2025/03/13 - 2025/03/13
559位(同エリア663件中)
ポールさん
この旅行記のスケジュール
2025/03/13
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自転車での移動
レンタサイクル
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三陵谷石仏群、拜洞石造如來三尊立像
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自転車での移動
レンタサイクル
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天官寺址
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仏谷龕室石仏座像、塔谷磨崖彫像群
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この旅行記スケジュールを元に
南山は新羅の王都だった慶州の南に聳えている金鰲山と高位山の二つの峰をはじめ、都堂山・楊山等からなっており、これらをまとめて南山と呼んでいます。
東西4㎞、南北8㎞で40余りの渓谷があり、ここに多くの石仏が散在しています。
新羅が仏教を国教としてから、南山は仏が留まる霊山といわれ、多くの寺院と塔が建立され仏像が制作されました。これまでの調査では、122個所の寺跡、57個所余りの石仏、64基余りの石塔が散在していて、野外博物館と呼ばれ世界文化遺産に登録されています。
旅の全体日程は以下のとおりです。
1日目:成田空港→釜山金海空港→(慶州泊)
2日目:石窟庵、仏国寺、国立慶州博物館(慶州泊)
3日目:南山石仏群(慶州泊)
4日目:金冠塚、大陵苑、芬皇寺、皇龍寺跡、瞻星台→(金海泊)
5日目:大成洞古墳群、国立金海博物館→釜山金海空港→成田空港
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自転車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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今日は、レンタサイクル(10,000won/日)で南山の石仏群を見学します。
ここは、「三陵谷石仏群」への登山口です。 -
南山全体の鳥観図です。この日は、赤丸の場所を見学しました。
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三陵谷石仏群の案内板です。案内板写真の中央「石造如来坐像」まで行く予定です。
案内板にはありませんが、七仏庵磨崖仏像群まで行けるといいのですが、そうすると片道4時間のトレッキングになってしまいます。 -
三陵とは谷の入り口に三つ並んだ古墳のことで、それぞれ神徳、景明、阿達羅の王の陵とされています。
神徳、景明は10世紀初期の王ですが、阿達羅は2世紀中頃の王とされています。
3つの墓はすべて新羅後期の形式の横穴式石室墳ですので、2世紀中頃とされている阿達羅王が仮に実在していたとしても、その墓ではないですね。 -
しばらく進むと、石造物が展示されていました。
説明板には「第1寺址の塔の石材」とあります。 -
歩きやすいように整備された通路を、谷筋に沿って登って行きます。風景から、この山塊が石仏に適した花崗岩で出来ていることが分かります。
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三陵から約 500m。石造如来坐像です。
高さ1.6m、幅1.56mで、渓谷の地中から頭のない状態で発見され、今の場所に運ばれました。 -
長い間、土の中に埋もれていて、摩滅がほとんどない状態で保たれ、服のしわも鮮明に表れています。 頭部がなくなり、手と膝の部分が破損していたため、手印は不明ですが、胴体が豊満でゆったりと静座をした姿勢で、力強くしわのついた三道、堂々とした胸と広い肩、弾力ある威風堂々とした姿をしています。
左肩から垂れて結ばれた袈裟の紐と、下衣を結びつけた紐、そして膝の下に垂れた2本の結び目は非常にリアルで繊細に表現されています。 新羅時代から伝統工芸が伝来していたことが分かり、新羅時代の服飾史を研究する上で重要な史料となっています。
統一新羅時代の8世紀半ば、全盛期時代の優れた仏像です。 -
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石造如来坐像に向かって左側、説明板の前を通って少し上った所に「磨崖観音菩薩像」が刻まれています。
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頭には宝冠を被り、満面に微笑みを浮かべた豊満な顔つきは慈悲深いです。
右手は説法印を、左手には甘露瓶を持っており、首飾りと袈裟を束ねた紐は蝶の羽のように結び、胴体から血が流れるように繊細に表現されています。 後ろにある、斜めの岩を光背にして、蓮華台座の上に立っている姿をしています。
高さ1.54m、幅0.54m、統一新羅時代の9世紀に制作されました。 -
石造如来坐像に戻り、上禪庵方向へ約100m進むと分かれ道があり、左側に見える小川の飛び石を渡ると線刻六尊仏が見えます。
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線刻磨崖六尊仏です。統一新羅時代の9世紀に制作されました。
東西に広がる自然の岩面に線刻され、まるで新羅の仏教絵画を見ているかのように彫刻の技法が精巧で優秀であり、韓国の線刻摩崖仏の中では最高とされています。 -
前方の岩面の三尊像は本尊が阿弥陀如来で、左右の菩薩像は片膝をつき、両手をいっぱいに蓮の花を捧げ、本尊に向かって供養する姿となっています。
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後方の岩面の三尊像の本尊は釈迦如来で、その左右の菩薩像は穏やかな表情で蓮の花を踏み、本尊に向かって立っています。(写真では見えにくいですが。)
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三陵から約1km。石造如来坐像です。
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純白の花崗岩で造られた仏像は豊満な姿で表現され、左肩に法衣をまとっていますが、服のしわは簡潔で美しく表現されています。
顔は丸く、両耳は短く表現されています。
本来は仏身と台座、光背とそろっていましたが、現在は顔部の損傷がひどく、光背もいくつかの破片に破損しています。
石仏が坐っている華やかな蓮華台に刻まれている蓮の花と眼象、全体的におちついた堂々たる仏像の姿から、統一新羅時代8、9世紀の作品であると推定されています。 -
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仏像の少し下に、大きな岩の尾根を基壇にした石塔跡があります。石塔は復元して国立慶州博物館の野外展示館で展示されており、現地には1/5の模型塔が置かれています。
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登山口に戻り、自転車で約500m、慶州拜洞石造如來三尊立像です。
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3体の石仏は、7世紀初頭もしくは中頃のものとされ、朝鮮時代の廃仏により、それぞれ付近の仏堂跡辺りに倒れていたものが、1923年、今日の位置に安置されました。
これらの石仏がもともと三尊であったかは不明ですが、基本様式が同様であり、かつ発見時の状況から見て、当初より三尊仏として祀られていたとも考えられています。 -
中尊は、釈迦如来もしくは阿弥陀如来立像。一石丸彫りで、高さ2.7メートル。鼻先にやや損傷がありますが円満な面相で微笑み、童顔で身体は短く寸胴で、右手を施無畏印、左手を与願印とする印相をなしています。肉髻は2重で広くて低く、それより下方のみに螺髪があります。通肩ですが、右肩の裾に少し掛かる、厚い法衣の衣紋は古調で、胸から足元にかけて5本のU字状の曲線で描かれます。光背はないようにも見えますが、背後には狭い挙身光があります。鼻の欠損は、石仏の鼻が不妊症に効くとの俗信により採取されたためといわれています。
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左脇侍は、菩薩像。一石丸彫りで、高さ2.4メートル 。やや細身で、前面が少し摩損していますが、背面の衣紋は良好に残っています。面相は微笑みをたたえ、後頭に円形の頭光があります。法衣は比較的薄く、装飾は少なく、右手を胸元に上げ、左手を下げて宝瓶を持ちます。
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右脇侍も、菩薩像。総高約2.45メートルで、膝下で切断された立像の上下を繋ぎ、ほぼ完形として良好に保存されています。豊満かつ女性的で、左手に持つ蓮華を左肩に上げ、大きな華鬘を足首まで垂らして、蓮華座に立ちます。童顔で、鼻先に損傷があるものの面相は微笑み、後頭の円形の頭光には花文と化仏(仏形)が彫られています。
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自転車で仏谷に向かう途中にあった、統一新羅時代の寺院、天官寺址です。
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月精橋が見えます。
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仏谷龕室石仏座像へは、自転車を停めてからこのような道を10分程歩きます。途中からは上り坂、最後は階段でした。
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仏谷龕室石仏座像です。
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自然岩石を深さ1mに削って龕室を作り、その中に如来坐像が刻まれています。仏の頭は浮彫で、被った頭巾は耳の部分まで覆われています。
顔は丸く、目は厚くてほりの深い口元からは、慈悲深い笑顔が広がっています。全体的に姿勢が美しくて女性らしく見えます。
袈裟は両肩にわたる通肩とし、垂直に長く垂れ下がって台座まで覆っています。手は服の中にあって、表現されておらず、服の裾が波模様のように柔らかく彫刻され、全体が美しく調和しています。
南山長倉谷石造弥勒三尊仏(国立慶州博物館)、拜洞石造如來三尊立像とともに、新羅では非常に早い、7世紀初めに作られた仏像です。
なお、この石仏には善徳女王をモデルにしたものという説話が伝えられていて、ウィキペディアの善徳女王のページで「善徳女王の推定石像」と紹介されています。 -
自転車で、川沿いの道を塔谷へ移動しました。
このお寺の境内に、塔谷磨崖彫像群があります。 -
正面に見える、高さ10m、幅30mの岩とその周辺にある岩に様々な仏像が彫刻されています。
計34点の図像が確認されており、このように多くの像が一ヶ所に刻まれた例はほとんどなく、特に2基の木塔は、細部の表現が忠実に現れており、皇龍寺九層木塔など、新羅時代の木塔を研究する上で貴重な資料となっています。 -
北側には互いに向かい合っている七重木塔と九重木塔の間に釈迦如来が蓮華の上に坐っています。
左の大きい方は九層で各層に風鐸がついています。皇龍寺の九層木塔と言われています。
右の小さい方は七層で同じく風鐸がついていて、柱は2本になっています。
当時慶州には、皇龍寺の九層木塔や芬皇寺の七層模磚塔だけでなく、七層の木塔が多数そびえていました。 -
西側の面には、ヤナギと竹の間に一人の如来座像が刻まれています。
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東側の面の中央の岩の下の方に如来と菩薩の坐像があり、回りには飛天像、僧侶像、菩薩像、仁王像などが刻まれています。
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大岩の上部南面にも多くの彫刻があります。
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龕室を浅く作り、その中に三尊仏が刻まれています。
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磨崖仏像群の南に、三重石塔1基が立っています。 9世紀末に制作されたものです。
南山石仏群の見学を終え、街に戻ります。 -
月精橋です。統一新羅時代に造られ、2018年に復元されました。
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自転車を返却し、ホテルで休憩した後、大陵苑西側の繁華街にやって来ました。大勢の観光客で賑わっています。
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この店で夕食にします。
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店頭に掲げられていたメニューです。
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テーブルのタッチパネルで注文するシステムです。
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冷麺を注文しました。11,000won、やや観光客価格です。
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