2024/11/13 - 2024/11/14
170位(同エリア396件中)
ポールさん
この旅行記のスケジュール
2024/11/13
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JRクレメントイン今治
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バスでの移動
今治駅前-(せとうちバス)-今治城前
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今治城
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バスでの移動
今治城前-(せとうちバス)-今治駅前
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電車での移動
今治10:41-(しおかぜ)-11:15松山11:27-(宇和海)-12:02伊予大洲
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この旅行記スケジュールを元に
1600年、藤堂高虎は、関ケ原の戦いでの戦功により伊予半国20万石に加増され、宇和島から今治に転出しました
藤堂高虎が今治の地を選んだのは、瀬戸内海交通の要衝である来島海峡を監視でき、かつ、政治・経済の拠点になる城下町を形成するための広い敷地を確保できるためでした。
1602年に築城を始め、建造物も含めて完成したのは1608年頃と推測されています。
その構造は、三重の堀に海水を引き入れた特異なもので、当時は海から堀へ直接船で入ることができるなど海上交通の要所今治らしく海を最大限に活用した城となっており、日本三大水城の一つに数えられています。
高虎は、今治城で新たに層塔型天守を創建したとも言われています。
それまで主流であったが望楼型天守は、不安定で風や地震に弱いものでした。
層塔型天守は矩形の天守台を造成し、その上に規格化された部材を用いて全体を組み上げたもので、構造的な欠陥が解消されるばかりか、各階別に作事が可能なことから工期も短縮できました。
以後、高虎がこの様式を江戸城をはじめとする城郭普請に採用したことで、層塔型が天守建築の主流となりました。
1609年、高虎が伊勢国津城に移封となり、同時に、天守は丹波国亀山城に移築されたと伝わっています。
1635年、松平(久松)定房が入城、明治維新まで今治藩・久松松平氏の居城となりました。
1869年に廃城となり、ほとんどの建築物が破却されましたが、内堀と主郭部の石垣は築城当時の姿を残しています。
旅の全体日程は以下のとおりです。
1日目:新神戸駅→丸亀城→(今治泊)
2日目:今治城→大洲城、臥龍山荘→(宇和島泊)
3日目:宇和島城、天赦園、伊達博物館→大宝寺(松山泊)
4日目:松山城、萬翠荘、道後温泉本館、石手寺→松山空港→羽田空港
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 2.5
- ホテル
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス JR特急
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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17:45今治駅に到着しました。
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宿泊先は、駅近くのJRクレメントイン今治です。
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ホテルのラウンジで、フリードリンクの「おもてなし」がありました。
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ということで、夕食は向かいのコンビニ店で購入してラウンジでいただくことにしました。
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翌朝、ホテルに荷物を預けて今治駅にやって来ました。
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券売機の横のスペースに購入内容を記入したジパング倶楽部会員手帳を置いてオペレーターとやり取りし、その指示に従って券売機で特急券を購入しました。
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駅前広場の一角にある乗り場から、路線バスで今治城へ向かいます。
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藤堂高虎時代の海水の雄大な内堀、高さ最大13mの石垣、再建された数々の櫓があります。
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江戸時代の今治の想像図です。大規模な「海城」と城下町でした。
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堀では、海の魚が泳いでいます。
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砂地の脆弱な地盤のうえに石垣を高く積み上げる必要性がから、堀と石垣の間に「犬走り」と呼ばれる小さな空間が設けられています。
城の防衛という観点では、城壁に取りつきやすくなるため非常に不利になりますが、基礎部分が固められ石垣の崩壊を防ぐ効果が期待されます。 -
大手口から城内に入ります。
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高麗門跡です。
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城郭の正門には、「枡形」と呼ばれる技法が用いられています。
枡形とは城の入口、「虎口」を石垣で囲うように作ることで、敵を見張れるだけでなく、侵入してきた場合四方から攻撃できます。 -
高麗門跡の奥の正面に見えているのは、城主の権威を示すために目立つ場所に据えられた巨石(鏡岩)です。
幅4.5m、重量が16トンもある巨大な石が使用されており、勘兵衛石と呼ばれています。 -
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鉄御門です。2007年に再建されたもので、内部を見学することができます。
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鉄御門、多聞櫓、武器櫓です。
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石垣は、自然石を加工せずそのまま積み上げた「野面積み」です。
今治城の石垣には白くて艶のある大理石も使われています。石垣には珍しいもので、海底にあった石です。 -
三の丸です。
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藤堂高虎の騎馬像です。
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藤堂高虎は、今治城で新たに層塔型天守を創建しました。
1609年に天守は丹波国亀山城に移築されたと伝わっており、その古写真が残されています。 -
亀山城の古写真を根拠にして1980年に鉄筋コンクリート造5重の模擬天守が建設されました。
しかし、その外観は望楼型に千鳥破風などが付加されたもので、再建時にはこのような複雑な形状が好まれる傾向があるそうです。 -
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模擬天守最上階からの眺望です。
来島海峡大橋が見えます。 -
大手口方向です。
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搦手口方向です。
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御金櫓方向です。
御金櫓は、1985年に再建された二重櫓で、愛媛の郷土作家による品々が展示されています。 -
二の丸には「蒼吹の井」という井戸が残っています。
海である内濠とは10m程の距離で、水位は内濠と同じであるにもかかわらずこの井戸は真水です。 -
搦手口からもアプローチしてみました。
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こちら側にも高麗門があり、再建されています。
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城内に国内最大級の船入を備えています。
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1990年に再建された山里櫓です。内部見学が可能で、主に武具や今治にまつわる古美術品が展示されています。
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山里櫓に接続している櫓門、山里門です。搦手口の正門です。
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路線バスで今治駅に戻り、10:41発のしおかぜ号に乗車、松山駅で宇和海号に乗り継いで大洲へ向かいます。
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瀬戸内海です。
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