2024/06/19 - 2024/06/19
575位(同エリア635件中)
おやじさん
高速が整備される以前は、奥美濃のスキー場を目指には国道156号線を利用するしかない時代。
雪の降り積もる国道を延々と走り、白鳥町入口の白鳥交差点手前に鎮座する為真白山神社はスキー場も近づき、更に過酷な道に近づいてきたことを感じさせるランドマーク的存在です。
頻繁に前を通りながら一度も訪れた事はなかったが、今回はその「為真白山神社」を紹介します。
- 旅行の満足度
- 2.5
- 観光
- 2.5
- 交通
- 2.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
-
高速が整備される以前は、奥美濃のスキー場を目指には国道156号線を利用するしかない時代。
雪の降り積もる国道を延々と走り、白鳥町入口の白鳥交差点手前に鎮座する為真白山神社はスキー場が近づいてきたことを感じさせるランドマーク的存在です。
さりとて一度も訪れた事はなかったが、今回はその「為真白山神社」を紹介します。
社頭から西の山麗を眺めれば、九頭龍方向へ続く中部縦貫自動車道の巨大な高架と右側に白鳥町に繋がるループ橋が見えています。
下道から眺めると昔の光景も随分変わったものです。
高速の開通により観光地のアクセスは良くなった一方で、国道沿いのドライブインや無人レストランなど若かりし頃に御世話になった施設も淘汰され、国道沿線の光景は寂しい限り。 -
為真(ためざに) 白山神社社頭。
国道沿いに社地があり、ほぼ南向きに社頭を構えています。
社頭右に「白山神社」社標があり、一対の狛犬と石造りの明神鳥居があり、北側の杜にかけて拝殿・本殿が連なります。 -
鳥居左側の玉垣には白鳥町天然記念物「為真白山神社のヒノキと為真白山神社の大神楽」の碑が立っています。
為真の大神楽。
歴史は350年前より現在に続くとされ、自治会と氏子らにより5年間隔で奉納されてきたが、それも少子化や若者の減少に伴い、役者の確保や舞の所作が年々困難になってきているという。
為真白山神社のヒノキ。
境内西側(国道沿い)の胸高幹周り3.3㍍、樹高約30㍍で樹齢300年のヒノキで平成12年に白鳥町天然記念物に指定されたもの。 -
社頭には「白山宮」と刻まれた台座の上の狛犬(阿形)。
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こちらは吽形、寄進年は確認し忘れました。
-
境内右の社務所。
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境内左に写真の手水舎があります。
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境内から眺める拝殿・本殿方向の眺め。
岐阜県神社庁の当社の解説は以下内容でした。
「為真(ためざに) 白山神社。
主祭神 伊弉冊尊。
由緒由来
元正天皇の御代養老元年(717)、泰澄大師が此の森に休み、木の枝に幣帛を懸けて置かれたのを里人が敬って一小社を建立し、これを御神体として祀り「シデカケの宮」といった。
その後神主鷲見九郎左衛門が本郡長瀧村の某女と結婚したので、その縁により、長瀧寺より神像を神主に贈られた。
そのため此の神像を本殿に合祀した。
祭礼 8月23日」
また地元資料によれば
「古来より為真住民の氏神であり、白山美濃馬場・中宮長滝寺の六所王子の一社である。
白山神社創祀の由来は雄略天皇21年(477)、白山へ大神を祀れとの勅令が下り、勅使大途見彦命が奈良の都から白山への道すがら、立花・洲原・苅安・梅原・佐良・金剣への祭祀を経て、この地に和幣(シデ)をかけて神を祀ったのがはじまり。
この事から里人は、古来よりシデカケの宮として敬ってきた。
養老年間には泰澄大師がこの社で休まれ、桜の樹を植えられたと伝わる。
安永2年(1773)、中宮長滝寺より伊弉冊尊の御神像を贈られたのを期に社殿を再建、社号を白山神社と改め、以後この里の鎮守の神様として崇敬されている」
土地柄から秦澄が祭祀した神社は多く残り、立花・洲原・苅安・梅原・佐良・金剣など、秦澄の足跡を訪れて見たいものだ。 -
拝殿から本殿の眺め。
中央に白山神社の拝殿額と左右に二枚縁起が架けられています。 -
拝殿額。
-
右側に架けられた縁起、左右共に内容は似ていますが其々の内容を下に記載します。
「白山神社の縁起
元正天皇の御宇養老元丁巳年(皇紀1377・西暦717年)
秦澄太子此の地に憩い桜樹一本を植え 幣帛を懸け置かれした里人恭敬し小社を造営し、これを御神体として注連懸大権現(してかけの宮)と唱う。
貞享三丙寅年八月十八日(皇紀2346・西暦1686年)社殿建立の記あり。
安永二癸巳年(皇紀2432・西暦1772年)、祢宜 蕙見九郎左衛門と言える者 長滝寺より妻を娶り 此の由縁をもって長瀧寺よりを寺より伊弉冊尊の御神符を贈らる。
依って九郎左衛門、里人と諮りて社殿を再建し 同年八月二十三日此の神符を合せて安置し、社号を白山神社と改め 里の鎮守の神として斎き祀り今日に至る。
祭神則ち是なり、爾来毎年八月二十三日を当社の縁日として祭事を執り行う。
泰澄太子御手植の桜は三抱え余の大樹となり、年々華麗なる花を咲かせしが、惜くも昭和四十九年遂に千二百五十七年の樹齢を全うす、依って拝殿の一隅に遺木を存置す。
社叢に存続する樹林を共栄の叢」と言い氏子これを敬仰す。
昭和五十年秋吉日 白山神社氏子」 -
左側に架けられた由緒。
「美濃国郡上郡 為真村字大藪1148
村社 白山神社
一 祭神 伊井冊尊、 合祀 伊弉諾尊、菊理媛命
一 由緒
養老年中創建同時僧泰澄山地ニ休憩シ一樹二幣帛ヲ懸置シヲ村人奉シテ小社ヲ建立シ
シテカケ宮ト云フ 其後社人鷲見九郎左衛門ナル者郡長瀧村ノ某ヨリ神像ヲ受ケ之ヲ社殿ニ安置ス
今猶当社本殿ニ奉ル神像是ナリト云
一 本殿
明治四十一年二月二十六日
岐阜県告示第五十三号ヲ以テ 神饌幣帛料供進神社二指定
一 社殿
本殿 縦 一間二尺四寸、横 二間二間四尺八寸
拝殿 縦 五間、横 四間
門 縦 一間、横 五尺
一 境内
五百拾三坪官有地第一種
一 氏子 百八十戸」 -
本殿域全景。
大きな覆屋の屋根が本殿域全体を覆っている。 -
境内右から見る本殿。
銅葺屋根の流造で木鼻飾りや左右に脇障子を持つようですが、これ以上は寄れないので細かな意匠まで分からない。 -
本殿左の泰澄注連掛け桜遺木収蔵庫。
縁起に記されていた泰澄太子御手植の樹齢1257年を誇った注連掛け桜は、遺木としてこちらに収蔵されています。
村人にとってこの桜は、尊い神そのものなんだろう。 -
収蔵庫側面の「泰澄注連掛け桜 遺木収蔵庫建立の経緯
白山神社の注連掛け桜については岐阜県神社明細帳に「養老年中 僧泰澄この地に休息し一樹に幣帛をかけ置きし、村人奉じて小社を造立しシデカケ宮という」と記されるように、為真の里人はこの桜を御神体同様に崇めてき ました。
けれども、この桜は拝殿に揚額された「白山神社の縁起」に「泰澄注連掛け桜は、惜しくも昭和四十九年ついに千二百五十七年の樹齢を全うした。
よって遺本を拝観の一隅に存置する」と記されているように、樹齢を全うして枯れてしまったので、昭和五十年に伐接され一部を遣木としてしばらくは拝殿に安置されていたが、神社での催しものの都合などもあって、近ごろまでは本殿裏に置かれていた。
しかし、本殿裏では風化が早いことが心配されることから、平成二十四年初春、氏子総代相談の結果、新しく遺本収蔵庫を造り「神社の縁起」 と一緒に保存することにしました。
平成24年8月23日」 -
収蔵庫右の力石。
昔の人はこれを持ち上げ力を誇示したいい、昭和のはじめまで実際に使用されたとある。 -
境内の最も右に忠魂碑。
-
本殿右側から見た本殿域全景。
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拝殿右から見た社殿全景。
拝殿の四方の壁は、これまで見た梁の上の組物と蟇股だけの欄間のような造りになっています。
為真 白山神社
創建 / 養老元年
祭神 / 伊井冊尊、伊弉諾尊、菊理媛命
境内社 / …
祭礼 / 8月25日
所在地 / 岐阜県郡上市?白鳥町為真1184??
参拝日 /2024/6/19
那留 白山神社アクセス / 国道156号線白鳥交差点手前右側。
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