに移設したのだそうです。ここからは冬季通行止め区間となります。 -
飯田峠
標高1,235m。ここが最初の頂上となります。 -
飯田峠の最高点に建つ道標
右に見える道は旧道かと思い進んで見るも残念ながら行き止まりでした。 -
大平宿
標高1,150m。宝暦4年(1754年)大平街道開通に合わせて開墾が始まり、文化年間(1810年頃)から宿場町としての機能を果たすようになったのだそうです。最盛期は徳川の御代ではなく、明治大正期でしたが、飯田への鉄道の開通、清内路経由の国道の開通によって衰退し、昭和45年(1970年)には集団移住を決定し廃村となっています。
一方で、保存活動が行われていて、現在でも街道沿いに古い建物が多く残っており、旧民家の体験的利用ができるようになっています。大平宿 名所・史跡
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大平峠
標高1,358m。大平街道の最高点となります。 -
木曽峠トンネル
トンネルの両側にはまだ雪が残っています。 -
大平街道の旧道
あまり人が通っていないようで結構荒れており、途中行き止まりにより迂回しなければならないところもあります。 -
旧道の入口
ここから再び県道を進みます。 -
大平街道と清内路街道との分岐点
大平街道は左折、直進すると清内路に向います。 -
木谷橋
手前の古い橋と奥の新しい橋の不思議なコントラストとなっています。 -
蘭集落
写真左に見える「御宿橋本屋」さん、旅籠の雰囲気を残す旅館のようですが、営業しているようには見えませんでした。 -
本日のゴール尾越バス停
写真奥の建物は産婆さんのお宅だったようです。「産婆 東京帝國大學醫學部産科教室産婆復習科出 北原とも江」と刻まれたプレートが掛かっています。いつまでやっていたのでしょうかね。 -
cafe yew
ホームページにはビールが置いてあるようだったので期待したのですが、メニューにはありませんでした。残念。まあ、普通、車で来訪するのでしょうから、置いてなくても不思議ではないのですが。 -
南木曽駅
外国人観光客で賑わっていました。
電車の待ち時間を利用して近くのスーパー「サンショップ・イシカワ」さんでビールとつまみを購入。「缶パカパーン」のCMで有名なアサヒスーパードライの生ジョッキ缶を初めて飲みましたが、これがびっくりするうまさ!大満足で喉の渇きを潤したのでした。南木曽駅 駅
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