2024/01/17 - 2024/01/17
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この旅行記の江南市寄木町「稲木神社」
名古屋市東部の天白区八事、少し場所は離れますが、稲木神社とかかわりのある「五社宮」と「天道山高照寺」が鎮座する八事天道を掲載します。
今回掲載する「五社宮」の鎮座地は地下鉄八事駅2番出口から八事南交差点を南に下った徒歩2~3分の場所に鎮座します。
- 旅行の満足度
- 2.5
- 観光
- 2.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
-
天白区八事天道。
名古屋市の東部の八事山、天道山、音聞山、川名山などの八事丘陵地域の一つ。
今回掲載する「五社宮」は、地下鉄八事駅2番出口から八事南交差点を南に下った徒歩2~3分の場所に鎮座します。
八事南交差点を南に進み、「天道山大門」と刻まれた石標の立つ交差点を右に進むと社頭に続きます。
石標あたりから右手を眺めると五社宮の杜は見えています。
鎮座地の八事天道の地名は、五社宮の南側に鎮座する天道山高照寺からきているようで、「天道山大門」の石標は、大きな伽藍を誇っていた往時の名残なのだろう。
上は大正初期の八事周辺。
現在のように閑静な住宅が立ち並ぶ以前の頃で、赤い線は飯田街道なります。
この時期既に興正寺の先に八事駅が記されていますが、これはそれまでの馬車鉄道から、明治45年(1912)尾張電気軌道による千早町・大久手・八事間の路面電車開業に伴う終着駅の八事。
古くから八事は自然豊かで、興正寺や天道山高照寺などが鎮座する、行楽地であり信仰の地として賑わいを見せて来た場所。
大正初期には八事に船見山遊園、昭和初期には現在の八事霊園の東に天白渓が作られ、行楽地として八事を訪れる人は多かったそうで、その頃から別荘や住宅が建ち始め宅地化も加速していったそうです、昭和12年(1937)に東山動植物園が開園すると人の流れは東山に流れ、行楽地としての八事は衰退したといわれます。
「天道山大門」と刻まれた石標は、天道山高照寺を目指し八事に訪れた参拝客の道標になったことだろう。 -
五社宮社頭を南から眺める、この先は石標が立つ八事南交差点方向になります。
一帯は天白川方向へ緩るやかに下る南垂の傾斜地で、高い石垣が積まれた社地に緑豊かな社叢を持つ。
左に2~3分程下ると地名の由来となった天道山高照寺の東門が見えてきます。
往古の寺域は広大で五社宮社地を含めて興正寺付近にまで及んだようです。 -
社頭から境内の眺め。
右に「五社宮」の社標、左に由緒書きがあり、歩道からこの石段を登っていきます。 -
石段左の由緒は以下。
「五社宮御由緒
元、尾張国丹羽郡寄木村(現在、江南市大字寄木字東郷中)に天道宮(現在、稲木神社)と称して鎮座。
同村の天道山高照禅寺が祭祀を執り行ない、正保3年(1646)から享保20年(1735)にかけては五度に亘り社殿の改築を行ない天下泰平国家豊饒守護神として崇敬され、故あって寛保元年(1741)5月28日に高照禅寺自貞尼によって現在地に遷座した。
明治の初め頃より五社宮と称して今日に至っている。
社殿老朽のため氏子中の浄財により改築に着工し、平成3年竣工した。」
名古屋市史跡散策路「天道・塩釜と坂道コース」の解説は以下。
「臨済宗。元は、延喜式神名帳に記載のある丹羽郡稲木荘寄木村の稲木神社(稲置天神)で、享保9年(1724)天道山高照寺と改め、寛保元年(1741)愛智郡八事邑の現在地に遷座。
本堂は天道宮ともいわれ、御本尊は天道大日如来も祀っている。往時の寺域は広大で、五社宮はもちろん、八事の八勝館あたりまで境内であったといわれている。」
尾張名所図会(1844)に目を通す、挿絵はなかったが当社について以下のように記されていた。
「天道社 同村にあり。
天道山高照寺と號し、尼僧これを守る。
臨濟宗、京都妙心寺末。
もと丹羽郡寄木村にありて、「延喜神名式」に丹羽郡稲木神社、「本國神名帳」に従三位稲木天神とある古社なりしを、 享保年中山號寺號を命じ、寛保元年五月二十八日ここにうつし、猶旧名によりて寄木の天道と称す。例祭十月十四日・十五日」
とあった。
江南にあった神仏習合の天道山高照寺が遷座、後の神仏分離により天道宮は五社宮となったようだ。 -
石段から境内の神明鳥居を見上げる。
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境内全景。
右手に社務所、左に手水舎、南参道があり、鳥居の先の社殿とその左右に境内社が祀られています。 -
石段を上りきった左の杜の中に石碑と旧社格の部分が欠損した古い社標が残る。
空襲による破壊された痕跡をとどめた戦争遺構。 -
手水舎。
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とても威厳のある姿をした龍は、清水を注いでくれているので気持ちよく清められます。
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拝殿全景。
切妻瓦葺の妻入拝殿の先に本殿域が良く見通せる。 -
子連れ毬持ちの狛犬は空襲の被害から免れたもので、昭和13年(1938)に寄進されたもの。
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拝殿額は「五社宮」
平成3年(1991)に改修の出が入れられている。 -
拝殿入口から本殿域の眺め。
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拝殿内の妻壁に吉泉の揮毫がはいった龍が木版画が描かれていた。
こちらの御朱印は宮司の手による龍が描かれています。 -
拝殿内の重軽石。
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正面の妻壁に社の配置図があり、初めて訪れたものにはとてもありがたいもの。
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綺麗に掃き清められた本殿域の正面に祀られる神明造の社が日宮社 / 天照大御神。
左の板宮造の社が月宮社 / 月夜見命。
その左に星宮社 / 五百箇磐村命。
江南市大字寄木にあった天道宮(稲木神社)を調べて見た。
明治元年に八事から天道宮が分霊され、天照大御神、大中津日子命、月夜見命、五百筒磐村命、須佐之男命の他、 白山比咩命、 火産霊神、祓戸四柱 (瀬織津比売・速開都比売・気吹戸主・速佐須良比売)をお祀りする稲木神社となり、現在も「お天道さん」として崇敬されているとありました。 -
右側に祀られる二社は奥から、神明社 / 須佐之男命、祇園社(津島天王社) / 豊受大神。
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五だね。
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社殿全景。
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拝殿右の秋葉宮。
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秋葉宮の左に注連縄で囲われた御神木よりそいの木と運気隆昌の木。
一つの根元は途中から二つの幹となり大きく空に向かって聳え、幹の周囲には龍の絵も飾られています。 -
幹が二つに分かれた所に小さな賽銭箱が置かれ、その先に朱の社が祀られています。
夕陽に照らされた御神木は神秘的なものを感じる。 -
境内左の社は天道稲荷社。
稲荷につきものの狐の姿が見られない。 -
祭神は宇迦之御魂神。
後方にも朱色の小さな鳥居の姿がある。 -
いた〃、狐。
それにしてもこの社、奥宮的な位置づけなんだろうか。
稲荷社についての解説は見当たらなかった。 -
拝殿から鳥居の立つ境内の眺め。
周囲は杜で囲まれていますが、境内は温かい陽光が降り注ぐ明るい境内。
訪れる時間帯によって表情を変えていく。
五社宮
創建 / 不明(寛保元年(1741)高照禅寺境内から現在地に遷座。
祭神 / 天照大御神、月夜見命、五百箇磐村命、須佐之男命、豊受大神。
境内社 / 秋葉宮、天道稲荷社、
所在地 / 名古屋市天白区八事天道322
参拝日 / 2024/01/17
地下鉄八事駅から五社宮 / 2番出口から徒歩3分
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