2024/09/01 - 2024/09/03
467位(同エリア1443件中)
- #歴史的建造物
- #SNS映え
- #台風一過の不安定な天気
- #明治大正時代の建物を移築
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- #名古屋駅から往復高速バスで
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この旅行記スケジュールを元に
~1年前の旅行記を今更公開します(汗)。~
台風10号が原因で、9/1(日)に参戦予定だった、ポートメッセなごやの福山さんのライブは中止になってしまいました。 でも、他の予定もあったので名古屋旅行には予定通り来ました。
他の予定というのは、9/2(月)にジブリパークを訪れる為のチケットを購入済みだった事です。 台風10号が熱帯低気圧に変わっても、風雨の影響が長く続く感じで、私が事前購入していた9/2のチケットは、「入園日の変更を希望する場合は、10/31(木)までの平日営業日に使用できる」オプションの該当となりました。 予定通り、9/2に行くことも考えましたが、台風一過でまだまだ天候が不安定な感じだったし、どうせ行くなら青空の日に訪れて、良さげな写真を撮りたい!と思ったので、9/2はジブリパークとは別に、ずっと行きたいと思っていた場所の1つでもある、博物館明治村を訪れることにしました。
この決定が間違いだったことに気付くのはこの日の夜です(笑)。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 私鉄 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
9/2(月)です。 おはようございます。
この日は、ずっと気になっていた博物館明治村を訪れる予定を立てて、バスの時間に合わせて起きました。DEL style 名古屋納屋橋 by Daiwa Roynet Hotel 宿・ホテル
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名鉄バスセンター発の高速バスですが、私は宿泊していたホテルからも近い、こちらの伏見町のバス停から乗車します。
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平日なので、案の定ガラガラでした。 通勤・通学ラッシュの時間も終わった後の出発だったからか、途中の渋滞などはなく、案内の通り1時間20分ほどで到着。
高速バス (名鉄バス) 乗り物
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チケットオフィスも何となく明治時代をイメージした建物になっているのかしら? 何か渋いよね。
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明治42年に建造された名古屋の第八高等学校正門が、博物館明治村の正門としてこの場に佇んでいます。 明治期に導入されたネオ・ルネッサンス様式で、当時は最先端のデザインだったんでしょうね。
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入口を入ってすぐの場所は、記念写真を撮れるスポットになっています。
この日の日にちは、明治で記されています! 今年(2024年)は明治157年なのね!博物館 明治村 テーマパーク
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コインロッカーの数も多いので、大きな荷物を持って訪れても安心です。
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明治20年頃に、神戸市生田区元町の相生橋東詰に建てられた牛肉屋兼牛鍋屋の大井牛肉店。 この時代はまだ日本人は牛肉を食べる習慣がなかったようで、居留地に住む外国人や寄港する外国船に向けた供給が必要となって、明治の新たな商売として牛肉販売が始まったそうです。
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特別な日に食べるどころか、特別な人しか食べられない、牛肉自体が贅沢品だった時代だった頃と比べると、150年で日本も色々と変わりましたね。 まぁ、食生活や習慣、服装などががらりと変わったのは明治維新がきっかけでしょうけど。
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続いてちょっとした丘の上に移築された建物を見に来ました。 明治21年当初、小学校教師の養成を目的とする三重県尋常師範学校の本館として津市に立てられ、その後、昭和3年に名張市に移築されて蔵持小学校として使われた建物です。
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明治村に移築されたのは建物の一部だけですが、玄関のアーケード、2階に設けられたベランダ、教室部の窓などに洋風建築の特徴が見られます。 昔の小学校の勉強机なども並べられていて、セピア色で撮影したら、すっかりタイムスリップした気分を味わえました。
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左から、伊藤博文、北里柴三郎、森鴎外、西園寺公望。
明治時代の政治、医学、文学の面で重要な人物ですね。 -
続いてやってきたのは、日本聖公会京都五条教会堂として、明治40年に建設された教会。
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聖ヨハネ教会堂は、内部も見学でき、この日は良く晴れてたこともあり光が差し込み、ステンドグラスが美しかったです。
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西郷隆盛の弟、西郷從道が建てた邸宅のうち、接客用に設けられた木造の洋館(明治13年建設)です。
旧所在地は東京都目黒区上目黒。 第二次世界大戦の、東京大空襲でよくやられなかったな…って思います。 -
西郷從道は陸海軍の大臣を歴任していたため、在日外交官の来客も多く、明治22年には明治天皇の行幸も仰ぎました。 凛々しいお顔だわ。
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明治時代を描く映画やドラマの撮影にも、今すぐにでもこのまま使えそうなくらい、移築された建物がキレイな状態で保存されてるのが凄いですね。
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明治の文豪、森鴎外と夏目漱石が住んだ邸宅。
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勿論この2人が住んでいた時期は別々ですが、森鴎外はこの邸宅に住んでいた時に処女作小説『舞姫』を発表、夏目漱石はあまりにも有名な『吾輩は猫である』を発表しました。
玄関脇の張り出した和室(書斎)では、猫と一緒に記念撮影できます。 -
昨日、名古屋市内の「毒展」に行って来たばかりなので、階段部分の木から生えてる黒や黄色の毒々しい色のキノコが気になって仕方なかったです…。 多分全て毒キノコなんだろうなぁ。
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約100万㎡という広大な敷地面積を誇る明治村内では、有料の村営バスが運行されています。 広いだけじゃなくて、私が見学をスタートした1丁目→5丁目は丘を上るような感じで位置しているので、移動も大変なんです。
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バス乗り場もレトロな感じでしたが、ボンネットバスもえんじ色でかわいい感じです。
この日はめっちゃ暑かったので、村内を歩いての移動も汗だくでしたが、1日で全体の見学は終わらないんじゃないか?って最初から思って、ゆったり歩いて移動しようと思って、バスのチケットは購入しなかったんですよね。 それを後悔したのは、お昼過ぎ…。 もう今更1日券買ってバス乗るのも勿体ないかな~…。 -
明治31年に建設された、札幌電話交換局。 東京-横浜間で電話交換業務が始まったのは明治23年なので、8年後に札幌でも同様のサービスが始まったということですね。
明治36年の官制改正により、電話交換局は郵便電信局に併合され、規模の拡大にともなって明治43年に増築され、その後は札幌中央郵便局として使用されたそうです。 -
館内には、同時の通信業務に使われた実際の機械が展示されていました。
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携帯電話の"電話"の絵文字のもととなっている電話機。 令和生まれは本物を見たこともないでしょうけど、私は勿論どっちも現役で知ってますw
子どもの頃、実家では、左の黒電話のエメラルドグリーンバージョンをNTTからレンタルして使ってましたw -
明治3年に、京都市の御幸町通に建てられた造り酒屋、京都中井酒造。
2Fに吊るされた茶色い玉は、杉玉(もしくは酒林)と呼ばれ、杉の葉を束ねて玉上にまとめた物です。 造り酒屋や酒を扱う店の軒先に、新種が出来たしるしとして吊るされたそうです。 -
続いて、明治34年頃に建てられた名古屋市の中心部、堀川の近くにあった町家、東松家住宅です。 塗屋造りという江戸時代から続く伝統工法を用いられているこの建物は、切妻造りの屋根をのせた3階建てです。
町家建築の典型そのものですが、創建以来、何度も増改築を繰り返したそうです。 元々は平屋だったものを、2度増築して3階建てになりました。 -
店舗と住居を兼ね備えた間取りが昔のまま残されているのが貴重です。
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明治23年に、石川県金沢市に第四高等中学校(現 金沢大学)の物理化学実験教場として建てられた建物です。 工事監督は山口半六氏、設計監理は久留正道氏。いずれも文部省技師として、多くの学校建築に携わった人物だそうです。
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建築家の谷口吉郎氏と、名古屋鉄道株式会社会長の土川元夫氏の発想と決意によって誕生した明治村博物館。 両氏は金沢の第四高等学校で同級生だったそうです。 両氏の彫刻が入り口の近くに展示されています。
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第四高等中学校の廊下。 もう、このままの状態で今からドラマや映画の撮影で使えそうに良い雰囲気~。
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化学用階段教室。 縦長の窓は上げ下げ窓で、軒裏には小さな換気口が多数開いており、実験室に局所排気装置として設けたドラフト・チャンバーとともに、室内の換気が出来るようになっています。 有毒ガスが発生する実験も行われたようです。
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実際に使われていた当時の、階段教室の写真も飾られていました。
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明治30年頃、長野県木曽郡大桑村須原の中山道沿いに建てられた清水医院。
この医院には、島崎藤村の姉・園子も入院していたそうです。 -
当時の診察室が忠実に再現されていました。
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明治18年の典型的な擬洋風庁舎建築の東山梨郡役所。 この時代、地方の大工さんたちが、見よう見まねで新時代にふさわしい“洋風”チックな建築が建てられたそうです。 いやいや、見よう見まねでここまでの建物が建てられちゃうなんて凄すぎでしょ! 1度は解体されたけれど、移築された後もちゃんとこうして立派な建物として展示されてるわけだし、今の時代に見てもそこまで古めかしいデザインに感じられないのも素晴らしい!
今更なのですが、明治村を訪れるなら、是非脱ぎ履きしやすい靴で行きましょう! 明治・大正時代の建物の移築でとても貴重な建造物であるにも関わらず、結構内部の見学が可能なところもあります。 ただ、その場合は土足厳禁なことが多いです。 私はこの日、長時間履いてても疲れにくいスニーカーを履いて行きましたけど、1度脱ぐと、もう1回履くのに結構大変で(靴紐を結ぶ手間を省く=紐がほどけることもナイ靴)、止まってる金具をまたカチって合わせないとならず、それが面倒で内部を見学するのを諦めた建物もあったくらいです^^; -
建物を正面に見て、右側の建物は、明治村の村長室となっています。 現在の村長は、女優の阿川佐和子さん。 彼女のパネルも展示されています。
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東山梨郡役所から2丁目エリアの赤レンガ通りを望む。 まだまだ青空は見えるけれど、ちょっと雲がモクモクしてきたかな…?
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この風見鶏、めっちゃオシャレだった! 鶏じゃないので、風見車?!?!w
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自働電話ボックス。 今で言う、公衆電話ボックスですね(っていうか、もう電話ボックス自体、街中で見かけないけどw)。
明治33年に東京の京橋のたもとに置かれたのが最初だそうです。 -
明治45年に、京都市下京区七条通りの西本願寺前に建てられた巡査派出所。
当時のオリジナルの建物はもうナイだろうけど、敢えてこれに似たようなデザインの派出所(交番)って、今でも結構ありそうですよね。 -
創業は明治28年の、京都市電。 明治村に移設された車両は、明治43年から44年にかけて製造された大型の車両で、展示されているだけじゃなくて実際に動きます! 1回500円で乗車することが可能です。 2丁目(京都七条駅)⇔3丁目(品川燈台駅)⇔4丁目(市電名古屋駅)を結びます。 私は乗らなかったのですが…。
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人工池の入鹿池方面の坂道を上った先に広がる3丁目にやって来ました。 3丁目エリアで最初に現れるのは、大正4年に東京の港区白金に建てられた、北里研究所本館・医学館です。
中央正面の段型切妻の意匠が大きな特徴である、ドイツ・バロック風の建築で、木造2階建て。
北里柴三郎と言ったら、現在の1000円札に描かれている人物ですね。 -
戦争などの歴史の中で、建物は外観全てをモルタルで覆い守るなど、何度も変わりました。 昭和54年に解体され、ここ明治村で昭和55年より公開が開始されました。
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明治・大正時代の種痘器具。 ガラス板のくぼみにワクチンを入れ、ワクチンは種痘用メスの先につけ、皮膚に傷を付けながら押し込まれていたようです。 よく分からんけど、聞いてるだけで痛そうです!
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伝染病のコレラがナニモノか分かってなかった時代、人々は謎の伝染病の正体を架空の怪獣として描いたそうです。
まるで、コロナ禍の本当に初期の頃の世界中の混乱のようですね…。 -
・・・と思っていたら、昔のスペイン風邪が大流行した際のポスターと、COVID-19の感染症対策のポスターが横並びで貼られており、時代が変わっても伝染病/感染症は繰り返すし、人間は同じような対策をするんだな…って思いました。
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日本における、マスクと体温計の歴史(変化)が展示されていて、なかなか興味深かったです。
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この年(2024年)の7月から流通し始めたばかりだった、新紙幣の特設コーナーが、期間限定で北里研究所内にありました。 多分この時は私はまだ、梅ちゃんの新5000円札はお目にかかったことがなかったはずです。
いい加減、もう慣れましたけど最初は3Dホログラムがホラー過ぎて怖かったなぁ~。 -
続いて、大正9年に、明治の元老・西園寺 公望の別邸として、静岡県興津に建てられた「坐漁荘」。 彼が余生を過ごした総数寄屋造りの邸宅です。
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タイミング良く、ガイドツアーが始まる時間が近かったので、参加することにしました。
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邸宅内は勿論、玄関から庭園まで、とにかく広い!!!
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この素晴らしい邸宅が、解体されてそのまま消えたりせず、明治村という場所で2nd lifeを過ごせて(そして現代のたくさんの人の目にも触れてもらうことが出来て)本当に良かったと思います!
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庭園は、住友家御用達の庭師によるもの。公望の実弟が、第15代住友家当主の春翠であったことから、すべて同じ庭師が手がけたそうです。
"座ってゆっくり魚を捕る"という意味が込められている「坐漁荘」。 ゆっくりと余生を過ごしたかったでしょうが、政界引退後も公望の元には事あるごとに政治家の来訪があり、晩年も忙しい日々を過ごしていたようです…。 -
イチオシ
オシャレな街灯発見! こんなにまだ暑いのに、ちょっとだけ紅葉してる木も見つけたのでパチリ☆
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明治6年に建てられた、三重県鳥羽沖に浮かぶ島、菅島にあった灯台の灯りを管理する職員の官舎、菅島燈台附属官舎。 隣接していた灯台とともにお雇い外国人の英国人技術者R.H.ブラントンの指導により建設されました。
建物の正面にベランダがある、ユニークな作り。 -
常設展示として、明治の燈台が展示されており、展示室に一歩足を踏み入れると、センサーで真っ暗な室内で突然灯台レンズが点灯し、回り出します。
灯台のレンズは遠方まで光を届けるため、凸レンズを使っており、このレンズは考案者の名前から「フレネルレンズ」と呼ばれているそうです。 また1つ賢くなりましたw -
築地灯台の上に設置されていた、避雷針。
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外には日時計が設置されていました。
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入鹿池を望む場所に移築されたのは、明治3年に点灯された品川燈台。 私が訪れた時は足場が組まれ、大幅改修中だったので、これより近付いての見学は出来ませんでした。
ちなみに、同じ時代に点灯された燈台として、観音崎灯台(神奈川県)、野島崎灯台(千葉県)がありますが、両方とも関東大震災により倒壊してしまったため、品川灯台は現存するわが国最古の洋式灯台だそうです。 この先も長く、この場所で保存していくための修復なんでしょうね。 -
明治20年頃に神戸の山手に建てられた、いわゆる異人館と呼ばれる神戸山手西洋人住居。 創建当初は外国人の住居でしたが、明治29年からは日本人の増田周助氏の所有となり、その後再び外国人の手に渡り、フランス人貿易商フェルナン・ブルムが住んだようです。
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神戸山手西洋人住居がちょっとした高台に建っているので、そこから見た入鹿池と青空の景色がなかなかキレイでした。
この写真に写っているのは、明治41年に東京郊外の巣鴨に新築された私立宗教大学(現 大正大学)本館の正面に設けられた車寄部分を移築したものです。 車寄の高さが6.9mもあるので、大学の本館はかなり立派だったんでしょうね。 車寄だけでも移築してくれたおかげで明治後期の大学の雰囲気がちょっとだけでも感じられます。 -
博物館明治村では、2丁目の明治体験処ハイカラ衣裳館で明治時代風のドレスや女学生姿、書生服に着替えることができ、村内をそれを着て散策出来ます。
平日ということもあるとは思いますが、この暑さだと無理!!って感じだったからか、1日散策しててもこのお二人しか着替えて散策してらっしゃる人を見ませんでしたね^^; -
アメリカ星条旗無しで建物だけを見たら、本当に明治時代の建物?! デザインも今っぽくない?って感じに見えた、シアトル日系福音教会。 明治40年頃にアメリカ・ワシントン州シアトル市に建てられた住宅で、所有はアメリカ人→日系移民→日系教会へと変わりました。
戦後に教会として使われたものが、アメリカで解体され、昭和59年に明治村に移築されたそうです。 海を渡って移築された建物と思うと凄いなぁ~! -
国旗が風で靡いてなかったので分かりにくいですが、こちらは、大正8年にブラジル・サンパウロ州レジストロ市に建てられた、ブラジル移民住宅です。 持ち主は、長野県からブラジルに移住した方。 日本人移民として慣れないコーヒー栽培に苦闘しながら、密林を拓いてこの家を建てたそうです。 密林を拓いて…って本当に何もない所からっていうのが凄いですよね! 現代人とはバイタリティが違う!
ちなみに、この建物も解体後、ブラジルからはるばる海を渡って運ばれ明治村に移築され2nd lifeを送ってると思うと凄いことですよね! -
当時のコーヒー農家の生活ぶりが伺える、住宅内の展示。
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次にやってきたのは、明治22年頃ハワイ島ヒロ市ケヤベ街のワイルック川のほとりに建てられたハワイ移民集会所です。 元々は、ハワイ在住の日本人向けの教会として建てられました。
周囲が湿地だったため高床となり、入口が太鼓橋のように造られています。 -
内部はハワイ日本人移民の歴史や足跡をたどることができるパネル展示などが多くあり、とても興味深かったです。
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続いてやってきたのは、明治11年に建てられた名古屋城内に置かれた陸軍名古屋鎮台の名古屋衛戍病院。 "衛戍"とは陸軍の駐屯のことだそうです。 明治村に移築されたのは、管理棟の半分と病棟1棟、それらをつなぐ渡り廊下部分です。
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建物内部には、明治後期~大正時代に開発された、国産初の医療用X線装置「ダイアナ号」が展示されています。 海外にも輸出されたそうですよ!
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お~、ウルユスの木の看板!! 4年ぶりに見たわ。
2020年9月、コロナ禍で街中がひっそりしていた頃、GoToトラベル&大阪いらっしゃい!キャンペーンを使ってお得に一人旅を楽しんでいて(そんな時代もあったよねぇ~…と遠い目をしてみるw)、大阪くらしの今昔館を訪れた時にも同じウルユスの看板展示されているのを見ました! その時の旅行記は↓
https://4travel.jp/travelogue/11647753 (2020年9月) -
こちらは、明治6年に建てられた歩兵第六聯隊兵舎。 歩兵第六聯隊は、名古屋に置かれていた東京鎮台第三分営という軍隊が、明治6年に名古屋鎮台に昇格した時に新しく編成された部隊です。 もともとが明治初期の建物とは思えないくらいキレイです。
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兵士たちの暮らしに思いを馳せる内部展示も復元されています。
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明治時代の軍隊の食事が、予想以上に洋食チックでビックリ。
現代では、外国人から見たら、日本食は何でもヘルシーで、ダイエットにも最適☆みたいなイメージで知られていますが、毎日お寿司食べたりしたら逆に病気になりますよね(毎日ピザよりはマシかもだけどw)。
実際には最近の日本人の食事はかなり洋食に傾いて行ってて生活習慣病とかも増えてますよね。 何でも不自由なく食べられるようになった現代ですが、結局は昭和後期~平成初期が1番日本らしい、ヘルシーなTHE 和食を日々楽しめてたのかも…って思います。 -
明治23年に、東京・渋谷区広尾の日本赤十字社病院の敷地内に建っていた、分棟式の木造病棟9つのうちの1棟が明治村に移築されました。 屋根の上の換気塔には、繊細な装飾が施されています。
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かつて、病院の本館の正面を彩っていた彫刻は、移築後の建物の廊下に掲げられています。 桐や竹、鳳凰を浮き彫りにした彫刻の額です。 何となくモノクロモードで撮影しましたが、実際には赤十字部分だけ赤く塗られていました。
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担架で運ばれてきた患者などが収容された部屋。
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薬品庫も当時のものかな?
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入院病棟。
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子どもの頃、ナイチンゲールの本を読んで、看護婦に憧れたなぁ~。
明治45年の赤十字会議の決議に基づいて設定された"フローレンス・ナイチンゲール基金"によって創設された、看護婦に与えられる世界最高の栄誉ある賞を、この3名の看護婦が受賞されたそうです。 -
夏休み期間も終わった平日ということもあり、村内のレストラン系はどこも閉まってて、食べるものを何も買えず、持ってきたパンを食べながら過ごした1日でしたが、ドリンクだけでも飲みたい!と思って食道楽のカフェへ入ることに。
入ったらいきなりのゲリラ豪雨! めっちゃタイミング良く建物内に入ることが出来て、濡れずにすみました。 まぁ、その前に汗だくで、既に洋服はびしょびしょでしたけど(笑)。 -
濃厚なブルーベリースムージーを飲みながら、雨が止むのを待ちました。
-
ただの夕立だったようで、雨は20分ほどで止みました。
食道楽のカフェのお隣に、大正6年に建てられた金沢の第四高等学校(現 金沢大学)に建てられたもので、柔道、剣道、弓道3つの道場からなる武道場があります。 -
主屋内部は剣道場と柔道場の2つに分かれています。
100年以上前の建物を移築したとは思えないほど、今も現役で部活動などで毎日使われてると言われても全然納得できるくらいキレイな道場でした。
帰りのバスの時間もあるので、そろそろ正面入り口がある1丁目エリアに歩いて戻ることにしました。 5丁目だけを残して帰るのが勿体ないというか、悔しいというか…^^; -
同じ道を帰りも通るし…と思って、朝は見学を敢えてスルーした、三重県庁舎。 建設は明治12年。 昭和39年まで、実際に庁舎として使用されていたそうです。
明治政府が急速に地方行政の整備を進めると、どこの県もこのような洋風庁舎を新築することが多くなりましたが、現存する最古の県庁舎は、明治村に移築された三重県庁舎となります。 今日、何回見聞きしただろう?!という偽洋風建築です、この建物も。 -
真っ白な廊下に、礎石、円柱、エンタブレチュアは、古代ギリシャ・ローマの神殿に由来した構成がまぶしい。
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色々なお部屋がある中、格式に応じて凝らされた室内意匠の違いを発見するのもなかなか楽しい。 こちらは知事室。 天井がとっても高く、格天井とする意匠も、格式の高さを表しています。
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出入口の扉の上の部分も洋風の要素として、半円アーチや円弧アーチの形をしているのがこだわり。
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修復済みのキレイな布が張り直された椅子は手を触れられない展示品ですが・・・
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三重県庁舎内に置かれた他の椅子は実際に座ることが出来ました。 飲食はNGでしたけど。 実際に、明治時代にタイムスリップして、三重県庁舎を業務で訪れた気分になれますよ。
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コの字型の三重県庁舎。 列柱が続くベランダが壮観でした!
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三重県庁舎の前の道を隔てた場所に移築された、ネオ・バロック様式の植物意匠が美しい二重橋飾電燈。 明治21年の建築です。 今でもちゃんと、暗くなれば電気が灯ります。 皇居造営にともない架け替えられた二重橋の西側両端に並んで4基の飾り電灯がつけられ、そのうちの1つが移築されたそうです。
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二重橋飾電燈のすぐ真後ろに移築されたのは、明治22年建設の鉄道局新橋工場。 東京・汐留の新橋停車場構内に東京鉄道局が建てた工場施設の一つです。
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建物内部には、昭憲皇太后御料車(5号御料車)と、明治天皇御料車(6号御料車)が展示されています。
御料車が天皇・皇后・皇太后・皇太子のための特別な車輌ということは知っていましたが、5号御料車は最初の皇后用御料車として製作された車輌だそうです。 6号御料車はその名の通り、明治天皇専用の御料車です。 -
通常は御料車の外観しか見学できません。 特別公開は10月から始まる予定だったようですが、平日で空いていたからか、見学柵から6号御料車の内部を結構近くから見学することができ、貴重な体験が出来ました。
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帰る前に、ミュージアムショップに立ち寄りました。 期待してたんだけど、そこまでグッズが充実してなくてちょっと残念でした…。 売ってたポストカードは安く買えて良かったです!
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帰りも名鉄バスセンター行きのバスで帰ります!
博物館明治村、気になっていたとは言いながらも、行く前は入村料2500円ってめっちゃ高くない?!って思ってたのです。 しかし、明治時代に建てられた貴重な建物が、震災や戦争、時代の移り変わりにより取り壊されていく中、それらの建物の保存を目指して活動された方々の努力によって、移築・復原された当時の貴重な文化財を一気に見れる場所ということで、実際にこの場所に足を踏み入れたら本当に全てが貴重で美しくて、2500円は決して高くない!と感じました。
というか、暑くて体力の限界+帰りのバスの時間の都合で、1丁目から5丁目まで全てを見れないまま帰ることになってしまって悔しいので、またいつか再訪しないとな!と思いました。 次は散策しやすい涼しい時期に再訪します! -
帰りは夕食を食べるため、終点の名鉄バスセンターまで乗りました。
名古屋を訪れたら必ず見に来たくなる、ナナちゃん人形。 この時は珍しく何かとのコラボや宣伝はされてなかったようで、シンプルなブルーのワンピースを着てました。ナナちゃん人形 名所・史跡
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夕食は色々と迷った挙句、こちらのお蕎麦屋さんへ。
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シンプルな天ざるそば、美味しかったです!
石臼挽きそば 石月 グルメ・レストラン
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帰りはホテルまで20分ほど歩いて帰りました。 ホテル目の前の天王崎橋から見た、堀川の夜景はなかなかキレイでした!
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昼間は超暑かったけど、夜になったらちょっとだけ涼しく感じたかも…(風が吹いてたからかもしれないですが、温風だっただけな気も…)。
快適なホテルの部屋に戻って来て、シャワーを浴びてスッキリ☆ さぁ、明日行く予定のジブリパークの時間とか決めようかな~って感じでホームページを開いたのですが・・・DEL style 名古屋納屋橋 by Daiwa Roynet Hotel 宿・ホテル
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え! ちょっと待って! 今日が9/2(月)だったって事は、明日は9/3(火)! ウソでしょ?! ジブリパークって毎週火曜日休園?!?! 超ホワイト企業じゃん! (そんなことは今どーでも良いw)
ってか、まだまだ予約を取りにくいエリアもある人気のテーマパークが毎週1日休みだなんて誰が予想します?!?! まぁ、事前に確認していれば、こんな見落としは無かったので完全に自業自得なんですけど…。 せっかく名古屋に来てるというのにぃ~、せめて毎週火曜日休園だという事を昨日の夜の段階で知れれば、元々の予定を変更することなく、2日(月)にジブリパーク、3日(火)に明治村に行ったと思います。 あぁ~、勿体ない!
明日は滋賀に帰るのですが、ジブリパークに行けないからと言って、そのまま素直に帰るのは悔し過ぎる…という事で、どこかふらりと遊びに行ける場所はナイかしら…?と夜な夜なネット検索は続きましたzzz
続きは次の旅行記へ~!
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この旅行記へのコメント (2)
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- marsyさん 2025/10/17 12:41:02
- ここで終わっちゃったの?
- こんにちは、marsyです。
明治村ですが、ここで終わっちゃったんですか?
一番奥の方に、帝国ホテルとか、金沢監獄とか、ザビエル天主堂とか、いろいろありましたよ。
時間の関係かな?
で、ジブリはまた違う日に行かれたんですね。
ジブリと残りの万博旅行記待ってますよ。
では失礼いたします。
Junipper Breezeさん旅行記にポチッとな!
- Juniper Breezeさん からの返信 2025/10/17 13:46:11
- RE: ここで終わっちゃったの?
- marsyさん、こんにちは。 いつもコメントありがとうございます。
明治村なんですが、そうなんですよ、この日は時間切れで4丁目まで見て引き返しました。 行く前から、バスの時間を考えたら1日で全部は見れないだろうと思って行きましたが、思いの外見れたなぁ~…って。 半分くらいしか見学できないパターンを予想してたので。 でも、こっちも後日、再訪しており、その時の旅行記もいつか公開しますので^^/
ジブリパークの予約が変更でき無さそう(旅行の出発時点では)という理由で、台風接近してても決行した今回の旅行でしたが、結局ジブリパークには行けず…なんのこっちゃって感じですね。 ジブリパークは同月中にリベンジしてて、その旅行記は近いうちに。
ラスト万博の旅行記はこの前公開しましたけど、激混みであんまり動けず、パビリオンにも並べず、昼間の15:30には帰ってきちゃったので、旅行記としては全然見どころナイですが、もしもご興味あればご覧ください。
では、また。
Juniper Breeze
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