2025/03/14 - 2025/03/14
458位(同エリア664件中)
ポールさん
この旅行記のスケジュール
2025/03/14
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レンタサイクル
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金冠塚、新羅古墳情報センター
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自転車での移動
レンタサイクル
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大陵苑、天馬塚
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この旅行記スケジュールを元に
慶州では、大型の円墳が多数集って独特の景観がつくり出されています。
多くは、5~6世紀を中心に築かれた新羅の墳墓で、日本の古墳が樹木で覆われてしまったものが大部分であるのに対して、慶州の古墳はきれいに整備されて芝生で覆われているので、円形の墳丘がはっきり分かって美しいです。
これらは、積石木槨墳(棺のまわりを板で囲んで木槨をつくり、その上に大量の石を積み、さらに土で覆うもの)という新羅独特の形式で、この大量の積み石が幸いして、盗掘を免れた墳墓も多く、金銀を用いたきらびやかな副葬品が多数出土しています。
旅の全体日程は以下のとおりです。
1日目:成田空港→釜山金海空港→(慶州泊)
2日目:石窟庵、仏国寺、国立慶州博物館(慶州泊)
3日目:南山石仏群(慶州泊)
4日目:金冠塚、大陵苑、芬皇寺、皇龍寺跡、瞻星台→(金海泊)
5日目:大成洞古墳群、国立金海博物館→釜山金海空港→成田空港
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自転車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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慶州でも新羅時代の古墳が密集している地域の案内図です。
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金冠塚です。
500年前後に築造された大型の墳墓で、「?斯智王」という人物に関連する剣や銘文が2013年に見つかり、その墓であることがほぼ確定されています。今まで発掘された新羅の積石木槨墳の中で唯一被葬者の名前が確認された古墳です。
身分や性別については議論がありますが、新羅王、王族または貴族と推定されています。
慶州の象徴のような新羅の金冠が初めて出土したことから、「金冠塚」という名前が付けられました。
金冠塚内からは、金管及び金製冠式、金製腰帯など4万点余りの遺物が出土しました。そのほか、金製冠帽、金製冠式、金製ブレスレット、金製指輪、金製イヤリング、金銅靴、ガラス杯、青銅製草斗などの副葬品が一緒に発見されました。
装飾に使われた曲玉などの玉類は3万点以上見つかり、使用された金の総量は7.5kgに及びます。出土された遺物はすべて国立慶州博物館が所蔵、展示しています。 -
保存展示空間となっていて、墓の内部が観覧できます。
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「?斯智王」なる人物についての説明パネルです。
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新羅古墳情報センターです。
金冠塚の保存展示空間見学後、共通のチケットで入場するシステムになっています。 -
金冠塚の被葬者が身につけていた装飾品の複製です。
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墓の形式の変遷についての説明パネルです。
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新羅、百済、高句麗、加倻の古墳の比較です。
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鳳凰台です。
高さ22メートル、周囲250メートルで、単一古墳としては新羅で最も大きい王陵と言われています。発掘されていません。 -
金鈴塚です。
金冠と金鈴が出土されたことから、名付けられました。新羅時代の真髄を知る高さ27センチの金冠をはじめ、国宝91号の陶製騎馬人物などの多くの遺物が出土しました。 -
壺棹塚です。
高句麗の広開土大王の祭器として使われた蓋がついている青銅の盒(壺棹)の底の表面に刻まれている銘文により名付けられました。
高句麗の遺物がどのように慶州まで流れてきたかは明らかにされてはいませんが、当時、高句麗と新羅が友好閑係にあったことを裏付ける貴重な遺物と言われています。 -
雙床塚です。
二台の石の寝台が出土したことから、名付けられました。 -
馬塚です。
馬の骨や馬具などが出土したことから、名付けられました。 -
大陵苑の北側入口の門です。
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23基の古墳が並んでいて、古墳群の規模としては慶州一です。黄金の冠や腰帯、装飾品など絢爛豪華な遺物も数多く出土しています。
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天馬塚です。
天馬塚という名前はこの古墳から天馬を描いた馬の泥よけが出土したことに由来します。 -
埋葬施設が再現されています。
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天馬図の映像です。
この泥よけは白樺の皮で作られており、翼の生えた白馬がたてがみを風になびかせて空を翔ける姿が描かれています。 -
天馬図を復元したものです。
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天馬図のほかにも、金冠や腰帯など1万1500点余りが発掘されました。
現物は慶州国立博物館で展示されていますが、いくつかは複製品が天馬塚内部に展示されています。 -
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シルクロードにより、はるばる西洋から運ばれてきた品もあります。
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味鄒王陵です。
1145年に書かれた『三国史記』では、味鄒王は新羅の第13代王で、262 - 284年に在位したとされています。また、同書に「味鄒王が大陵に葬られた」とあることが、大陵苑という名前の由来となりました。 -
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皇南大塚です。
慶州市内でも最大規模の古墳で、ふたつの円墳がくっついた形をしています。これは夫婦で埋葬されていることを意味します。発掘調査の結果、北側から「夫人帯」と書かれた銀製の帯金具が発見され、女性が埋葬されていることがわかりました。埋葬されている人物が誰かははっきりわかっていませんが、5世紀ごろの王と王妃だろうと推定されています。南側が男性、北側が女性の墓になっています。
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