2025/01/06 - 2025/01/09
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しにあの旅人さん
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1970年前後、高度成長期、贅沢言わなければ就職に困らなかった時代です。
私もとある大企業に就職して、配属された事業部の偉いさんに、同期数人と歓迎会に招待されました。赤坂の料亭でした。生涯最初で最後の料亭です。
いろっぽい仲居さんに囲まれて、宴たけなわ、余興の披露となりました。事業部長がうなり始めたのは、浪曲でした。たしか森の石松がどうしたこうした。
私はびっくりしました。
当時おフランスにかぶれて、ジョルジュ・ブラッサンス、ジュリエット・グレコ、ダミアなどの歌を拝聴し、辞書と首っ引きで歌詞の意味を調べて、悦に入っておりました。
ビートルズさえ、なんだロバの歌かと蔑んでいたのです。フランス人は英語をロバの言葉と罵っておりました。クマだったかな。
それが浪曲ですよ、愕然とした記憶あり。とんでもない会社に入ってしまった。
そのあと数年で、心墨田の向こう側、下町の工場を担当してすぐ分かりました。
「現場の職人は理屈じゃねんだよ、義理と人情を忘れちゃいけねえぜ」
たたき上げの事業部長はそう言いたかったのです。
それから幾星霜。
21世紀も五分の一を越え、義理と人情とともに、もはや絶滅危惧種となった浪曲。全国唯一の浪曲常打ち小屋、淺草木馬亭に行ってきました。
引用では僭越ながら、敬称を略させていただきます。
投稿日:2025/02/04
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
奥山おまいりみちを浅草寺の方に歩くと、左に幟が見えてきます。
-
木馬亭です。お隣は木馬館、明日行きます。
浪曲の木馬亭 by しにあの旅人さん奥山おまいりまち商店街 市場・商店街
-
唯一の常打ち小屋。
-
常打ちといっても、公演は毎月最初の1週間だけです。
それ以外も何日か、不定期に独演会はあります。 -
今日は玉川奈々福と鳳舞衣子の二枚看板ということらしい。
-
木戸銭は一人3000円でした。
一書に曰く、
淺草ワンダーランド、いよいよ始まります!
ディープ淺草!これが本当の淺草だ!
とにかく、今まで来ていた淺草とは違う淺草です。
フランス人の友だちと来ていた淺草ではない!淺草。
うひひ、ひ。
ヤアーイ、君たちにはわからないだろ。の淺草です。
By妻 -
公演中は撮影NG、中入り中の会場風景はOK。
キャパは100人ちょっとだと思います。 -
公演中天井上で、ときどきドシンバタンと音がしました。これは上の階に大衆演劇木馬館の舞台があって、そこで役者が飛び跳ねている音だそうです。
開演前から入場しました。
人生初めての浪曲ライブです。 -
一書に曰く、
木馬亭。その名前からして、もう、縄文式土器、弥生式土器なみに、歴史の本の中に閉じ込められた感じでした。
えー、あったの?
立派に現役でした。
外をしげしげ、中をキョロキョロ。
気分は、ローマからの道、アッピア街道に立ったときと同じ。
日本の戦後芸能史に出てくる場かぁ。
でありました。
By妻 -
正月プログラム。
-
12時開演、約3時間半です。読み物は1話25分から30分。
私たちは前から3列目の席でしたが、近すぎました。
浪曲師は全員ものすごい声量です。女性浪曲師の高音は耳に痛いくらいです。大きな会場ではないので、マイク無しでいいのではないか。 -
CD「ああ大黒屋光太夫」より。
真山隼人。
演目は「南部坂雪の別れ」初代春日井梅鶯(1905-1974)が1930年代に初演した、古典的浪曲だそうです。
赤穂浪士の討ち入り直前、大石内蔵助が浅野内匠頭未亡人を訪れるエピソードで、映画、小説、などでも有名です。
真山隼人によると、浪曲の世界では弟子は師匠のまねではなく、別のやり方をしなければならないという暗黙のルールがある。
したがって節(歌の部分)と啖呵(セリフ語り)も、ある部分は真山オリジナルということです。
浪曲は伝統芸能ですが、芸の伝承を第一義にはしていない。
(後述の「浪花節で生きてみる」P213)
真山のホームページ、
浪曲師 真山隼人オフィシャルサイト いよっ!待ってました。
https://roukyoku8810.com/
が面白かった。セリフの部分を啖呵というのもここで教わりました。
浪曲師と曲師の掛け合いは、同じ演題でも毎回違うのだそうです。
新年最初の木馬亭です。真山は五つ紋で登場。
こちとら聴く方は浪曲の素人、一種の芝居として観ています。浪曲って、一人芝居なのです。
その技術と迫力でびっくりしました。
師匠に入門して、長い訓練、稽古を必要とするそうです。なるほどこれには専門的な技術、メティエの習得が必要だろうと、納得。
テレビの芸人さんが、思いつきだけでやっているのとは違った「芸」です。 -
東洋館とちがって、浪曲師の売り込みも積極的。こういうパンフレットもありました。真山隼人の2月独演会のパンフ。
ありゃま、終わっちゃっている。 -
こっちは3月。2日だと、常打ち口演のあとですね。
私たちも行きたいけれど、なんとか都合つくかね、By妻さん。
一書に曰く、
最初は、興味津々。
言ってみれば、動物園のライオンを見るのと変わらない感じが、いつしか引き込まれて、中入り、(えっ、このプログラムには、にんべんが着いてますね。)
その仲入り前の、真山隼人のころは、聞き入ってしまいました。
で、仲入りになりまして、ざわざわぁっとした会場を、興味津々、どんな人が来ているのかな、どういう行動をするのかな。
目玉キョロキョロ見ておりましたら、すぐ後ろの席の男性が、声をかけてきました。
「よく来るんですか?」
「いえいえ、初めてです。」
「僕は、二回目です。」だって。
話しながら、なおも会場を見渡すと、お客さんは、圧倒的に中高年、いや、熟年と申しますか、大人の男性でした。
そのおじさん達が、なんか食べてる。
一斉にって感じで。
もしかしたら、中入りの時は、お客は、何かしなくてはいけないのかな。
例えば、小屋主さんに挨拶にいかなきゃいけないとか、挨拶に行ったら、何かくれて、それを、おじさん達が食べているんじゃないかとか。
妄想は膨らみまして。
観察。じーっ。
おじさん達は、アイスクリームを食べていました。
とんがりウエハースに入ったやつ。
なんかねえ。いつもはきっと、焼酎のコップを持つ手で、不器用そうに持ってもしゃもしゃ、かわいかったです。
このアイスクリーム、木馬亭の名物だそうです。
教えてほしかった。声かけてきた男性も、ご存じなかった。
残念。
でも、ここは、柿の種に、カップ酒ではないのか?
飲みねえ。飲みねえ。っていうじゃないの?
木馬亭は、アルコール禁止でした!
ということで、令和の木馬亭は、小学生の孫と行ける、健全、教育的なところでした。
By妻 -
真打ち玉川奈々福!
この日口演の真打ちだけでなく、私たちのブログでも真打ちです。
写真は奈々福の本「浪花節で生きてみる!」(2020年/株式会社さくら舎)
私たちは浪花節のド素人ですから、まず用語が分からない。
見所、聞き所は初歩からこの本で教わりました。
現役の浪曲師が書いた本ですから、入門書としてもよく出来ています。なんたって現場から直接です。
一書に曰く、
意外なことに、女性の浪曲師が多いみたいでした。
わたくし、実は、女性の落語家は、あんまり、、、 なのです。
声が高くてキンキンしてしまうし、何より、女は、男と違って、でたらめして、油が抜けるという境地に行けないのではないかと思うのですよ。
男は男を、引退できるけれど、女は生涯女なんじゃないかな?と。
落語は、人生を諦めたというか、達観した人しか出来ない話が多いでしょ。
廓話も多いし。
その点、浪曲はどうなんだろう。
今回の感じでは、抵抗なかったですけれど。
昨日、漫才を観て、今日浪曲を聴いているのですが、この二つの芸能は、真逆のモノのように思えました。
漫才は、俗に言う、空気を読む芸。センスが生きる芸。伝承が必要ない世界。対して、浪曲は、訓練、鍛錬の芸。努力のたまもの。
頑張りが報われる世界じゃないかと、思うのです。
どうだろう?
By妻
即興の掛け合い
▼▲▼▲▼▲▼
浪曲って、台本も譜面もないそうです。
概略の筋書きはあるでしょうが、浪曲師の節に会わせて曲師が三味線を弾く。
節も啖呵もその日の会場の雰囲気などで、微妙に変える。
曲師は浪曲師の斜め後方にいますから、浪曲師からは見えません。曲師は一方的に送られてくる合図を受け取って、節を会わせていくことになります。
キッカケ節、アイノコ節、など一定のパターンはあるみたい。でもどのパターンで行くかは、その場で浪曲師が決め、合図を曲師に送ってくる。
それを「体で分かることが大事」だそうです。
この日も合図が出ていたのでしょうが、私たちには気配も分からず。
この辺はもはや素人の理解の外。
曲師はずっと浪曲師の横顔を追っていました。するどい目つきでした。
★浪曲で一番大事なことは浪曲師と曲師との呼吸です。曲師が一番心がけなければならないことは器用に手が回ることではなく、浪曲師が渡す合図やリズムをしっかり受け取って弾くこと。★
(P99)
「手」というのはよく出てきます。三味線を弾くことらしい。うまく三味線を弾くより、合図を体で理解するのが大事。
★浪曲師が、どこでどういう間でどういう啖呵を言うか、曲師は覚えているわけではありません。耳に入った音に即座に反応して、音を出す。実に特殊技能です。★
(P111) -
出典:DVD「ほとばしる浪花節」のジャケット
「仙台の鬼夫婦」
曲師は沢村豊子。
奈々福は曲師として浪曲の世界に入りました。その師匠が沢村だそうです。奈々福が浪曲師に転向してからは20年以上相方を務めています。1937年生まれですから、現在87才。現役です。
★浪曲師の啖呵とその感情を、三味線と掛け声で見事に拾ってくれます。この入れ方のするどさ。浪曲の緊密度が格段に増します。
演者の声の高さや感情に対して、反応して弾くだけなので、お師匠さんは何をどう弾いたか覚えていません。★
(P173)
こうなってくるともはや即興のレベルを超えて、完全な名人芸。
浪曲は毎回即興のライブなのです。
「寛永三馬術」
▲▼▲▼▲▲▼
寛永11年(1634年)3000人の家来を引き連れた徳川三代将軍家光が、愛宕山石段下を通りかかり、だれか石段を馬で駆け上がって梅の花を取ってこいと無理難題をふっかけました。
3000人が尻込みするなか、これを見事に成し遂げた曲垣(まがき)平九郎のお話です。講談、浪曲で有名な古典だそうです。
この日の演目でした。
「寛永三馬術」より「愛宕山梅花の誉」
奈々福はこの浪曲で一人五役を演じます。
家光
松平伊豆守
3000人のお供をひとかたまりで
主人公、曲垣平九郎
馬
すでに2人が失敗しています。
平九郎と馬の掛け合い。
階段を登るのは自分ではなく馬だ。平九郎は登る前に馬にじっくり階段を見せます。
馬曰く、
「だんな、本当にこれを登るんでやすかい?」
これが、本当に馬が平九郎に話しているように見えるんですよ。
奈々福はやや面長です。やたらに美人の馬だ。
芸とはすごいもの。
濃密な空間
▲▼▲▼▲
浪曲師は両手を広げることがあるので、演技空間の間口は1ひろ、1.5メートル。高さは上半身+手の長さ約1メートル。演台に覆い被さるような動きがあるので、前後は1mくらいが可動範囲。つまりたった1.5立米が舞台空間です。
この狭い舞台で、3000人+4役を演じるわけです。
奈々福によれば、30分の口演を終えて楽屋に帰ってくる浪曲師は全身汗びっしょりだそうです。
体全部で声を出す。そんなに体力を使うモノなのですね。
この日も奈々福はときおり手ぬぐいで額の汗を拭っておりました。
これだけ密度が高い舞台芸術は、ほかに落語と講談だけではないですかね。
汗びっしょりも頷けます。
濃縮の度合いは、鍋に入れる前のカレールウみたいなもの。
浪曲はニ人で演じるオペラ。
浪曲は空腹では出来ない。出番2時間前にはしっかりご飯をお腹につめる。(P63)
納得です。
落語や講談とは違うそうです。歌手も出番前にはあまり食べないらしい。
木馬亭の楽屋は差し入れの食べ物がいっぱいだそうです。煮込みのどんぶりがおいてあると、匂いが充満。 -
出典:1枚上の写真に同じ。
演台にかかっているテーブル掛けは、なにかプロっぽい専門用語があると思って調べたのですが、そのまま「テーブル掛け」でした。
面白くない。
向かって左のちょっと高い台には開演前には湯飲みが置いてあります。
どっちみち「湯飲み台」とかなんとか、しょうもない名前でしょう。もう調べません。
4トラにアップ直前に偶然わかりました。湯飲み台でした。(-Φ-)
一書に曰く、
演者毎に、テーブル掛けは変わります。
そりゃそうでしょ。名前書いてありますもんね。
レストランのテーブルかけとは、違うんですね。
あ~なるほど。
これは、お相撲さんの、化粧まわしですわ。
御ひいき筋からの贈り物。
つまり、テーブルかけは、人気のバロメーターってことです。
テーブルかけを、いっぱい持ってそうな人が出て来ましたよ。
奈々福さん。
上半身しか見えないけれど、なんか宝塚の男役みたいな、シュッとした人。
美人さんです。
女子スポーツ界には、三大アニキというものがあるそうです。
吉田沙保里、上野由岐子、澤穂希。
奈々福さん、浪花節界のアニキって感じ。
とにかくカッコいいの。
おんなのこのファン、多そう。
終わってから、昔の女の子と写真撮ってました。
わたしも撮ってもらえばよかったなぁ。
By妻
落語では、正座したヒザを動かして歩くのを表現できます。
浪曲では下半身は演台の下。
浪曲とかけて、レスリングのグレコ・ローマンと解く。
上半身だけで勝負。
「しゃれたつもりです、生暖かく笑ってやってください」By妻。 -
この日の晩ご飯は鰻の和田平。
選んだ基準は古さ、創業明治18年(1885年)です。老舗ならうまいだろうという単純な発想です。
有名なお店なので、さぞ混んでいるだろうと、6時に予約しました。
あれ、列を作っているわけではない。
入ってみると、 -
一番乗りでした。
レトロな雰囲気で私たちにはいい感じ。
一書に曰く、
お店の壁には、三社祭の写真が飾ってありました。
御神輿を担ぐ写真を見ていたら、いい香りが漂ってきました。
By妻 -
うな重注文。
私たちのブログで食べ物の写真を載せるのはめったにありません。載っけるほどのものを食べていない、というのが主な理由。
今回は淺草の老舗巡りですから、出さないわけにはいきません。 -
このあと4人組が1組来ましたが、私たちより先に食べ終わって、出ていきました。
私たちと入れ替わりにもう1組来ました。
観光客というより、地元の人っぽい。
商店街の旦那が、店を閉めてから、友だちと一杯、という感じ。 -
夜7時半くらい。仲見世と伝法院通りがすぐ近く、淺草のど真ん中です。人通りなし。
昼間の淺草は外国人観光客がいっぱいでした。貸衣装のペラペラの着物姿の娘さんが、メンチカツの食べ歩きをしていました。見るだけで寒そう。
でもこういうお店には来ないようです。
一書に曰く、
晩ご飯は、鰻でした。
ひさしぶりです。
浪曲で、い~い気分になって、ふわふわしながら夜の淺草を歩きます。
夜になっても、外国人の多いこと!
仲見世は、もうシャッター閉めたお店ばかり。
浅草寺も、本堂を閉めてしまいました。
なのに、お賽銭箱の前に一本長蛇の列。
外国人ばかり。
コリャ、大変、目指すうなぎ屋さん、混んでたらどうしよう。
お店に着いたら、なんと、一番乗り。
えっ、あの雑踏、あの外国人達は、いずこ?
和服を左前に着て、レースの帯のお嬢さんが闊歩するインターナショナル淺草もいいですが、浪花節を聴いて、sushiじゃなくてね、鰻を食べるってのは、極上の贅沢でありました。
By妻
木馬亭の浪曲とかけて老舗の鰻と解く。
来ない人は来ない。
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この旅行記へのコメント (4)
-
- pedaruさん 2025/02/05 07:11:05
- 浅草
- しにあの旅人さん おはようございます。
浅草は故郷の舘林から電車でよく行きました。東京と言えば浅草、外国といえば
アメリカと決まっていました。
子供の頃は浅草と言えば怖い街でした、まだ戦争の跡が残るような町(イメージ)
に思えました。
私も上野の鈴本には何度か行きましたが、付き合っていた女性と行ったことがありますが、何度か行ったので、一緒に行った人が、誰だったか記憶にないのです。
もしそれが妻だったらいいのですが、他の女性だったら面倒です。「鈴本に行ったね、懐かしいねぇ」などと話題を出せないので、寄席の話題が出ると薄氷を踏む思いです(笑)。
pedaru
- しにあの旅人さん からの返信 2025/02/06 20:49:33
- Re: 浅草
- 淺草は私たちも、通い始めて5,6年です。
パリからの連想で、盛り場は怖いところと思っていましたが、いまのところそれらしきものには出会っておりません。
たぶん町内会の自治がしっかりしているのではないかと思います。
私も新宿紀伊國屋の地下のボデジュウというお好み焼き屋に、By妻と一緒に行った記憶があるのですが、By妻は「私ではない」と言い張ります。
女連れだったことは間違いない。
きっと彼女が忘れているのです。
ボケたかな。
1971~2年ごろの話です。
-
- ももであさん 2025/02/04 18:41:02
- 木馬亭の浪曲とかけて老舗の鰻と解く
- その心は?
「どちらも“ネタ”が命」
- しにあの旅人さん からの返信 2025/02/05 06:42:50
- Re: 木馬亭の浪曲とかけて老舗の鰻と解く
- ざぶとん、1ま〰️い。
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