1998/12/03 - 1998/12/07
13454位(同エリア17111件中)
リュックさん
*北フランス2
ノルマンディー・ロワール地方そしてパリへ
第4日目:12月3日:ト-ヴィル~
モンサンミッシェル修道院~トウール伯
第5日目:12月4日:シャンポール城、
アンボワーズ城、シュノンソー城~パリ
パリ泊
第6日目:12月5日:自由行動
第7日目:12月6日:午前自由行動
午後パリ~シャルルドゴール空港
19:35:Lv パリ JAL406 12時間
第8日:12月7日:15:10 Av. 成田
-
ノルマンディー
フランス北西部、英仏海峡に沿って開けた地方。
セーヌ川の下流域にあたり、風光明媚な土地が続く。
ルマンディーはまた風光明媚な人気の高級リゾート地。
海辺の街では豊富な魚介類を使った料理が堪能でき、
また内陸部でもバターや、カマンベールチーズなど乳製品等など。
ビーチとホテル、カジノ、競馬場、
板張りの遊歩道“レ・プランシュLes Planches”、
高級ブティック
(エルメス、ルイ・ヴィトン、ロンシャン、ランセル)などの
ウインドウショッピングが楽しめるが
ドーヴィルDeauville.からほど近い
トゥルーヴィルが今夜の宿。 -
★トゥルーヴィルTrouville
旧港と、新鮮な海の幸で賑わう魚市場がある
トゥルーヴィルTrouville -
第4日目 12月3日
トゥルーヴィルから専用バスで モンサンミッシェル(184km)
モンサンミッシェル、Le Mont Saint-Michel。
16世紀頃まで僧侶達の超人的な建設工事が進められ、
岩山の頂にひしめき合うように建てられた館は周囲を圧倒する。
また当時の大修道院城壁が今も残り、強固な砦であったようだ。
その後フランス革命から1863年まで、
大修道院は監獄として使用。
現在も修復が進められているが、
当時を偲ぶ華麗な内装などは無く、殺風景。
モンサンミッシェルのいかめしい城門をくぐると
レストラン商店街が軒を連ねる。
ここでモンサンミッシェル名物のオムレツを食する。
日本のオムレツとは異なるイメージで、
薄いブヨブヨの玉子焼きで頼りない。
一度経験すればもう結構という印象であった。 -
モンサンミッシェルの村に入ると
海面に浮かぶ孤島に聳え立つような
異様な形の建物がまず目に入る。 -
第5日目 12月4日
モンサンミッシェルからロワール地方まで307km
★ロワール地方専用バスで古城めぐり
フランスを中央で分断するように流れるロワール川。
中世からルネッサンス時代に王族達は城を好んで建てた。
ロワール川流域に現存するもので80以上とのこと。
11世紀ごろの城は領土防衛が主目的の為、
分厚い壁に小さな窓をあけたものであった。
治安が安定した16世紀になると
軍事目的ではない優雅な城が次々と登場する。
特にルネッサンスの粋を集めた
シュノンソー、シャンボール、アンボアーズなどの城は
今も美しいその外観に多くの観光客が訪れる。 -
・シャンボール城
ロアール地方の城の中で最も壮大なスケール。
部屋数は400。庭は山手線の内側の広さに相当する55k㎡。
城の設計はフランソワ1世の庇護を受けていた -
・シュノンソー城
ロワール川を跨ぐように建てられた白亜の城館。
16世紀財政出納官ポイエの妻が築いてから
19世紀まで400年間、
女城主によって守られた優美な「6人の奥方達の城」。 -
シュノンソー城
-
シュノンソー城
ロワール川をまたいで築城された優美な城 -
ロアール川の城を一つ一つ丁寧に見学するのは
かなりの日数が要るだろう。
一日では数箇所の城を訪れるのが精一杯。
見学と城内を歩き回り疲れた。
人気の無い静かなシュノンソーの町?村?
のレストランで休憩を兼ね昼食。 -
・アンボアーズ城
ロアール川の小高い岩山に立つこの城は
ルネッサンスの影響をいち早く受けた要塞。
15世紀シャルル8世はイタリア遠征で
イタリアの芸術家を多く連れ帰った。
イタリアでミケランジェロとの確執に敗れた
レオナルド・ダ・ビンチをアンボアーズニ招き、
ここで生涯を終えた。
またこの城は新教徒をこの城で打ち首、絞首刑、四つ裂きなど
血なまぐさい事件がおきた。 -
レオナルド・ダ・ビンチに抱かれて
-
★ヴェルサイユ宮殿
フランス文化の黄金期の頂点にあったヴェルサイユ宮殿。
沼地だった土地に土を運び、川の流れを変え、
莫大な費用と労働力、当時のフランスを代表する芸術家を
総動員して作り上げた14世紀の宮殿。
1662年から50年の歳月を費やした。 -
★ヴェルサイユ宮殿
・ヴェルサイユ宮殿の正面(Chateau De Versailles)
ルイ14世の太陽の紋章を掲げたいかめしい正門をくぐると、
大手を広げたように左右に大きく広がる宮殿の
スケールの大きさにまず驚く。
ごつごつとした石畳を歩き、
右手宮殿の小さな入り口から宮殿内を見学する。 -
・ヴェルサイユ宮殿を中庭から眺める
宮殿から中庭を眺めて又びっくり。
眼前に広がる幾何学模様の庭園はあるか彼方まで続いている。 -
・ヴェルサイユ宮殿、鏡の間
広大な宮殿内も一般見学者が入れる箇所は非常に少ない。
その中で誰もが訪れるところが鏡の間。
奥行き57メートル、幅10メートルの大きな回廊のような
部屋の壁面には鏡が一面にはめ込まれ手いる。
何もかも豪華としか言いようが無い。 -
第6日目 12月5日 フリータイム
一日かけてパリ市街地を散策する。
・エッフェル塔
エッフェル塔からパリ市街地を眺めようと
ホテルを朝早く飛び出し、エッフェル塔に向かう。
もうたくさんの人が並でいる。
二人で118フランを払い、エレベーターで最上階まで行く。
最初は塔脚に沿って斜めに昇り、
途中で乗り換え今度は垂直に最上階の展望台まで一気に上昇。
展望台から見るパリ市街はミニチュアの模型のようだ。 -
エッフェル塔近く
エッフェル塔近くの街角にカッフェがあったので小休止。
老人達が朝食をとっていた。 -
・セーヌ川
エッフェル塔を後にノートルダム寺院がある島方面に向かって
セーヌ川沿いに散策する。
セーヌ川の何処からでもエッフェル塔が見える。
パリでは歴史的建造物をさえぎる構造物の新規建設は
法律で禁止されている。 -
・アレクサンドル3世橋
セーヌ川に架かる端で一番美しい橋。
橋の四隅には装飾塔が立ち、黄金のペガサスが
今や飛び立とうと翼を広げている。 -
・コンコルド広場
シャンゼリゼ大通りを下ったところに
パリで最も優雅な広場がある。
この広場は18世紀にルイ15世の騎馬像を
設置する為に作られ、
その後、フランス革命で「革命広場」となり、
ルイ16世、マリーアントアネットなど
この広場で1343名がギロチン台で処刑された。
この血に染められた広場は
その後コンコルド(和合)広場となった。
広場の中央にはエジプト・ルクソール神殿から運ばれた
モニュメントがあたりを威圧する。 -
・パリの街角 シャンゼリゼ通り
町のあちこちに赤い天蓋を架けた
綺麗なカフェ、レストランが立ち並び
華の都パリのイメージにぴったり。 -
・市庁舎
19世紀に新ルネッサンス様式で立てられ、
現在はパリ市庁舎とセーヌ県庁として使用。 -
・ルーブル美術館
昔の王宮が世界的な美術館になった。
中庭にミッテラン大統領の指揮下で
ガラス張りのピラミッドが出来た。
ここから地下に降り、チケットを買って美術館に入る。
館内は広い。
美術館は手を広げたように館内が広がっている。
観たい絵画はそれぞれの指に展示されていて、
絵画を鑑賞ご他のお目当ての絵画を鑑賞するには
一旦手のひらの中央広場まで戻らなくてならない。
モナリザをはじめたくさんの美術品を見て歩くには
柔らかい靴と体力と充分な時間が求められる。 -
・カルーゼル門
1808年遠征で勝利を収めたナポレオンが
ルーブル宮の中庭に建てた。
しかし、ナポレオンは不満で
エトワール広場に大凱旋門を造らせた。 -
・ノートルダム寺院
中世ゴシック様式の結晶といわれる美しい教会。
1163年に着工し、1345年に完成。
火災(2019年4月)そして修復(2024年12月)
ノートルダム大聖堂は1345年の完成以来、
フランスにおけるキリスト教のとりでとして、
またパリの中心として、何世紀にもわたって存続してきたが、
2019年4月15日の大規模な火災により、
アーチ型の天井や尖塔のほとんどが焼失してしまった。
その惨状は世界中に中継され、多くの人々が心を痛めた。
その後、約7億ユーロ(約1100億円)をかけ、
新しい屋根と尖塔、最先端の照明、
新しい祭壇の設置を含む大がかりな修復を実施。
かつての栄光の姿が忠実に再現されたと報じられた。 -
ノートルダム大聖堂
教会内は町の騒音と隔離され、
多くの訪問者がありながら、
静寂と威厳がある。
祭壇前の椅子に腰を下ろし休憩。
直径10メートルのあるバラ窓と呼ばれるステンドグラスは凄い。 -
・ラ・コンシェルジュリー
14世紀フィリップ4世によって造られた建物で
フランス革命では
一度に1200人もの囚人を収容した牢獄となった。
マリーアントワネットもここで最後の76日間を過ごした。
見学者入り口は金属探知機を設置するなど物々しい警戒ぶり。
中庭に入ると今度は入場制限で長蛇の列。
しばらく並んでいたが、
何時入管できるか判らないので、見学を諦めた。 -
・オペラ座(オペラ・ガルニエ)
世界最大級のオペラハウス。
新オペラ座にオペラの殿堂の座を譲ってからは
バレエ中心の劇場。
コリント様式の列柱とアーチ、巨大なドームの屋根には
黄金の竪琴を掲げるアポロン。
館内は有料で見学出来るが、
劇場の客席は入り口ドアーの丸窓から覗くだけ。
見学を早々に引き上げ、
オペラ座から直ぐにあるプランタンに
行きウインドウショッピング。
オペラ座界隈にはたくさんのラーメン店が有り、
熊五郎など連日ラーメン店で昼食をとった。
・オペラ座界隈の商店街、ルーブルホテル前
日本人の観光客が多いのか
日本人の店員置いた免税店がおおく、
寿司、蕎麦、ラーメン、てんぷらなど
の日本料理店もあちらこちらにある。 -
・パッシー通り
ホテル、ニッコードウ・パリの斜めむかいにあり、
セーヌ川に架かるグルネル橋(橋のたもとに自由の女神像がある)
ニューヨークにある女神像の元になるもの)を渡り、
フランス放送会館から静かな街中をしばらく行くと
賑やかなパッシー通りに出る。
この辺りはパリで高級住宅街地区と呼ばれ、
通りに面した商店街はセンスのあるブティックが立ち並ぶ。 -
・パッシー通り
美味しそうなチョコレート店がよく目に付く。 -
・町の広場
パッシー通りで道路が交差する場所には必ず小さな広場があり、
老人などの憩いの場所となっている。
石造りの建物の間にあるこれら広場は緑が多く、
旅行者でもここに来るとホットする。 -
シャンゼリゼ通りから凱旋門を望む
-
凱旋門
・凱旋門、Arc de Triomphe
シャンゼリゼ通りの北西端、エトワール広場に立つ巨大な門。
1806年、ナポレオン一世が戦勝記念として30年かけて造らせた。
その後、ロシア遠征に失敗し、
1840年遺骨となってこの門をくぐることとなる。 -
グランダルメ通りから地下道を通って
272段の階段を登って屋上に出る。 -
パリの町は凱旋門を中心に放射線上に道路が
整備され屋上からクリスマスの飾りできれいな
シャンゼリゼ通り。
ここから見る夕暮れのシャンゼリゼ通りの景色はすばらしい。 -
・戦死者慰霊碑
凱旋門の前にある。
いつも花と燈火を絶やさず、兵士が番をしているとのこと。 -
凱旋門を背にして観た華やかなシャンゼリゼ通り
-
今宵の夕食はエッフェル塔近くのこれぞパリのレストラン
ともいえるChez Francis -
・パリ シェ・フランシス、chez Francis
エッフェル塔の夜景が美しく見えるレストランでパリ最後の食事をする。 -
エッフェル塔を眺めながら
エッフェル塔の夜景が美しく見えるレストランでパリ最後の食事をする。
予約なしの飛び込みであったので窓際では無い中央の席になった。 -
・パリ シェ・フランシス、chez Francis
出されたメニューはフランス語なので英語のメニューを要求。
棚の奥から埃をはたいて出してきた。
白身の魚のムニエルなどとワインを注文。
パリそのものの雰囲気。
前も後も皆フランス語。
東洋人、いや日本人は我々二人のみ。
帰りがけにカメラを忘れてテーブルをはなれた。
近くの席の客に教えられ、カメラは無事だった。
パリの散策はエッフェル塔から始まり、エッフェル塔で終わった。
★パリ散策
パリを二日間かけてセーヌ川沿いに散策と
地下鉄をフルに利用してあちらこちら見て回ったが
メインの観光スポットを訪れるのが精一杯。
第7日目 帰国
午前:自由行動
午後:19:25 Lv. シャルルドゴール JAL406
第8日目:15:10 Av. 成田
無事帰国。フリータイムでパリ市内を散策したのが
一番印象深い。
完
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