2025/02/01 - 2025/02/01
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かくちゃんさん
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十日目。
午前十一時二十五分、駒ケ根駅前を出発。伊那街道に戻り、赤須上穂宿を過ぎ、快晴の空の下、雪を被った木曽山脈の山々が映える姿を右に見ながら上穂沢川を旧道を通って渡河。行き止まりとなってしまう旧道を避けて国道153号を進み、中田切川を左の眼下に見ながら道を下り渡河。再び旧道へ入ると、道は細い上りとなり、旧田切駅に寄り道して聖徳寺を参拝。アニメ聖地巡礼発祥の地記念碑前を通過して、旧道と国道を行ったり来たりしながら飯島宿に到着。
飯島陣屋に立ち寄った後、与田切川を左の眼下に見ながら道を下り渡河。ここから街道は徐々に上りとなり、坂の途中で旧道は車道と分かれ、森の中に続く石畳の道を上り切ると視界が広がり丘の上のような場所に着く。
その丘に続く緩やかに下る道をしばらく進み、高遠原駅に寄り道。ここから道は緩やかにアップダウンを繰り返し、高遠原一里塚、片桐宿、大島一里塚、大島宿、出原一里塚、市田宿、牛牧十王辻を通過。南大島川の手前で湯ヶ洞街道に入り、元善光寺を目指して急坂を下るも、右折箇所を間違えてどこからお寺に入って良いかわからず周辺をウロウロ。それでも何とか元善光寺に到着。
参拝後、道は飯田線の踏切を渡ると次第に上りに。飯田高校あたりから市街地となるもそれでも上りは続き、東和町の環状交差点で再び伊那街道に合流。平坦となった道をしばらく進み、中央通りの交差点を右折して商店街をしばらく上ると飯田駅である。今日はここで止まることとする。本日の走行距離、八里十三町也。
着替えた後、当てにしていた居酒屋さんを目指すも営業時間遅延のお知らせの張り紙が。それではと、飯田ラーメンを食べに「新京亭」さんへ。生ビールをいただいてワンタンメンを堪能させていただきました。
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 3.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- JR特急 JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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駒ヶ根駅
駅前のロータリーは広く、ロータリーの向かいにはスーパーマーケットもあります。駒ヶ根は中央アルプスへの玄関口として観光で成り立っているのでしょうが、地方都市というよりは首都圏の中核都市のような雰囲気があります。駒ケ根駅 駅
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伊那街道赤須上穂宿
宿場町というよりは昭和レトロの商店街といった雰囲気です。 -
遠くに見る木曽山脈の山々
あの山々の向こうに木曽川が流れ中山道が走っています。 -
上穂沢川橋で使用されていた礎石
旧道に架けられた橋に使用された礎石だそうです。今の橋は昭和61年(1986年)に架けられたもののようですので、それまで使用されていたのもしれません。よく残っているものです。 -
田切駅跡
田切駅は現在、伊那街道と交差していている場所にありますが、かつてはここに駅がありました。急カーブの途中に駅があり安全確認が十分にできないことから昭和59年(1984年)に現在の場所に移転したのだそうです。田切駅 駅
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アニメ聖地巡礼発祥の地記念碑と田切駅に停車中の天竜峡行普通列車
偶然にもちょうど電車が入って来たので、駅に停車中の電車を撮影しました。この地は昭和60年代に『週間少年サンデー』に連載された「究極超人あ~る」という作品の舞台なのだそうですが、私はその作品を知りません。知ってれば感動したんでしょうけどね。マンガは読んでたけどサンデーは読んでなかったからなぁ。。。 -
伊那街道飯島宿
写真は飯島陣屋。明治維新後は伊那県庁として使用されますが、その期間はわずか4年ほどだったそうです。現在、伊那県庁として機能していた時の建物が復元されているそうですが、冬季は残念ながら見学することができません。こんな寒い時期に訪れる人はいないんでしょうね。飯島町歴史民俗資料館 飯島陣屋 美術館・博物館
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伊那街道与田切川の坂にある石畳。
案内板がないので石畳の歴史等詳細は分かりませんが、かなりきれいな状態なので近年、敷き直したものかもしれません。 -
高遠原(たかとおばら)駅
伊那電気鉄道時代の一時期終着駅だったことがあり、駅前には旅館や商店があったのだそうですがその名残は全くありません。道がそのままホームとなっているような駅で、伊那街道へつながるために駅が造られていることが分かります。
高遠原駅は、2021年(令和3年)の青春18きっぷのポスターの写真にも選ばれています。高遠原駅 駅
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伊那街道高遠原一里塚跡
石碑ではなく標木が建っています。気持ち地面が盛り上がっているような気がします。 -
伊那街道片桐宿
幕末には水戸天狗党が片桐宿に宿泊し、ここで飯田藩からの使者と飯田藩領ではなく間道を通過する交渉を成立させたのだそうです。写真左は2009年(平成21年)に復元改修されたの長屋門。 -
伊那街道大島一里塚跡にある石碑と案内板
一里塚に初めて案内板が登場です。伊那街道の一里塚は飯田を起点として設置されているのだそうです。 -
伊那街道大島宿
特に石碑や案内板はありませんが、宿場町らしい雰囲気が感じられます。 -
伊那街道出原一里塚跡
名残は全くなく石碑がなければここに一里塚があったことは分かりません。石碑の裏には「昭和五十三年建之 出原史学会」と刻まれており、上穂一里塚同様、市や教育委員会が建てた石碑ではないようです。保存状態が良く、45年も経った石碑とは思えないほどきれいです。 -
伊那街道市田宿
古い建物が所々残り、宿場町の雰囲気があります。 -
牛牧十王辻
市田宿外れにある牛牧地区の芝居講演の場所でもあったという十王辻。写真左にある秋葉山大権現と金毘羅大権現を一つにした石碑は伊那一の大きさを誇るのだそうです。 -
元善光寺
602年に開かれ、642年勅命により本尊が長野市に遷座され、その寺が善光寺と名付けられたことから、この寺は「元善光寺」と呼ばれるようになったのだそうです。「一度詣れよ元善光寺 善光寺だけでは片詣り」と言われ、古来より元善光寺と長野市の善光寺の両方お詣りすることが推奨されているようです。長野の善光寺にお詣りしたことがないので、いつかお詣りしなければ。。。元善光寺 寺・神社・教会
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東和町の環状交差点
ヨーロッパを発祥とする信号機がない環状交差点(ラウンドアバウト)。平成25年(2013年)日本でここに初めて導入されました。最新式の交差点が幹線道路ではなく旧伊那街道の道中にあるのも不思議な気がしますが、軽井沢の六本辻環状交差点も旧中山道の道中にあります。(https://4travel.jp/travelogue/11859662) -
飯田駅
特色のある赤い屋根はりんごをイメージしているのだそうです。駅員がいて改札をしていました。飯田駅 駅
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新京亭
午後4時前に入店しましたが、この時間でもお客が数人いました。人気店のようで、食べている間にも2人ほどお客さんが入って来ました。
残念ながら揚げ餃子は売切れ。生ビールとワンタンメンを注文します。新京亭 グルメ・レストラン
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ワンタンメン
スープは甘味のあるやさしい醤油味で、麺はかなり柔らかかったですが美味しかったです。ラーメン、麺硬めが好みですが、年を取ってくるとこういうラーメンの方が親しみを持てます。
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