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《2024.July》あみんちゅぶらり九州を歩く旅そのⅣ福岡~九州風鈴まつり2日目後編~<br /><br />小郡市の三国が丘郵便局で旅行貯金を済ませて宝満宮竈門神社に到着する。16:30という時間故に駐車場で戻る時間を尋ねたが、料金所は第一駐車場にあったために車をそちらに停めたのだが、第一駐車場は18:00で施錠するということらしい。まあ凡その目安滞在時間が1時間とあるのでそこ迄は遅くはならない筈だが、後で揉めるのも嫌なので取り敢えず第二駐車場に車を移動させて準備を整える。<br /><br />宝満宮竈門神社は太宰府市東北に立つ宝満山に鎮座する神社で、社殿は上宮・下宮の2ヶ所に設けられている。上宮は標高829.6mの宝満山山頂に、下宮は宝満山山麓に鎮座している。かつては山腹に中宮もあったようだが、明治時代に廃絶している。今回訪れたのは山麓の下宮である。目的が開催中の〝風鈴まつり〟ということもあり、事前に開催情報を調べた結果が下宮であったことがその理由である。しかし後からよく考えてみれば、上宮での〝開催はない〟ということは調べてはいなかった…というよりもまさか風鈴まつりを巡るにあたり〝登山が必要〟とは夢にも思わなかったのが本音である。今更なす術はないので来年以降の話にはなるが、念のため確認はしておこう。由来の続きとなるがこの宝満山は太宰府の鬼門(東北)の位置にあることから、太宰府政庁が置かれていた頃には〝太宰府鎮護の神〟として崇敬された。そして平安時代以降は神仏習合が進んだ関係で、竈門神社と一体化した神宮寺の大山寺(だいせんじ・竈門山寺・有智山寺)は、西国に於ける天台宗寺院の代表的な存在となっていた。また宝満山には英彦山とともに修験道の有数の道場が形成されていたが、やはり明治期にこれらの仏教施設は廃されている。しかし福岡県下では竈門神社から勧請された約40社の神社が存在し、現在でもなお宝満山に対する信仰・縁むすび信仰により崇拝されている。御祭神は元々玉依姫命単独であったが、後に神功皇后と第15代応神天皇が合祀されたと伝わっている。この二人は〝八幡神〟とされており、遅くとも平安時代中~後期には竈門神とされる〝八幡神の伯母(応神天皇の伯母・神功皇后の姉と言われている)〟と結びつけられたのではと見られている。竈門神が八幡神の系譜に組み込まれた背景には、古くから大宰府と関わっている竈門神社の政治的色彩が指摘されている。また三韓征伐を妊娠中のまま行った神功皇后が、皇子となる誉田別尊(後の応神天皇)の出産の折にこの地に〝竈門〟を立てたことに由来しているという説もある。伝承による創建は天武天皇2(673)年とされているが、これも心蓮上人が山中での修行している際に玉依姫命が現れたことを朝廷に奏聞し、山頂に上宮が建てられた時を以って創建としているようである。確かに下宮礎石群の調査から創建は奈良~平安時代に遡るとされており、また上宮付近からは平安時代から中世に至る土師器・皇朝銭等の祭祀遺物が発掘されており、太宰府や遣唐使との関連が指摘されているとは言えど、それ以前の時代の遺物が出土したという記録もない。元々古墳時代に神話の時代の神様が出て来るとなれば、時代がちゃんぽん化している様にしか思えないところがある。場所柄太宰府との関係はあることから踏まえても、早くとも奈良時代から平安初期の創建と考えるのが無難な様に思えるのは私だけであろうか?<br /><br />まあ歴史はわからないから面白いという結論に至り、カメラを担いで参拝に向かう。一の鳥居・二の鳥居を潜り抜け、石段を上って三の鳥居から風鈴が吊り下げられている。地図を見る限り石敷きの通路と階段で本殿へと上って行くように考えていたのだが、実際には仮設の通路が設けられており、スロープで上って行けるようになっていた。ただこの通路の端に建てられた〝柱〟を利用して風鈴棚が構築されているようなので、宝満宮竈門神社風鈴まつりの時期にはこの通路を利用して、風鈴を楽しみながら参拝が出来るという仕組みになっていると思われる。それはそれで神社側の配慮と取れば良いのかも知れないが、決して手の込んだ風鈴棚という印象を受けないところが残念だ。竈門神社に於ける風鈴まつりの起源がわからないので何とも言えないのだが、一部〝使い回し〟と見える資材が使われているので、今年が初めてではないだろう。しかし新たに追加した部分の資材が荒材のまま使用されていると重みは無くなってしまう。見た感じで風鈴は量産品ではないので、せっかくならばそれなりの風鈴棚を構築して見せるようにすればより良いものになると感じる。何かせっかくの風鈴を、土台で落としている…そんな敢えて安売りする必要はないと思えたことが少し残念であった。<br /><br />見た目に思う所はあったが、確かに遊歩道化されているため風鈴参道は歩き易いものとなっており、風鈴飾りをカメラに収めながら本殿前広場まで息切れもせず辿り着くことが出来た。本殿前にある〝茅の輪〟は夏祭り及び茅の輪神事に使われるもののようだが、翌日開催のために用意されていたようだ。なかなかそのようなタイミングで訪れられないので、少しでも御縁をと厚かましくも考え、神事通り〝茅の輪潜り〟をさせて頂いた私であった。<br /><br />拝殿で参拝した後に付近の末社の夢想権之助神社・須佐神社・五穀神社にも参拝する。その間を縫うように〝パワースポット〟的なものが配置されている。愛敬の岩・招霊(おがたま)の木・再会の木ではあやかりたいものだけを祈願する。私の場合いつもそうなのだが、神様とて叶いそうもない多くの願いをされても困るであろうし、〝これ!〟というひとつの願いだけをお願いするようにしている。年を取り自分が〝何でも出来る〟可能性がないことを実感するようになった。一段階上は常に目指すようには心掛けているので、〝ひと回り大きな人物になれますように〟と常日頃から祈願するようになった。漠然とした言葉かも知れないが、目立つことなく存在感がある人物になりたい…。その願いだけは忘れずに参拝を終えた私であった。<br /><br />竈門神社と言えばアニメ〝鬼滅の刃〟の聖地として人気が急上昇した場所として、知る人ぞ知る〝神社〟となっていることは話には聞いている。しかし正確な関係性は作者の吾峠呼世晴先生や出版元の集英社側からも明かされていない。しかし神社名が主人公の〝竈門炭治郎〟の姓と同じであり、また竈門神社が太宰府の〝鬼門封じ〟であること、竈門神社上宮のある宝満山で修行する修験者は、炭治郎の羽織の柄と合致する〝市松模様〟の装束を着ており、金剛兵衛という刀鍛冶の墓がある。加えて吾峠呼世晴先生は福岡県出身であることなど、作品との共通点が複数存在することから〝聖地化〟された説が濃厚である。そのため令和元(2019)年頃から始まった〝鬼滅の刃ブーム〟に便乗するかの如く参拝者が増えたとされている。そのような背景もあったのか訪れた時間では閉まってはいたが、社務所や参集殿・展望舞台等は歴史ある神社とは思えないモダンな造りをしていた。<br /><br />まあ〝聖地〟だと言われながら、建物がお粗末だと〝SNS映え〟しいという理由から〝負の連鎖〟が始まり、参拝客の減少に繋がりかねないということも考えられるが、そもそも鬼滅の刃ツウからすれば〝聖地〟にする理由はわかれど、ハイライトしか知らない者からすれば、炭治郎が山籠りをして訓練に励んでいる際に一刀両断した〝巨石〟の話の方が知られている。またその石の所在は奈良市の天乃石立神社奥にある〝柳生一刀石〟や長野県須坂市の坂田山共生の森にある〝竜の割石〟となるため、竈門神社ではない。逆に考えると割れ目の入った〝巨石の所在地〟が聖地と呼ぶにはしっくりくるように思えてならない。何かケチを付けているように思えてきたが確かにパワースポットには違いないと素直になり、行きに歩いた〝遊歩道〟を逆方向に向かう。せっかくならば何事も〝魅せる〟ようにすれば猶更良いのにな~なんていう思いに駆られながら…。<br /><br />帰り道の途中に式部稲荷大神の鳥居が見えたので、そちらへも参拝に向かう。この祠は比較的最近作られた物のようで、その建立の由来が書かれている。建立に尽力した禰宜さんの顕彰のような内容であったようだ。<br /><br />という訳で宝満宮竈門神社の神社と風鈴まつり参拝を終えて、第二駐車場に停めていた車に乗り込み、既に係員氏が居ない第一駐車場に車を回す。こちらにトイレ等があるために、一服がてら残りの行程整理を行う。この竈門神社は公共交通機関でも容易に訪れることができる場所と記載があったので、見つけたバス停で便数の確認もしておく。太宰府市のコミュニティバス〝まぼろば号〟が運行されており、昼間時間帯には凡そ2便/1時間あるようなので実用的ではある。まぁ私のような点を結んでルートを組み上げているものからすれば、直線的に走ることができる車の利用を最優先に考えてしまうことは否めないことではあるのだが…。<br /><br />ということで宝満宮竈門神社風鈴まつりの参拝を終えて、次の目的地を目指して出発する。15分程走って着いた先は太宰府天満宮。昨晩も訪れてはいるが、本殿エリアには入れなかったための再訪である。太宰府天満宮付近に辿り着き、最初の関門は駐車場探しであった。界隈一の観光スポットであるが、専用駐車場というものがない。付近には数多くのコインパーキングが存在するために〝空き〟は特にこの時間であれば困ることはない。悩んだのは〝場所〟と〝金額〟である。基本昨晩通った表参道付近は値段が高めである。しかし本殿に向かうには裏門から入るのが近いのでその付近を探すのだが、一日と時間・分単位の表示が混在し、どこが一番安いかわからない。何回か行ったり来たりを繰り返した後に時間が勿体なく思え、適当なところに停めて向かうことにした。<br /><br />昨晩は表参道から入り心字池に架かる太鼓橋を渡り、楼門迄のルートを往復した。今回は本殿前広場に直接繋がる“裏門(?)”から入ることにした。入口には樹齢1,500年とも言われる大樟(おおくす)が聳え立ち、参拝客を迎えている。既に私は太宰府天満宮のパワーに呑み込まれているようだ。太宰府政庁が設けられた時代より今迄の永きに渡り太宰府天満宮と参拝客を見守っていた歴史の生き証人である。きっと御祭神菅原道真公も見たであろう大樟を見ながら私も境内に向かう。西南門から境内へと入り、授与所・御朱印所前に進むと風鈴飾りが見えて来る。本殿前広場はあくまで〝お詣り〟が目的の場所であるためだろうか?昨晩見た太鼓橋界隈の風鈴飾りと比較するとおとなしめの様に私には思えたのであった。<br /><br />左は改修中の本殿があり、その前には仮殿が聳えている。その中間部脇には飛梅が植わっており、道真公を慕って京都から飛んで来たとされる〝飛梅伝説〟の今の姿を伺うことができる。また逆方向には昨晩見た方向とは反対側の楼門を見ることができる。流石に界隈一の観光名所・パワースポットであることを証明するかのように、閉門まで30分程しかない時間帯にも拘らず、多くの参拝客が訪れていた。境内にある相輪橖とは塔婆を簡略化したものであり、太宰府天満宮が昔〝安楽寺天満宮〟と言われていた神仏混交時代の名残の塔である。享和2(1802)年の菅公900年忌にあたり博多の商人らによって奉納されたものであると刻まれていた。本殿右側にある〝梅の種納め所〟は天保15(1845)年正月建立のもので、古来より天神さまが宿ると言い伝えられている〝梅の種〟を粗末にならぬように納める所である。ここで言う〝梅の種〟とは、一般的な殻に包まれた〝梅の種〟の内部に薄皮に包まれた実である〝仁〟のことを指している。この〝仁〟のことを別名で〝天神様〟と言うらしく、菅原道真公が好んだことから名付けられたとされている。道真公が好んだ梅に対して庶民も梅にあやかりたいと思うようになり、梅の種の中に〝天神様〟がいるとの信仰から仁を〝粗末にしない〟ように設けられたものだと言われている。他にも色々な道真公所縁のものがたくさんある太宰府天満宮だが、時間のこともあり主なものを見ながら、授与所・御朱印所前や太鼓橋周辺に設けられた風鈴棚を眺めつつカメラに収めて行く。御神牛等昨晩目の前を通ったにも拘らず、暗かったためにカメラには収めなかったものを含め、宮司さん曰く〝ぜひ見て欲しい三選〟を見て回る。またものによっては昼間と夜の違いに感動を覚えることもあった。まあ肝心の本殿が修復中のために〝仮殿〟が本殿の〝代わり〟になっていることも、訪れた時期が〝たまたま〟だったことなので、即ち“良いこと”として捉えておき、令和8(2026)年の修復完了後の姿が楽しみだと思いながら、まもなく閉門する太宰府天満宮を後にして車を停めたコインパーキングへと戻って行った。<br /><br />所謂プレートなしの駐車場なので、精算をしてから動かないと駐車料金の〝未払い〟になることを恐れ、少し車を移動させてから今後の行程をナビに入力して出発する。車を走らせたと思ったらすぐに停車。ローソン太宰府一丁目店に立ち寄って一服タイムを取る。近年では防火の絡みなどで神社でも境内や隣接区域で〝禁煙〟となっているところが増えているので仕方がない。そしてひと息ついて出発するもまた直ぐ停車。事前にチェックしておいた値段安めのガソリンスタンド〝JA―SS太宰府SS〟に立ち寄ってCarolクンのご飯タイムを取る。この後昨晩の〝飛び石事故〟の後始末で警察に事故届を出さなければならないことから、どこに向かえばよいのかを調べるためにダイソー大宰府都府楼南店に立ち寄ってエリアを検索。どうやら事故現場が筑紫野市になることから筑紫野警察に向かうべく車を走らせる。そして警察署近くのセブンイレブン筑紫野警察署前店に立ち寄って、事故届を出したい旨を筑紫野署に電話をするが、高速道路上であれば〝福岡県警高速機動隊久留米分駐署〟が管轄になることを聞き、改めて久留米に電話をかけて指示を仰ぐ。本来ならば現場付近となる筈だが、相手を特定できない事故故に〝来られるならば(久留米まで)来て欲しい〟と言われる。高速道路を利用して向かうことになるためにいつもならばお金がかかるために渋る私ではあるが、今回は高速定額プランを利用しているので、行った方が確実で早いと判断。九州自動車道筑紫野インターチェンジから久留米インターチェンジ迄高速走行をして、福岡県警高速機動隊久留米分駐所に到着する。<br /><br />扱いは物損事故であり事故見聞等もざっくりしたもので、思っていた程時間も掛からなかった。私自身レンタカーを利用する際に保険の類はフルサポートにしている。運転がどうのという問題よりも、こういった〝避けることの出来ない事故〟に対する備えである。今回も手間はかかったが、事故届をすることにより保険適用ができる案件となった。備えあれば憂いなし…その言葉通りになった次第である。因みに自動車保険の知識のある方は、飛び石事故が車両保険の〝等級プロテクト〟となっているために〝警察への届け出が不要〟と信じている方も散見するが、確かに事故案件としてはその通りなのであるものの、元来レンタカーの場合は〝保険の等級〟が下がるかどうかということは問題ではなく、修理中に車を使えなくなる〝営業補償〟としてのNОC補償適応を受けるためのものであり、事故として警察に届ける必要性が発生する。レンタカーの借車契約にも書かれていることなので、一度確認をされることをお勧めする。<br /><br />ということで事故処理も終わり、食事をしてホテルで休むだけとなった…筈であるが、ここで私自身がやらかしていることが判明する。事故処理の都合上到着が遅れるために、その旨をホテルに連絡しておいたのだが、暫くしてホテルから連絡があり、〝予約記録〟が見当たらないと言われてしまう。この時間になって…と思ったのも束の間、確かヤフートラベル手配だったことを思い出し、予約確認を見たところ〝HOTEL AZ 福岡篠栗店〟で予約していたつもりが実際には〝HOTEL AZ 福岡飯塚店〟を予約していたことが判明。慌ててHOTEL AZ 福岡飯塚店に電話をし直し、到着が遅れることを伝えておく。福岡県内には数多くの〝HOTEL AZ〟が存在する。敢えて〝HOTEL AZ 福岡篠栗店〟にしたのは翌日の行程を踏まえてのことであり、翌日の第一目的地としていたのが篠栗町の山王寺だったことから決めたという過程があった。しかし実際には〝HOTEL AZ 福岡飯塚店〟の情報を開けており、そのまま予約に進んでしまって確定させてしまったようだ。そこまで間違いに気付かなかったので、次の目的地は〝HOTEL AZ 福岡篠栗店〟のままナビを動かせていた。故に目的地を〝HOTEL AZ 福岡飯塚店〟に変更しなければならない。所要時間も走る道も変わるために到着時間も変わって来る。加えて途中までは〝HOTEL AZ 福岡篠栗店〟への道のりを走っていたために戻らなければならないことも判明する。〝ホテルの手配間違い〟という初歩の初歩的な間違いをして動揺してしまったのか、その後もつまらないミスを連発する。太刀洗パーキングエリア迄行ったのは良いが、その後高速を下りるインターチェンジを間違えてしまい、甘木インターチェンジ迄行ってしまう。一旦高速を下りて逆方向に乗り直して筑後小郡インターチェンジで一般道に出る。ここから飯塚迄は凡そ30km、そこそこの距離がある。ただここまで来たら焦っても仕方がないと気持ちを切り替え、先ずはセブンイレブン飯塚堀池店に立ち寄ってひと息入れ、次に吉野家200号飯塚店でいつもの如く遅い夕食を摂る。<br /><br />ここ迄来ればあと僅か…という訳で、何とか日が変わる前にHOTEL AZ 福岡飯塚店に到着することが出来た。勘違いから宿泊することになったHOTEL AZ 福岡飯塚店だが、実は二回目の宿泊となる。以前熊本・福岡の戦跡巡りをしていた際に利用した。勿論これには理由があり、翌日の行程上の都合であった。多分福岡で宿泊するには〝同じ理由〟から選んでいるはず。そのため当初は〝HOTEL AZ 福岡篠栗店〟に泊まる手筈だった。<br /><br />理由はともかく同じホテルに2回の宿泊という私的にはレアケースになってしまったのだが、なんとなく覚えているホテル施設に懐かしさも感じる。敷地内の駐車スペースは広く、建物までの距離は若干変わるにしても大したことではない。そんな駐車場に車を停めてフロントに向かう。今宵は喫煙シングルの320号室があてがわれる。前回平成27(2015)年3月9日は写真によると519号室だったようだ。この辺りは以前の宿泊データがわからないので何とも言えないが、扉の向きやバストイレ・ベッドの位置が逆になっていた。記録が残っているとこういう比較ができると面白い。という訳で日にちが変わった頃に部屋に入り、汗を流す。念のために翌日の行程を見直すが、ホテルの場所が変わったためにスタート地点も変わることとなる。篠栗町に泊まったパターンで巡っても良いのだが、全ての目的地の中間に宿泊したために時間的なロスを減らすために〝近場〟から巡って行くことに変更する。一見すると同じように思えるかも知れないが、バイパスを走れるかどうかで移動時間が変わってくる。また明日は土曜日なので旅行貯金は出来ないことから、目的地の滞在時間は長く取り、移動はできるだけ速やかにと考えた結果である。よって1番目に飯塚市の正法寺、2番目に篠栗町の山王寺、ラストに田川市の平等寺のそれぞれ風鈴まつり見学と参拝し、途中ルート上に格安ガソリンスタンドがあれば立ち寄って給油した後、小倉へと向かうルートで決めた。<br /><br />取り敢えず今日は予想外の出来事ばかりで本当に疲れてしまった。事故処理やルート・ホテルの間違いなど、過去に経験したことがないことばかりであった。という訳で翌日のルートも決まったことで安心し、気付くと寝てしまっていたようだ。そんなこんなで2回目となる飯塚の夜は更けて行ったzzz…。<br /><br />  《続く》

《2024.July》あみんちゅぶらり九州を歩く旅そのⅣ福岡~九州風鈴まつり2日目後編~

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《2024.July》あみんちゅぶらり九州を歩く旅そのⅣ福岡~九州風鈴まつり2日目後編~

小郡市の三国が丘郵便局で旅行貯金を済ませて宝満宮竈門神社に到着する。16:30という時間故に駐車場で戻る時間を尋ねたが、料金所は第一駐車場にあったために車をそちらに停めたのだが、第一駐車場は18:00で施錠するということらしい。まあ凡その目安滞在時間が1時間とあるのでそこ迄は遅くはならない筈だが、後で揉めるのも嫌なので取り敢えず第二駐車場に車を移動させて準備を整える。

宝満宮竈門神社は太宰府市東北に立つ宝満山に鎮座する神社で、社殿は上宮・下宮の2ヶ所に設けられている。上宮は標高829.6mの宝満山山頂に、下宮は宝満山山麓に鎮座している。かつては山腹に中宮もあったようだが、明治時代に廃絶している。今回訪れたのは山麓の下宮である。目的が開催中の〝風鈴まつり〟ということもあり、事前に開催情報を調べた結果が下宮であったことがその理由である。しかし後からよく考えてみれば、上宮での〝開催はない〟ということは調べてはいなかった…というよりもまさか風鈴まつりを巡るにあたり〝登山が必要〟とは夢にも思わなかったのが本音である。今更なす術はないので来年以降の話にはなるが、念のため確認はしておこう。由来の続きとなるがこの宝満山は太宰府の鬼門(東北)の位置にあることから、太宰府政庁が置かれていた頃には〝太宰府鎮護の神〟として崇敬された。そして平安時代以降は神仏習合が進んだ関係で、竈門神社と一体化した神宮寺の大山寺(だいせんじ・竈門山寺・有智山寺)は、西国に於ける天台宗寺院の代表的な存在となっていた。また宝満山には英彦山とともに修験道の有数の道場が形成されていたが、やはり明治期にこれらの仏教施設は廃されている。しかし福岡県下では竈門神社から勧請された約40社の神社が存在し、現在でもなお宝満山に対する信仰・縁むすび信仰により崇拝されている。御祭神は元々玉依姫命単独であったが、後に神功皇后と第15代応神天皇が合祀されたと伝わっている。この二人は〝八幡神〟とされており、遅くとも平安時代中~後期には竈門神とされる〝八幡神の伯母(応神天皇の伯母・神功皇后の姉と言われている)〟と結びつけられたのではと見られている。竈門神が八幡神の系譜に組み込まれた背景には、古くから大宰府と関わっている竈門神社の政治的色彩が指摘されている。また三韓征伐を妊娠中のまま行った神功皇后が、皇子となる誉田別尊(後の応神天皇)の出産の折にこの地に〝竈門〟を立てたことに由来しているという説もある。伝承による創建は天武天皇2(673)年とされているが、これも心蓮上人が山中での修行している際に玉依姫命が現れたことを朝廷に奏聞し、山頂に上宮が建てられた時を以って創建としているようである。確かに下宮礎石群の調査から創建は奈良~平安時代に遡るとされており、また上宮付近からは平安時代から中世に至る土師器・皇朝銭等の祭祀遺物が発掘されており、太宰府や遣唐使との関連が指摘されているとは言えど、それ以前の時代の遺物が出土したという記録もない。元々古墳時代に神話の時代の神様が出て来るとなれば、時代がちゃんぽん化している様にしか思えないところがある。場所柄太宰府との関係はあることから踏まえても、早くとも奈良時代から平安初期の創建と考えるのが無難な様に思えるのは私だけであろうか?

まあ歴史はわからないから面白いという結論に至り、カメラを担いで参拝に向かう。一の鳥居・二の鳥居を潜り抜け、石段を上って三の鳥居から風鈴が吊り下げられている。地図を見る限り石敷きの通路と階段で本殿へと上って行くように考えていたのだが、実際には仮設の通路が設けられており、スロープで上って行けるようになっていた。ただこの通路の端に建てられた〝柱〟を利用して風鈴棚が構築されているようなので、宝満宮竈門神社風鈴まつりの時期にはこの通路を利用して、風鈴を楽しみながら参拝が出来るという仕組みになっていると思われる。それはそれで神社側の配慮と取れば良いのかも知れないが、決して手の込んだ風鈴棚という印象を受けないところが残念だ。竈門神社に於ける風鈴まつりの起源がわからないので何とも言えないのだが、一部〝使い回し〟と見える資材が使われているので、今年が初めてではないだろう。しかし新たに追加した部分の資材が荒材のまま使用されていると重みは無くなってしまう。見た感じで風鈴は量産品ではないので、せっかくならばそれなりの風鈴棚を構築して見せるようにすればより良いものになると感じる。何かせっかくの風鈴を、土台で落としている…そんな敢えて安売りする必要はないと思えたことが少し残念であった。

見た目に思う所はあったが、確かに遊歩道化されているため風鈴参道は歩き易いものとなっており、風鈴飾りをカメラに収めながら本殿前広場まで息切れもせず辿り着くことが出来た。本殿前にある〝茅の輪〟は夏祭り及び茅の輪神事に使われるもののようだが、翌日開催のために用意されていたようだ。なかなかそのようなタイミングで訪れられないので、少しでも御縁をと厚かましくも考え、神事通り〝茅の輪潜り〟をさせて頂いた私であった。

拝殿で参拝した後に付近の末社の夢想権之助神社・須佐神社・五穀神社にも参拝する。その間を縫うように〝パワースポット〟的なものが配置されている。愛敬の岩・招霊(おがたま)の木・再会の木ではあやかりたいものだけを祈願する。私の場合いつもそうなのだが、神様とて叶いそうもない多くの願いをされても困るであろうし、〝これ!〟というひとつの願いだけをお願いするようにしている。年を取り自分が〝何でも出来る〟可能性がないことを実感するようになった。一段階上は常に目指すようには心掛けているので、〝ひと回り大きな人物になれますように〟と常日頃から祈願するようになった。漠然とした言葉かも知れないが、目立つことなく存在感がある人物になりたい…。その願いだけは忘れずに参拝を終えた私であった。

竈門神社と言えばアニメ〝鬼滅の刃〟の聖地として人気が急上昇した場所として、知る人ぞ知る〝神社〟となっていることは話には聞いている。しかし正確な関係性は作者の吾峠呼世晴先生や出版元の集英社側からも明かされていない。しかし神社名が主人公の〝竈門炭治郎〟の姓と同じであり、また竈門神社が太宰府の〝鬼門封じ〟であること、竈門神社上宮のある宝満山で修行する修験者は、炭治郎の羽織の柄と合致する〝市松模様〟の装束を着ており、金剛兵衛という刀鍛冶の墓がある。加えて吾峠呼世晴先生は福岡県出身であることなど、作品との共通点が複数存在することから〝聖地化〟された説が濃厚である。そのため令和元(2019)年頃から始まった〝鬼滅の刃ブーム〟に便乗するかの如く参拝者が増えたとされている。そのような背景もあったのか訪れた時間では閉まってはいたが、社務所や参集殿・展望舞台等は歴史ある神社とは思えないモダンな造りをしていた。

まあ〝聖地〟だと言われながら、建物がお粗末だと〝SNS映え〟しいという理由から〝負の連鎖〟が始まり、参拝客の減少に繋がりかねないということも考えられるが、そもそも鬼滅の刃ツウからすれば〝聖地〟にする理由はわかれど、ハイライトしか知らない者からすれば、炭治郎が山籠りをして訓練に励んでいる際に一刀両断した〝巨石〟の話の方が知られている。またその石の所在は奈良市の天乃石立神社奥にある〝柳生一刀石〟や長野県須坂市の坂田山共生の森にある〝竜の割石〟となるため、竈門神社ではない。逆に考えると割れ目の入った〝巨石の所在地〟が聖地と呼ぶにはしっくりくるように思えてならない。何かケチを付けているように思えてきたが確かにパワースポットには違いないと素直になり、行きに歩いた〝遊歩道〟を逆方向に向かう。せっかくならば何事も〝魅せる〟ようにすれば猶更良いのにな~なんていう思いに駆られながら…。

帰り道の途中に式部稲荷大神の鳥居が見えたので、そちらへも参拝に向かう。この祠は比較的最近作られた物のようで、その建立の由来が書かれている。建立に尽力した禰宜さんの顕彰のような内容であったようだ。

という訳で宝満宮竈門神社の神社と風鈴まつり参拝を終えて、第二駐車場に停めていた車に乗り込み、既に係員氏が居ない第一駐車場に車を回す。こちらにトイレ等があるために、一服がてら残りの行程整理を行う。この竈門神社は公共交通機関でも容易に訪れることができる場所と記載があったので、見つけたバス停で便数の確認もしておく。太宰府市のコミュニティバス〝まぼろば号〟が運行されており、昼間時間帯には凡そ2便/1時間あるようなので実用的ではある。まぁ私のような点を結んでルートを組み上げているものからすれば、直線的に走ることができる車の利用を最優先に考えてしまうことは否めないことではあるのだが…。

ということで宝満宮竈門神社風鈴まつりの参拝を終えて、次の目的地を目指して出発する。15分程走って着いた先は太宰府天満宮。昨晩も訪れてはいるが、本殿エリアには入れなかったための再訪である。太宰府天満宮付近に辿り着き、最初の関門は駐車場探しであった。界隈一の観光スポットであるが、専用駐車場というものがない。付近には数多くのコインパーキングが存在するために〝空き〟は特にこの時間であれば困ることはない。悩んだのは〝場所〟と〝金額〟である。基本昨晩通った表参道付近は値段が高めである。しかし本殿に向かうには裏門から入るのが近いのでその付近を探すのだが、一日と時間・分単位の表示が混在し、どこが一番安いかわからない。何回か行ったり来たりを繰り返した後に時間が勿体なく思え、適当なところに停めて向かうことにした。

昨晩は表参道から入り心字池に架かる太鼓橋を渡り、楼門迄のルートを往復した。今回は本殿前広場に直接繋がる“裏門(?)”から入ることにした。入口には樹齢1,500年とも言われる大樟(おおくす)が聳え立ち、参拝客を迎えている。既に私は太宰府天満宮のパワーに呑み込まれているようだ。太宰府政庁が設けられた時代より今迄の永きに渡り太宰府天満宮と参拝客を見守っていた歴史の生き証人である。きっと御祭神菅原道真公も見たであろう大樟を見ながら私も境内に向かう。西南門から境内へと入り、授与所・御朱印所前に進むと風鈴飾りが見えて来る。本殿前広場はあくまで〝お詣り〟が目的の場所であるためだろうか?昨晩見た太鼓橋界隈の風鈴飾りと比較するとおとなしめの様に私には思えたのであった。

左は改修中の本殿があり、その前には仮殿が聳えている。その中間部脇には飛梅が植わっており、道真公を慕って京都から飛んで来たとされる〝飛梅伝説〟の今の姿を伺うことができる。また逆方向には昨晩見た方向とは反対側の楼門を見ることができる。流石に界隈一の観光名所・パワースポットであることを証明するかのように、閉門まで30分程しかない時間帯にも拘らず、多くの参拝客が訪れていた。境内にある相輪橖とは塔婆を簡略化したものであり、太宰府天満宮が昔〝安楽寺天満宮〟と言われていた神仏混交時代の名残の塔である。享和2(1802)年の菅公900年忌にあたり博多の商人らによって奉納されたものであると刻まれていた。本殿右側にある〝梅の種納め所〟は天保15(1845)年正月建立のもので、古来より天神さまが宿ると言い伝えられている〝梅の種〟を粗末にならぬように納める所である。ここで言う〝梅の種〟とは、一般的な殻に包まれた〝梅の種〟の内部に薄皮に包まれた実である〝仁〟のことを指している。この〝仁〟のことを別名で〝天神様〟と言うらしく、菅原道真公が好んだことから名付けられたとされている。道真公が好んだ梅に対して庶民も梅にあやかりたいと思うようになり、梅の種の中に〝天神様〟がいるとの信仰から仁を〝粗末にしない〟ように設けられたものだと言われている。他にも色々な道真公所縁のものがたくさんある太宰府天満宮だが、時間のこともあり主なものを見ながら、授与所・御朱印所前や太鼓橋周辺に設けられた風鈴棚を眺めつつカメラに収めて行く。御神牛等昨晩目の前を通ったにも拘らず、暗かったためにカメラには収めなかったものを含め、宮司さん曰く〝ぜひ見て欲しい三選〟を見て回る。またものによっては昼間と夜の違いに感動を覚えることもあった。まあ肝心の本殿が修復中のために〝仮殿〟が本殿の〝代わり〟になっていることも、訪れた時期が〝たまたま〟だったことなので、即ち“良いこと”として捉えておき、令和8(2026)年の修復完了後の姿が楽しみだと思いながら、まもなく閉門する太宰府天満宮を後にして車を停めたコインパーキングへと戻って行った。

所謂プレートなしの駐車場なので、精算をしてから動かないと駐車料金の〝未払い〟になることを恐れ、少し車を移動させてから今後の行程をナビに入力して出発する。車を走らせたと思ったらすぐに停車。ローソン太宰府一丁目店に立ち寄って一服タイムを取る。近年では防火の絡みなどで神社でも境内や隣接区域で〝禁煙〟となっているところが増えているので仕方がない。そしてひと息ついて出発するもまた直ぐ停車。事前にチェックしておいた値段安めのガソリンスタンド〝JA―SS太宰府SS〟に立ち寄ってCarolクンのご飯タイムを取る。この後昨晩の〝飛び石事故〟の後始末で警察に事故届を出さなければならないことから、どこに向かえばよいのかを調べるためにダイソー大宰府都府楼南店に立ち寄ってエリアを検索。どうやら事故現場が筑紫野市になることから筑紫野警察に向かうべく車を走らせる。そして警察署近くのセブンイレブン筑紫野警察署前店に立ち寄って、事故届を出したい旨を筑紫野署に電話をするが、高速道路上であれば〝福岡県警高速機動隊久留米分駐署〟が管轄になることを聞き、改めて久留米に電話をかけて指示を仰ぐ。本来ならば現場付近となる筈だが、相手を特定できない事故故に〝来られるならば(久留米まで)来て欲しい〟と言われる。高速道路を利用して向かうことになるためにいつもならばお金がかかるために渋る私ではあるが、今回は高速定額プランを利用しているので、行った方が確実で早いと判断。九州自動車道筑紫野インターチェンジから久留米インターチェンジ迄高速走行をして、福岡県警高速機動隊久留米分駐所に到着する。

扱いは物損事故であり事故見聞等もざっくりしたもので、思っていた程時間も掛からなかった。私自身レンタカーを利用する際に保険の類はフルサポートにしている。運転がどうのという問題よりも、こういった〝避けることの出来ない事故〟に対する備えである。今回も手間はかかったが、事故届をすることにより保険適用ができる案件となった。備えあれば憂いなし…その言葉通りになった次第である。因みに自動車保険の知識のある方は、飛び石事故が車両保険の〝等級プロテクト〟となっているために〝警察への届け出が不要〟と信じている方も散見するが、確かに事故案件としてはその通りなのであるものの、元来レンタカーの場合は〝保険の等級〟が下がるかどうかということは問題ではなく、修理中に車を使えなくなる〝営業補償〟としてのNОC補償適応を受けるためのものであり、事故として警察に届ける必要性が発生する。レンタカーの借車契約にも書かれていることなので、一度確認をされることをお勧めする。

ということで事故処理も終わり、食事をしてホテルで休むだけとなった…筈であるが、ここで私自身がやらかしていることが判明する。事故処理の都合上到着が遅れるために、その旨をホテルに連絡しておいたのだが、暫くしてホテルから連絡があり、〝予約記録〟が見当たらないと言われてしまう。この時間になって…と思ったのも束の間、確かヤフートラベル手配だったことを思い出し、予約確認を見たところ〝HOTEL AZ 福岡篠栗店〟で予約していたつもりが実際には〝HOTEL AZ 福岡飯塚店〟を予約していたことが判明。慌ててHOTEL AZ 福岡飯塚店に電話をし直し、到着が遅れることを伝えておく。福岡県内には数多くの〝HOTEL AZ〟が存在する。敢えて〝HOTEL AZ 福岡篠栗店〟にしたのは翌日の行程を踏まえてのことであり、翌日の第一目的地としていたのが篠栗町の山王寺だったことから決めたという過程があった。しかし実際には〝HOTEL AZ 福岡飯塚店〟の情報を開けており、そのまま予約に進んでしまって確定させてしまったようだ。そこまで間違いに気付かなかったので、次の目的地は〝HOTEL AZ 福岡篠栗店〟のままナビを動かせていた。故に目的地を〝HOTEL AZ 福岡飯塚店〟に変更しなければならない。所要時間も走る道も変わるために到着時間も変わって来る。加えて途中までは〝HOTEL AZ 福岡篠栗店〟への道のりを走っていたために戻らなければならないことも判明する。〝ホテルの手配間違い〟という初歩の初歩的な間違いをして動揺してしまったのか、その後もつまらないミスを連発する。太刀洗パーキングエリア迄行ったのは良いが、その後高速を下りるインターチェンジを間違えてしまい、甘木インターチェンジ迄行ってしまう。一旦高速を下りて逆方向に乗り直して筑後小郡インターチェンジで一般道に出る。ここから飯塚迄は凡そ30km、そこそこの距離がある。ただここまで来たら焦っても仕方がないと気持ちを切り替え、先ずはセブンイレブン飯塚堀池店に立ち寄ってひと息入れ、次に吉野家200号飯塚店でいつもの如く遅い夕食を摂る。

ここ迄来ればあと僅か…という訳で、何とか日が変わる前にHOTEL AZ 福岡飯塚店に到着することが出来た。勘違いから宿泊することになったHOTEL AZ 福岡飯塚店だが、実は二回目の宿泊となる。以前熊本・福岡の戦跡巡りをしていた際に利用した。勿論これには理由があり、翌日の行程上の都合であった。多分福岡で宿泊するには〝同じ理由〟から選んでいるはず。そのため当初は〝HOTEL AZ 福岡篠栗店〟に泊まる手筈だった。

理由はともかく同じホテルに2回の宿泊という私的にはレアケースになってしまったのだが、なんとなく覚えているホテル施設に懐かしさも感じる。敷地内の駐車スペースは広く、建物までの距離は若干変わるにしても大したことではない。そんな駐車場に車を停めてフロントに向かう。今宵は喫煙シングルの320号室があてがわれる。前回平成27(2015)年3月9日は写真によると519号室だったようだ。この辺りは以前の宿泊データがわからないので何とも言えないが、扉の向きやバストイレ・ベッドの位置が逆になっていた。記録が残っているとこういう比較ができると面白い。という訳で日にちが変わった頃に部屋に入り、汗を流す。念のために翌日の行程を見直すが、ホテルの場所が変わったためにスタート地点も変わることとなる。篠栗町に泊まったパターンで巡っても良いのだが、全ての目的地の中間に宿泊したために時間的なロスを減らすために〝近場〟から巡って行くことに変更する。一見すると同じように思えるかも知れないが、バイパスを走れるかどうかで移動時間が変わってくる。また明日は土曜日なので旅行貯金は出来ないことから、目的地の滞在時間は長く取り、移動はできるだけ速やかにと考えた結果である。よって1番目に飯塚市の正法寺、2番目に篠栗町の山王寺、ラストに田川市の平等寺のそれぞれ風鈴まつり見学と参拝し、途中ルート上に格安ガソリンスタンドがあれば立ち寄って給油した後、小倉へと向かうルートで決めた。

取り敢えず今日は予想外の出来事ばかりで本当に疲れてしまった。事故処理やルート・ホテルの間違いなど、過去に経験したことがないことばかりであった。という訳で翌日のルートも決まったことで安心し、気付くと寝てしまっていたようだ。そんなこんなで2回目となる飯塚の夜は更けて行ったzzz…。

  《続く》

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
5.0
グルメ
5.0
ショッピング
5.0
交通
5.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
3万円 - 5万円
交通手段
高速・路線バス レンタカー 新幹線 JRローカル 徒歩
  • 10局目の旅行貯金を小郡三国が丘郵便局で終えて…。<br /><br />小郡三国が丘郵便局 15:59(1.9km・87.6km・309.8km・19.0km/h)<br />          16:10<br />

    10局目の旅行貯金を小郡三国が丘郵便局で終えて…。

    小郡三国が丘郵便局 15:59(1.9km・87.6km・309.8km・19.0km/h)
              16:10

  • 宝満宮竈門神社にやって来た。<br /><br />竈門神社第一駐車場 16:39(14.0km・101.6km・323.8km・29.0km/h)<br />          16:51<br />竈門神社第二駐車場 16:52(0.1km・101.7km・323.9km・6.0km/h)<br />          17:48<br />

    宝満宮竈門神社にやって来た。

    竈門神社第一駐車場 16:39(14.0km・101.6km・323.8km・29.0km/h)
              16:51
    竈門神社第二駐車場 16:52(0.1km・101.7km・323.9km・6.0km/h)
              17:48

    宝満宮 竈門神社 寺・神社・教会

  • 史跡とロマンのまち太宰府、観光案内板。

    史跡とロマンのまち太宰府、観光案内板。

  • 宝満宮竈門神社二の鳥居を潜り抜け…。

    宝満宮竈門神社二の鳥居を潜り抜け…。

  • 三の鳥居を潜ると風鈴棚が見えて来る。

    三の鳥居を潜ると風鈴棚が見えて来る。

  • 宝満宮竈門神社、風鈴棚。

    宝満宮竈門神社、風鈴棚。

  • 宝満宮竈門神社、風鈴棚。

    宝満宮竈門神社、風鈴棚。

  • 宝満宮竈門神社、風鈴棚。

    宝満宮竈門神社、風鈴棚。

  • 宝満宮竈門神社、風鈴棚。

    宝満宮竈門神社、風鈴棚。

  • 宝満宮竈門神社、風鈴棚。

    宝満宮竈門神社、風鈴棚。

  • 風鈴まつり開催中の宝満宮竈門神社にて、あじさいの花。

    風鈴まつり開催中の宝満宮竈門神社にて、あじさいの花。

  • 宝満宮竈門神社、風鈴棚。

    宝満宮竈門神社、風鈴棚。

  • 宝満宮竈門神社、風鈴棚。

    宝満宮竈門神社、風鈴棚。

  • 宝満宮竈門神社、風鈴棚。

    宝満宮竈門神社、風鈴棚。

  • 宝満宮竈門神社、拝殿と本殿。<br /><br />神様のお住まいであり、私たちの願いや感謝の気持ちをお伝えする最も神聖な場所です。現在の社殿は昭和2(1927)年に建てられたもので、檜の流造に銅板葺きが大変美しい荘厳な佇まいで、もみじやシャクナゲなど緑豊かな自然の中に、静かにそして悠然と建ち、私たちを迎えてくれます。平成25(2013)年、千三百五十年大祭の節目を記念し、銅板屋根の葺き替えをはじめとする改修工事が行われ、装いも美しく整えられました。

    宝満宮竈門神社、拝殿と本殿。

    神様のお住まいであり、私たちの願いや感謝の気持ちをお伝えする最も神聖な場所です。現在の社殿は昭和2(1927)年に建てられたもので、檜の流造に銅板葺きが大変美しい荘厳な佇まいで、もみじやシャクナゲなど緑豊かな自然の中に、静かにそして悠然と建ち、私たちを迎えてくれます。平成25(2013)年、千三百五十年大祭の節目を記念し、銅板屋根の葺き替えをはじめとする改修工事が行われ、装いも美しく整えられました。

  • 宝満宮竈門神社、夢想権之助神社。<br /><br />杖道の祖と称えられる夢想権之助は江戸時代初期に活躍した剣客で、宝満山中で修業中に開眼し“神道夢想流杖術”を大成しました。現在でも杖道愛好家の方々が御神徳を仰ぎ、毎月の神前稽古で技と心を磨いています。

    宝満宮竈門神社、夢想権之助神社。

    杖道の祖と称えられる夢想権之助は江戸時代初期に活躍した剣客で、宝満山中で修業中に開眼し“神道夢想流杖術”を大成しました。現在でも杖道愛好家の方々が御神徳を仰ぎ、毎月の神前稽古で技と心を磨いています。

  • 宝満宮竈門神社、須佐神社。<br /><br />記紀神話によると、出雲国に至った須佐之男命は櫛稲田姫を守るためヤマタノオロチを勇猛果敢に退治し“八雲たつ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣つくる その八重垣を”という日本で最初の和歌を詠まれ、愛を育み永遠の契を結んでたくさんの子宝にも恵まれました。須佐之男命の勇気ある行動と深い愛情は、良縁成就、家庭円満の象徴として尊ばれています。

    宝満宮竈門神社、須佐神社。

    記紀神話によると、出雲国に至った須佐之男命は櫛稲田姫を守るためヤマタノオロチを勇猛果敢に退治し“八雲たつ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣つくる その八重垣を”という日本で最初の和歌を詠まれ、愛を育み永遠の契を結んでたくさんの子宝にも恵まれました。須佐之男命の勇気ある行動と深い愛情は、良縁成就、家庭円満の象徴として尊ばれています。

  • 宝満宮竈門神社、愛敬の岩。<br /><br />目を閉じて好きな人を想い、あるいは未だ見ぬ人との出逢いを祈り、もう一方の岩に無事に辿り着くことができれば、恋が叶うと信じられています。

    宝満宮竈門神社、愛敬の岩。

    目を閉じて好きな人を想い、あるいは未だ見ぬ人との出逢いを祈り、もう一方の岩に無事に辿り着くことができれば、恋が叶うと信じられています。

  • 宝満宮竈門神社、五穀神社。<br /><br />古来五穀神は五穀(米、麦、粟、稗、豆)の豊穣を守護し、天地万物の生成、種子の発芽を促す守護神と信じられています。人が志を立て目標に立ち向かい進むとき、その兆しを興し道を切り開くお力を与えてくださると信じられています。

    宝満宮竈門神社、五穀神社。

    古来五穀神は五穀(米、麦、粟、稗、豆)の豊穣を守護し、天地万物の生成、種子の発芽を促す守護神と信じられています。人が志を立て目標に立ち向かい進むとき、その兆しを興し道を切り開くお力を与えてくださると信じられています。

  • 宝満宮竈門神社、招霊(おがたま)の木。<br /><br />招霊(おがたま)とは神様を招くという意味で、特に竈門神社では良縁・幸福を招く霊験の木と信仰されています。これは、神代の昔、天の岩戸の前で天鈿女命“あめのうずめのみこと”が招霊の枝を手に神楽舞を奏されると、天照大神は岩戸よりお出ましになり再び明るい平和な世の中となったことに由来しています。例年、四月上旬頃に香り高い白い花が咲き、また秋には鈴のような丸い実を結び、神楽鈴の起源と伝えられています。

    宝満宮竈門神社、招霊(おがたま)の木。

    招霊(おがたま)とは神様を招くという意味で、特に竈門神社では良縁・幸福を招く霊験の木と信仰されています。これは、神代の昔、天の岩戸の前で天鈿女命“あめのうずめのみこと”が招霊の枝を手に神楽舞を奏されると、天照大神は岩戸よりお出ましになり再び明るい平和な世の中となったことに由来しています。例年、四月上旬頃に香り高い白い花が咲き、また秋には鈴のような丸い実を結び、神楽鈴の起源と伝えられています。

  • 宝満宮竈門神社、再会の木。<br /><br />その昔、神功皇后が宝満山頂に植えられ、親しい人々との再会を祈願したと伝えられる再会(サイカチ)の木。この木に向かって、好きな人との再会や、縁結び、まだ見ぬ人との出逢いを祈れば、きっと願いが叶うと信じられています。宝満山の頂上近くには再会の木の巨木があり、人々を見守るように佇んでいます。

    宝満宮竈門神社、再会の木。

    その昔、神功皇后が宝満山頂に植えられ、親しい人々との再会を祈願したと伝えられる再会(サイカチ)の木。この木に向かって、好きな人との再会や、縁結び、まだ見ぬ人との出逢いを祈れば、きっと願いが叶うと信じられています。宝満山の頂上近くには再会の木の巨木があり、人々を見守るように佇んでいます。

  • 宝満宮竈門神社、拝殿と夢想権之助神社。

    宝満宮竈門神社、拝殿と夢想権之助神社。

  • それでは戻るとしよう。

    それでは戻るとしよう。

  • 宝満宮竈門神社、本殿側から眺めた風鈴棚。

    宝満宮竈門神社、本殿側から眺めた風鈴棚。

  • 宝満宮竈門神社、本殿側から眺めた風鈴棚。

    宝満宮竈門神社、本殿側から眺めた風鈴棚。

  • 宝満宮竈門神社、本殿側から眺めた風鈴棚。

    宝満宮竈門神社、本殿側から眺めた風鈴棚。

  • 宝満宮竈門神社、本殿側から眺めた風鈴棚。

    宝満宮竈門神社、本殿側から眺めた風鈴棚。

  • 宝満宮竈門神社、本殿側から眺めた風鈴棚。

    宝満宮竈門神社、本殿側から眺めた風鈴棚。

  • 宝満宮竈門神社、本殿側から眺めた風鈴棚。

    宝満宮竈門神社、本殿側から眺めた風鈴棚。

  • 宝満宮竈門神社、風鈴棚。

    宝満宮竈門神社、風鈴棚。

  • 宝満宮竈門神社、本殿側から眺めた風鈴棚。

    宝満宮竈門神社、本殿側から眺めた風鈴棚。

  • 宝満宮竈門神社、本殿側から眺めた風鈴棚。

    宝満宮竈門神社、本殿側から眺めた風鈴棚。

  • 宝満宮竈門神社、式部稲荷大神の鳥居。

    宝満宮竈門神社、式部稲荷大神の鳥居。

  • 宝満宮竈門神社、式部稲荷大神の鳥居とたかティムさん。

    宝満宮竈門神社、式部稲荷大神の鳥居とたかティムさん。

  • 宝満宮竈門神社、式部稲荷大神。<br /><br />稲は“命の根”とも表され、“稲荷”は“稲が成る”という意味があります。御祭神の“宇迦御霊神(ウカノミタマノカミ)”は、私たちが生きていく上で欠かすことができない稲穂の守護神として仰がれ、日々の生業を守護していただける神様です。<br /><br />また関係は良くはわからないが、式部稲荷大神の祠の前には以下のようなことが書かれていた。<br /><br />岳父・和田満太郎は若くして太宰府天満宮に奉職し学業祈願御守を考案し、晩年は竈門神社祢宜として、式部稲荷社の建立、宝満山上宮の再建に尽力すると共に俳句結社ホトトギス派同人として俳号を“好文木”と称した。この句は女性十六歳の春に宝満山に登り良縁成就を願う十六詣りの風習を詠んだものである。また岳父の妻久枝は天満宮の崇敬者として竈門神社春秋例祭に野点奉仕を長年務めた。<br /><br />  平成二十六年十二月吉日<br />    太宰府市五条 井上尊尋<br /><br />

    宝満宮竈門神社、式部稲荷大神。

    稲は“命の根”とも表され、“稲荷”は“稲が成る”という意味があります。御祭神の“宇迦御霊神(ウカノミタマノカミ)”は、私たちが生きていく上で欠かすことができない稲穂の守護神として仰がれ、日々の生業を守護していただける神様です。

    また関係は良くはわからないが、式部稲荷大神の祠の前には以下のようなことが書かれていた。

    岳父・和田満太郎は若くして太宰府天満宮に奉職し学業祈願御守を考案し、晩年は竈門神社祢宜として、式部稲荷社の建立、宝満山上宮の再建に尽力すると共に俳句結社ホトトギス派同人として俳号を“好文木”と称した。この句は女性十六歳の春に宝満山に登り良縁成就を願う十六詣りの風習を詠んだものである。また岳父の妻久枝は天満宮の崇敬者として竈門神社春秋例祭に野点奉仕を長年務めた。

      平成二十六年十二月吉日
        太宰府市五条 井上尊尋

  • 宝満宮竈門神社、庚申尊天の石碑横の祠。

    宝満宮竈門神社、庚申尊天の石碑横の祠。

  • 宝満宮竈門神社、この風鈴棚を越えると三の鳥居で終わりとなる。

    宝満宮竈門神社、この風鈴棚を越えると三の鳥居で終わりとなる。

    宝満宮 竈門神社 寺・神社・教会

  • 宝満宮竈門神社、二の鳥居迄戻って来た。

    宝満宮竈門神社、二の鳥居迄戻って来た。

  • 宝満宮竈門神社、二の鳥居迄戻って来た。

    宝満宮竈門神社、二の鳥居迄戻って来た。

  • 一度車に戻って…。<br /><br />竈門神社第二駐車場 17:48(0.1km・101.7km・323.9km・6.0km/h)

    一度車に戻って…。

    竈門神社第二駐車場 17:48(0.1km・101.7km・323.9km・6.0km/h)

  • トイレ等の施設がある第一駐車場に移動する。<br /><br />竈門神社第一駐車場 17:49(0.1km・101.8km・324.0km・6.0km/h)<br />          18:01<br />

    トイレ等の施設がある第一駐車場に移動する。

    竈門神社第一駐車場 17:49(0.1km・101.8km・324.0km・6.0km/h)
              18:01

  • バス停もあるようだ。

    バス停もあるようだ。

  • 太宰府コミュニティバス内山(竈門神社前)バス停。

    太宰府コミュニティバス内山(竈門神社前)バス停。

  • 1時間に二本であれば利用できそうだと思いながら出発する。<br /><br />竈門神社第一駐車場 18:01(0.1km・101.8km・324.0km・6.0km/h)<br />

    1時間に二本であれば利用できそうだと思いながら出発する。

    竈門神社第一駐車場 18:01(0.1km・101.8km・324.0km・6.0km/h)

  • そして太宰府天満宮へとやって来た。専用駐車場はなく本殿に近いコインパーキングを利用する。誠心館前の大楠が良く目立つ。<br /><br />太宰府天満宮 18:17(4.3km・106.1km・328.3km・16.1km/h)<br />       19:03<br />

    そして太宰府天満宮へとやって来た。専用駐車場はなく本殿に近いコインパーキングを利用する。誠心館前の大楠が良く目立つ。

    太宰府天満宮 18:17(4.3km・106.1km・328.3km・16.1km/h)
           19:03

  • 正式な名前はわからないが、誠心館前入口から本殿前へと向かう。

    正式な名前はわからないが、誠心館前入口から本殿前へと向かう。

    太宰府天満宮 寺・神社・教会

  • 誠心館前の大楠<br /><br />誠心館前にそびえ立つのは、高さ28.5m幹周り11.7mの見上げるばかりの大樟です。樹齢1,500年を超え、道真公がいらっしゃった時代から現在までの永きに亘って太宰府天満宮を見守ってきました。<br /><br />初夏の当宮は、樟若葉が芽吹き、新緑の美しい季節です。太宰府近郊が樟の自生林の北限とされ、境内には大小100本あまりの樟がそびえ立っています。国指定天然記念物を含む51本が、「天神の杜」として福岡県指定の天然記念物に登録されています。<br /><br />俳人・荻原井泉水(おぎわらせいせんすい)は次のような句を残しています。<br /><br />くすの木千年 さらに今年の若葉なり<br /><br />これは、毎年初夏になると、古い葉を押し出すように新芽が生まれ出る樟に、1,500年に亘って生命がつながれてきた営みを見て、感嘆の気持ちを詠んだもの。ご参拝の皆様も、樟若葉の生命力を体感なさってください。

    誠心館前の大楠

    誠心館前にそびえ立つのは、高さ28.5m幹周り11.7mの見上げるばかりの大樟です。樹齢1,500年を超え、道真公がいらっしゃった時代から現在までの永きに亘って太宰府天満宮を見守ってきました。

    初夏の当宮は、樟若葉が芽吹き、新緑の美しい季節です。太宰府近郊が樟の自生林の北限とされ、境内には大小100本あまりの樟がそびえ立っています。国指定天然記念物を含む51本が、「天神の杜」として福岡県指定の天然記念物に登録されています。

    俳人・荻原井泉水(おぎわらせいせんすい)は次のような句を残しています。

    くすの木千年 さらに今年の若葉なり

    これは、毎年初夏になると、古い葉を押し出すように新芽が生まれ出る樟に、1,500年に亘って生命がつながれてきた営みを見て、感嘆の気持ちを詠んだもの。ご参拝の皆様も、樟若葉の生命力を体感なさってください。

  • 太宰府天満宮、授与所・御朱印所前の風鈴棚。

    太宰府天満宮、授与所・御朱印所前の風鈴棚。

  • 太宰府天満宮、授与所・御朱印所前の風鈴棚。

    太宰府天満宮、授与所・御朱印所前の風鈴棚。

  • 太宰府天満宮、授与所・御朱印所前の風鈴棚。

    太宰府天満宮、授与所・御朱印所前の風鈴棚。

  • 太宰府天満宮、授与所・御朱印所前の風鈴棚。

    太宰府天満宮、授与所・御朱印所前の風鈴棚。

  • 太宰府天満宮、授与所・御朱印所前の風鈴棚。

    太宰府天満宮、授与所・御朱印所前の風鈴棚。

  • 太宰府天満宮、授与所・御朱印所前の風鈴棚。

    太宰府天満宮、授与所・御朱印所前の風鈴棚。

  • 太宰府天満宮、授与所・御朱印所前の風鈴棚。

    太宰府天満宮、授与所・御朱印所前の風鈴棚。

  • 本殿側から眺めた太宰府天満宮、楼門。

    本殿側から眺めた太宰府天満宮、楼門。

  • 太宰府天満宮、授与所・御朱印所前の風鈴棚。

    太宰府天満宮、授与所・御朱印所前の風鈴棚。

  • 太宰府天満宮、授与所・御朱印所前の風鈴棚。

    太宰府天満宮、授与所・御朱印所前の風鈴棚。

  • 太宰府天満宮、仮殿横の風鈴棚。

    太宰府天満宮、仮殿横の風鈴棚。

  • 太宰府天満宮、仮殿横の風鈴。

    太宰府天満宮、仮殿横の風鈴。

  • 太宰府天満宮、仮殿横の風鈴棚。

    太宰府天満宮、仮殿横の風鈴棚。

  • 太宰府天満宮、飛梅。<br /><br />道真公を慕って飛んできた梅の木<br />道真公は、幼い頃よりこよなく梅を愛していらっしゃいました。いわれのない罪で左遷される折、自邸の庭の梅の木に、次のような歌で語りかけました。<br /><br />東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ<br />(春風が吹いたら、その匂いを大宰府まで送っておくれ、梅の花よ。私という主人がいないからといって、春を忘れてはならないぞ)<br /><br />するとその歌に応えるように梅の木は、道真公を慕って、一夜のうちに京都から大宰府まで飛んできたと伝えられています。<br /><br />飛梅は、色玉垣という極早咲の八重の品種で、毎年境内の梅に先駆けて開花します。まるでそれを合図とするように、約200種類6,000本の梅が咲きほこり、境内は馥郁とした香りに包まれます。

    太宰府天満宮、飛梅。

    道真公を慕って飛んできた梅の木
    道真公は、幼い頃よりこよなく梅を愛していらっしゃいました。いわれのない罪で左遷される折、自邸の庭の梅の木に、次のような歌で語りかけました。

    東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ
    (春風が吹いたら、その匂いを大宰府まで送っておくれ、梅の花よ。私という主人がいないからといって、春を忘れてはならないぞ)

    するとその歌に応えるように梅の木は、道真公を慕って、一夜のうちに京都から大宰府まで飛んできたと伝えられています。

    飛梅は、色玉垣という極早咲の八重の品種で、毎年境内の梅に先駆けて開花します。まるでそれを合図とするように、約200種類6,000本の梅が咲きほこり、境内は馥郁とした香りに包まれます。

  • 太宰府天満宮、風鈴棚。

    太宰府天満宮、風鈴棚。

  • 太宰府天満宮、風鈴棚。

    太宰府天満宮、風鈴棚。

  • 太宰府天満宮、風鈴棚。

    太宰府天満宮、風鈴棚。

  • 太宰府天満宮、風鈴棚。

    太宰府天満宮、風鈴棚。

  • 太宰府天満宮、相輪橖。<br /><br />仏教の塔の新形式で伝教大師によって伝えられたものです。わが国には8基あり九州にはこの1基のみが現存します。<br />相輪橖とは塔婆を簡略化したもので、この相輪橖は、享和2(1802)年、菅公900年忌にあたり、博多の商人らによって奉納されたものです。<br />相輪というのは五重の塔のてっぺんについてるものです。<br />鋳造は博多鋳物師の山鹿氏によるもので中央柱は高さ6メートル、脇柱は高さ2.4メートル。<br />太宰府天満宮が昔〝安楽寺天満宮〟と言われていた神仏混交時代の名残の塔である。

    太宰府天満宮、相輪橖。

    仏教の塔の新形式で伝教大師によって伝えられたものです。わが国には8基あり九州にはこの1基のみが現存します。
    相輪橖とは塔婆を簡略化したもので、この相輪橖は、享和2(1802)年、菅公900年忌にあたり、博多の商人らによって奉納されたものです。
    相輪というのは五重の塔のてっぺんについてるものです。
    鋳造は博多鋳物師の山鹿氏によるもので中央柱は高さ6メートル、脇柱は高さ2.4メートル。
    太宰府天満宮が昔〝安楽寺天満宮〟と言われていた神仏混交時代の名残の塔である。

  • 太宰府天満宮、〝梅の種〟納め所。<br /><br />梅の種納め所は天保15(1845)年正月建立。<br />古来より、天神さまが宿ると言い伝えられております梅の種を粗末にならぬ様に納める所です。<br /><br />

    太宰府天満宮、〝梅の種〟納め所。

    梅の種納め所は天保15(1845)年正月建立。
    古来より、天神さまが宿ると言い伝えられております梅の種を粗末にならぬ様に納める所です。

  • 厄晴れひょうたん<br />古来より不思議な霊力がこもるとされる“ひょうたん”の中に“厄除け”や“願い事”を記入した用紙を入れ、除災招福を祈念するものでございます。詳しくは各おまもり授与所にてお尋ね下さい。<br />太宰府天満宮社務所

    厄晴れひょうたん
    古来より不思議な霊力がこもるとされる“ひょうたん”の中に“厄除け”や“願い事”を記入した用紙を入れ、除災招福を祈念するものでございます。詳しくは各おまもり授与所にてお尋ね下さい。
    太宰府天満宮社務所

  • 太宰府天満宮、授与所・御朱印所前の風鈴棚と楼門。

    太宰府天満宮、授与所・御朱印所前の風鈴棚と楼門。

  • 太宰府天満宮、仮殿。<br /><br />仮殿<br />期間限定で天神さまが過ごされる特別な仮殿。約3年間という御本殿大改修期間に限り、御神霊(おみたま)が御本殿からお遷りになる場所として、建築家・藤本壮介氏の設計で、御本殿前に特別に建てられました。神事やご祈願、ご参拝の場所は仮殿となります

    太宰府天満宮、仮殿。

    仮殿
    期間限定で天神さまが過ごされる特別な仮殿。約3年間という御本殿大改修期間に限り、御神霊(おみたま)が御本殿からお遷りになる場所として、建築家・藤本壮介氏の設計で、御本殿前に特別に建てられました。神事やご祈願、ご参拝の場所は仮殿となります

  • 心字池側から眺めた太宰府天満宮、楼門。

    心字池側から眺めた太宰府天満宮、楼門。

  • 太宰府天満宮、参道の風鈴棚。

    太宰府天満宮、参道の風鈴棚。

  • 太宰府天満宮、参道の風鈴棚。

    太宰府天満宮、参道の風鈴棚。

  • 太宰府天満宮、参道の風鈴棚にてたかティムさん。

    太宰府天満宮、参道の風鈴棚にてたかティムさん。

  • 太宰府天満宮、御神牛。

    太宰府天満宮、御神牛。

  • 太宰府天満宮、授与所・御朱印所前の風鈴棚。

    太宰府天満宮、授与所・御朱印所前の風鈴棚。

  • 今回利用したのは〝ミニッツパーク太宰府天満宮第1駐車場〟。平日は100円/1時間。<br /><br />太宰府天満宮 18:17(4.3km・106.1km・328.3km・16.1km/h)<br />       19:03<br />

    今回利用したのは〝ミニッツパーク太宰府天満宮第1駐車場〟。平日は100円/1時間。

    太宰府天満宮 18:17(4.3km・106.1km・328.3km・16.1km/h)
           19:03

  • ローソン太宰府一丁目店で一服タイム。<br /><br />ローソン太宰府一丁目店 19:05(0.6km・106.7km・328.9km・18.0km/h)<br />            19:31<br />

    ローソン太宰府一丁目店で一服タイム。

    ローソン太宰府一丁目店 19:05(0.6km・106.7km・328.9km・18.0km/h)
                19:31

  • 事前チェックの格安スタンド〝JA―SS太宰府SS〟で給油。<br /><br />JA―SS太宰府SS 19:35(0.7km・107.4km・329.6km・10.5km/h)<br />           19:39<br />

    事前チェックの格安スタンド〝JA―SS太宰府SS〟で給油。

    JA―SS太宰府SS 19:35(0.7km・107.4km・329.6km・10.5km/h)
               19:39

  • ダイソー大宰府都府楼南店で筑紫野警察署へのナビをセット。<br /><br />ダイソー大宰府都府楼南店 19:45(2.2km・109.6km・331.8km・22.0km/h)<br />             19:48<br />

    ダイソー大宰府都府楼南店で筑紫野警察署へのナビをセット。

    ダイソー大宰府都府楼南店 19:45(2.2km・109.6km・331.8km・22.0km/h)
                 19:48

  • セブンイレブン筑紫野警察署前店までやって来たが、どうやら久留米迄行かなければならないことが判明する。<br /><br />セブンイレブン筑紫野警察署前店 19:56(3.9km・113.5km・335.7km・29.2km/h)<br />                20:28<br />

    セブンイレブン筑紫野警察署前店までやって来たが、どうやら久留米迄行かなければならないことが判明する。

    セブンイレブン筑紫野警察署前店 19:56(3.9km・113.5km・335.7km・29.2km/h)
                    20:28

  • 筑紫野ICから九州自動車道に乗って…。<br /><br />筑紫野IC 20:38(3.4km・116.9km・339.1km・20.4km/h)<br />

    筑紫野ICから九州自動車道に乗って…。

    筑紫野IC 20:38(3.4km・116.9km・339.1km・20.4km/h)

  • 久留米ICまで行った後、福岡県警高速機動隊久留米分駐所に出頭。事故届を出す。その後久留米ICから九州自動車道に乗り直して…。<br /><br />久留米IC 20:53(19.8km・136.7km・358.9km・79.2km/h)<br />久留米IC 21:18(1.9km・138.6km・360.8km・4.6km/h)<br />

    久留米ICまで行った後、福岡県警高速機動隊久留米分駐所に出頭。事故届を出す。その後久留米ICから九州自動車道に乗り直して…。

    久留米IC 20:53(19.8km・136.7km・358.9km・79.2km/h)
    久留米IC 21:18(1.9km・138.6km・360.8km・4.6km/h)

  • 鳥栖JCTから大分自動車道へと入り、大刀洗PAでひと息入れる。<br /><br />大刀洗PA 21:32(17.3km・155.9km・378.1km・74.1km/h)<br />      21:56<br />

    鳥栖JCTから大分自動車道へと入り、大刀洗PAでひと息入れる。

    大刀洗PA 21:32(17.3km・155.9km・378.1km・74.1km/h)
          21:56

    大刀洗パーキグエリア 道の駅

  • 下りるICを間違えて甘木ICまで行ってしまう。そしてUターンして改めて大分自動車道に乗り直す。<br /><br />甘木IC 21:59(3.7km・159.6km・381.8km・74.0km/h)<br />甘木IC 22:03(0.8km・160.4km・382.6km・12.0km/h)<br />

    下りるICを間違えて甘木ICまで行ってしまう。そしてUターンして改めて大分自動車道に乗り直す。

    甘木IC 21:59(3.7km・159.6km・381.8km・74.0km/h)
    甘木IC 22:03(0.8km・160.4km・382.6km・12.0km/h)

  • 本来下りるべきであった筑後小郡ICで下りて…。<br /><br />小郡IC 22:11(6.9km・167.3km・389.5km・51.7km/h)<br />

    本来下りるべきであった筑後小郡ICで下りて…。

    小郡IC 22:11(6.9km・167.3km・389.5km・51.7km/h)

  • 飯塚市へと入り、セブンイレブン飯塚堀池店でひと息入れる。<br /><br />セブンイレブン飯塚堀池店 22:47(30.3km・197.6km・419.8km・50.5km/h)<br />             23:01<br />

    飯塚市へと入り、セブンイレブン飯塚堀池店でひと息入れる。

    セブンイレブン飯塚堀池店 22:47(30.3km・197.6km・419.8km・50.5km/h)
                 23:01

  • そして吉野家200号飯塚店で遅い夕食を摂る。<br /><br />吉野家200号飯塚店 23:06(2.3km・199.9km・422.1km・27.6km/h)<br />           23:38

    そして吉野家200号飯塚店で遅い夕食を摂る。

    吉野家200号飯塚店 23:06(2.3km・199.9km・422.1km・27.6km/h)
               23:38

  • メニューはいつもの牛丼大盛+みそ汁である。

    メニューはいつもの牛丼大盛+みそ汁である。

  • 手違いで二回目の宿泊となったHOTELAZ福岡飯塚店に到着。<br /><br />HOTELAZ福岡飯塚店 23:47(3.8km・203.7km・425.9km・25.3km/h)

    手違いで二回目の宿泊となったHOTELAZ福岡飯塚店に到着。

    HOTELAZ福岡飯塚店 23:47(3.8km・203.7km・425.9km・25.3km/h)

    HOTEL AZ 福岡飯塚店 宿・ホテル

  • それでは最終日の旅に出よう。<br /><br />HOTELAZ福岡飯塚店 09:10(0.0km・0.0km・425.9km・0.0km/h)

    それでは最終日の旅に出よう。

    HOTELAZ福岡飯塚店 09:10(0.0km・0.0km・425.9km・0.0km/h)

  • こがえる寺 09:17(3,7km・3.7km・429.6km・31.7km/h)<br />      10:23<br />山王寺 10:55(18.5km・22.2km・448.1km・34.7km/h)<br />    12:20<br />道の駅いとだ 12:52(25.1km・47.3km・473.2km・47.1km/h)<br />       13:18<br />三井寺 13:46(6.9km・54.2km・480.1km・14.8km/h)<br />    15:22<br />球場駐車場 15:23(0.5km・54.7km・480.6km・30.0km/h)<br />      15:30<br />GS 15:36(1.3km・56.0km・481.9km・13.0km/h)<br />   15:39<br />GS 15:53(4.9km・60.9km・486.8km・21.0km/h)<br />   16:02<br />道の駅香春 16:15(7.6km・68.5km・494.4km・35.1km/h)<br />      16:40<br />香春岳 16:57(12.4km・80.9km・506.8km・43.8km/h)<br />    17:00<br />石原町駅 17:04(2.2km・83.1km・509.0km・33.0km/h)<br />     17:09<br />GS 17:38(10.9km・94.0km・519.9km・22.6km/h)<br />   17:42<br />ドラッグコスモス 17:46(1.3km・95.3km・521.2km・19.5km/h)<br />         17:51<br />レンタ 18:11(3.4km・98.7km・524.6km・10.2km/h)<br />    18:25<br />

    こがえる寺 09:17(3,7km・3.7km・429.6km・31.7km/h)
          10:23
    山王寺 10:55(18.5km・22.2km・448.1km・34.7km/h)
        12:20
    道の駅いとだ 12:52(25.1km・47.3km・473.2km・47.1km/h)
           13:18
    三井寺 13:46(6.9km・54.2km・480.1km・14.8km/h)
        15:22
    球場駐車場 15:23(0.5km・54.7km・480.6km・30.0km/h)
          15:30
    GS 15:36(1.3km・56.0km・481.9km・13.0km/h)
       15:39
    GS 15:53(4.9km・60.9km・486.8km・21.0km/h)
       16:02
    道の駅香春 16:15(7.6km・68.5km・494.4km・35.1km/h)
          16:40
    香春岳 16:57(12.4km・80.9km・506.8km・43.8km/h)
        17:00
    石原町駅 17:04(2.2km・83.1km・509.0km・33.0km/h)
         17:09
    GS 17:38(10.9km・94.0km・519.9km・22.6km/h)
       17:42
    ドラッグコスモス 17:46(1.3km・95.3km・521.2km・19.5km/h)
             17:51
    レンタ 18:11(3.4km・98.7km・524.6km・10.2km/h)
        18:25

    瑠璃山正法寺(こがえる寺) 寺・神社・教会

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