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2022年10月18日(火)、娘が孫2人を連れて里帰りしていたので、5人で奈良公園へ出掛けた。正式には「奈良県立都市公園 奈良公園」。総面積は約502haだが、周辺の興福寺、東大寺、春日大社、奈良国立博物館なども含めると東西約4km、南北約2km、総面積はおよそ660haに及ぶ。通常はこの周辺社寺を含めたエリアを奈良公園と呼ぶが、この時に訪れたのは純粋(?)な奈良公園の一部。<br /><br />都市公園としての奈良公園の始まりは堺県時代の1880年(明治13年)で、当時官有地であった興福寺境内を公園とした。その時の広さは14haだった。その後、大阪府を経て奈良県が分離独立したのち、1889年(明治22年)に東大寺境内、春日野、若草山などの山間部を編入し、面積は535haとなった。<br /><br />戦後になって、1949年から1951年に寺院境内地の公園指定が解除され、面積は500ヘクタールに減少。1960年、都市公園法に基づく奈良公園として改めて告示され、現在の広さ(502ha)となった。<br /><br />公園には、猿沢池、荒池、春日野などの平坦地のみならず、若草山、花山、芳山などの山間部も含まれ、平坦地が39.82haであるのに対し、山林は462.56haある。<br /><br />塀・柵・門などがなく、入園料も不要なのでどこからでも、いつでも(365日・24時間)散策することができる。<br /><br />国の名勝にして名所で、公園内には多くの国宝指定・世界遺産登録物件が点在し、年間を通じて日本国内のみならず外国からも多くの観光客が訪れ、日本を代表する観光地の一つとなっている。<br /><br />奈良の大仏や約1200頭の鹿は国際的にも有名で、奈良観光のメインとなっており、修学旅行生の姿も多く見られる。東大寺修二会やなら燈花会、正倉院展、春日若宮おん祭など古都ならではの見ごたえのある行事も数多い。春には桜の名所として、日本さくら名所100選に選定されており、浮見堂周辺で花見を楽しむ人も多い。<br /><br />鹿は春日大社の神使で、春日大社創建の際、茨城県にある鹿島神宮の祭神・武甕槌命が神鹿に乗ってやってきたと伝えられる。古くから神聖視され、人に馴れてはいるが、飼育動物ではなく野生動物で、「奈良のシカ」の名称で国の天然記念物に指定されている。<br /><br />奈良市と奈良県については以前書いた。<br />https://4travel.jp/travelogue/11784269<br /><br />奈良公園は奈良市の市街地の東に位置している。公園の入口のイメージがある大仏殿前交差点は近鉄奈良駅から1kmほど東にある。JR奈良駅は西寄りにあるので、2kmほど離れている。<br /><br />私はもちろん何度も来たことがあるし、隣接する東大寺や春日大社、興福寺、奈良国立博物館も何度も来ている。娘と一緒に来たこともあるが、孫たちは鹿に接するのは初めてかな。<br /><br />11時半過ぎに大仏殿前交差点から北の東大寺大仏殿まで続く大仏殿参道の東に広がる浮雲園地へ。鹿たちを飢えてるのか、鹿せんべいを持っていると群がって来て、怖いくらい。孫たち、特に3歳の上の孫娘は怯えてたわ。<br /><br />参道の先に建つのは国宝の東大寺南大門。世界最大級の木造建築物である大仏殿にふさわしい国内最大の山門。当初の門は奈良時代の752年の東大寺の創建時に造られたが、平安時代に大風で倒壊した。<br /><br />現在の門は、平家の南都焼討の後、鎌倉時代の1203年に東大寺復興に尽力された重源上人によって再建されたもの。入り母屋造り、五間三戸二重門で、下層には天井がなく、腰屋根構造となっている。上人が中国から持ち帰ったとされる大仏様(天竺様)と云う18本の太い柱を多くの横木が貫通している建築様式で建てられたている。<br /><br />上層と下層の両方に屋根が付く二階建ての二重門で、通常は上層よりも下層の屋根の方が大きいが、南大門は上下同じ大きさになっている。門の中には、東西相対して阿吽一対の金剛力士像が安置されている。これも国宝。<br /><br />南大門の手前の浮雲園地側に東大寺世界遺産記念碑があるが、この碑に彫られている文字は2010年に84歳で亡くなった有名な書家の榊莫山(さかき ばくざん)のもの。おおらかで親しみやすい書で知られている。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.27258077903835542&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br />12時半頃、浮雲園地のすぐ西側にある東大寺門前夢風ひろばでお昼にする。夢風ひろばは2008年に宮大工などで知られる建設会社、尾田組の本社跡に開設された総合飲食・物販施設。現在は40台以上停まれる駐車場を中心に、11店舗が営業している。駐車場は各施設を2000円以上利用で2時間無料で利用できる(下の写真1)。<br /><br />約2,400坪の敷地は、旧本社棟を中心に、元からあった平屋の木造建築をリノベーションし再建した落ち着いた佇まいを見せている。南側の大宮通から入る道にも鹿がウロチョロしており、うちの孫たちは十分にビビっている(下の写真2)。<br /><br />入った店はTEN.TEN.CAFE。歌手の河島英五ファミリーが営むワッフル&amp;ランチの店で、店内には英五さんが使用していたギターやステージ衣装、写真などが展示されている。素材にこだわったオリジナルワッフルは、外はサクサク、中はふわふわでソースやジャム、アイスクリームも全て自家製。店内でライブイベントや、落語会などの開催行われるそうだ。<br /><br />特製マッキーカレー&amp;ワッフル(サラダ付き)、とろけるオムライス(サラダ付き)、特製マッキーカレーライスとちびっこうどんを戴く。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.8400479273355356&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br /><br />浮見堂へ向かうが、続く

奈良 奈良公園(Nara Park,Nara,Japan)

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2022/10/18 - 2022/10/18

5874位(同エリア6002件中)

旅行記グループ 奈良公園

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ちふゆ

ちふゆさん

2022年10月18日(火)、娘が孫2人を連れて里帰りしていたので、5人で奈良公園へ出掛けた。正式には「奈良県立都市公園 奈良公園」。総面積は約502haだが、周辺の興福寺、東大寺、春日大社、奈良国立博物館なども含めると東西約4km、南北約2km、総面積はおよそ660haに及ぶ。通常はこの周辺社寺を含めたエリアを奈良公園と呼ぶが、この時に訪れたのは純粋(?)な奈良公園の一部。

都市公園としての奈良公園の始まりは堺県時代の1880年(明治13年)で、当時官有地であった興福寺境内を公園とした。その時の広さは14haだった。その後、大阪府を経て奈良県が分離独立したのち、1889年(明治22年)に東大寺境内、春日野、若草山などの山間部を編入し、面積は535haとなった。

戦後になって、1949年から1951年に寺院境内地の公園指定が解除され、面積は500ヘクタールに減少。1960年、都市公園法に基づく奈良公園として改めて告示され、現在の広さ(502ha)となった。

公園には、猿沢池、荒池、春日野などの平坦地のみならず、若草山、花山、芳山などの山間部も含まれ、平坦地が39.82haであるのに対し、山林は462.56haある。

塀・柵・門などがなく、入園料も不要なのでどこからでも、いつでも(365日・24時間)散策することができる。

国の名勝にして名所で、公園内には多くの国宝指定・世界遺産登録物件が点在し、年間を通じて日本国内のみならず外国からも多くの観光客が訪れ、日本を代表する観光地の一つとなっている。

奈良の大仏や約1200頭の鹿は国際的にも有名で、奈良観光のメインとなっており、修学旅行生の姿も多く見られる。東大寺修二会やなら燈花会、正倉院展、春日若宮おん祭など古都ならではの見ごたえのある行事も数多い。春には桜の名所として、日本さくら名所100選に選定されており、浮見堂周辺で花見を楽しむ人も多い。

鹿は春日大社の神使で、春日大社創建の際、茨城県にある鹿島神宮の祭神・武甕槌命が神鹿に乗ってやってきたと伝えられる。古くから神聖視され、人に馴れてはいるが、飼育動物ではなく野生動物で、「奈良のシカ」の名称で国の天然記念物に指定されている。

奈良市と奈良県については以前書いた。
https://4travel.jp/travelogue/11784269

奈良公園は奈良市の市街地の東に位置している。公園の入口のイメージがある大仏殿前交差点は近鉄奈良駅から1kmほど東にある。JR奈良駅は西寄りにあるので、2kmほど離れている。

私はもちろん何度も来たことがあるし、隣接する東大寺や春日大社、興福寺、奈良国立博物館も何度も来ている。娘と一緒に来たこともあるが、孫たちは鹿に接するのは初めてかな。

11時半過ぎに大仏殿前交差点から北の東大寺大仏殿まで続く大仏殿参道の東に広がる浮雲園地へ。鹿たちを飢えてるのか、鹿せんべいを持っていると群がって来て、怖いくらい。孫たち、特に3歳の上の孫娘は怯えてたわ。

参道の先に建つのは国宝の東大寺南大門。世界最大級の木造建築物である大仏殿にふさわしい国内最大の山門。当初の門は奈良時代の752年の東大寺の創建時に造られたが、平安時代に大風で倒壊した。

現在の門は、平家の南都焼討の後、鎌倉時代の1203年に東大寺復興に尽力された重源上人によって再建されたもの。入り母屋造り、五間三戸二重門で、下層には天井がなく、腰屋根構造となっている。上人が中国から持ち帰ったとされる大仏様(天竺様)と云う18本の太い柱を多くの横木が貫通している建築様式で建てられたている。

上層と下層の両方に屋根が付く二階建ての二重門で、通常は上層よりも下層の屋根の方が大きいが、南大門は上下同じ大きさになっている。門の中には、東西相対して阿吽一対の金剛力士像が安置されている。これも国宝。

南大門の手前の浮雲園地側に東大寺世界遺産記念碑があるが、この碑に彫られている文字は2010年に84歳で亡くなった有名な書家の榊莫山(さかき ばくざん)のもの。おおらかで親しみやすい書で知られている。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.27258077903835542&type=1&l=223fe1adec

12時半頃、浮雲園地のすぐ西側にある東大寺門前夢風ひろばでお昼にする。夢風ひろばは2008年に宮大工などで知られる建設会社、尾田組の本社跡に開設された総合飲食・物販施設。現在は40台以上停まれる駐車場を中心に、11店舗が営業している。駐車場は各施設を2000円以上利用で2時間無料で利用できる(下の写真1)。

約2,400坪の敷地は、旧本社棟を中心に、元からあった平屋の木造建築をリノベーションし再建した落ち着いた佇まいを見せている。南側の大宮通から入る道にも鹿がウロチョロしており、うちの孫たちは十分にビビっている(下の写真2)。

入った店はTEN.TEN.CAFE。歌手の河島英五ファミリーが営むワッフル&ランチの店で、店内には英五さんが使用していたギターやステージ衣装、写真などが展示されている。素材にこだわったオリジナルワッフルは、外はサクサク、中はふわふわでソースやジャム、アイスクリームも全て自家製。店内でライブイベントや、落語会などの開催行われるそうだ。

特製マッキーカレー&ワッフル(サラダ付き)、とろけるオムライス(サラダ付き)、特製マッキーカレーライスとちびっこうどんを戴く。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.8400479273355356&type=1&l=223fe1adec


浮見堂へ向かうが、続く

  • 写真1 東大寺門前 夢風ひろば

    写真1 東大寺門前 夢風ひろば

  • 写真2 夢風ひろばへの通路にて孫たち

    写真2 夢風ひろばへの通路にて孫たち

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