2023/08/12 - 2023/08/12
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ishigantouさん
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この旅行記のスケジュール
2023/08/12
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Tuba
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この旅行記スケジュールを元に
海外へは3年半前にマレーシアに行ったきりでコロナ禍に突入。その間、僕が行ってみたい場所へsiniさんやリリーナさんが行っているのを羨ましく思って、旅行記を読んでいた。
この年ついに海外旅行を決行。久しぶりに海外に出るので、急に不安に思えてきたりしたものだった。
行き先は4年前の候補地であった中央アジア(4トラのエリアではヨーロッパになっているが)。かつての騎馬遊牧民が、砂漠と草原が続く広大な土地を東に西に行き来していた。紀元前に文字を持たなかった騎馬遊牧民の文化や歴史は、考古学や東西の歴史の父’ギリシャのヘロドトスの「歴史」及び中国の司馬遷「史記」などから紐解かれていっている。
今回の旅はウズベキスタンでのティムール時代のイスラム建築、タシケント市内観光。カザフスタンではタンバリ(タムガリ)での古代から続く岩絵群、自然造形が美しいチャリンキャニオン、市内から簡単に2860m(頂上までは3200m,富士山に匹敵)までアクセス出来るシムブラク山。
と予定を組んでいたが、最初の地ウズベキスタンからカザフスタンのアルマティに移動してきた夜に謎の腹痛と高熱、もしやコロナか?と焦りつつ翌日からの最近使っているサイト〈ロコタビ〉からお願いしているコーディネーターに「明日の観光は中止してください」との旨を連絡。するとその方は現地で日本語学校を経営されている方で、教え子に国立病院の先生をされている方がいて、なんとホテルまで診察と応急処置の薬を持って来て下さった。(その時の診察代は最後まで受け取らなかった)
翌日熱は下がったものの遠出するのは無理なので、その方の勤務されているカザフ国立病院へ当日ガイドをお願いする予定だったカーチャさんと診察に行く。診察を受け、点滴を打ったら楽になった。コロナでもウイルス系の病気でも無かったので、薬をもらい病院をあとに。後から思うに前日のワイナリーの飲み比べで少し体が弱っていたのかも知れない。診療費が心配だったが(海外保険未加入)、日本で普通に支払う金額だったのでむしろ保険が無い分安かったのかも知れない。その日は楽になった分、アルマティ市内を見学。
翌日は予定していた渓谷美〈チャリンキャニオン〉ヘ。地元の人やロシア人観光客、ガイドさんと共にホテル前からバスで出発。順調に進むも昨日の事もあってか多少お腹がゆるい。それでも現地でのハイキングはこなし、休憩地点のチャリン川に到着。そこで改めてトイレヘ。そこでなんとスマホをポッチャン便所にポッチャン。そこでガイドさんが管理されてる方にチップを渡し救い出して下さいました。少し臭うも(笑)しばらく使えてたスマホは最後は・・・
その後アルマティ最終日でも、キャシュディスペンサーにカードが詰まって出てこなかったりとハプニングが続き、「カザフスン」は私を受け入れられなかったのでは?と思う連続。それでもタンバリの古代岩絵群、そして騎馬遊牧民の至宝「黄金人間」をカザフスタン国立中央博物館を見るために再訪を決意した。
今回のウズベキスタンへの渡航ルートの選択は、韓国・インチョン経由と中国・北京経由とどちらか迷っていて、インチョンは乗り換えが便利でスムーズに行く事は分かっていたが、北京にはまだ行ったことがなかったので北京経由に決めた。ただこの頃まだ中国では日本の観光客を受け入れてなくビザが必要だった。そこでトライしたのが24時間以内の臨時ビザ、空港に早朝降り立ち、ここでも〈ロコタビ〉を利用して現地ロコさんに弾丸北京観光へ。と言っても故宮が見える景山公園への往復を実行した。
初めて中国南方航空を利用。以前中国東方航空を利用したことはあるが、あまり良いイメージが無かったので期待はしていなかったもののCAさんの挨拶や接客が日本の航空会社並みだったのは、いい意味での期待外れだった。
8/7日 中国南方航空 CZ648便(SKYSCANER予約)
羽田10:45分発~北京大興空港13:45分着
トランジット 中国南方航空 CZ6027便
北京大興15:35分発~タシケント(ウズベキスタン)19:30分着
タシケント駅前 Apartment Downtown 泊(agoda予約)
8/8日 特急アフロシヤブ号(ロコタビ、ロコさん手配)
タシケント駅8:00発~サマルカンド駅10:08分着
サマルカンド観光
Jahongir Premium 泊(agoda予約)
8/9日 サマルカンド観光
サマルカンド駅17:58分発~タシケント駅20:08分着(特急アフロシヤブ号)
地下鉄でタシケント市内へ
RETRO PALACE 泊(agoda予約)
8/10日 エア・アスタナKC128便(SKYSCANER予約)
タシケント14:10分発~アルマティ(カザフスタン)16:10分着
Astana International Hotel 泊(Trip.com予約)
8/11日 病院~市内
Astana International Hotel 泊
8/12日 チャリンキャニオンへ
Astana International Hotel 泊
8/13日 アルマティ市内観光
エア・アスタナKC129便
アルマティ22:35分発~タシケント23:10分着
RESIDENT HOTEL 泊(agoda予約)
8/14日 タシケント市内観光
中国南方航空CZ6028便
タシケント21:10分発~北京大興 8/15日6:00着
8/15日 北京・景山公園へ
中国南方航空CZ647便
北京大興15:15分発ー羽田19:45分着
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- エア・アスタナ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ホテルの前の道を渡ると、そこがチャリンキャニオンヘ行く観光バス乗り場。
国内観光客、ロシアからの観光客が多かった。 -
バスは中国との国境近くを走り、トイレ休憩を2度ほど取っておよそ3時間でチャリンキャニオンの裏側に到着。
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荒涼とした砂漠の向こうに丘が連なる場所が、チャリンキャニオン。
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イチオシ
映画にでも出てくるような異世界な景色
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ここで30分くらいフリータイムがあった
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こんな砂漠にも花は咲いていた
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再びバスに乗り、チャリンキャニオンの中に入っていく。
バスから降り、そこからはチャリン川の流れる休憩地点まで歩いていく。 -
行く前に陽を遮るものが何もないから暑いなどと言われていたが、思ったほど暑くなかった。
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自然が作った古城のような岩々を左右に見ながら、休憩場所を目指す。
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騎馬遊牧民は歴史上世界に多大な影響を及ぼしたにも関わらず、遊牧民自身の資料が無いために重要性に反して実像が分かっていない。
以下から一部「スキタイと匈奴 遊牧の文明 林 俊雄 著」「砂漠と草原の遺宝 香山陽坪 著」 講談社学術文庫から引用 -
カザフスタンのステップ地帯に前2000年紀前半にアンドロノヴォ文化(ロシア人発掘家が命名)がおこる。特徴的なのは青銅器が墳墓から多く出土された。それはこの地方に銅鉱が豊富だったとされる。初めは牧畜と農耕が行われていたが、それが分離され牧畜種族そして遊牧民へと繋がっていく。
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前1000年半ばのこの辺りは、イラン高原に起こったアカイメネス朝と接触したサカ(サカイ)と称される民族が占めていた。尖り帽子を被っていたのが特徴的。
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文字を持たなかった遊牧民の記録は、周りの定住民の記録によって残されているものの当然の事ながら各国の名称が異なる故に同じ民族であっても探りずらい。それを歴史研究者は考古学資料や周りの国々の文献から紐解いている。
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騎馬遊牧民はユーラシアステップの東はモンゴル、西はカスピ海、黒海を中心に今のトルコ、ウクライナにも及ぶ広範囲の活動が見られた。それらを総称してギリシャのヘロドトスはスキタイと呼び中国の司馬遷は匈奴と記している。
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さらに時代が下るとフン族と言う騎馬遊牧民が現れ、今のハンガリーまで広がっていった。
以前ハンガリーを訪れた際向こうの人は自分たちはアジアの血が入っているなどと言っていて、実際東洋人と同じく姓名の順であった。 -
イチオシ
そして騎馬遊牧民は文明の栄えた国々に脅威を与え、時にはウズベキスタンのハフラシアブ(旧サマルカンド)の様に破壊され廃墟とされたオアシスも多い。
チャリン キャニオン 山・渓谷
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カザフスタンで最も古い古墳は前7世紀のチリクタ古墳(通称黄金古墳)
51基の古墳からなり、そのうち13基は高さ8~10m、直径は100mで残りは高さ2~5m、直径は20~60mの中小規模であった。規模からして王墓ではないとされる。 -
1969年アルマティの街から東へ50km離れたエシク市北部の古墳で発見された「黄金人間」と言われている遺骸は金ずくめであった。尖り帽子、丈の短い上着、ベルト、ブーツ、剣と鞘、首輪指輪と全てが金製であった。
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ハイキングがスタートした時は大勢の人達が歩いていたが、皆自分のペースで歩いていくため人がまばらになっていった。
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チャリン川の表示が出て来たのでもうすぐだ。腹の調子も悪くない。
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休憩地点に到着
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こちらがチャリン川
チャリン川は天山山脈に源を発し、全長393kmに及ぶ。 -
水は綺麗で、水浴びしてる人もいた。
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ここで昼食。カーチャさんの手作りおにぎり(おにぎりは寿司の次に日本食のブームになっていく)を頂き、一休み。
その後トイレに行って、スマホがポッチャン (´;ω;`)
真剣に悩んだ・・ -
カーチャさんにスタッフへ事を話してもらい、スタート地点に戻る頃には救い出し届けてくれると聞き、折り返し歩き始めた。
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古墳、とりわけ王墓は場所や時代によって変わるものの四角形の大きな穴を掘り、遺体のミイラ化、金銀、青銅、宝石などの副葬品はもちろんのこと、生前を共にした馬、側妾や王に仕えた従者を絞殺して葬った。墳丘を作り、墓の周りにはストーンサークルや石柱、石人が立てられたものもある。
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古墳から発掘される装飾品には鹿の形をした宝飾品が多く見られる。鹿は遊牧民にとって、鹿の角が生え変わるのを受けて再生の願いを込められていたらしい。その鹿像にもギリシャからの影響のグリフィン(鷹とライオンを合体させた合成獣)などが装飾されている。
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盗掘は古くからされていたが、遊牧民が自ら行う事は少なく、盗掘が代々的、組織的に行われるようになったのはロシアがシベリアからこの辺りの地に入ってきてからの事。金は溶かされ地金として作られた。
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イチオシ
日本の古墳作りはどこから伝わったのか?などと疑問が浮かんだことがある。
韓国・慶州で古墳を見たが、さらに古くから騎馬遊牧民によって作られていた中央アジアがルーツではないかと考えてしまう。 -
日本書記にも記述された「弓月国」は今のウイグル、カザフスタンにあったとされる。そこから来た民が秦氏の先祖の渡来人だと言われている。当時の日本に土木技術、織物を伝えたとされる秦氏によって古墳作りが始められても不思議ではない。
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ハイキング途中で歩けなくなった人や最初から歩かなくとも時折走るジープに乗って、目的地までは行ける。
でもこれでは自然の造形美は堪能出来ないなどと思ってしまい、マイペースでも歩く。 -
写真右下に髪を束ねた女性に見える岩を発見。
おお、これは西暦500年頃、この辺りに居たと言われる女王トミュリスだ。 -
イチオシ
「女王トミュリス」は日本でも公開されたカザフスタン映画の主人公。遊牧民サカの一派マッサゲタイを束ねていた女王で、530年にアカイメス朝ペルシャのキュロス2世が東の遊牧民の地に攻め入るが、トミュリスは周りのサルマタイなどの部族と組みキュロス2世を敗死に追い込んだ女王。映画の中では当時の服装や住居、前王の弔いの様子など騎馬遊牧民の生活、文化をうかがう事が出来た。
https://www.bing.com/videos/riverview/relatedvideo?q=%e5%a5%b3%e7%8e%8b%e3%83%88%e3%83%9f%e3%83%a5%e3%83%aa%e3%82%b9+%e6%98%a0%e7%94%bb&mid=6E38EDDC9D9AD41E914E6E38EDDC9D9AD41E914E&FORM=VIRE -
この映画に出てきたサルマタイの大型古墳が、ロシア国内で発見されている。前4世紀の古墳とされる。
後々のサルマタイはいくつかの部族集団に分かれて、カスピ海北方から黒海北岸にかけての草原地帯を支配した。
サルマタイ(サウロマタイ)の起源についてヘロドトスが、女性だけの戦士集団’アマゾン’だったなどと伝えている。映画「女王トミュリス」の中でもサルマタイの女性戦士は、敵を3人殺さないと嫁に行けないなどと話すシーンがあった。 -
中国の歴史の中での戦国史、三国志は有名だがこれは内戦に過ぎない。同時期に始まる遊牧国家との戦いは長きに渡って続けられた。匈奴(騎馬遊牧民)は馬術に優れてそして強い、土地を侵略されては和平交渉をして遊牧民へ贈答品を送るなどしばらくは平和を保っていてもまた匈奴の侵入、それが繰り返されていた。
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それを面白くないとした前漢の武帝がついに全面戦争を始める覚悟を決めた。ところが漢単独では勝てる見込みが無かったため、後にシルクロードの開拓者として有名な張騫を今の中央アジアに位置する月氏と同盟を結ぶため派遣された。失敗には終わったが、シルクロードを通じて中央アジアの情報を漢の国へ知らしめた。
この月氏国と先に挙げた弓月国、同じ月の文字が入っているのが、気になる。 -
考古学による最新の調査で「遊牧王朝興亡史」を記した考古学者である白石典之氏によれば、モンゴル高原には西ユーラシア人の紅毛碧眼の遊牧民も混在していた事などが分かってきたと言う。
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近年の考古学では理系研究の共同作業によって、出土する人骨に残るコラーゲンによっての誤差の少ない年代測定が出来たり、ゲノム解析によって人種構成の変革が分かってきたと言うのだ。
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そして遊牧民はただ草を求めて放浪するだけでなく定住生活の基盤があって、短距離、短時間での移動。簡素ながらの定着的な集落を作っていたとされる。
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遊牧民は、8~9世紀になると都市や城郭すら造営していった。
都市型定住社会が文明と呼んでいる一つに巨大構造物がある。それが存在していたとされる。 -
スタート地点が近づいてきた
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キャニオン全景が見渡せる丘に登る
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チャリンキャニオン全景
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イチオシ
この自然の造形美は圧巻。
渓谷は川の浸食によってつくられ、全長80kmに及んでいる。 -
古い時代にユーラシア大陸の西から遊牧民が東にやって来て、さらに理想郷を求めて、あるいは敵に追われて日本にやってきても不思議ではない。昔の日本は我々が思うよりもグローバルな世界だったようだ。
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写真撮影用ユルタ
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アルマティに戻ってホテル近くで夕食。ムスリムのお店なので、お酒は飲めない。
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ボルシチ
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ラグマン、今回は汁なし。
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