2025/04/02 - 2025/04/02
18位(同エリア542件中)
Decoさん
この旅行記のスケジュール
2025/04/02
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旧春富小学校
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旧緑小学校
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スーパー菊屋みかん店
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歴史と文化の広場
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和仁弾正屋敷跡(田中城)
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三の丸跡
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二の丸跡
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本丸跡
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出丸跡
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空堀跡
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西捨て曲廓跡
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和仁人鬼親宗 奮戦の地
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この旅行記スケジュールを元に
母がリハビリに出かけている間、以前から気になっていた和水町(熊本県玉名郡)の田中城を訪れました。ちょうど桜が咲き誇っていました。
(2025年5月3日公開)
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
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母がリハビリに出た後、やってきたのは熊本県玉名郡和水(なごみ)町。
和水町は旧菊水町と旧三加和町が合併してできましたが、こちらは旧三加和町のエリアになります。
この日は桜の田中城を攻城しますが、その前に予備知識を仕入れに、田中城ミニミュージアム。右手に立派な建物があります。
我が家は長らく平山温泉に日帰りで訪れていました。その途中の道路からこの建物が見えるのですが、お城のように見えて、とても印象に残っていました。田中城や肥後国衆一揆について、わかりやすくコンパクトに展示されています by Decoさん田中城ミニミュージアム 美術館・博物館
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入口の右手、道路沿いでは桜満開。
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イチオシ
駐車スペースに車を停めて、建物へ。
もうおわかりかも知れませんが、こちらは旧春富小学校の建物。
すぐ近くに田中城があるということで、校舎もお城を模していたようです。 -
かつての校庭への出入り口から入ります。
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春富小学校は、1876年に創立。当初は別の小学校の支校でした。そして2014年、同じ和水町内の緑小学校、神尾小学校と統合。小学校は新たに移転して三加和小学校になりました。
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入ってすぐ右側がミニミュージアムになっています。
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中はコンパクトなスペース。
入ると正面に肥後国衆一揆の際の、田中城攻防の図が示されています。
*ミニミュージアム内の撮影及びネットで使用しても良いとのことでした。 -
イチオシ
攻城のマッピングです。
鍋島、小早川(小早川隆景の養子である秀包)、安国寺、立花左近(多分、立花宗茂)そして高橋は大友氏の猛将だった高橋紹運の子・橘直次(統増)…三池立花氏の祖でしょうね。 -
右手には和水町出身である金栗四三さんについての説明や、体の各部分の神様を祀った「八つの神様」の説明、奥に肥後国の中世についての説明展示があります。
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こちらはその中の田中城と和仁氏。
和仁氏は隈部氏(山鹿市菊鹿町付近)や大津山氏(玉名郡南関町)などと共に、この地域の有力な国衆でした。
和仁氏は、古代の豪族・和珥氏の末裔ともいわれます。 -
こちらは田中城からの出土品。
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デジタルギャラリーのモニター。幾つもの動画が見られますが、それがよく出来ていて、長すぎずコンパクトにまとまっていて…いくつか興味のあるものを視聴しました。
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三池崇監督の映画もあって見たかったけど、さすがに一時間は厳しい…。
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全体はこのような感じ。コンパクトにまとまっていて、展示もわかりやすく、無料で見学できます。
田中城に行かれる際は、立ち寄った方が良い見にミュージアムでした。 -
これにてミニミュージアムを後にしますが、柱に貼ってあった「春小っ子のちかい」。閉校から十年以上経ちましたが、当時の生徒さんたちはもう立派な大人になられていることでしょうね。
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イチオシ
ミニミュージアムで情報を仕入れて、次は田中城攻略…と思いましたが、ちょうど昼時。腹が減っては戦ができぬ、と思い、「大塚カレーと珈琲ユキコ」へ。
先ほどのミニミュージアムは旧春富小学校の建物にありましたが、こちらは旧緑小学校の建物の一部を使用しています。校舎ではなく入口の横にあるので、宿直室だったのかも。閉校した小学校の建物を改装、本格的なカレーが楽しめます by Decoさん大塚カレーと珈琲ユキコ グルメ・レストラン
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openの看板。
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こちらが入口。靴を脱いで入ります。
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中は基本的にお洒落な感じですが、元小学校の建物らしく、ちょっと懐かしい雰囲気も残っています。
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カウンター数席と、三人がけテーブル席一つの小さなお店です。
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元小画工の建物なので、メニューは黒板に。
合いがけカレー(チキンとトマトキーマ)を食べてみます。
こちらは10種類のスパイスをブレンドしているとか。 -
イチオシ
合いがけカレーができました。
全体的に辛さは控えめ。左側の小皿の香辛料で辛さを加えて調節するようです。
左側がトマトキーマ。優しくマイルドな味わい。
右側がチキンカレー。スパイシーでどこか爽やかさを感じる味わいです。
香辛料を適宜加えていただきます。自然で体に良さそうなカレーでした。 -
マイルドなカレーでしたが、香辛料を加えるとやはりピリッと辛くなり、食後にラッシーを追加。こちらも美味しくて数秒で飲んでしまいました。
店内はのんびりした雰囲気。持ち込みもOKで、あまり縛りの厳しくない、良い意味でゆるくて居心地の良いお店でした。
お店の方と少し話して、近くの南関インターがETC専用になって困っている人も多い…といった話題も出ました。
ご馳走さま、美味しかったです。 -
旧緑小学校の入口です。
旧緑小学校が閉校したのも2014年、春富小、そして三加和温泉の近くにあった神尾小と共に統合されて、ここから少し南の方にできた、三加和小学校となりました。 -
結構広い小画工だったようです。企業も入っているようです。
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玄関跡には緑小学校の校歌が掲示してありました。
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田中城の駐車場に向かう途中、スーパー菊屋三川店でちょっと買物します。
こちらも以前、平山温泉に行く途中に何度も前を通りました。ちょっと気になっていましたが、買物をする機会もなく、初めて立ち寄りました。
地元密着型のスーパー。和水町の三加和地区は、ここ十年くらいで商店や飲食店も閉店しているところが何件か見られます。菊屋さんは、地域の方にとって大切なお買い物の場になっていると思います。 -
【歴史と文化の広場】
さて、田中城近くに戻り、「歴史と文化の広場」に駐車します。
ここが実質的に田中城の駐車場になっています。
その一角にはこの地を長らく治めていた和仁氏の”和仁三兄弟”の銅像があります。
この三兄弟が田中城に立て籠もり、秀吉軍と激しい戦闘を交えながらも長らく持ちこたえました。
中央が城主の和仁勘解由親実、右が弟の弾正親範、左が人鬼親宗。親宗は背が高く動作が機敏で”人鬼”と呼ばれたそうです。 -
説明板には城攻めの絵図と解説。
豊臣政権は佐々成政に肥後を治めさせ、国衆も家臣団に組み込まれましたが、佐々成政は領国化を急ぎ、検地を進めたことで、国衆は反発して戦が起ります。
まず、隈府城の隈部氏が蜂起、肥後国に広がっていきます。
肥後国は筑前・筑後国と同様、強大な戦国大名が現れず、国衆と呼ばれる地元の侍たちの独立性が高い地域でした。
特に熊本北部は名族・菊池氏が没落し、群雄割拠の状態。筑前筑後は大分の大友氏などの力が比較的強く及び、国衆も大友系の家臣団に組み込まれていたと思いますが、肥後はそれほどではなかったのだと思います。
国衆一揆の背景にはこのような事情もあったのかも知れません。 -
イチオシ
和仁三兄弟の銅像の背後に広がる小山…田中城に向けて出発です。
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町営住宅の側を抜けて南側斜面から登城します。
桜の田中城跡 by Decoさん田中城跡 名所・史跡
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和仁三兄弟の中の一人、和仁弾正親範の屋敷跡のようです。
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井戸や建物の跡らしきものが見えました。
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上がり道の右手も小高くなっており、三の丸があったようです。
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上がり道の右手(東側)には小高い土地があり、三の丸だったようです。
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さらに坂を上ります。桜が咲いています。
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上がり道の右手には少し高くなった場所があります。
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田中城跡の説明板。このあたりは切り通しのような谷間の地形になっていて、昔は門などがあったのかも知れません。
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本丸へ、さらに険しい道を上ります。
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小山の頂上へ。手前の広場が二の丸、その先に生垣で覆われた部分が本丸のようです。
*手前の広場は…後からわかったのですが、城の北側から細い道が延びており、車で上がれるようです(北側の案内板に”駐車場”と書いてありました)が、道はものすごく細いので、車で上がるのは限りなくおすすめしません。 -
こちらは二の丸の北側方向。
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桜がきれいですが、下の駐車場から坂道石段を上がらなければならないので、花見客は皆無です。
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ふと下を見れば、舗装された小さな道…先述のように本丸までは車で上がれますが、この細い道路です。徒歩で上がった方が良いと思います。
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こちらは本丸の遺構。
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本丸の説明がありました。
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田中城を知ろとしていた和仁一族についての解説。
和仁氏は元々菊池氏に従っていましたが、その滅亡後は豊後(大分)の大友氏や、肥前(佐賀)の龍造寺、薩摩の島津などに従います。このあたりは筑後の国衆(三池氏など)と共通しているように思います。
和仁氏は豊臣勢とよく戦い持ちこたえましたが、安国寺恵瓊の調略による味方の裏切りで落城、一族は亡くなります。
また、和仁三兄弟にはもう一人兄弟(統実)がいて、立花氏(宗茂)に仕えていました。立花氏はこの攻城にも参戦しており、統実の心境はいかばかりだったのでしょうか。この戦のあとは和仁氏を名乗るのに憚りがあり、立花家の重臣・小野和泉守の養弟となって小野氏を名乗り、今も子孫の方がいらっしゃるそうです。
*小野和泉守とは小野鎮幸のことで、その勇猛さから秀吉に「日本槍柱七本」の一人に数えられ、そしてその子孫・小野春信は三池平野山に領地を賜り三池炭鉱を初めて組織的に採炭した人物となります。
そして、城主の親実の妻は三池の小野氏に預けられて男の子を生んだ、と記してありますが、この小野氏は、上の小野和泉守と同族かそうでないかはわかりません。
ただ、子孫の小野春信が三池の平野山(大牟田市)を拝領したのは江戸時代中期の18世紀初めの頃。国衆一揆は秀吉の時代で、小野和泉守は蒲池城主(柳川市)。別の支族だったようにも思えます。 -
本丸東側にも桜。
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緑の山を背景に桜が映えます。
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本丸の下の北~西の部分。ここには出丸があったようです。
国衆一揆の際は、和仁三人衆の一人、和仁人鬼親宗が入っていたそうです。 -
出丸の北方向にも尾根がせり出しています。ここにも何か建物があったのかも知れません。
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出丸の先です。看板が見えます。
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説明です。空堀跡。
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ここが空堀でしょうか。本丸の西側にあります。
左側が本丸、右側にも遺構があってやや高めの地形になっているので、本丸の独立性と防御を高めるために設けられたのでしょうか。 -
その右側の小高い場所にいってみました。
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ここが西捨て曲廓かと思います。捨て曲廓とは、敵の目を欺くための建物だったようです。
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西捨て曲廓のあたりからはミニミュージアムの建物(旧春富小)が見えます。
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いったん城から降りて、田中城の北側に行ってみます。こちらには駐車場があり、きれいなトイレもありました。
この小山が田中城ですが、この写真に写っているあたりが先ほど訪れた出丸のようです。 -
出丸に陣取っていた和仁人鬼親宗はこのあたりで亡くなったそうで碑が建っていました。
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駐車場の側にあった案内図。これを見ると本丸近くに駐車場と示されています。
一通り城跡を見ましたが、別に駐車場があるのかと思い、上がって行ってたら、あの二の丸に上がる狭い舗装道路…ちょっと怖い思いをしました。
それに途中で和水町役場の車が降りてきて…二の丸から降りかかるところだったので、先方がすぐにバックして事なきをえましたが、あれが途中の狭い道だったらと思うとぞっとします。
二の丸や本丸は徒歩で上がることを強く強くお勧めします。 -
イチオシ
これにて田中城を後にします。
もっと地形や遺構がわかるような写真を撮影しておけば良かったのですが、お天気もよく、国衆一揆に思いを馳せつつ、咲き誇る桜に目をうばわれました。
カレーも美味しかったし、以前から一度詳細に見てみたかった田中城。行って良かったです。
御覧いただき、ありがとうございました。
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この旅行記へのコメント (4)
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- 旅猫さん 2025/05/04 13:54:31
- 田中城
- Decoさん、こんにちは。
田中城と聞くと、かの丸い駿河の田中城を思い浮かべてしまいます。
肥後にもあるのですね。
調べてみると、何と、古代から続いていたと云う和仁氏が城主だったとか。
それだけでも、歴史好きには興味が湧いてきます。
洒落た小学校の跡を活用した資料館もいいですね。
やはり、勉強してから訪れると違いますよね。
カレーも美味しそうです。
個人的には、チキンカレーが好みです。
そして田中城跡、なかなか良い感じですね。
西国には石垣が多いように思いますが、ここは土塁なのですね。
中世の城らしい風情があり、好きな感じです。
ちょうど桜も見頃で、しかも花見客がいないというところも良いです。
訪れたいところですが、関東からだと遠すぎます。。。
旅猫
- Decoさん からの返信 2025/05/04 16:19:22
- Re: 田中城
- 旅猫さん、こんにちは。
田中城や和仁氏は、地元の方々に根付いた存在のようです。旧春富小のあの建物を見てもそれを感じます。
資料館は一室だけの展示ですが、それ故に要点がコンパクトにまとめられてわかりやすかったです。感心したのは、資料館に加えて城跡にもかなり詳しい解説板があって、それも参考になりました。
カレーも小さなお店ですが、個性的な美味しさがあり、雰囲気もよくて、行って良かったです。
田中城は織豊系の石垣や天守のあるお城ではありませんが、旅猫さんがおっしゃるように、中世の城らしい風情があります。あちこち歩き廻って縄張りが体感できるお城でした。桜も独占状態でした(笑)。あそこまで上って花見をする人もいないでしょうね…。
田中城の前の道は路線バスがあったのですが、数年前に無くなってしまいました。かつては南関町から田中城前→平山温泉→山鹿温泉へ抜ける路線があったのですが。お城のすぐ近くに花の香酒造という造り酒屋があって、評判も良いだけに残念です。
Deco
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- ma-yuさん 2025/05/03 14:01:15
- 田中城
- Decoさん
こんにちは!
表紙の3武将の銅像は誰なのかと思いました?
旅行記を見ますと和仁3兄弟の居城だったのですね。
そうそう田中城は地元の滋賀高島にもあります。
浅井長政の勢力下で織田勢に滅ぼされましたが!
小学校も天守閣やミュージアムもあるのですね。
歴史や当時の出土品も展示されて歴史好きな方に人気がありそう。
小学校の建物の一部を使用したカフェもあるのですね
合いがけカレーが2種類の味が楽しまれて美味しそう。
二の丸や本丸の桜が綺麗ですね。
でもどこのお城も高台に天守閣が築かれて上がるのが大変です。
田中城も険しい道をあがるので花見客は少ないようですね。
初めて田中城へカレーやミュージアム、それに綺麗な桜も見られて
私も勉強になりました。
ma-yu
- Decoさん からの返信 2025/05/03 19:46:40
- Re: 田中城
- ma-yuさん、こんばんは。
和仁三兄弟の銅像は南関方面から平山温泉へ向かう道沿いにあり、ずっと前から気になっていました。多分、城主の一族だろうとは思っていましたが、今回初めて詳しく知りました。
滋賀高島の田中城、信長に滅ぼされたのですね。熊本の方は秀吉方に滅ぼされて…天下統一ということは、その分滅んだ勢力もあったのですよね。
ミュージアムは一室だけの小規模なものですが、その分密度も濃くて、映像なども見やすい長さでよくできていました。
カフェは廃校を利用した小さなお店ですが、カレーは本格的で、びっくりしました。
田中城は桜は文句なしにきれいなのですが、かなり上がらなければならないので、花見客は皆無でした。本丸・二の丸までは車で上がれますが、ポツンと一軒家のような狭い道で、途中引き返すこともできず、ヒヤヒヤドキドキしました…。
桜もきれいで城跡も見学できて、カレーも美味しくて…楽しいひと時でした(*^^)v
Deco
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