2024/09/10 - 2024/09/14
458位(同エリア1260件中)
明石DSさん
ホテル「クラブ・ヒマラヤ・ナガルコット・リゾート」で日の出を拝む
早朝展望テラスに出たらヒマラヤ山脈の壁らしきがあった
エベレスト遊覧飛行に続いての奇跡だった
雨 雨 雨の予報で諦めて来たのに やったぜ!
//////////////////////////////////////////////
カトマンズ~ナガルコットへ:四日目
2024:令和6年9月10日(火)~9月14日(土)
3泊5日
9月13日(金):晴
ナガルコット~パタン観光~カトマンズ空港:帰国へ:四日目
■ホテル「クラブ・ヒマラヤ・ナガルコット・リゾート」で日の出を拝む
日の出を見る。74年の人生、あちこちで日の出をみた。ならばどこで?と、思い出そうとしても印象深い場所が出てこない。しかしここはネパールのナガルコット、もし早朝天気良ければ遠くに冠雪した高峰連なるヒマラヤ山脈が聳えている筈。
昨日3時過ぎにナガルコットに到着したが天気は晴れで景色も良かったが、その背景に見えるはずのヒマラヤ山脈は姿を見せず。空はしだいに雲に覆われ、どこかで「にわか雨」が降ってたのか?虹が出ていた。なので夕日の鑑賞もなく、明日早朝の日の出鑑賞の期待値はみんな低かったと思う。
それでも可能性に賭けて午前4時半頃に起き、5時過ぎにはみんなテラスに集まっていた。なァ、なァ、なんと敷き詰められた雲海の遥か遠く昨日見えなかった尖った山々が壁のように目に見えた。まだ日の出前で最初は黒いギザギザ壁が、徐々にバックが紅く染まり空も明けてきた。
午前5時31分には日の出が近づきシルバー色の雲海の向こうに黒いギザギザ壁、その上が淡いオレンジ、そしてその上には青空が広がってる。「やったぞ!」11日に続いての奇跡がまた起きた!5時59分ヒマラヤ山脈からの御来光を拝む!
陽が昇るにつれて冠雪のヒマラヤ山脈の威容がはっきり望めるようになった。「はっきり見える」と言ってもちょっと遠いけど・・・このナガルコットからヒマラヤ山脈までの距離は直線距離で150km。東京都心から富士山までの直線距離はおよそ100km。「ふ~ん、そうなんか・・・」
ちなみに帰国後、2002:平成14年12月9日(月)「安徽省、黄山と宏村、屯渓への旅3泊4日」でマイナス12度の黄山での日の出鑑賞を思い出した。海外での日の出鑑賞は二回目となった。3回目はあるんかなァ?
視界の左(西)から右(東)まで途切れることなく連なるヒマラヤ山脈が見えた。その場では“Sさん”が見える範囲での左端のランタン・リルンの名前を教えてくれた。その他の山の名前も教えてくれたのかどうか?記憶にはない。
「8000m級は14座」ナガルコットから見える8千メートル級の山は只一つ『シシャパンマ(Shishapangma)標高は8027 mで世界第14位』・・・ということは8千メートル級14座の内の一番低い山といことになる。
その場ではランタン以外は皆目分からなかったが帰国後自分が写した写真には遠くに低く見えるけどシシャパンマも写っていた。
「ネパールの景勝地「ナガルコット」」
https://www.travel.co.jp/guide/article/42127/
「日本一わかりやすい8000m峰14座:完全データ」
https://honeycom.co.jp/hirotaka-takeuchi/eight-thousander-data/
その他に 写真でちゃんと確認できたのは以下の山、標高数字は資料によってまちまち、年々mm単位で微妙に高くなっているようだ。
「ランタン・リルン:(7205 m)」:「ガンチェンポ:Gan Chenpo(6387m)」:「シシャパンマ:Shishapangma(8027m)」:「ドーム ブラン:Dome Blanc(6830m)」:「ドルジェラクパ:Dorje Lakpa(6996m)」:「レンポギャン:Lenpo Gyang(7083m)」:「ギャルツェンピーク:Gyaltsen Peak(6722m)」「プルビチャチュ:Phurbi Chyachu (6637m)」
「ヒマラヤ山脈に昇る日の出」・・・11日早朝のエベレスト遊覧飛行も完璧だったし、今朝の日の出鑑賞も最高!この幸運に感謝!私にとってこの二つがバッチリだったので、その他のことはすべてプラスのおまけになった。
外国人客もテラスに来てこの素晴らしい光景をスマホ撮影していた。といっても我々含め30名足らずだったと思うけど。1時間ちょっとでその場を離れ、7時前には朝食を食べにロビー前のレストランへ。
- 旅行の満足度
- 5.0
-
ハハハ これは記念の素晴らしい写真
日の出前に旅友“Tさん”(右)とヒマラヤ山脈を背にツーショット
添乗員の“Kさん”に写してもらった
二枚撮ってもらったけど同じ “Kさん”何も言わなかったけど -
日の出前
明るくなって積雪のヒマラヤ山脈の高峰が目の前に
息を飲む光景に内心小躍りす 見えた!見たぞ! -
ナガルコットでヒマラヤ山脈からの御来光を拝す
何かいいことあるかなァ
八百万の神に思わず手を合わせたくなる -
マイナス12度の黄山での日の出:52才の時写す
2002:平成14年12月9日(月)
「安徽省、黄山と宏村、屯渓への旅3泊4日」 -
正面の一番高い山
『ナガルコットから最も高く見える山がドルジェラクパ(6996m)
1981年に日本の法政大隊が初登頂しました』
「ネパールの景勝地「ナガルコット」」
https://www.travel.co.jp/guide/article/42127/ -
円型展望台から移動して長方形の展望テラスへ
今朝この場にいる観光客はみんなラッキー
ナガルコットからの眺望に満足しただろう -
一番左側(西)に見えるランタン・リルン(7205 m)
『1978年に日本の大阪市大隊が初登頂しました』とのこと
ここから見える美しい山の二つが日本隊の初登頂の山だ!
やったぜ日本! -
ナガルコットから見える8千メートル級の山は只一つ
『シシャパンマ(Shishapangma)標高は8027 mで世界第14位』
8千メートル級14座の内の一番低い山
チベット領内にある。8千m級最後に登頂された山 -
ホテル前に来ていた写真売りから買った写真
「ガンチェンポ:Gan Chenpo(6387m)」:「シシャパンマ:Shishapangma(8027m)」:「ドーム ブラン:Dome Blanc(6830m)」
「ドルジェラクパ:Dorje Lakpa(6996m)」:「レンポギャン:Lenpo Gyang(7083m)」:「ギャルツェンピーク:Gyaltsen Peak(6722m)」 -
上記写真より東に範囲が広い
一番右側(東)の高い山「プルビチャチュ:Phurbi Chyachu (6637m)」 -
ズームではなくデジカメで普通に写した写真
ヒマラヤ山脈までの距離は直線距離で150km
東京都心から富士山までの直線距離はおよそ100km
西から東まですべてが見えた・・・ハハハ万歳! -
長方形展望テラスからの方がヒマラヤ山脈の
西から東まで遮るものなしで良く見えた -
ヒマラヤ山脈とは反対の南側の眺望も素晴らしい
薄雲が下界に掛かっているが天気晴朗風なし -
朝食を食べ散歩に出る
ヒマラヤ山脈が思いがけず見れて大満足
ルンルンと朝食を食べに行く
カトマンズ観光、もはやいうことなし
////////////////////////////////////////////
■朝食を食べ散歩に出る
ヒマラヤ山脈の絶景を堪能し朝食タイム
そして午前8時前にはいつものように一人で散歩に出る。といってもすぐ近くの昨日行った集落だけど、朝市のような場があり結構多くの地元住民が集まっていた。広場にビニールシートを広げて野菜を売ったり、朝ご飯の代わりなのか屋台も出ていた。
今日は金曜日、これが毎朝の光景なのかもと思う。まさに朝市だ。デジカメ片手にうろつく私のことなど誰も眼中になく気楽にウロウロ出来た。標高2000mくらいの山の上だが人出も多くここには活気があった。若者(男)もちらほら見かけたが仕事はなにをしてるのだろう?
8時過ぎに部屋に戻った。テラスからの見晴らしは早朝同様良かったが、そこにはどこまでも広がる白い綿雲のような雲海と遠くに山並みがあるのみで、その背景にあるはずの冠雪の高峰連なる山脈は見事に消えていた。「見えた」「見た」のは幻ではなくこの目でちゃんと見た。
これが旅と言うものだ。いくら写真や映像で素晴らしい風景を見てもその場で見ることに価値がある。何で?何が?感動がある。生きてる限り感動を探し求め続ける。今、身近に感動するのは?確実にテンションが上がるのは、ヴィッセル神戸の応援団の試合前の応援を現場で見てる時。試合より面白い!祭りだ!
そのあとホテルの周囲を散歩したり出発の11時半までブラブラ歩きをしながらナガルコット最後の時間を過ごした。結局、空はそこそこ青空でもヒマラヤ山脈は消えたままだった。そしていつものように自己満足の極みで部屋を片付けトランクを扉の前に置きロビーに集合。 -
写真で見れば十分美味しそうだけど
パンの味だけは万国共通なのかも -
すぐに街に散歩に出かける
金曜日の午前8時4分
ここでもみんなの足はバイクのようだ -
朝市広場 野菜売る人 買う人
毎朝の光景だろうか?たぶんそうだと思うけど -
標高2000mのナガルコットだが
全然高さは感じない 若干下より涼しかったと思うけど
下界と同じ庶民の暮らしがあるようだ -
朝食露店 今になって思う
この店の朝食メニューを食べておけば良かったと
きっと美味しかったと思う -
へえ~ こんな金物店も
野菜や果物 食料品を売るより
金物屋は腐らないからええで -
未舗装の道路の真ん中に立て看板
「SLOW DRIVE」と書かれてる -
ホテルに戻って自室展望テラスからヒマラヤ山脈方向を見る
6時半ころまでヒマラヤ山脈は綺麗に見えてたのに・・・
2時間後には消えていた 天気は快晴なのに?
ヒマラヤ山脈はお見事!雲に変わってた -
雲海は厚くなったが上を見上げれば好天気
しかしヒマラヤ山脈は手品のように消えてた
見たのは幻だったのか・・・いや違う 見た! -
516号室をチェックアウトする
これが日本人のチェックアウトやで・・・と!
ゴミ一つ落ちてないように後片付けフフフ
前方プライベート展望テラス 広い最高! -
エレベータが無いのでトランクは部屋の前に置いておく
自分で持って降りても構わんけど 軽いし -
ホテル「クラブ ヒマラヤ」から去る
何の縁があってかここに来た
大いに満足する -
パタン観光の前に「ヒマラヤ蕎麦処」で昼食タイム
我らがご一行のバス
乗るたびに水を配ってくれる
このあと最後尾座席に座った
/////////////////////////////////////////////
■パタン観光の前に「ヒマラヤ蕎麦処」で昼食タイム
午前11時半バスはホテル「クラブ・ヒマラヤ・ナガルコット・リゾート」を出発、「世界遺産パタン観光」へと向かった。山からのグネグネ曲がりの下り坂、どちら側からでも景色が見えるように初めて最後尾の座席に座った。
昨日も今日もこの辺りで飼育されているのか、長い耳が垂れて小さな角がある小型の山羊?が道でたむろしているのを見かけた。雲もそこそこ多い天気だが眺めは良い。でも最後部座席の座り心地は人生初体験と思うくらい揺れと衝撃が凄かった!
前席後ろの左右に着いている「取って」を両手でしっかり握っておかないと座ってられない。まるでロデオ気分、笑うしかないくらい。道の悪さもあるだろうが、見た目そんな悪路でもないような道でもえげつない振動になる。私だけではなく後ろの方に座っている人はみんな両手で取っ手を握ってた。
このバスもインド製だと思うけど、同じこの道を日本製の観光バスで走れば上下動はあっても直接のこんなキツイ衝撃はないと思う。30分ほどで下まで来たが普通の道でも座り心地はクッションがないのかと思うくらいだった。
パタン観光の前に昼食の「ヒマラヤ蕎麦処」へと順調に向かっていたがその直前で思わぬアクシデントが・・・。バスの窓から見えたのは警察の機動隊?に先導されながら人の行進。数年ぶりのデモがあるということで道が封鎖され迂回の羽目になった。
迂回の道も渋滞渋滞で遅々として進まず。どこをどう通っていったのか?バス運転手も大変だったと思う。“Sさん”もみんなのトイレを心配するくらいの時間が経過し、通常なら1時間が出発後2時間半の午後2時「ヒマラヤ蕎麦処」に到着した。
“Sさん”曰く「ここのオーナーの奥さんが日本人、スタッフのネパール人男性が日本で修行して帰国し地元の蕎麦を使って蕎麦打ちをしている」とのこと。なるほど天婦羅も蕎麦も見た目も味も日本の蕎麦処で食べる感じに近かった。ツアー通じてここでの食事が一番良かった。
「ホテル・サンセット・ビュー」の一角に「ヒマラヤ蕎麦処」がある。『ホテルもネパール人と日本人のご夫妻の経営で設備やサービスもしっかりしているということで、日本からの中高年層のトレッキングツアーやビジネス出張者も多く宿泊している』
「ヒマラヤ蕎麦処」
https://chiangmai-life.net/himalaya-sobadokoro/
1時間弱の昼食タイムを終え、午後3時前にバスに乗り「ヒマラヤ蕎麦処」を出発。バスは相変わらずどこもかしこも車とバイクが雑多の道を20分ほど走り停車。そこから左右に商店が軒を連ね人の往来激しい賑やかな通りを歩きでパタンのダルバール広場(旧王宮広場)へと向かった。 -
七曲りの山道で昨日も今日も小型の山羊の放牧に出会った
崖や道にたむろしてる -
曲がりくねって降りて行く
大型バスとの行き違いも難しい
座り心地はロディオのよう
両手で前席後ろの取っ手を
しっかり掴まないと座ってれない -
あと少しで到着のはずが機動隊?との遭遇から悪夢が始まった
カトマンズで何年かぶりのストライキがありそのために
道路が通行止めになり迂回を余儀なくされる
目的地間近にして迂回道路の大渋滞が始まった -
どこをどう通ったのか分からないが
車もバイクも大渋滞がしばらく続く -
到着目前から1時間くらい掛かってやっと到着
写真右斜奥グーリーンベスト着用の警備員がいる
狭~い道を入った奥に「ヒマラヤ蕎麦処」がある -
ネパール人職人の作った手打そばに天婦羅
見た目もそれなりに味も日本で食べるのと変わらず
今回の旅を通じてベストワン -
蕎麦処の前、ホテル中庭に芝生の広々した庭園がある
-
シンプルで良い看板
-
蕎麦処を出てパタン市内観光に向かう
バスから写真を撮ろうとしたらバスの女性乗客(スマホを手に)が
こっちを見てニコッとしてくれた。それだけで嬉しい! -
バスをここで降りて
歩いてパタンのダルバール広場へと向かう -
パタンのダルバール広場(旧王宮広場)
パタンのダルバール広場へと歩く
賑やかな通りで左右に商店があり活気があった
///////////////////////////////////////////////
■パタンのダルバール広場(旧王宮広場)へと入って行く。
祭りが近いようで広場の入り口に入場門のような飾り付けが施されていた。“Sさん”が広場入り口にある入場券売り場で観光チケットを購入。各自がチケットを首に掛けて歩く。祭りの開催に備えてなのか道路を放水洗浄していた。
最初に旧王宮に入る。王が執務を行っていた「ムル・チョーク(Mul Chowk)」に入り隣の「スンダリ・チョーク(Sundari Chowk)」の中庭には王の沐浴場があった。パタンのダルバール広場にもカトマンズ・バクタブルと同様で旧王宮と多くの寺院がそこら中にあり、説明を聞いても耳に入らず。
他に「クリシュナ寺院(Krishna Mandir)」「ハリ・シャンカール寺院(Hari Shankar Mandir)」などなど・・・。
帰国後『古都パタンの中心にあるダルバール広場にはクリシュナ寺院が二つあります。チャム デワルと呼ばれる寺院はチケット売り場の方から見て広場の奥の方にある寺院です。』と言うのを知り自分が写した写真を見て「あっホンマや、二つあったんや・・・」と確認できた。
ここでの滞在は40分ほどでゴールデン・テンプルへと向かう。私のようにこういった観光地にあまり興味もなく、予備知識もなく、その上駆け足見学では「来た」「見た」「写真を撮った」だけとなる。でもその「来た」「見た」「写真を撮った」が我が人生の宝となる。
ダルバール広場の北側から北方向へ6分ほど歩いてゴールデン・テンプルに到着。内部に入っても金ぴか寺院。これだけ寺院を巡っても僧らしき姿は見かけなかった。“Sさん”の話しでは「朝早く来てる・・・」と言ってたけど。
「カトマンズ・バクタブル・パタン」と三ヶ所の世界遺産観光地を見たが、みんな同じとしか見えず。カトマンズの「クマリの館」でクマリの姿を見たこと。バクタブルの「ニャタポラ寺院」の階段を上って基壇上に行き降りる時が怖かったこと。この二つが印象に残っている。 -
「地球の歩き方」 パタン「ダルバール広場」
-
ダルバール広場南側から入場する
正面
クリシュナ寺院(Krishna Temple)
インド様式 石造り -
チケット売り場で“Sさん”が観光チケットの購入
各自首からチケットをぶら下げて歩く -
旧王宮へ入場
-
王が執務を行っていた「ムル・チョーク(Mul Chowk)」
-
スンダリ・チョーク(Sundari Chowk)」の中庭には王の沐浴場がある
-
クリシュナ寺院
ダルバール広場 南側(円型)にもある -
パタン・ダルバール広場
写真左端がヴィシュワナート寺院 -
ヴィシュワナート寺院(Vishwanath Temple)
左側奥はクリシュナ寺院 -
ダルバール広場から北方向に歩いてゴールデン・テンプルへ
-
精巧な細工は見て分かるが・・・・
申し訳ないがゴチャゴチャしてるだけで説明も耳に入らず
「来た」「見た」だけで出て行く -
ゴールデン・テンプルを出てスーパーマーケットまで歩く
ツアースケージュールには「市内バザール散策」とある -
「バット・バテニ・スーパーマーケット:Bhat-Bhateni Supermarket」
途中「パタン・ハイ・スクール:Patan High School」があった
“Google・Map”で検索すれば歩いた場所が分かる
全世界の隅々までストリートビューが網羅出来れば凄いけど
近い将来きっとそうなるのだろう
「パタン・ハイ・スクール:Patan High School」
https://www.facebook.com/patanhighschool/
/////////////////////////////////////////////////
■「バット・バテニ・スーパーマーケット:Bhat-Bhateni Supermarket」に到着
午後4時35分ゴールデン・テンプルを出て「パタン・ハイ・スクール:Patan High School」前を通って午後4時48分「バット・バテニ・スーパーマーケット:Bhat-Bhateni Supermarket」に到着。ここが最後の観光巡りの場所となる。パタン・ダルバール広場の南側からここまでずっと歩きでの移動。
スーパーマーケットと言っても4階建てで大型店舗の「イオン」や「イトーヨーカ堂」のような感じ。とりあえずエスカレーターで最上階の4階に上がったらそこは家具売り場。日本の家具店と同じような雰囲気で家具が展示販売されていた。足を踏み入れた瞬間にスタッフの一人の若い女性が私に付いた。
付かず離れず声を掛けることなく、私の後についてくる。一見して買い物客でないことは分かったはずが、そんなことはお構いなし。家具売り場はお客の数も少なくガランとしていた。階下には家電売り場・日用品・ホームセンターのような品揃え・玩具売り場・食料品もコストコのように大量買いなのか?山積みだった。
卓球台(Rs¥46,050:日本円¥51,015)も売っていた。ネパールでも卓球は人気なのかも?午後5時50分、スーパーマーケットを後にしてバスに向かう。1時間くらいここにいたが、買い物客の出入りを見てるだけで面白い。夫婦と子供連れで車に乗って家族で買い物は、きっとそれなりの富裕層なのだろう。
この場にいれば、いやカトマンズの町中にいればネパールがアジアで上位の貧国とは感じられなかった。しかし国土の8割が丘陵・山岳地帯のネパールの現実は『1人あたりのGDPは約1,208ドル(2021年度 )と、日本の約46,768ドル(2022年度)と比べると38分の1です。』とのこと。
信じられないけど「インフラ整備が遅れ生活水の確保に一日の労働の大半を費やす」なんて所もあるようだ。「教育格差・カースト制度・カマイヤという「奴隷労働者」の存在」等々原因は山積、200万人が海外で働く出稼ぎ大国ネパール。カトマンズに行ってもネパールに行ったとは言えないなあ。
グルカ兵という言葉も良く耳にするが・・・『グルカ兵はイギリス軍におけるネパールの山岳民族出身の兵士で最強の傭兵集団』も、やはり貧国故の出稼ぎになるのだろう。そんなグルカ兵になるのも『非常に狭き門で、子供の頃から格闘技や英語等の基礎教育を受けさせるための専門学校もネパール国内に存在する。』
「ネパールの貧困問題の現状は?」
https://spaceshipearth.jp/nepal_poverty/
迎えに来たバスに乗り次は夕食へ向かう。今日の夕食は「ネパール舞踊を見ながらネパール料理」と日程表に書かれている。 -
もうすぐマーケットに到着
一列渋滞で歩く我らがご一行
歩いて移動が一番楽しい -
「バット・バテニ・スーパーマーケット:Bhat-Bhateni Supermarket」
4階が最上階の大型店舗だった -
エスカレーターで上に上がる
カトマンズのショッピングモール
雰囲気はどことも同じようだけど -
4階の最上階はフロアー全部が家具売り場だった
入ったら女性スタッフが付いて来た、付かず離れず物言わず
日本の家具売り場と雰囲気は変わらず -
家電売り場にはソニーのコーナーが
へぇ~ まだ日本も頑張ってるんやと -
卓球台を売っていた
野口健のカトマンズの定宿には卓球台があるそうだ
そして野口健は高校時代は卓球部の部長とのこと
卓球は面白いけどなァ
来年には後期高齢者になる私に上達は可能なのか? -
大量の商品がぎっしりの商品棚
ケース入りではないけどどんな買い方するのかなァ? -
1階のレジ
ここだけ見てればアジアの貧国とは思えない
2016年の記事
「第6回 ゴミの都カトマンズ(ムラのミライ 前代表理事 和田信明)」
https://www.shaplaneer.org/column/nepal/161102wada/
2024/私が歩いたカトマンズの中心部にゴミなかったけど
どうなったのか?たまたま私の行動範囲だけゴミが無かったのかも -
「バット・バテニ・スーパーマーケット:Bhat-Bhateni Supermarket」
でっかいスーパーマーケットだった -
ここまで迎えに来てくれたバスに乗って
ネパール舞踊を見ながらの夕食へ向かう -
マホトサブ・レストラン:Mahotsav Restaurant」で夕食
何時でも変わらぬ道路事情
通勤ラッシュ・退勤ラッシュとかもあるのかもだけど
私が見た限り何時であろうが道路はこの風景
バイクの運転手はヘルメット被ってたけど
後部座席に座ってる者は大体ヘルメットなし
/////////////////////////////////////////////////////
■マホトサブ・レストラン:Mahotsav Restaurant」で夕食
夕食場所「マホトサブ・レストラン:Mahotsav Restaurant」に着いたのは午後6時18分。スーパーマーケットからバスでグーグルマップのルート検索では10分足らずだが20分ちょっと掛かった。
「マホトサブ・レストラン:Mahotsav Restaurant」
https://www.facebook.com/MahotsavRestaurant/
ネパール舞踊を見ながらの夕食と言うのでちょっと期待していたが、ガッカリだった。と言っても期待した自分がバカ過ぎた。
我が人生74年でショーや舞台を見て感動した私のベストスリーは
「1位」2006年 新疆ウィグル・ウルムチの国際大バザールで見た「歌舞」
「2位」2004年 タイ・バンコクで見た「マンボのニューハーフショー」
「3位」2011年 京都祇園で見た「都おどり」
ネパール舞踊は小さな舞台で何組かの男女演者が踊ってくれたが・・・これがネパール舞踊なのかと言われてもホントのネパール舞踊ってこんなんではないはずだ。カトマンズ最後の夕食ネパール料理も飲み物ラッシーも期待外れに終わった。
そしてここでの夕食時に白人の若い男女20名ほどの大学生?くらいのグループが私たちの向かい側の席に座った。その若者たちを見て私はあることを思いついた。1950年生まれの私は小学校:少年野球、長島茂雄のファンで「巨人・大鵬・卵焼き」そのままだった。
そして中学1年夏まで野球部、高校からサッカー部、30過ぎまでクラブチームでサッカーを続けていた。なのでサッカーファンでゴルフもやりだした。野球は関心がなくなった。そして64才から卓球、73才で無職となり以降卓球ばかりの日々になっている。 そんな私の今の一番の楽しみは「大谷翔平」の活躍。
大谷翔平の大活躍でそれ以外はどうでも良くなっている。想像を絶するあまりのスーパースターの出現に夢幻か?の思いが続いている。そんな私が20名くらいの外国人男女グループに遭遇し思いついたのは、彼らが大谷翔平を知ってるのか?ということだった。
なので、まず日本語をちょっと話す接待係の若い男性スタッフに聞いた。「あのグループはどこの国の人?」と聞くと「USA」と言った。ならば何が何でもこの場で聞いてみたいと思った。そして勇気を振り絞って席を立って向こう側に座る彼らの端に行った。
私は1998年4月から上海に長男が留学したのを契機に中国語を学び一人で中華圏に旅するくらいの自信はある。何度もツアーではなく一人で中国・台湾には旅行してる。でも英語能力はゼロともいえる私なのでごく簡単でもメチャ勇気がいる。
まずゆっくり「I am Japanese」と言うと、彼らの数名がこっちを見てニコッとしてくれた。そして「Please One Question Ok?」と聞いたら即座に「Ok!」との返事。 なので一番手前の女性に向かって「Do you know Shohei Otani?」と聞いたら即座に「No!」と言われた。
アメリカ人と思っていたので即座の「No!」がショックで一瞬固まってしまった。「えっ~、アメリカ人のこんな若者たちが誰も大谷翔平知らんのか?」と茫然自失。「これはおかしいで・・・」と思い直し「Your country?」と聞いたら「 Australia」との返事。それでも残念な気持ちは残った。
オーストラリアはラクビーの国だがオーストラリアン・ベースボールリーグというプロ野球もある。MLB最高年俸契約で世界的に有名になったはずの大谷翔平だがその場にいたオーストラリアの若者は誰も知らなかった。米国では?欧州では?大谷翔平の知名度は如何に?興味あるけどなあ・・・。
もう一つこの夕食時に初めての経験があった。それは添乗員の“Kさん”の心遣いでツアーメンバーの一人の女性がこの日誕生日でサプライズプレゼント(ワイン)が“Kさん”から贈られ即興誕生祝が行われバースデーソングをみんなで歌った。向こう側にいたオーストラリアの若者たちも拍手してくれた。
1時間半ほどの夕食タイムが終わって私たちのカトマンズでのツアー全日程は無事に終了。あとはカトマンズ空港(トリブバン国際空港)へ行き帰国するのみとなった。 -
「マホトサブ・レストラン:Mahotsav Restaurant」に到着
じつは・・・ちょっと期待して入ったけど -
ネパール料理
近所のネパール人のやってる店の方が十倍美味しいい
見た目は良く似てるけど -
ネパール舞踊ってこんなもん?
期待したのが間違いだった -
私たちの向かいのテーブルに座っていた男女一団
USAと聞いて大谷翔平を知ってるか?と聞きに行った
即座にNO!と言われガックリ
国を聞いたらオーストラリア人だった
それでも知らないことにちょっとガックリ -
帰国へ カトマンズ空港(トリブバン国際空港)へ
「ネパール・カトマンズの旅」の行程
9月10日(火)
関空→香港→①カトマンズ空港→②ホテル:ヴィヴァンタ・カトマンズ
9月11日(水)
①カトマンズ空港 ②ホテル:ヴィヴァンタ・カトマンズ ③カトマンズ中央動物園→②→④「オリエントカフェ:Orient Cafe」⑤スワヤンブナート ⑥カトマンズ:ダルバール広場→⑦「ハンディクラフト店:Root Nepal Gift Shop」 ⑧「オピウム・レストラン:OPIUM Restaurant」→②
9月12日(木)
②→⑨バクタブル:タチュバル広場 ⑩バクタブル:ダルバール広場 ⑪ トゥマディー広場「ニャタボラ寺院」→⑫ 「ホテル ヘリテージ:Hotel Heritage Bhaktapur」 ⑬ナガルコット
9月12日(金)
⑬→⑭ 「ヒマラヤ蕎麦処」 ⑮パタン:ダルバール広場 ⑯ゴールデン・テンプル
⑰「バット・バテニ・スーパーマーケット:Bhat-Bhateni Supermarket」 ⑱「マホトサブ・レストラン:Mahotsav Restaurant」→①
////////////////////////////////////////////////////////////
■帰国へ カトマンズ空港(トリブバン国際空港)へ向かう
帰国後分かったけど『11日の昼食「Orient Cafe」・土産物ハンディクラフト店の「Root Nepal Gift Shop」』 『12日の昼食「OPIUM Restaurant」』『13日の夕食「Mahotsav Restaurant」』・・・の四ヵ所はカトマンズ中心部にあるナラヤンヒティ宮殿の少し南で四ヵ所ともが徒歩5分圏内の近場だった。
旅行記を記すにあたって自分がどこに行って来たのかを知りたいというのが一番にある。その場ではなかなか自分の位置が分からない。スマホのタイムラインを駆使すれば簡単なのかもだが海外に行く時にスマホを機内モードにするので使えないのを今になって知る。帰国後グーグルマップで確認する。
デジカメ写真を撮りまくってるつもりでも店名が写ってなかったり場所を特定できないことが多々ある。それでも今はインターネットの検索機能やグーグルマップがあるから助かる。帰国後「そうか私はここに行って来たんか・・・」と知ることでホッとする。分かるまで落ち着けない。
そしてこの旅行記をフォートラベルにアップ完了するまで私のネパール・カトマンズの旅は終わらない。ツアー申込をしてから旅は始まり、旅の終わりまでが長過ぎる。老いて集中力もスタミナも何もかもが低下し焦りが出る。2023年12月に仕事を辞め365日連休になったが毎日卓球で忙しい。
結局悩みが無くなるのは心臓が止まってからだろうなあ。60才の時の小学校の同窓会で隣の席だったヨーガのインストラクターをしてる“Nさん”(女性)が「死の世界は至福の世界、恐れはない」と言ったがきっとそうだろう。
午後8時前にバスに乗り込み空港へ向かう。車窓はいつも変わらぬ多くのバイクと車が行き交う光景。渋滞なく午後8時11分空港に到着。10日夜日本からここに到着した時とカトマンズ時間では同じ頃だと思う。その時の光景と同じように多くの人でビックリした。
“Sさん”に「来た時もこんなに人が多かったけど・・・何でこんなに人が多いのと?」と聞いたら「出稼ぎに行く人たちの見送りや出向かへの人たち・・・」とのこと。これがこの空港での日々の日常の光景だと聞いて200万人海外出稼ぎ、出稼ぎの人からの送金がネパールの国家予算より多いというのが頷けた。
私が小学校に入る前くらいに父に連れられて神戸港からブラジルに移民する人たちの見送りの光景を見に行ったのが今も記憶にある。移民船ブラジル丸で行く人のたちの涙、見送る人たちの涙 人の多さに驚き、岸壁を離れて行く時の別れのテープの凄さに驚いた。そんな思い出が蘇った。
この空港での涙は見なかったが見送りに手を振る人たちは多くいた。出迎える人たちも沢山いたのだろう。そして空港内に入る前に四日間ずっとお世話になった現地ガイドの“Sさん”とお別れだった。残ったルピーをツアー仲間の“Tさん”が一緒に“Sさん”に渡してくれた。“Sさん”は良きガイドだった。
ネワール族“Sさん”の話しでは「ネワール族の女性は生涯に三回結婚する。一回目は果物と、二回目は太陽と、三回目が人間と・・・」と言うことで一姫二太郎の“Sさん”も娘の結婚式について話してくれた。一回目の結婚式費用は日本円2~3万円、二回目の太陽との結婚式は娘が12才の時で、その時は“Sさん”自身の家を建てた直後で、その結婚式には本当にお金が掛かって大変だったそうだ。
「そんな時になんでそんな大変な思いをしてまで結婚式をしたのですか?」と聞いたら「今まで何度もみんなに呼ばれて行ってるから・・・」とのことだった。それが今も残るネパール・ネワール族の文化であり“Sさん”の立場上やむにやまれぬ結婚式なのだろう。ちなみに娘さんは今14才になっている。
https://www.ganas.or.jp/20191213newar/
『2回目の結婚の儀式はまるで盛大な宴会だ。
宴会も昔は家の中でやっていた。だが最近は結婚式のパーティー会場を使うように。食事の値段はいまや招待客1人当たり安くても1500ルピー(約1500円)かかるという。400人ぐらい参加することを考えると、1年8カ月分の収入を費やすことになる。』・・・へェ~そりゃあ大変だ!
“Sさん”と別れ、大勢の送迎の人が何重かに列をなしている前をトランクを転がして空港内へと入って行った。 -
空港への道 午後8時9分でも
ほぼ一日道路のこの光景は変わらず
みんな何の用事で走り回ってるの? -
空港には夜にも関わらず大勢の人が
来た時も同じ光景だった
“Sさん”に聞いて納得
出稼ぎ大国ネパールのこれが現状なのだと -
空港到着 四日間お世話になった“Sさん”
バスとバスの運転手の方々とお別れする -
日々こんなに出稼ぎ者が多いのか?
行く人帰る人 これが日常の光景と言われても
半信半疑・・・どうなってるんや? -
見送る人たちなのか?
迎えの人たちなのか?
とにかく多くの人がここにいる -
国の自立は国民の自立なくしてないだろう
しかしながらどんな状況下でも幸不幸一概に言えず
人の幸不幸はどこでどう決まるのだろう -
カトマンズ空港から香港へ
チェックインで窓側席を頼む
カトマンズ→香港は通路側
香港→関空は窓側の席が確保
良かった
////////////////////////////////////////////////
■カトマンズ空港から香港へ
そしてチェックインカウンターに行き「Window seat:窓側の席」と大きな声で頼んだ。残念ながらカトマンズ→香港は窓側席が取れずだが、香港→関空は窓側席になった。ありがたい!
午後9時過ぎには出国手続きも問題なく完了しホッとする。そしてカトマンズ空港のビジネス・ラウンジには「エグゼクティブラウンジ」「ネパール航空ラウンジ」「プライオリティパスラウンジ」等があるそうだがどこに入ったのか分からない。二つの大きなテーブルに別れてみんなで座った。
最初は椅子が足らず離れて座っていた人たち数名に“Tさん”が声を掛けて足らない椅子も“Tさん”が準備し、旅の最後にして初めてみんな揃って座ることが出来た。その“Tさん”の気遣いと優しさに私の近くに座っていた女性のつぶやく声が聞こえた。「“Tさん”最初の頃みんなと話さず寡黙な人かと思ったけど・・ホンマ優しい人やなあ・・・」
そのボソッとつぶやく声が聞こえて私は思わず吹き出しそうになった。私も実は旅のはじめは“Tさん”は寡黙だと思っていたが、セーターの色を選んでもらったり飲み物ラッシー感想で話をするようになり、旅の友になっていたのでその女性のつぶやきに「やっぱりみんなも分かってたんや・・・」と、心中ハハハだった。
そしてこの場で最後の夕食時に添乗員“Kさん”が贈った誕生祝の「ワイン」が問題になった。『国際線の機内には、テロ対策のために、100ml(100g)以上の容器に入ったあらゆる液体の持ち込みを禁止しています』・・・なので、その場でみんなで飲むことになった。
午後10時50分の搭乗時間の関係でラウンジにいたのは1時間ちょっとくらいで10時24分には“Kさん”と共に全員集合。搭乗口まで行ったが、そこからが“Sさん”が言っていたネパール時間が始まった。空港スタッフに促されて午後10時37分から立ち上がって並んで待っていたのに立ったまま30分音沙汰なし。
午後11時7分搭乗口前にやっとバスが来た。そして5分バスで走って飛行機の所へ、タラップを上ってやっとキャセイ航空「CX640」ビジネス座席「2-2-2」の左2の通路側14Cに座る。窓側には同い年のツアー仲間。その方は年配になってからビジネスでしか海外には行かないという方だった。
私は今回が自前での初のビジネス海外ツアー参加だった。機内で9月13日(金)は終了した。
本日のスマホ歩数計
「15,953歩」「11,167m」「時速3.9km」 -
ビジネスラウンジの写真はナシ!
一枚あるけどみんなの顔がはっきり写りすぎて
カトマンズ時間10時36分なのにこの人の多さ -
この搭乗口でネパール時間に遭遇
もうすぐと言われて並んだのに
長~いこと待たされた -
こうやってタラップから飛行機に乗るのは気分が良い
-
2:2:2のビジネス座席
身体は伸びるけどエコノミーと変わらず
飛行機は最低でもこうでなければと思う
もうすぐ機内で明日が来る:明日に続く
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
明石DSさんの関連旅行記
カトマンズ(ネパール) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
78