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昨年の秋、父が93歳で亡くなったのですが、時間があると実家の整理を続けています。<br />父の残した大量の書籍は、洋書含め学術書などの難しい本が多く、ほとんどは神保町の専門の古本屋さんに売却。<br />ほとんどはビックリするような安価でした。<br />あとは母と弟と私の3人で興味ある本を分けあって、残りは近所のブックオフへ。<br />私が父の本棚からもらってきた本の中に、司馬遼太郎の「功名が辻」がありました。<br />司馬遼太郎はほとんど読んでいるのですが、この本は代表作の一つでもあるにもかかわらず、私は読んではおらず、今年の正月休みにまたはスポーツクラブでバイクを漕ぎながら読んでいました。<br />すると一度掛川城に行ってみたくなりました。。<br /><br />山之内一豊で有名な掛川城。<br />天守閣や大手門を建設するなど大規模な城郭修築を行い、城下町の整備や大井川の治水工事などを行っています。<br />まさにディベロッパーですね。<br />でもそんな山之内一豊が掛川城主であったのはたったの10年なんです。<br />元々は今川の家臣であった、朝比奈のお城です。<br />甲斐の武田信玄と三河の徳川家康から挟み撃ちにあった今川氏真は、この掛川城に逃げ込んでいます。<br />この時は和睦をもって開城されますが、その後は徳川の城となり、天正18年(1590年)に秀吉の命で家康が関東に移封されると、掛川城には豊臣秀吉の直臣であった山内一豊が入城してます。<br /><br />関ヶ原の合戦あと、山之内一豊は掛川城を家康に明け渡したのは有名なお話ですよね。<br />司馬遼太郎の「功名が辻]でも出てきます。<br />その後一豊は高知に移りますが、その後の江戸時代の270年間、掛川城主は26人の徳川家臣団の譜代大名が務めていますが、錚々たるメンバーです。

遠江へ!①司馬遼太郎の「功名が辻」を読んだのがきっかけで、掛川城に行ってみました。

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2024/09/20 - 2024/09/22

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nichi

nichiさん

昨年の秋、父が93歳で亡くなったのですが、時間があると実家の整理を続けています。
父の残した大量の書籍は、洋書含め学術書などの難しい本が多く、ほとんどは神保町の専門の古本屋さんに売却。
ほとんどはビックリするような安価でした。
あとは母と弟と私の3人で興味ある本を分けあって、残りは近所のブックオフへ。
私が父の本棚からもらってきた本の中に、司馬遼太郎の「功名が辻」がありました。
司馬遼太郎はほとんど読んでいるのですが、この本は代表作の一つでもあるにもかかわらず、私は読んではおらず、今年の正月休みにまたはスポーツクラブでバイクを漕ぎながら読んでいました。
すると一度掛川城に行ってみたくなりました。。

山之内一豊で有名な掛川城。
天守閣や大手門を建設するなど大規模な城郭修築を行い、城下町の整備や大井川の治水工事などを行っています。
まさにディベロッパーですね。
でもそんな山之内一豊が掛川城主であったのはたったの10年なんです。
元々は今川の家臣であった、朝比奈のお城です。
甲斐の武田信玄と三河の徳川家康から挟み撃ちにあった今川氏真は、この掛川城に逃げ込んでいます。
この時は和睦をもって開城されますが、その後は徳川の城となり、天正18年(1590年)に秀吉の命で家康が関東に移封されると、掛川城には豊臣秀吉の直臣であった山内一豊が入城してます。

関ヶ原の合戦あと、山之内一豊は掛川城を家康に明け渡したのは有名なお話ですよね。
司馬遼太郎の「功名が辻]でも出てきます。
その後一豊は高知に移りますが、その後の江戸時代の270年間、掛川城主は26人の徳川家臣団の譜代大名が務めていますが、錚々たるメンバーです。

旅行の満足度
4.5
同行者
カップル・夫婦(シニア)
旅行の手配内容
個別手配
  • 東名高速を西に向かっております。<br />富士山が奇麗だったので、富士川のSAで休憩です。

    東名高速を西に向かっております。
    富士山が奇麗だったので、富士川のSAで休憩です。

  • SAのメインの建物から少し離れた別棟になっているスタバに向かいます。

    SAのメインの建物から少し離れた別棟になっているスタバに向かいます。

  • 皆さん、スタバの横から撮影していらっしゃいます。<br />富士川の奥に見える富士山。<br /><br />富士川のSAは、下り車線の方が大きく、観覧車や道の駅富士川楽座が隣接していたりして有名ですが、上り車線は静かでゆったりしていますね。

    皆さん、スタバの横から撮影していらっしゃいます。
    富士川の奥に見える富士山。

    富士川のSAは、下り車線の方が大きく、観覧車や道の駅富士川楽座が隣接していたりして有名ですが、上り車線は静かでゆったりしていますね。

  • 右に目を向けると富士市の街並みが見えます。<br />奥の工場群は田子の浦でしょうか?<br />製紙会社や石油会社の工場がたくさんあって、工場や計で有名な所です。

    右に目を向けると富士市の街並みが見えます。
    奥の工場群は田子の浦でしょうか?
    製紙会社や石油会社の工場がたくさんあって、工場や計で有名な所です。

  • 相方はスタバの横から富士山を撮影中。

    相方はスタバの横から富士山を撮影中。

  • スターバックスへ。<br />店内はほぼ満席。<br /><br />大きな窓から富士山が綺麗に見えます。

    スターバックスへ。
    店内はほぼ満席。

    大きな窓から富士山が綺麗に見えます。

  • シニア夫婦はアイスコーヒーでまったり。。。

    シニア夫婦はアイスコーヒーでまったり。。。

  • 東名をさらに西へ。

    東名をさらに西へ。

  • 掛川城大手門駐車場に車を停めて、お城散策。<br />9月20日なのにまだまだ直射日光が暑いです。<br /><br />駐車場から徒歩2分。<br />掛川城の大手門に到着です。

    掛川城大手門駐車場に車を停めて、お城散策。
    9月20日なのにまだまだ直射日光が暑いです。

    駐車場から徒歩2分。
    掛川城の大手門に到着です。

  • 平成7年(1995年)に復元された掛川城の大手門です。<br />入母屋づくりで屋根の上には左右に鯱が・・・

    平成7年(1995年)に復元された掛川城の大手門です。
    入母屋づくりで屋根の上には左右に鯱が・・・

  • お城の表玄関にふさわしい、立派な門ですね。

    お城の表玄関にふさわしい、立派な門ですね。

  • 掛川城の大手門は、大きくて重量のある門でしたので、「礎石根固め石」という基礎がありました。<br />平成5年(1993年)の発掘調査で発見されました。<br />40㎝ぐらいの河原の石を円形に4段~5段重ね、その上に門柱の礎石が置かれています。<br />このような箇所が12か所発見されたそうです。

    掛川城の大手門は、大きくて重量のある門でしたので、「礎石根固め石」という基礎がありました。
    平成5年(1993年)の発掘調査で発見されました。
    40㎝ぐらいの河原の石を円形に4段~5段重ね、その上に門柱の礎石が置かれています。
    このような箇所が12か所発見されたそうです。

  • 2階建ての櫓門なのですね。<br />上には上がれません。

    2階建ての櫓門なのですね。
    上には上がれません。

  • 大手門の目の前には、城内に出入りする者を監視する役人の詰め所である番所があります。<br /><br />この番所は復元されたものではありません。<br />嘉永7年(1854年)の大地震で倒壊後、安政6年(1859年)に再度建てられたものです。番所が現存するのは全国的にも珍しく、市の文化財に指定されています。

    大手門の目の前には、城内に出入りする者を監視する役人の詰め所である番所があります。

    この番所は復元されたものではありません。
    嘉永7年(1854年)の大地震で倒壊後、安政6年(1859年)に再度建てられたものです。番所が現存するのは全国的にも珍しく、市の文化財に指定されています。

  • 番所の戸が開いていて、中を覗くことができました。

    番所の戸が開いていて、中を覗くことができました。

  • 大手門番所。<br />ココで働くことは、当時としては誇り高いことだったのだろうな~

    大手門番所。
    ココで働くことは、当時としては誇り高いことだったのだろうな~

  • 番所の横から復元された大手門を振り返ってみました。

    番所の横から復元された大手門を振り返ってみました。

  • お隣にお稲荷さんがありました。<br />三光稲荷と言って、秀吉の命で伏見稲荷を勧請したものですね。

    お隣にお稲荷さんがありました。
    三光稲荷と言って、秀吉の命で伏見稲荷を勧請したものですね。

  • 三光稲荷のおくの逆川沿いから掛川城の天守が見えました。

    三光稲荷のおくの逆川沿いから掛川城の天守が見えました。

  • 緑橋を渡って掛川城に向かいます。

    緑橋を渡って掛川城に向かいます。

  • こちらが逆川の上流方面です。

    こちらが逆川の上流方面です。

  • ここからお城に入ります。<br />掛川城 四足門です。<br />切妻屋根の薬医門ですね。

    ここからお城に入ります。
    掛川城 四足門です。
    切妻屋根の薬医門ですね。

  • 四足門の外から覗くと、高台の天守が見えました。

    四足門の外から覗くと、高台の天守が見えました。

  • お~~~<br />掛川城の天守だ~~

    お~~~
    掛川城の天守だ~~

  • 右は太鼓櫓。<br />奥は今くぐってきた四足門です。

    右は太鼓櫓。
    奥は今くぐってきた四足門です。

  • チケット購入<br /><br />天守と御殿の入場券です。<br />410円×2枚

    チケット購入

    天守と御殿の入場券です。
    410円×2枚

  • 掛川城の模型がありました。

    掛川城の模型がありました。

  • さあ天守に行ってみましょう。<br />この階段を上って行きます。

    さあ天守に行ってみましょう。
    この階段を上って行きます。

  • 階段を登り切りました。<br />ここが天守のある天守丸の天守下門です。

    階段を登り切りました。
    ここが天守のある天守丸の天守下門です。

  • 振り返るとこんな景色。<br /><br />太鼓櫓、そしてその奥には先ほど訪れた大手門が見えます。

    振り返るとこんな景色。

    太鼓櫓、そしてその奥には先ほど訪れた大手門が見えます。

  • 天守丸にはこのような井戸があります。<br />永禄12年(1569年)、徳川家康は今川氏真が立てこもるこの掛川城を攻めましたが、この井戸から霧が出て城を包み込み、家康の攻撃から城を守ったという言い伝えが残る井戸です。<br />それ以来、霧吹き井戸と言われています。

    天守丸にはこのような井戸があります。
    永禄12年(1569年)、徳川家康は今川氏真が立てこもるこの掛川城を攻めましたが、この井戸から霧が出て城を包み込み、家康の攻撃から城を守ったという言い伝えが残る井戸です。
    それ以来、霧吹き井戸と言われています。

  • さあ天守へ。<br /><br />天正19年(1591年)~慶長元年(1596年)にかけ、山之内一豊によって掛川城に天守が作られました。<br />しかし嘉永7年(1854年)に大地震で倒壊してしまいました。<br /><br />今のこの天守は、平成5年(1993年)に再建されたものです。

    さあ天守へ。

    天正19年(1591年)~慶長元年(1596年)にかけ、山之内一豊によって掛川城に天守が作られました。
    しかし嘉永7年(1854年)に大地震で倒壊してしまいました。

    今のこの天守は、平成5年(1993年)に再建されたものです。

  • 天守の入口から天守丸の井戸と天守下門を見下ろします。

    天守の入口から天守丸の井戸と天守下門を見下ろします。

  • 山之内一豊の騎馬像ですね~

    山之内一豊の騎馬像ですね~

  • 色々な展示物は、様々な地元の方々が寄贈してくださった貴重なものです。

    色々な展示物は、様々な地元の方々が寄贈してくださった貴重なものです。

  • お城ならではの急階段。<br />昔は当然こんな手摺は付いていません。<br />鎧兜を付けての上り下りは大変だったろうな~

    お城ならではの急階段。
    昔は当然こんな手摺は付いていません。
    鎧兜を付けての上り下りは大変だったろうな~

  • 格子越しに掛川の街が見えます。

    格子越しに掛川の街が見えます。

  • こちら側からも…

    こちら側からも…

  • 真下には天守丸。<br />その先のは太鼓櫓。<br />大手門も見えます。

    真下には天守丸。
    その先のは太鼓櫓。
    大手門も見えます。

  • 天守の屋根の上にあった鯱のレプリカです。

    天守の屋根の上にあった鯱のレプリカです。

  • ここで掛川城に関する映像を拝見しました。

    ここで掛川城に関する映像を拝見しました。

  • さらに急階段を上へ。

    さらに急階段を上へ。

  • 最上階にやってきました。<br />こちらは西側の景色です。

    最上階にやってきました。
    こちらは西側の景色です。

  • 逆川の下流方面。<br />掛川市の奥は袋井市、磐田市、遠くに見えているのは浜松市です。

    逆川の下流方面。
    掛川市の奥は袋井市、磐田市、遠くに見えているのは浜松市です。

  • 北側の景色です。<br />意外と山が遠いですね~<br />

    北側の景色です。
    意外と山が遠いですね~

  • 南側の景色です。<br /><br />正面が今川のお城だった高天神城があった方面ですね。<br />武田勝頼と徳川家康との間で繰り広げられた高天神城の戦いがあったお城です。<br />2度にわたる攻防の上、高天神城の城主・小笠原氏興が徳川氏に寝返って徳川方の勝利に終わった戦いです。<br />一度行ってみたいな~~  ハイキングコースも整備されているみたいだし・・・<br /><br />右の方が横須賀城方面ですね。<br />横須賀城は、かつては高天神城攻略の起点として築城されましたが、江戸時代に入りココには横須賀藩が置かれ、約280年に渡り藩の政治が行われたお城がありました。<br />明治維新で廃城になっています。<br />ここも一度行ってみたいな~

    南側の景色です。

    正面が今川のお城だった高天神城があった方面ですね。
    武田勝頼と徳川家康との間で繰り広げられた高天神城の戦いがあったお城です。
    2度にわたる攻防の上、高天神城の城主・小笠原氏興が徳川氏に寝返って徳川方の勝利に終わった戦いです。
    一度行ってみたいな~~  ハイキングコースも整備されているみたいだし・・・

    右の方が横須賀城方面ですね。
    横須賀城は、かつては高天神城攻略の起点として築城されましたが、江戸時代に入りココには横須賀藩が置かれ、約280年に渡り藩の政治が行われたお城がありました。
    明治維新で廃城になっています。
    ここも一度行ってみたいな~

  • 南西方面です。<br />四足門や大手門も見えますね。

    南西方面です。
    四足門や大手門も見えますね。

  • こちらは東の方向です。<br />よく見たら富士山見えてます。

    こちらは東の方向です。
    よく見たら富士山見えてます。

  • さらに左の北東方面に目を向けます。<br />山梨方面。<br />つまり、信玄の甲斐の国方面ですね。

    さらに左の北東方面に目を向けます。
    山梨方面。
    つまり、信玄の甲斐の国方面ですね。

  • 富士山をアップで!<br />思ったより遠いな~~

    富士山をアップで!
    思ったより遠いな~~

  • 東の真下に見えているのは、掛川城の二の丸御殿ですね。<br />天守のシルエットが影になって映ってますね~~

    東の真下に見えているのは、掛川城の二の丸御殿ですね。
    天守のシルエットが影になって映ってますね~~

  • この最上階にいらっしゃったスタッフの方がめっちゃ歴史に詳しくていらっしゃって、色々お話を伺うことができました。<br />この方からは色々教わることが多く面白かったな~~

    この最上階にいらっしゃったスタッフの方がめっちゃ歴史に詳しくていらっしゃって、色々お話を伺うことができました。
    この方からは色々教わることが多く面白かったな~~

  • さあ天守から降りて、

    さあ天守から降りて、

  • 再度下から見上げます。<br />昭和以降に再建されたお城に興味ない方がいらっしゃるけど、これはこれで私たちにとっては落ち着く光景なんです。

    再度下から見上げます。
    昭和以降に再建されたお城に興味ない方がいらっしゃるけど、これはこれで私たちにとっては落ち着く光景なんです。

  • 本丸から降りて左に進んだらお堀が現われました。

    本丸から降りて左に進んだらお堀が現われました。

  • 十露盤堀というお堀です。

    十露盤堀というお堀です。

  • そのお堀の横を通って、

    そのお堀の横を通って、

  • さらに奥に進むと、

    さらに奥に進むと、

  • 掛川城の御殿にやってきました。

    掛川城の御殿にやってきました。

  • この御殿、文久元年(1861年)に再建されたものですが、全国に4ヵ所しかない「現存する城郭御殿」として、めっちゃ貴重な建物です。<br />城郭御殿としては、京都の二条城が有名です。

    この御殿、文久元年(1861年)に再建されたものですが、全国に4ヵ所しかない「現存する城郭御殿」として、めっちゃ貴重な建物です。
    城郭御殿としては、京都の二条城が有名です。

  • お邪魔します。

    お邪魔します。

  • 藩の政治の中心となった御殿で、明治維新のあとは、学校になったり市庁舎にもなった建物です。

    藩の政治の中心となった御殿で、明治維新のあとは、学校になったり市庁舎にもなった建物です。

  • よくこれだけの建物が残っていたものです。

    よくこれだけの建物が残っていたものです。

  • ここでは結婚式も行われるようで、

    ここでは結婚式も行われるようで、

  • まさにスタッフによって準備中でした。

    まさにスタッフによって準備中でした。

  • 御殿から天守が見えます。<br />この景色は江戸時代から変わっていないのでしょうね~~<br />感慨深いな~

    御殿から天守が見えます。
    この景色は江戸時代から変わっていないのでしょうね~~
    感慨深いな~

  • 「たねあかり」という竹灯籠の中を進みます。

    「たねあかり」という竹灯籠の中を進みます。

  • ココは小書院。<br />天守が政務を行った部屋です。<br /><br />「雲外蒼天」という将棋の藤井聡太君により所が展示されていました。<br />藤井君、何でもやらなきゃいけないのね~~ <br />御苦労さま・・

    ココは小書院。
    天守が政務を行った部屋です。

    「雲外蒼天」という将棋の藤井聡太君により所が展示されていました。
    藤井君、何でもやらなきゃいけないのね~~ 
    御苦労さま・・

  • 小書院の床の間。

    小書院の床の間。

  • ここは次の間。<br />城主や奥方の世話・護衛をする役人が控えていた部屋です。

    ここは次の間。
    城主や奥方の世話・護衛をする役人が控えていた部屋です。

  • 奥の部屋に進むと鎧が展示されています。<br />ココは長囲炉裏の間。<br />城主や奥方が使用した部屋です。<br />要は藩主の居間ですね。

    奥の部屋に進むと鎧が展示されています。
    ココは長囲炉裏の間。
    城主や奥方が使用した部屋です。
    要は藩主の居間ですね。

  • この部屋の天井です。<br />囲炉裏の煙を逃がすために、煙抜けの天井が設置されています。<br />太田家の家紋が見えます。<br />太田家は、江戸城を作った太田道灌の親戚です。

    この部屋の天井です。
    囲炉裏の煙を逃がすために、煙抜けの天井が設置されています。
    太田家の家紋が見えます。
    太田家は、江戸城を作った太田道灌の親戚です。

  • 今は畳になっていますが、ここに囲炉裏があったのですね。

    今は畳になっていますが、ここに囲炉裏があったのですね。

  • さらに奥へ。

    さらに奥へ。

  • ここは足軽目付の部屋です。<br />江戸時代に最下級であった足軽を監督した目付の部屋です。

    ここは足軽目付の部屋です。
    江戸時代に最下級であった足軽を監督した目付の部屋です。

  • 車長持ちです。<br />でかいな~

    車長持ちです。
    でかいな~

  • 江戸時代に戻った雰囲気です。

    江戸時代に戻った雰囲気です。

  • ここは徒目付の部屋です。

    ここは徒目付の部屋です。

  • ここは吟味奉行の部屋です。<br />藩内の訴訟や事件、あるいは経理関係の吟味をした吟味奉行の部屋です。

    ここは吟味奉行の部屋です。
    藩内の訴訟や事件、あるいは経理関係の吟味をした吟味奉行の部屋です。

  • ココは、張役所。<br />邸内の警備を任務とする役人お部屋です。

    ココは、張役所。
    邸内の警備を任務とする役人お部屋です。

  • ここは大目付の部屋です。

    ここは大目付の部屋です。

  • 多くの槍ですね・・・

    多くの槍ですね・・・

  • ぐるっと御殿を廻ってきました。

    ぐるっと御殿を廻ってきました。

  • 受付で相方が見つけた「くずシャリシャリ」。

    受付で相方が見つけた「くずシャリシャリ」。

  • 私たちシニア夫婦は購入!!<br /><br />私はミカン。<br />相方はフルーツ。<br /><br />アイスを食べているより、果物そのものを食べている感覚でした。

    私たちシニア夫婦は購入!!

    私はミカン。
    相方はフルーツ。

    アイスを食べているより、果物そのものを食べている感覚でした。

  • 掛川城の御殿をあとにしました。

    掛川城の御殿をあとにしました。

  • ハス池とその奥のカッコいい建物は、掛川市立中央図書館です。

    ハス池とその奥のカッコいい建物は、掛川市立中央図書館です。

  • カッコいい雰囲気だな~

    カッコいい雰囲気だな~

  • 逆川沿いを駐車場に戻ります。

    逆川沿いを駐車場に戻ります。

  • 掛川城、面白かったな~~<br /><br />つづく

    掛川城、面白かったな~~

    つづく

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