2024/11/03 - 2024/11/03
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この旅行記のスケジュール
2024/11/03
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おはら祭は、昨夜、ちらり拝見して、大よその雰囲気は分かりました。いろんな踊り連はありそうでしたが、それぞれがそれぞれでレベルはまちまち。全体としては緩いお祭りという感じでしょうか。今日は、その辺りをもう一度確認しながら、おはら祭の全体を感じてみたいと思います。
ところで、おはら祭のおはら節。「花は霧島 煙草は国分 燃えて上がるは オハラハー 桜島」で始まる歌はあまりにも有名ですが、歌われるようになったのは江戸時代の初期だとか。ただ、全国に知られるようになったのは、レコード化された昭和初期。あっという間に全国的な流行につながったということなんですね。二番以降も「雨の降らんのに 草牟田川濁る 伊敷原良の オハラハー 化粧の水」「見えた見えたよ 松原越ごしに 丸に十の字の オハラハー 帆が見えた」とか、郷土色が濃くて、この歌詞を聞いただけで鹿児島の自然や風土が分かったような気持ちになる。おはら節にはそんな魅力があるような気がしますね。
まあ、そういう意味で言えば、高知の「南国土佐を後にして」「よさこい節」なんかも同じジャンル。民謡はもともとそういうことだし、ご当地ソングとするともっと範囲は広がるかな。九州の他県だと長崎ぶらぶら節、福岡の黒田節、熊本だとおてもやん。京都だとデューク・エイセスの「女ひとり」もいいんですけどね。こうした歌はその土地を理解する入り口になるし、とても豊かな気持ちにもなれるものですが、今ではそんなの知らないよ!という人ばかりになってしまって、けっこう寂しい思いもしています。
ちょっとなんのことかわからない、まとまりがない話になっていますが、つまり、おはら祭は神事や歴史的な謂れとかではなく、おはら節の歌の力が祭の大きな要素であったということ。それが今でも鹿児島のアイデンティティであり続けていることは改めて素晴らしいことだし、深く敬意を表すべきことかと思います。
ただ、一方で、敢えて言えば、祭は和気あいあい。歌詞の力に対して、踊りやすさ優先といった踊りの方はどうしても地味なので、観光客へのアピールはちょっと弱いのかなあ。鹿児島ハンヤ節や渋谷音頭を加えたのはそれを考えたものだと思いますが、もしかしたら、今はちょっと異色のヤング踊り連の熱いパーフォーマンスが今後の進化の可能性を示しているような気もします。祭りは意外に変化していくもの。それを想像するのもまた面白いと思います。
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おはら祭の始まりまではまだ時間があるので、例によって、それまでの時間を使って街歩きです。
いづろのホテルを出発して、まずは、近場から。
太平洋戦争の末期、昭和20年6月17日、鹿児島市が大空襲により甚大な被害を受けたことは前回初めて知りましたが、広馬場通り戦災鎮魂慰霊の碑は、その犠牲者を悼むもの。碑は平成16年に建立されたもので、まだ新しい感じ。歩道の脇に建っています。 -
ここからは、バスを使って。春日町まで。
森有礼誕生地は、もう石橋記念公園にも近いエリア。大きな石碑が建っていました。
森有礼は、弘化4年(1847年)の生まれ。藩校造士館で学び、薩英戦争にも参加。後に藩費留学生のひとりに選ばれた英才です。初代の文部大臣。碑文には、明治22年の憲法発布の式典の当日に暗殺されたことも記されていました。初代の文部大臣 by たびたびさん森有礼誕生地 名所・史跡
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そのそばにある春日神社の境内。
碑は、薩摩水軍軍港跡。1609年(慶長14年)、徳川家康に許可を得た藩主、島津家久は琉球征伐に向かいます。その軍団が出港したのがここということです。 -
春日神社は、赤い建物。ちょっと存在感が弱くなっていますが、ここも鹿児島五社のひとつ。格付けは第四位です。
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春日神社から石橋記念公園の方に向かいます。
その途中にある八坂神社も鹿児島五社のひとつ。永暦元年(1160年)以前に京都の八坂神社を勧請したものと伝わります。上町地区にある島津氏が勧請した5つの神社、鹿児島五社では、第二位の格付け。境内はきれいだし、参詣者も意外に多いような気がしました。鹿児島五社の第二位の神社 by たびたびさん八坂神社 寺・神社・教会
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石橋記念公園に入って、これは岩永三五郎之像。
岩永三五郎は肥後の出身ですが、薩摩藩から是非にと依頼され、鹿児島市内の街中を流れる甲突川に川の護岸工事と併せて、甲突川五石橋を架けました。甲突川五石橋は、玉江橋、新上橋、西田橋、高麗橋、武之橋。新上橋と武之橋は流失しますが、玉江橋、西田橋、高麗橋の3橋が石橋記念公園に移設保存されています。 -
これは、高麗橋。
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高麗町と加治屋町との間に架かっていた4連の石造アーチ橋。橋長は54.9m、幅員は5.4mです。
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玉江橋は、橋長50.7m、幅員4.0m。
甲突川五石橋のひとつ by たびたびさん玉江橋 名所・史跡
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西田橋、高麗橋と比べると小ぶりですが、精緻な印象は同じです。
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西田橋は、橋長49.5m、幅員6.2m。
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イチオシ
幅は一番広くて、
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一番堂々とした印象があると思います。
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ただ、今回のお目当ては石橋記念公園の中にある石橋記念館。ここはこれまで見ていませんでしたからね。
甲突川五橋の紹介はとても興味深い by たびたびさん石橋記念館 美術館・博物館
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館内へ入って、
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甲突川に架かっていた五つの橋、甲突川五橋の紹介はとても興味深いものでした。つまり、鹿児島の街作りと五つの橋は一体となった都市計画だったんですね。
戦国時代が終わり、江戸時代は経済の時代。鹿児島だけではなく、日本各地でこうした街作りが行われていたんだと思います。江戸なんかもその典型。日比谷入江の埋め立てや利根川東遷事業に小名木川の開削とか。広島の町も広島城から海側の陸地は江戸時代初期から干拓が繰り返されてできたもの。新田開発もそうですが、天下統一後は町作りの動きも見落としてはいけません。そうした遺産はちゃんと今に引き継がれているものですからね。 -
地階の方には、橋を架ける時のジオラマ。
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イチオシ
木の枠を作った後に石を並べていくという作業行程もよく分かりました。
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ちなみに、鹿児島県は薩摩国と大隅国で成り立ちますが、鹿児島市は薩摩国。しかし、薩摩国の中心はもともと川内辺りだし、大隅国の中心は国分辺り。薩摩藩初代藩主、島津家久が鹿児島城を築城し、内城から居城を移したのは慶長7年(1602年)のことです。
補足すると、島津家が室町幕府より薩摩国、大隅国、日向国の守護と認められたのは島津氏第5代当主、島津貞久の時。しかし、島津貞久は死去に先立ち、正平18年(1363年)、薩摩守護職を三男の師久に、大隅守護職を四男の氏久に譲ることとします。これが、総州家と奥州家の始まり。その後、総州家では内紛が勃発。紆余曲折はありますが、総州家は滅び、奥州家が島津を統一。しかし、奥州家も安定せず、奥州家の分家、相州家に権力は移っていく。それが島津氏の中興の祖と言われる第15代当主、島津貴久。貴久の子が、義久、義弘、歳久、家久の四兄弟ですから、島津氏の九州制覇の夢が秀吉によってくじかれるという時代はもう目前です。
話を元に戻すと島津貞久や総州家の拠点は川内。奥州家は鹿児島市近郊の清水城ですが、対畠山氏や肝付氏とかの戦いで大隅国を切り取っていくのが焦眉の急。鹿児島の町作りなんて、江戸時代に入って一からやったという理解が正しいのではないかと思います。 -
石橋記念公園からバスで、今度はいおワールドかごしま水族館へ。
ハイライトはイルカプールのハンドウイルカ by たびたびさんいおワールドかごしま水族館 動物園・水族館
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ここもこれまでなかなか機会がなくて、今回初めてなんですよね~
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ブルーの光の中をエレベーターで二階へ。
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ほ、ほ~
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いきなりのこれが黒潮大水槽。
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ジンベエザメが悠々と泳いでいますが、
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イチオシ
これは想定外。
しばし、この雰囲気に酔いたいですね~ -
さらに進むと
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イチオシ
かごしまの海のイセエビ
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イシガキダイに
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イチオシ
深海の魚かな。きれいな魚ですが、名前はちょっと分かりません。
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クラゲの一生も楽しいですね。
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最近は、どこの水族館に行ってもクラゲは必ずいます。
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この癒し効果は
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クラゲじゃないとないですからね。
いやいや、なかなか充実していて、面白いです。 -
ただ、やっぱりハイライトはイルカプールのハンドウイルカですよね。
中央の席に陣取って、待つことしばし。。
始まりましたよ~ -
イルカはとっても元気。
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息を付けないほど
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何度も何度もジャンプをしてくれて
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イチオシ
これはご機嫌。
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痛快でした。
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最後のお見送りも愛嬌たっぷりです。
あっという間でしたが、気分は大満足。大人も子供も、みなさん笑顔がこぼれています。
しかし、ちょっと時間を食ったような。 -
イチオシ
急いで、おはら祭の会場に戻ります。
もうしっかり始まっていますよ~ -
花は霧島~
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タバコは国分~
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燃えて上がるは
オハラハー 桜島 -
今日は青空。
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これ以上ない好天下で、
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みなさんノリノリ。
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踊り連が次々やってきて、踊りを披露してくれます。
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やっぱり、夜のおはら祭より、こっちの方がいいですね。
それに私の方もだんだんリズムと踊りの所作が分かってきて、シャッターの押しどころが掴めてきた感じです。
と、ここで午前中の部は終了。休憩に入るようです。
では、私も昼飯といきますか。 -
昨日、黒かつ亭の本店で食べた黒豚ロースかつランチ1390円がイマイチだったので、黒べぇの方で再チャレンジ。
人気の割に by たびたびさん黒かつ亭 黒べぇ グルメ・レストラン
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今度はロースかつ定食2300円をいただきました。
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肉の大きさが一回り大きくて、難点だった肉の硬さはありませんでしたが、やっぱり肉のうまみはあんまり変わらないかな。ソースの方もパンチがあんまりないし、黒かつ亭って、人気の割にこんなものなのかと思ってしまいました。
まあ、こういうこともあるでしょう。ドンマイ、ドンマイです。 -
さて、午後の部再開。
上竜尾町 町内会は、 -
地域のグループ
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若柳流同志会
朋也会は -
元々踊りのグループ。
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先頭はお師匠さんらしい女性。
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お弟子さんらしい一団が続きます。
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株式会社HOMUは
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職場のグループ。
リーダーらしき女性ががんばってます。 -
南国殖産も職場グループかな
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前半が女性、後半は男性で固めます。
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「あやぎ」はなんでしょうねえ
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少し人数は少ないですが、この衣装はいかにも南国風。
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笠を被るのも強い日差しの下だと理に適っているでしょう。
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衣装は揃っていますが、年代は意外にバラバラ。
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かなりの年配の人もいるし、そうではない人も。
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しかし、このリズムですからね。
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イチオシ
それぞれが無理なく踊れるところがいいところ。
余裕を持った手の所作、足さばき。それぞれがそれぞれに個性を出しながら、リズムに合わせます。うーん、なるほど。これはいいですねえ。 -
子どもたちのグループは、ヒップホップみたいな雰囲気です。
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南林寺町内会も続きます。
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そして、あれ?
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道の向こう側ですけど、元気のいい集団。
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踊りと言っても、これは創作ダンスじゃないですか。
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集団が一つの世界を作って
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ぐんぐん盛り上がります。
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え、え~
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最後はリフトまでやってます。
これは練習をかなりやってきましたね。でも、おはら祭ではかなり異色のチームかも。 -
こちらでは、小川町町内会。
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やっぱり盆踊りのスタイルですからね。
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まあまあ、それがおはら祭りです。
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と、さっきのチームです。
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ヤング踊り連。
確かにおはら祭りの踊りなんですが、なんか体の動きが全然違います。 -
キレがあるというか。
ビシッ、ビシッみたいな感じ。 -
ビシッ、ビシッ
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ビシッ、ビシッ
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ひとつひとつの動きを決めてきます。
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イチオシ
ビシッ、ビシッ
ビシッ、ビシッ
こんなのほかのチームでは真似できません!
でも、皆さん楽しそう。踊りキッテるーみたいな笑顔でした。 -
おごじょ会はしんがりかな。
ミスおはら祭みたいな方々。 -
ヒールを履いてますけど
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踊りは十分踊れる。
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おはら祭はそれだけ緩い踊りです(笑)
では、おはら祭はこれくらいで切り上げます。 -
ここからは、もう一度、市内散策。気になる場所がもう少し残っていますからね。
示現流兵法所史料館は、東郷家古文書など示現流関連資料の史料館。示現流を完成させた東郷重位の紹介やそれにまつわるあれこれが展示されていました。 -
ただ、それだけではなく。
道場と一緒になっていて、この日はたまたま生徒さんが稽古をしていたので、それを拝見。稽古は立木打というもので、土に埋めた堅い立ち木に向かって思いきり木刀を振り下ろす。バーン、バーンという音が辺りに恐ろしいほど響き渡って、尋常ではない殺気がありました。
なお、西郷隆盛も道場には来てこうした稽古を見ていたとか。つまり、示現流は上級武士が対象。隆盛は入門する資格がなかったようです。面白いお話でした。 -
そこから長躯。今度は、奄美の里へ。もうここは鹿児島市街のかなり外れです。
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入場料を払って奥に進みます。
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ちょっとジャングルのような森の中へ。
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なんとここは
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大島紬の柄、糸、染め、織といった
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イチオシ
製造工程の見学ができる施設なんですね。
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ただ、それを説明するというか実感するためにこうして奄美の風土をそのまま写したというのがすごいところ。
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さらに進んで、
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広大な庭園が続いていて
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けっこう見ごたえがありました。
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奄美大島も一回行ったっきり。もう40年以上も昔のことですね。
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その他、
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敷地内にはショップやレストランもあるし、
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ホテルのロビーのようなところで休憩もできました。
ちょっと休んでから帰ります。 -
途中、郡元温泉でひと風呂浴びて帰ります。
市電の涙橋駅そばなので意外に便利ですよね。建物も意外に大きくて、風呂から上がってからでもテレビを見ながらのんびり。鹿児島市の温泉は、県庁所在地では一番多いとか。湯はあんまり温泉らしくはないですがしっかりあったまれるし、遠慮が要らないのがポイントです。 -
天文館のところまで帰ってきました。
晩飯はもう適当です。
吹上庵はゆったりした店構えなので、天文館ではけっこう目立ちますね。店内は民謡が流れて、悠々とした空間の広さも助かります。 -
いただいたのは、味噌煮込みうどん。出汁がよく効いていて、深い味わいがとてもおいしいです。民謡も鹿児島のものではないし、料理も鹿児島の郷土料理とは関係ないと思いますが、ほっと落ち着けるお店であることは間違いないですね。
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で、ここでもう一軒気になる店がありまして。
このライムライト。夜でもやっている喫茶店です。 -
雰囲気がすごくおしゃれなので、遅い時間でもお客さんがいっぱい。
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ケーキセットをいただきましたが、
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溶けてしまいそうな軽いショートケーキがとっても美味。
ちょっと至福の時間を過ごしました。ただ、一方で、店内は喫煙可。それを目当てにやってくるお客さんも少なくないので、タバコが苦手な方にはけっこうやっかいかなとは思います。 -
今夜の宿は、パームス天文館のカプセルホテル。受付と同じフロアで全てが賄えるこじんまりした構えでしたが、ただ、それはそれで面倒くさくなくて、私としてはよかったですね。
一方、名前は天文館ですが、実際のところは天文館からけっこう歩く必要があって、そこはちょっと想定外。また、周辺は意外に何もない場所ので、近くで晩飯とかはできません。要注意です。
さて、明日からはレンタカーの旅。まずは、姶良、蒲生、加治木といったエリアです。カプセルホテルを利用 by たびたびさんビジネスホテル キャビン&カプセル パームス天文館 宿・ホテル
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