2024/09/10 - 2024/09/14
1055位(同エリア1260件中)
明石DSさん
4年ぶりの海外旅行:カトマンズへ
何の因果か?2020年~2024年まで
訳が分からぬコロナ禍で我が人生も空白の如く
やっと正気に戻りエベレストを見に行こう!と、思い立つ
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ネパール:カトマンズへ
2024:令和6年9月10日(火)~9月14日(土)
3泊5日
1日目:9月10日(火):雨のち曇り
出発・関空からカトマンズへ
2024.令和6年9月10日(火)
■はじめに
1997年47才から2020年69才までの23年間毎年2回を目標に42回の海外旅行をしてきた。しかし2020年からの新型コロナ騒動で何もかもが時間が止まったように空白になった。2020年から2023年の4年間は我が人生の中断であり無に近い。
欧米では実際に新型コロナ罹患によって多くの人が亡くなったのかも?だが・・・・。アジア圏では全く違う。日本ではコロナ罹患死よりもワクチン接種での副反応での悲劇と超過死亡者の増大こそが今も明らかにされていない闇だ。莫大なコロナ関係予算とそれによって不当に益を得た医療関係及びその他がある。
あまりにも多くの者が関わり責任の有無所在は100年後も明らかにならないだろう。当初私は新型コロナに恐怖を感じたがネット情報などによって徐々に自分なりに新型コロナに対しての思いが明確になり恐怖心は消えた。なのでワクチン接種はゼロ回。でも2022年1月に猛烈な喉の痛みがあり多分コロナに罹患したと思う。
痛み止めのロキソニンと自分でネット購入していたイベルメクチンを四日飲み治った。今年2024年2月にも喉が痛くなり体調を崩し、家内も続いて喉の痛みと熱で家内は医者で検査したら新型コロナ感染だった。多分私からの感染だろう。二人とも大したことはなかった。
家内は今は退職してるが看護師で毎年インフルエンザワクチン接種をしてるが時々インフルエンザに罹っている。私は一度もしてないがインフルエンザに罹った記憶はない。今年8月74才になった私は60才から健康管理を趣味とし自分の身体でいろいろ試している。『「牛乳と乳がん」ジェイン・ブラント(著)』を読み60才から一貫して継続しているのは牛乳を飲まないことだ。
乳製品全部は無理だが牛乳は今も飲む気がしない。一時期ベジタリアンになったこともある。数年前に85キロの体重を3ヶ月で73キロと12キロ減量した。減量後ボーリングに行って今まで通り13ポンドを持って投げようとしたら身体が“ふらつき”筋肉・筋力の低下を実感した。
朝食を抜き、食べるのは「昼の12時から夜8時まで」の8時間だけも結構長く実践した。最近は朝は「サトウの切り餅2個」「味噌汁」「トマト半分」「白湯」時々プラス「ゆで卵2個」の朝食を続けている。
人間の身体は消化・吸収・解毒・排泄にエネルギーの90%以上を費やすそうだ。だから病気になれば病と闘うために食欲がなくなる。なんとなく体調が悪くなったので小麦を食べない「グルテンフリー」も去年くらいから実践し効果を感じてる。
今はそこそこパンもうどんもお好み焼きも食ってるが、グルテンフリーは私の身体には良いと感じてる。そして今年の4月から「水と白湯(さゆ)」が私の飲み物になった。今までコーヒー・コーラ・清涼飲料水・等々味のある甘い飲み物が多かったが、今は水と白湯が美味しくなった。
胃腸の調子も良くなり小便の出も良くなった。白湯と水(水道水)は生涯続けると思う。昨年12月22日73才をもって自営業を廃業し、以来365連休の身分になった。バンザイ三唱の解放感がある。そして64才から始めた卓球に打ち込んでいる。ほぼ毎日卓球場に通っている。
フラフラになるくらいやり過ぎ時折体調を崩すがそれでもやる。今年7月頭がフラフラして熱中症かも?卓球やりすぎでの疲れかも?と、何年かぶりに内科と脳神経外科に行き血液検査をしたら百点満点の検査結果!高かった尿酸値も適正値になっていた。頭のMRI検査も首も頭の血管も綺麗し問題ないとのこと。
脳神経外科の医師曰く「“ふらつき”めまいはなんでかなァ?」だった。結局水分不足だった。あれだけがぶ飲みしてたのが徐々にあまり渇きを感じず飲む量が減り小便の量も減り色も濃くなっていた。渇きを感じずとも水を飲んで“ふらつき”めまいは治った。老いたら水を飲むべし。
そしてハタと気づいた。一体私は人生終盤になり何をやってるんだ・・・と。仕事も辞め日々卓球、それだけの毎日に「これでええんか?」と。そんな時阪急交通社のパンフレットが我が家に届いてた。その中に「お一人様参加限定ツアー」というのが目についた。
- 旅行の満足度
- 5.0
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カトマンズへの旅を申し込み川口慧海を知る
海のない国:ネパールの北側はすべてヒマラヤ山脈
国土面積:北海道の約1.8倍
カトマンズに行ってもネパールのことは分からず
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■旅の始まりは申し込んだその日から
私はいつも一人旅、ツアーでも一人参加。家内は友達との国内旅行なら行くが私とは行かない。今はもう一人で計画して海外単独行をする気力はない。でも海外ツアーも一人では肩身が狭い。「一人参加の方はいますか?」と添乗員に聞いて「いますよ」と言ってくれればホッとしていた。
そんな私にぴったりの「お一人様参加限定ツアー」、その上「トラピックス倶楽部35周年記念企画:往復ビジネス利用38万円」・・・これに行こう!で申し込んだ。ネパールは前から行ってみたい場所だった。世界の屋根ヒマラヤの眺望を一度見てみたいと。
申し込んだその時から私の旅は始まる。ネパールと日本人・・・。面白そうな人物に「河口慧海(えかい)」がいた。アマゾンで中古本:川口慧海:チベット旅行記 全5巻「¥1,800円」を購入
『河口 慧海(かわぐち えかい、1866年2月26日(慶応2年1月12日) - 1945年(昭和20年)2月24日)は、日本の黄檗僧、仏教学者、探検家。』
慧海は仏教を学ぶ上で各種仏典による解釈の違いに疑問を抱き仏陀(釈迦)の本来の教えの仏典を求めてのチベットへの入境だった。『1897年(明治30年) 慧海32歳。神戸港より和泉丸に乗船し、チベット入りを目してインドへ向かう。』『1903年(明治36年) 神戸港に到着。無事6年ぶりの帰国を果たす』
インド→ネパール→チベットへの単独行はまさに冒険である。一人旅で神戸出発から3年目にして当時厳格な鎖国政策をとっていたチベットに到達。素朴な疑問は神戸出発時「持参した金は?両替は?」「荷物は?」その他素朴な疑問だらけだが、本を読めばそこにすべてが書かれている。
ネパールで言葉を会得しシナ僧と偽ってのチベットへの徒歩行はリューマチでの足痛に大いに苦しみ日々艱難辛苦。その上日記には盗難に遭遇「羊2匹 盗まれる 盗人多し」などが何度も書かれている。金盗られ物盗まれても旅の道中に立ち寄る村々で説法をし布施・寄付金・食料などをもらい、ある時は漢方医・接骨医のごとく病人を助け旅を続け念願のチベットラサに至る。
まさに死を賭しての仏典探しの旅でありその覚悟と実践に最大限の敬意を払う。しかしながら宗教・仏教・仏典にさして興味のない私なのでまことに申し訳ないが当時の旅行記として興味津々面白かった。
「宗教に興味なし」という私は無宗教の非人間なのか?と思われるのは心外で、私は普通の人間として様々なことに感謝と尊崇の念を持っている。十二分に宗教心はある人間だと思っている。私の宗教とは「ご先祖様」「八百万の神」であり、道徳であり、会津藩の「什の掟」であり、教育勅語である。
我が家の宗派は「真言宗」菩提寺は「那智山正暦寺」。そして四男の我が家には先祖を祀る位牌はないが10年以上前にネットオークションで購入したミニ仏壇があり私は朝夕その前に座り般若心経を二度読経する。神棚もあり朝夕「二礼二拍手一礼」している。
ご先祖様にいつも守られている実感があり、万物自然に感謝してる。既成の各種宗教は時々の権力者や教主に教義を都合よく解釈され利用される。それが争いの種になり戦争となる。日本は万世一系男系継承による天皇陛下と皇室があり、その特別な存在である天皇陛下の下に一つの家族としての日本国がある。
それゆえ日本国の歴史は他国に比類なき幸福なる国柄を保ち続けている。天皇陛下は現人神(あらひとがみ)ではないが、神以上の役割を果たす。権力を持たず国民に範を示すだけで教義を説かず。時の権力者も現に共に生きてる天皇を利用するのは難しい。
もし万世一系男系継承の天皇陛下がいなければ、独裁者が出現し共産主義が跋扈する可能性が出来る。陛下の存在意義は宗教に縛られない日本人の寛容さと大らかさに現れている。
天皇陛下のいる日本には民主主義は愚の骨頂に他ならず。国の政治を司るのは国土国民を守り、誇りと名誉を重んじる武人・軍人の他になし。日本は鎌倉時代から大東亜戦争終結まで武人・軍人が一貫して日本国を統治して来た。だからこそ日本は蒙古襲来を撃退し、欧米列強の覇権主義全盛時代も独立を堅持できた。
戦後軍人が蔑視され敗戦利得者が蔓延り誇りも名誉も軽んじる商人道なき商人が日本の中枢に居座り、米国の属国に甘んじ恥ずべき国家国民になった。戦後に生きる日本人は誰一人自立した大人になり得ず誤魔化しの人生を終える。人として不幸の極みなり! -
河口慧海:インドからネパールを経てラサへの道
仏陀本来の教えを求めて河口慧海は
日本からラサへ艱難辛苦を乗り越え辿り着いた
55才にして僧籍を返還、なんで俗人に戻ったのか? -
基本料金は往復ビジネスで38万円
その他の費用:合計¥470,740円
2021/2022/2023/三年間海外旅行してないし -
我が家を出発!
写真デジカメの時間が1時間遅くなっている
現在時午前4時53分
我が家を出て20分 国道2号線を東に向かう
まだ外は暗い 垂水付近
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■我が家を出発!
基本料金は往復ビジネスで38万円、その値段設定を見て「えっ?ホンマかいな・・・」と半信半疑でツアーを申し込んだ。総額は、空港諸税・燃油サーチャージ・保険等々を含めて¥470,740円。それでも久しぶりの海外旅行なので納得した。
関空集合は午前7時半、いつもように車で午前4時32分に家を出る。家内は私が留守の間、友人たちとの会食を予定して羽を伸ばして過ごす。出発の日の10日前くらいにはカトマンズの天気を気にしてたが、雨多し。そのうち晴を望むのは諦めた。雨だろうと思って行った方が気は楽だから・・・。
数日前に添乗員の“Kさん”から私の携帯に電話があり注意事項の説明があった。その時参加者数と男女の内訳を聞いたら「男7・女8」の15名とのこと。この格安?料金なのに思ったより少ないなあと感じたけど・・・何で?8年前の2016年「中央ヨーロッパ6泊7日はエコノミーだが合計¥170,060円也
47万と17万・・・30万円も差があるのに行こうと思ったのは、①あとがない歳のせいなのか?②4年間海外旅行に金を使ってなかったからなのか?③金銭感覚がおかしくなったからなのか?
う~ん 答えは①と②だと思う。昨年12月まで仕事をしていたし、パソコン・卓球などの趣味もあった。そして卓球も一生懸命だったが気持ちの中では仕事の比重が大きかった。仕事量は減ってほんの少しの小遣い稼ぎになってたが、予約制なのでいつも頭のなかは仕事のことが離れない。しかし昨年33年間の自営業を閉業し365連休になたった。
その解放感は自分が想像していた以上に無茶苦茶大きかった。1956年6歳にして幼稚園入園以前から67年ぶりの365連休。毎日が自由時間、毎日遊んでいても年金・年金基金で生きていけるなんて・・・。言葉に表せないほどの解放感!バンザイ!ホンマにこれでええんか?と今も日々思う
世の年金暮らしのジジババのなかにはこんな最高の日々を送りながら文句言う奴が信じられん!「年金が足らんから生活が苦しい?」「生活保護を受けたい?」・・ふざけんな!
身体の不具合他余程の事情があるならまだ目をつぶるかもやけど・・・それ以外は自業自得っていうもんや。年金が少なくてもその範囲で生きて行け。「極貧生活を如何に創意工夫して健康を続けるか!」それを死ぬまでの日々の楽しみにすればよい。ならば今が最高の毎日を送れる。そして堂々とあの世に行ける
家を出て1時間、午前5時半頃にはポーアイに入った。ベイシャトルの駐車場に車を停めて往復切符「¥3,060円」を購入し6時25分乗船。天気晴朗波静かな大阪湾をベイシャトルで横断する。7時4分関空ふ頭に着岸、連絡バスに乗って空港第一ターミナル4階に到着7時13分。 -
神戸⇔関空 ベイシャトル ターミナル
関空行きはベイシャトルが一番便利
駐車場代無料 トランク転がし歩く必要ない
でも神戸空港が隣にあるのに国際便は飛ばない
それが残念だけど -
ベイシャトルに乗って関空に行く人たち
いつでも必ず私と同じ日同じ時間に行く人あり
人が沢山いればそうなるのか・・・ -
正面:ポートアイランドの建物群
背景には六甲山系
神戸空港島より関空へ向かって出航す -
大阪湾横断 30分にて
関空ポートターミナルに着岸
バスに乗り換えて関空第一ターミナルへ -
2020年1月以来の関空に入る
向かうはトラピックスツアー受付カウンター -
関空から香港へ
トラピックスカウンターを見つけた
厳守時間7時半には間に合った
現在時7時16分
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■関空から香港へ
阪急交通社トラピックスの集合場所は最北端のチェックインカウンター「A」の前。集合時間厳守は7時半、ちゃんとその前に着いた。トラピックスツアーカウンター5番に三人の女性が立っていた。その真ん中がネパール行き。前に一人の女性、同行者だろう。誰か覚えてないけど一緒に行ったはず。
次が私でメガネの女性の前に立つ。今回の添乗員の“Kさん”だった。数日前に電話で話したが・・・。説明を受け書類をもらいキャセイ航空チェックインカウンター「E」に向かう。4年前に来て以来なので関空も変わっていた。オンラインでの航空券チェックの機器があってやろうとしたが出来ず。
スタッフ(日本語話す外国人女性)に教えてもらおうとしたらビジネスは「直接そのままカウンターに行って下さい」とのことで行った。行列もなかった。大失敗は窓側席を頼まずカトマンズまで外の景色は見えずガックリ。
セキュリティーチェック→出国手続きを経て搭乗口エリアに入って緊張から解放されやっと一安心。そしてビジネス客の特権でもあるラウンジに入った。ビジネスは2008年長男のマイルを譲ってもらって関空⇔哈爾濱(ハルピン)に行ったのが初めてだった。その時のラウンジの名前は「サクラ・ラウンジ」だったけど・・・。
今回は「飛鳥ラウンジ」 ビジネス利用は74才にして2回目なので知らなかったが、今もサクラ・ラウンジはあるようだ。ラウンジといっても航空会社ラウンジにカード・ラウンジもあるらしい。折角の特権だから腹が減ってなくても何かを食べる。そして飲む。性分として食べて飲まな損というのがどっかにある。
だから「飲み放題食べ放題」「バイキング料理」は好きではない。「美味しかったなあ丁度良かったわ」でいつも終われない。それが何と74才の故なのか?食べな損というより食べ過ぎたら損になっていた。そうかこれが老いというものか・・・と。
30分ほどラウンジで休憩、搭乗ゲートは「14」CX503の搭乗時刻になった。なんといってもビジネスだから並ぶことなく機内へ・・・。
座席は「1・2・1」の4席。残念ながら私は中央左側席「12D」。座席を見てこんなの初めて「やったぜ!これがビジネス席か・・・」と感激。まずは座席の使い勝手が分からないので試しにアチコチ触る。CX503は10:00出発から20分遅れの10時22分離陸。
いつもなら窓から下界の景色を楽しむのだがそれはならず。しばらくは座席のモニターの使い方が分からず、アチコチ触りまくってやっと機上カメラの映像を見れるようになった。そして離陸後30分10:50、ビジネス席では飲み物おつまみのサービスがあった。関空→香港は4時間ちょっとのフライト
キャビンアテンダント(CA・客室乗務員)の仕事は大変そうだ。今から60年前1964年東京五輪開催、その年の4月から日本は一般市民が海外旅行が自由に出来るようになった。その時私は14才、海外旅行なんて夢のまた夢。『兼高かおる世界の旅』をテレビで見ていた。そしてスチュワーデス(CA)は女性の憧れの職業だった。
14才の時の私には60年後ビジネス席で海外旅行をしてる姿なんて想像も出来なかった。今から60年後は・・・。どんな形で世界を行き来するのか?飛行機の形は?瞬間ワープは無理?国境は?世界は一つ人類皆兄弟…あり得ないし
12:16分 前菜?が来た。12:30 前菜を食べ終わるとすぐメーンのランチが・・・。次から次と運ばれ片づけられ“CA”さんが狭い通路を小走りのように軽快に動き回る。食べ物は前回の2020年マカオの旅まで機内食も美味しくなったとおもっていたのにキャセイ航空は往復とも機内食は美味くなかった。
コンビニ弁当の方が味が良い。食後にハーゲンダッツを食べて着陸まで何もなし。10時22分テイクオフから3時間23分、13時45分香港着。香港で19:15分まで5時間の乗り継ぎタイムがある。座席をフルフラットにして楽々だと思っていたがそれでも窮屈で疲れる
私はじっとしていられない。身体と精神が万全ではないのだろう。どんな状況でも悠然と時間を過ごせる人もいる。同じ姿勢で泰然としている人は健康であり精神も揺るぎがない。どうすればそんな人間になれるのかなあ?死ぬまで無理だと思うけど・・・仕方ない。 -
チェックイン→保安検査→セキュリティーチェック→出国手続きを経て
搭乗口エリアに入る ここまで来てやっとホッとする
めったに来ない空港だからいつも緊張する -
国際線出発案内 電光掲示板
10:00 香港 CX503
あった!けど まだ2時間ある -
16年ぶりのビジネス・ラウンジ使用
2008年、長男の中国南方航空のマイルがたまって
「関空~哈爾濱往復ビジネスクラス」以来のラウンジ利用
その時は「サクラ・ラウンジ」 ここは「飛鳥ラウンジ」 -
こんなん食べたのか?
写真撮ってなければ分からんなァ -
このラウンジに入って
「何も飲まず」「何も食べず」・・・休憩だけの人は
100人中どれくらいいるのでしょうか? -
30分弱の滞在で飛鳥ラウンジを出る
-
ビジネス席は並ばず先に搭乗できるフフフ
ビジネス優先搭乗ってのは快感なのか?
お金で買った優越感だが正直気分いい・・・ハハハ
万人に機会の平等さえ担保されてれば
結果に差が出来るのは当然だ、頑張ろう! -
キャセイ航空HPよりビジネス席の写真転載
ホンマこれと同じでビックリ仰天!
やったぜ! -
フルフラットにしたら真っすぐ寝れる。個室に近い
エコノミー席と比べたら天地の差はあれど
私はこれでも肩凝るアカン、飛行機は苦手だ -
座席が通路側で窓なく機外カメラの映像をモニター画面で見る
10時22分 巨体が地面から浮く
何でこんな重い物が空を飛べるのか? -
飛行機のファーストクラスってのはどんな感じなのかなァ
ネットでファーストクラスの写真を見た
まるで部屋のようなのもある これなら大丈夫そう
ジャンボ宝くじが当たれば往復豪華ファーストクラスで
死ぬまでに一度は海外旅行をすると決めた -
離陸後30分で紅茶とおつまみ
-
紅茶から20分後にかようなる前菜
-
前菜から23分後にメーンディッシュ
見た目綺麗で どれにも文句不満はないが
私にとってコンビニ弁当の方が美味しい -
メーンディッシュから22分後に
ハーゲンダッツのアイスクリーム
これは同じ味だった -
トイレから機外の風景を写す
飛行機に乗らずばこんな景色は見ること叶わず
地球は丸い -
関空離陸~香港着陸 3時間23分
予定表では3時間5分なので飛行時間は、ほぼ予定通り -
香港(発)は19時15分
5時間くらいの乗り継ぎタイムを
香港空港内で過ごすことになる -
香港に到着
香港空港 赤い小さなトラピックスの旗の下に
男7名・女8名のツアー参加者全員が揃う
この場にてツアー参加者の全員と初対面
最年少でも60才くらいだと思うけど
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■香港に到着
香港到着後機内から出てツアー客が添乗員の“Kさん”の掲げるトラピックスの小さな旗の下に全員集合。そこで初めて15人が顔を合わせた。もっともトラピックスの札を上着やバックに付けている人もいるのでなんとなくは分かっていたが。ふ~ん、これが5日間の一期一会の出会いってものか。みんな緊張気味に立っていた。
香港での待ち時間は5時間余り、搭乗口はまだ未定で“Kさん”が集合場所と集合時間を決め香港でのラウンジの場所へと歩いて移動。実はその時“Kさん”が「皆さん香港時間に時計を合わせて下さい」と言って香港との時差1時間を修正。
私は大失敗をした15時30分だったのを1時間進ませて16時30分にしてしまっていた。14時30分にしていないとダメなのに・・・。
今まで42回も海外旅行をしながら全く気付かず。集合時間は17時35分。今思い出しても何で?としか分からず。ボケの兆しでないことを願う。香港の空港には『豪華絢爛との呼び声高い直営ラウンジが5ヶ所設置、なかでもビジネスクラス専用として最も大きなスペースの「The Pier/ザ・ピア」
「The Pier/ザ・ピア」
https://rikei-miler.com/travel/hkg-the-pier-business
43回目の海外旅行だがツアー利用は今回で10回目、単独行が33回。そしてツアーで行ってもいつも自由行動の掛け声と同時に集合時まで一人行動。誰かと一緒なら今回のような間違いはなかったが・・・。ラウンジに入ってまずはキョロキョロしながら一直線に最深部・突き当りまで歩く。
「なんじゃこりゃあ、ホンマデカいなあ」「ツアー仲間の“おっちゃん”がここの担々麺が旨いと言ってたなあ」とか・・・とりあえず担々麺ではなくワンタンメンを食べる。中華のカウンターで「ワンタンメン・ワン」と注文したら直径10㎝程の円盤型オモチャを手渡された。
「そうか出来ればこれが鳴るか?光るか?」だろうと席に座って待ってたら音と点滅があった。カウンターに行き「わんこそば」用の大きさのお椀にはいったワンタンメンをもらった。味はまあまあ。次は場所を変えてピザと紅茶。長~い乗り継ぎ時間のはずが間抜け時差に気づかず1時間ほどでラウンジを退出。
集合場所に向かった。「誰か来てるだろう?」と遠目にその場所を見たが誰もいない。そこらぶらついてまた遠目に見ても誰もいない。もう集合時間も過ぎてるのに・・・??それでも気づかなかった。そして不安になって事前に教えてもらっていた“Kさん”の携帯に電話をした。
「掛かるかなァ???繋がりますように・・・」と祈る気持ちで。すぐに“Kさん”が出てくれた。それでやっと気づく。集合時間まで、まだ2時間近くあった。とにかくホッとした。またラウンジに行って仕切り直し。担々麺は一口食べて残した。中国茶を飲んだり・・・と。「地球の歩き方」と資料を読んで時間を潰してす。
そして集合場所にてみんなと合流。搭乗ゲートが確定し、そこに向かう。まだ搭乗まで時間があるので、また搭乗口近くの「ザ・ウィングビジネスクラスラウンジ」に入って喫茶コーナーで時間つぶし。“Kさん”は、どちらのラウンジも利用不可。仕方がない。
「ザ・ウィングビジネスクラスラウンジ」
https://rikei-miler.com/travel/the-wing-businessclass-lounge -
乗り継ぎの為に空港内を移動
「Transfer(トランスファー):別の飛行機に乗り換えること
「Transit(トランジット)」:補給のために着陸すること
「トランスファー」と「トランジット」は意味が違うようだ
ならば我々はトランスファーの為に香港空港内を移動する -
大きな空港はどこでも雰囲気は変わらず
香港の空港「直営ラウンジが5ヶ所」
最大の「ザ・ピア」目指してゾロゾロ歩く -
「The Pier/ザ・ピア」
添乗員“Kさん”はエコノミーなので利用不可 -
ツアー参加だがどこでもいつでも単独行動多し
卓球の試合もシングル戦のみ参加
ダブルス戦・団体戦は参加しない なんで?なんか邪魔くさい
とりあえず「ザ・ピア」最深部まで一直線に歩く
広い・デカイ -
最初に中華コーナーで休憩
-
「ワンタンメン・ワン」と注文
小鉢に入ったワンタンメン 美味しかった -
ピザ」に「紅茶」
人間観察が趣味だからたいくつしない
空港は人種のるつぼ
2024/9/10(火)この瞬間この場に集う奇跡
なんでこの場にこの人たちはいるのだろう?
個々人の情報が顔を見るだけで読み取れれば面白いだろうなあ -
「ザ・ピア」受付カウンター
入場時ビジネスチケットのチェックをされる
集合時間を勘違いし入場1時間で退出 まだ2時間あった
「乗り継ぎ待ち時間」は多かったはずのに…と思いながら気付かず
生物にとって老化はやむなし、日々頑張ってくれている身体に感謝
私自身は「37兆個」とも言われる細胞の集合体なり
37兆個の命ある細胞に身勝手・無責任は決して許されず! -
集合場所に集合時間過ぎるも誰一人姿なく
冷や汗をかきながら“Kさん”に携帯で連絡
自らの間抜けに拍子抜けするもホッとする
退出43分後何食わぬ顔で「ザ・ピア」に舞い戻る -
再び中華店に行き「担々麺・ワン」と注文
この円盤オモチャがこうなれば担々麺を取りに行く -
二口食ったが・・・それ以上は身体が拒絶
上手い不味いは個々人の好みの違いなり -
集合時間5時30分 集合場所を遠くから確認
みんなが集まっている姿を見てボチボチ行く
我がなすことすべてにおいてセコイかなァ -
搭乗口が決まりそこに向かって行進
まだ搭乗まで時間あり、その近くにある
「ザ・ウィングビジネスクラスラウンジ」に入る -
この喫茶コーナーにて
カトマンズの資料を見ながら休憩する -
香港からカトマンズへ
ビジネス席の機内への通路
誰一人前行くものはナシ 最後の入場者かも?
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■香港からカトマンズへ
どこでも単独行動だから搭乗口に集合時間に行ったら“Kさん”が一人立っていた。集合時間前だったけど、すでに私以外は機内へ入っていた。ビジネスの特権で並ぶことなく機内へ、香港からカトマンズ「CX603」のビジネスにはガッカリ。確かに座席はフルフラット近くになるけど他はエコノミーと変わらず。
「2:2:2」の座席だった。私は左側の通路側、結局機外の夜景も見れず。デジカメ時間20時50分くらいに着席したけど離陸は21時34分。飛行機が動き出すまで40分近くただ座って待っていた。
河口慧海は1897年(明治30年)32歳の6月26日、神戸港より和泉丸に乗船しシンガポールに着いたのは7月17日。カトマンズ到着は各地に滞在しながら2年後の1899/明治32年だった。2024年の私は機内の40分の待ち時間でさえ苛立つ。これは何でなん?たった127年でこうも変わるのか。
日本の「東京からネパール・カトマンズまでの直線距離」は5,167km。1日で行けるのが奇跡なり。
「日本の東京から世界各国の首都までの距離一覧」
https://rinist.me/entry/819/
離陸後まず最初に「おつまみと飲み物」次に「パンと前菜」、そのあとすぐに「メーンディッシュ」と、食べるのも忙しい。香港での乗り継ぎ時にラウンジでなんやかんや食べてるので空腹感もあまりないし。メーンディッシュはフィッシュとチキンは品切れで「マトン」となった。ラムとマトンの違いも分からず「マトンでOK」と言ってしまった。
『ラム:年齢: 生後1年未満の子羊の肉。味とにおい: クセが少なく、淡白であっさりとした味わい。肉質: やわらかく、食べやすい』
『マトン:年齢: 生後2年以上の成羊の肉。味とにおい: 独特のにおいが強く、濃厚な旨味がある。肉質: 固めで、しっかりとした食感』
74才にして初めて知った。その「独特のにおいが強く」は、その通りで一口で食うのを止めた。例え残り少ない人生でも今知ったことで次に失敗はしない。ネパールの旅で一つ賢くなったハハハ。
デジカメ時間22:48分カトマンズの空港に到着。この時の時間はデジカメをカトマンズ時間に合わせていたのか?定かではない。トラピックスからもらった予定表もカトマンズ着「22:00」・・・とにかく無事に着いた。
機内からタラップを降りバスに乗って空港建物へ。 -
同じビジネスでも関空→香港とは雲泥の差
エコノミーより格段に良いが内心文句たらたら -
前菜は食えた・・・けど
-
メーンディッシュ巨大「マトン」
一口でギブアップ これは初物、二度と食わん
いや生死に関われば迷わずむさぼり食らう -
香港→カトマンズ 飛行時間約2時間45分
無事カトマンズ空港(トリブバン国際空港)に着く -
タラップにて飛行機から降りる
この光景を見るたびに・・・いつも
「兼高かおる世界の旅」を思い出す -
カトマンズ空港からホテルに
ネパールの地に立つ
へェ~ これがネパール・カトマンズか
といっても まだ何も分からず
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■カトマンズ空港からホテルに
入国審査を経てトランクを取りにターンテーブルの所に・・・トランクが出てくるまでの待ち時間にツアー客の一人の女性がメモ帳片手にツアーメンバーの一人一人の前に行き「すみません。ここにお名前とどこから来られたのか?書いて頂けませんか?」と聞いてくれた。
もう香港でのラウンジでの会食等々ですでに仲良くなっていた人たちもいるようだが私はここまで単独行動。まだまだぎこちないだけだったがそのお陰で私自身は気持ちがほぐれた。有難い女性だった。そしてこの人がいればこのツアーも和気あいあいに行くだろうとホッとした。その女性曰く「これから名前を覚えます」と、旅行が終わったらすぐ忘れると言ってたけど・・・。
アジアの最貧国?ネパールに入国したが空港内はどこともさほど変わらず。だが空港内から一歩出てびっくりの光景が。「一体なんでこんな人が多いの?」と。もうそれなりに夜も更けてるはずなのに子供も含め人だかり。初めて見る光景だった。暑さは日本と変わらず暑い。
車もぎっしりで喧騒の空港前だ。そして迎えのバスに乗車。今日を含めてこの四日間付き合ってくれる現地ガイドの“Sさん”(男性40代後半?)との初対面。“Sさん”の自己紹介はカトマンズの日本語学校での成績が良く・・・現地旅行社に日本語ガイドとして声を掛けられ働きだした。
若い頃は“Sさん”自身も山歩きが好きだから「トレッキングガイド」として10年ぐらい日本人を案内していたが、トレッキングは期間も長く山に入れば一人ですべての役割を背負うことになり体力気力に自信がなくなりトレッキングガイドをギブアップ。それから普通のネパールの旅ツアーガイドをしている。
日本に来たことはあるそうだが留学経験はなし。それでも日本語は流暢で何でも答えてくれる。そして私たちの発する日本語で分からない言葉があればその度に意味を聞いて書き留めていた。今も「ネパール・日本・世界」の歴史・現在進行形の問題、その他日々勉強しているのが四日間を通じて伝わって来た。
今から四日間を通して“Sさん”は無論、同じくバスもそうだし運転手の方も一緒。カトマンズの中心部と言えばタメル地区、ホテルはタメル地区のほうが良かったが残念ながらパタン地区にある「ヴィヴァンタ・カトマンズ(VIVANTA BY TAJ KATHMANDOU)」
ホテル到着は0時10分。私の部屋は4階10号室「410」 ダブルベッドが一つ、シャワーでバスタブなし。部屋も綺麗で不満はナシ。早速、デジカメバッテリーなどの充電をした。疲れた。明日は早朝に遊覧飛行の予定。エアコンを付けて寝る。蚊はいなかった。
明日朝はモーニングコールは午前4時半頃だったと思う。挨拶は「ナマステ」・・・カトマンズ滞在中だれにいつどこで出会っても挨拶はナマステだった。
「ネパール基礎データー」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/nepal/data.html
9月10日(火)スマホ歩数計
「23,406歩」「16,384m」「時速4km」 -
トランクの出てくるのを待つ
ここでツアーメンバーの一人の女性がメモ帳を持ち
メンバー一人一人に声を掛けてくれた
「どこから」「名前」を、みんなが順番にメモ帳に書いた
ありがたい女性の登場だった -
空港内のこの光景は今まで経験したことない
人がやたら多い
ラオス・カンボジア・ミャンマー他
今までいろんな空港に降り立ったがここは雰囲気が違った -
外に出ても周辺は人だかり なんでやねん?
夜なのに・・・喧噪の空港周辺に驚く
私が写したデジカメ動画の切り取り写真 -
一体何時頃までこんな騒々しさのある空港周辺なのか?
なんでなん?
帰国時も夜だったが、その時理由が分かった
そんな理由があってのこの人だかりなのか・・・と -
パタン地区のホテルに到着
「ヴィヴァンタ・カトマンズ(VIVANTA BY TAJ KATHMANDOU)」
予定表では11時頃着とある
ネパールと日本の時差:「3時間15分」日本の方が進んでいる
ネパール:午後2時15分・・・日本:午後5時半
・・・考える気にもならん
『国の標準時差を15分単位で設定している国は、世界でたった1つ』
それが時間に超ルーズなネパールってか!ブラックジョーク極まれり
デジカメ表示時間も私の腕時計も私の頭も
もはや何が何か訳わからず -
4階10号室「410」
幅広ダブルベッド
部屋には満足 疲れた -
バスタブなし
シャワーも固定の頭からのみ手持ちならず
日本はなにからなにまで行き届いていることが再認識できる
不便を不便と思わないのは何でなん?
この時は明日の遊覧飛行には期待ゼロだった
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