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今回は一泊二日(7/26-7/27)で新潟県の柏崎の花火と新潟市内の一部を観光しました。新潟旅行のきっかけとなったのは、昨年BSフジで放映された「2023年ぎおん柏崎まつり海の大花火大会」を見て、テレビでは本物のすごさが分からないので、家族全員で、実際に柏崎の花火を観覧しようということになったからです。<br />まず、衝食を食べていなかったのでJR「上野駅」の中央改札口を入った真正面にある「駅弁屋」でお弁当を買いました。毎回、「駅弁屋」で買うお弁当は決まっていて、家内も食べるのを楽しみにしています。それは「鮭いくら弁当」です。鮭の切り身は、大振りで身も厚く、辛さ控えめで旨みがあります。いくらはこれでもかというくらい入っています。JR「上野駅」から8時36分発の上越新幹線「とき59号」に乗車し、約1時間56分でJR「新潟駅」に到着しました。生涯に一度も新潟には行ったことがなく、10時20分に初めて新潟の地に足を踏み入れました。<br />最初に向かったのは、パンフレット、市街地図や観光情報をゲットするために「新潟市観光案内センター」へ行きました。観光案内所はだいたい親切ですが、ここでは非常に親切に説明してもらえました。バスの時間まで少し時間があったので、JR「新潟駅」ビルにあるお土産のショッピングセンター「ぽんしゅ館 コンプレックス」、「ふるさと CoCoLo新潟店」を散策し、お土産などを物色しました。<br />バスの時間が迫ってきたので集合場所であるJR「新潟駅」南口のバス乗り場へ向かいました。るJR「新潟駅」を14:00に出発し、途中3ケ所に立ち寄り、ツアーに参加する観覧客がバスに乗車してきました。16:30頃に花火大会専用バスの駐車場に到着しました。駐車場から花火大会会場まで徒歩15分ほどかかりました。花火がはじまるまで2時間30分ほどありましたが、会場でのイベントやお弁当を食べているとあっという間に花火が始まりました。何よりも感激したのは、沈む夕日を見ることもできたということです。<br />花火大会と新潟市内の観光は次のような巡路で巡り、詳細についてはそれぞれまとめてあります。<br /><br />《新潟旅行の観光巡路》<br />①《新潟市観光案内センター:7/26》⇒②《ぎおん柏崎まつり海の大花火大会:7/26》⇒③《ANAクラウンプラザホテル新潟:宿泊先》⇒④《三社神社:7/27》⇒⑤《萬代橋:7/27》⇒⑥《新潟ブルース 歌碑:7/27》⇒⑦《會津八一石碑:7/27》⇒⑧《高浜虚子の句碑:7/27》⇒⑨《須田霞亭生誕地:7/27》⇒⑩《会津きい子生誕地:7/27》⇒⑪《長井運坪生誕地:7/27》⇒⑫《小唄勝太郎像:7/27》⇒⑬《日蓮宗 真善寺:7/27》⇒⑭《沼垂テラス商店街:7/27》⇒⑮《真言宗 悉地院:7/27》⇒⑯《今代司酒造株式会社:7/27》⇒⑰《沼垂白山神社:7/27》⇒⑱《峰村醸造直売店:7/27》<br /><br />01_新潟市観光案内センター<br />「新潟市観光案内センター」は、JR「新潟駅」の2階の在来東改札前にあります。新幹線の改札口からは左方向に進むとすぐ右手にあります。<br />今回は、「ぎおん柏崎まつり海の大花火大会」が主目的だったので、新潟観光は全く考えていませんでした。行きの花火大会会場へのバスと帰りの新幹線の時間がそれぞれ3~4時間あったので、思案に暮れていたところ運よく、新幹線の改札口からすぐ左手のところに「新潟市観光案内センター」を発見しました。とにかく、初めての新潟旅行なので、地理感もゼロでどこへ行ったらいいのか見当もつきませんでした。3~4時間の予定で観光したいと相談したところ、とても親切に丁寧に説明してくれました。また、観光スポットのパンフレットも充実していて豊富にありました。実は、「新潟市観光案内センター」の隣にお土産センターがあり、翌日、お土産を買おうと思い行きましたが、種類がたくさんあり何を買っていいのか分からなくなったので、再度「新潟市観光案内センター」のスタッフの方に相談しました。お土産センターの右手入口のところにある「アン・ブルボン」の「シュガーバター」、「GATEAU HA NA BI」の「夏花火パイ」そしてやはり越後といったら「笹団子」だそうです。それともう一つ耳寄りな情報も教えてくれました。それは、新幹線の改札口の左手にある奥のお土産屋で美味しい湯がた枝豆を販売しているということです。残念ながら売り切れで在庫がありませんでした。<br />ちなみに、「新潟市観光案内センター」は、2024年3月1日にリニューアルオープンしたばかりの出来立てのピカピカです。清潔感溢れる内装も魅力です。内装には新潟県産スギ材や新潟漆器を使用しているそうです。3台の大型LEDビジョンを設置し新潟の観光魅力を上映していました。また、窓口業務としては、当日の新潟市内宿泊予約、観光案内、交通案内、各種観光パンフレットの提供、にいがた食の陣「うまさぎっしり湊町券」の換券、手荷物配送サービスの「新潟駅から手ぶらで観光」などを行っています。「ぎおん柏崎まつり海の大花火大会」行きのバスには時間があるので、新潟駅構内の「CoCoLo新潟」でお土産を見たりして時間を潰しました。<br /><br />02_ぎおん柏崎まつり海の大花火大会<br />新潟県には、「越後三大花火」という夏を代表する一大花火イベントがあります。まず、先陣を切って開催されるのが、7月26日に行われる海の花火として知られる「ぎおん柏崎まつり海の大花火大会」です。次に8月2日・3日に行われ、川の花火として知られる「長岡まつり大花火大会」で、信濃川の両岸を観覧席として開催されます。「長岡まつり大花火大会」は、日本屈指の花火大会で、新潟の花火といったら誰もが「長岡まつり大花火大会」と答えるでしょう。そして、最後が9月13日・14日に行われ、山の花火として知られる「片貝まつり浅原神社秋季例大祭」の花火で、別名「花火祭り」と呼ばれています。ちなみに、片貝は三尺玉発祥の地であり、この片貝まつりで打ち上がる「正四尺玉」は世界最大の打ち上げ花火としてギネスブックにも掲載されています。<br />今回、その「越後三大花火」の中で、「ぎおん柏崎まつり海の大花火大会」の花火を見に行ってきました。「ぎおん柏崎まつり海の大花火大会」の花火を見て大変感動しました。「ぎおん柏崎まつり海の大花火大会」は、花火そのもののスケールもさることながら、海というロケーションを最大限利用して活かしていることです。日本海そのものが、夜空、海中に咲く花火のキャンバスになっています。聞いたところによると、柏崎のように、あれだけのスペースを使った花火大会は日本中どこに行ってもないということです。私の住んでいる東京にも全国的に有名な「隅田川の花火」もあります。「ぎおん柏崎まつり海の大花火大会」の花火を見るまで日本一かと思っていましたが、認識が一気に変わりました。確かに「隅田川の花火」は、建物が密集しているので、おそらく花火の大きさに制限があるので仕方がないでしょう。「ぎおん柏崎まつり海の大花火大会」の花火を見たら、残りの「越後三大花火」も観たくなりました。結構お金もかかるので、来年は「長岡まつり大花火大会」、再来年は「片貝まつり浅原神社秋季例大祭」の花火を観に行こうと考えています。<br />「ぎおん柏崎まつり海の大花火大会」は、「T-LIFEホールディング」のツアー「指定観覧席:らくらくイス・テーブル席」に申し込みました。新幹線やホテルの手配は自分たちでしなければなりません。集合場所は、JR「新潟駅」南口にあるバス乗り場です。JR「新潟駅」南口からバスに乗り込むと私たち家族を含め10名程度しかいませんでした。バスの座席はスカスカの状態です。バスは14時00分に出発し、最初に「ビックスワン無料駐車場」に停まりました。ここからは大勢の観覧客が乗車してきました。それから「栄パーキング上り売店前」、「長岡インター」でも観覧客が乗車し、いつのまにかバスの座席は満席になっていました。そして、目的地である「ぎおん柏崎まつり海の大花火大会」のバス専用の駐車場に、16時30分ごろに到着しました。広大なバス専用の駐車場です。添乗員の話によると、到着して時点では私たちのバス以外に1台しか駐車していませんでしたが、200台以上のバスで駐車場が満杯になるそうです。車内で有料観覧席の「イス・テーブル席」IDカードとお弁当の引換券が配られました。紛失してしまうと入場できなくなりますので注意してくださいという指示が添乗員からありました。駐車場から「ぎおん柏崎まつり海の大花火大会」の会場まで歩いて15分ほどでした。有料観覧席の入場ゲートは、個人と団体に分かれていて、そこからの入場です。ちなみに、有料観覧席は、「イス・テーブル席」(36000円)、「マス席」(30000円)、「階段席」(13000円)、「ベンチ席」(14000円)の四種類です。私は正座が苦手なので「イス・テーブル席」にして助かりました。食事をしながら花火を十分楽しむことができました。ただし、太陽が沈むと辺り一帯は真っ暗になりテーブルの上に何があるか分からなくなるので、食事は明るいうちに済ませた方がいいですね。花火が打ちあがるまで2時間30分以上あるので、会場の外にある「セブンイレブン 柏崎西港町店」に飲み物とデザートを買いに行きました。そこで目の前には愕然とするような光景が広がっていました。店内の入場制限をしていて、50から60人の観覧客が並んでいました。ここしかないので仕方なく並んで飲み物等を購入しました。「イス・テーブル席」に戻り、お弁当の引換券を持って、お弁当引換所に向かいました。私がお弁当引換所へ行ったときには誰も並んでいませんでしたが、バスが到着するにつれて、長い時は30分以上も並ばなければならないそうです。お弁当は三種類ありましたが、一番量の少ない「かしわざき花火弁当」(1500円)を事前に注文しておきました。「かしわざき花火弁当」は、柏崎名物の鯛めし、鮭の米麹焼きや越後醤油の海老艶煮、菜の花、柿、柏崎伝統野菜に認定される節なり胡瓜など柏崎を感じられる種類豊富な食材が入っている花火限定の弁当です。<br />会場にある「夕陽のドーム」では、イベントが次から次へと開催され、色々なジャンルの歌声があたりに響いていました。時間を潰したつもりでしたが、花火の打ち上げまで1時間ほどありました。しかし、ここで信じられない光景を目にすることができました。それは、夕陽が雲のまにまに沈むのを見ることができたことです。当日は曇り空だったので、残念ながら地平線の彼方に沈むのを見ることができませんでしたが、なんとなく得した気分になりました。<br />アナウンスがありいよいよ開演です。開演に先立ち花火大火の開始の前のイベントである「日本海太鼓」の演奏です。荒々しい太鼓の音色が日本海に響き渡り、五臓六腑にも共鳴するのを感じました。「ぎおん柏崎まつり海の大花火大会」は、海の柏崎ならではの海の広さを利用した幅600メートルの「ワイドスターマイン」、「海中空スターマイン」、「尺玉100発一斉打上」、そして、柏崎でしか見られない「怒涛の尺玉300連発」など、豪華絢爛な花火が目白押しです。<br />さて、いよいよ始まります。最初は、日本海の美しい夕日と紺碧の空をバックに繰り広げるオープニング・スターマインから始まります。次が、「海中空スターマイン」です。花火が海に向かって曲線を描きながら打ち込まれ、海面で花が咲き、美しい半円を描きます。これこそまさに海の柏崎である由縁でしょう。私も最初疑問に思ったのですが、海に打ち込んだら導火線の火が消えてしまうのではないかと心配になりました。実は、花火の火薬は燃えているのではなく、化学反応で爆発しています。酸素を含んだ薬品と炭素とが結合して燃焼現象を起こします。この化学反応によって、海の中に投げ入れても火が消えないのです。海に打ち込まれた花火は、海中に沈んだ後、花火の中に入っている空気によって海面に浮かんできます。その海面に浮かんできた時に開かせるように打ち上げからの時間を調整しているそうです。次が、花火の王様である「三尺玉特大花火」です。会場入り口付近に記念撮影スポットがあり、一番大きい「三尺玉」の実物大見本も展示してありました。「三尺玉」は、重さ約200kgあり、高さ600メートルの上空で直径600メートルの大輪の花を咲かせます。「三尺玉」の会場に轟く大音響、爆風などを感じることができました。次が、「ワイドスターマイン」です。日本海に突き出る600メートルの堤防をワイドに使って打ち上げます。花火の滝が広範囲に渡って流れ落ちます。次が、「尺玉100発一斉打上」の連発です。開花すると直径300mの尺玉100発が、幅1500メートルにわたり一斉に打ちあがりしかも2回連続で打ち上がるという贅沢な光景を演出してくれます。最後の感動のフィナーレは、「怒涛の尺玉300連発」です。柏崎の海をふんだんに使い、300発の鮮やかな花火が、約6分間打ち上がり続けます。感動と驚愕のうちに1時間30分に及ぶ花火もあっというまに終わってしまいました。<br />帰りはこれまた大変でした。会場からバスの駐車場まで人の波が続き30分近くかかりました。全員揃ったところで出発です。駐車場から途中の経由地を経て、JR「新潟駅」南口へ戻ります。バスの駐車場からもなかなか出られません。出口から高速のインターまでまた大渋滞で、結局JR「新潟駅」南口へ着いたのは、深夜1時15分でした。そして、今夜の宿泊施設である「ANAクラウンプラザホテル新潟」へ着いたのは1時30分過ぎでした。美しい花火を十分堪能できましたが、また、疲れたというのも本音です。そして、最後に、当日の花火のプログラムを転記しましたのでご参考までに覧ください<br />《花火プログラム》 ※()内は協賛企業等<br />19:30…オープニングスターマイン(柏崎商工会議所 正副会頭一同)<br />19:32…ぴっから通りスターマイン(ぴっから通り商店街・柏崎市五中会商店街振興組合・本町六丁目商店街振興組合)<br />19:34…(特) 海中スターマイン(株式会社イシザカ)<br />19:36…(特)スターマイン(山一商工株式会社)<br />19:38…超特大海中空スターマイン((一社)新潟県建設業協会柏崎支部・柏崎建設業協同組合)<br />19:40…ベスビアスワイドスターマイン(JAえちご中越 / (株)ジェイエイサービス柏崎)<br />19:42…スターマイン(柏崎刈羽原子力発電所協力企業協議会会員企業有志一同)<br />19:44…大スターマイン(日本ドレッサー株式会社)<br />19:46…ベスビアス特大海中空スターマイン(日本フローサーブ株式会社)<br />19:48…スターマイン(新潟産業大学・新潟工科大学)<br />19:50…ベスビアス海中空スターマイン(株式会社アドバネクス新潟工場)<br />19:52…超特大スターマイン(東日本高速道路(株) 新潟支社長岡管理事務所)<br />19:54…大型ベスビアス海中空スターマイン(住友電気工業株式会社)<br />19:56…ベスビアスワイドスターマイン(株式会社東芝 柏崎工場)<br />19:58…ベスビアス海中空スターマイン(山崎工業(株) プレス事業部・自動車事業部)<br />20:00…スターマイン(創価学会 柏崎牧口記念会館)<br />20:02…ベスビアス海中空スターマイン(プロゴルファー古閑美保)<br />20:04…特大スターマイン(前澤工業株式会社・株式会社前澤エンジニアリングサービス)<br />20:06…ベスビアス特大海中空スターマイン(株式会社INPEX・株式会社INPEXドリリンク・株式会社INPEXビジネスサービス ・株式会社INPEXパイプライン  ・株式会社INPEXエンジニアリング)<br />20:08…特大スターマイン(越後交通グループ:越後交通株式会社・ネッツトヨタ越後株式会社・越後交通整備株式会社)<br />20:10…スターマイン(税理士法人ツチダ会計)<br />20:12…特大スターマイン(株式会社藤真工業)<br />20:14…超ベスビアス立体ワイド大海中空スターマイン(株式会社ブルボン・ブルボングループ)<br />20:18…特大スターマイン(ウオロク柏崎店・ホームセンタームサシ柏崎店・しまむら柏崎店・ABCMART)<br />20:20…ベスビアス海中空スターマイン(東京電力ホールディングス株式会社社員一同)<br />20:22…特大スターマイン(藤林コンクリート工業株式会社・株式会社フジコン)<br />20:24…大型ベスビアスワイドスターマイン(株式会社エヌ・シィ・ティ)<br />20:26…ベスビアス海中空スターマイン(株式会社コロナ柏崎工場)<br />20:28…尺玉100発一斉打ち上げの2連続(有料観覧席利用者一同)<br />20:30…スターマイン(リメイク株式会社)<br />20:32…ベスビアス海中空スターマイン(藤村クレストグループ・藤村クレスト(株)・東北藤村クレスト(株) ・(株)フジムラ ・マテックス建材(株)・ 藤村企画(株)・ 藤和生コン(株)・(株)FIT)<br />20:34…特大スターマイン(株式会社フォーラムムラタ・カーライフステーション柏崎店)<br />20:36…NGT48コラボレーション花火(えちゴン花火10周年記念企画)<br />(株式会社ケンブリッジ・橋本医科器機株式会社・大新東株式会社・シダックス大新東ヒューマンサービス株式会社)<br />20:40…超ベスビアス海中空スターマイン(シモダ産業株式会社・協賛企業)<br />20:42…超ベスビアスワイドスターマイン(株式会社リケン柏崎事業所)<br />20:44…ベスビアス特大海中空スターマイン<br />(植木組グループ ・北陸施設工業(株)・ 植木不動産(株)・(株)ユニテック・(株)アスカ・(株)植木機工・(株)はまなす保険企画・(株)さくら介護サービス ・柏崎カントリークラブ・(株)村田電気商会・(株)エコー・ユー・(株)ワールドスイコー)<br />20:46…ワイドスターマイン(三尺玉入り)( アクシアルリテイリング株式会社・前澤工業株式会社・新潟県自動車整備柏崎地域協議会・ 柏崎市職員互助会・柏崎市金融団・柏崎機械金属団地協同組合・柏崎田尻工業団地協同組合)<br />20:50…柏崎市民一同(柏崎市民一同)<br />20:56…尺玉300連発(協賛S・M・L・特別協賛一同)<br /><br />03_ANAクラウンプラザホテル新潟<br />「ぎおん柏崎まつり海の大花火大会」を観覧した後、JR「新潟駅」に着いたのは、深夜の1時15分過ぎです。この時間帯だとほとんどタクシーはなく、徒歩10分ほどなので歩いてホテルに行くことにしました。「ANAクラウンプラザホテル新潟」に着いたのは、1時30分頃になってしまいました。ホテルに帰ってシャワーを浴び、寝るだけでした。客室は、10階にある角部屋の1001室ですツインの部屋なのでエクストラベットが1つ用意されていました。家内と娘は、寝心地のよさそうなSIMMONS製ベッドで睡眠をとりました。部屋の大きさはまあまあの広さです。アメニティ・備品等も一通り完備されていました。シャワーを浴び、エクストラベットにはいるとあっという間に眠りに陥りました。<br />朝食は、1Fの「ブレックファストビュッフェ」で朝の6:00から10:00までです。普段は早めに朝食を済ませ観光に向かいますが、寝たのが遅かったので9:00過ぎに朝食会場へ行きました。朝食は楽しみにしていたものが三つあります。まず、新潟県の北部にある岩船地域で育てられた良質の県産ポークをじっくり熟成させた「黄金豚のハムステーキ」です。「シェフコーナー」で目の前で焼いてくれます。当日は、女性のシェフが調理してくれました。「黄金豚のハムステーキ」は、やわらかく、かみしめると一層旨みが出てきました。二つ目は、米どころ新潟の三種のお米の食べ比べができるということです。三種のお米とは、「魚沼産コシヒカリ」、「佐渡産コシヒカリ」、「岩船産コシヒカリ」です。ただ食べ比べでは芸がないので、三種のお米をお椀に盛り付け、まず、「タレカツ丼」にして食べました。どの銘柄のお米も甘みが半端ではありませんでした。もちろんカツもあっさり揚げてあり、サクサクとした食感でした。それと新潟ではカレーがB級グルメらしくホテル自慢の自家製カレーをかけ三種のお米を堪能しました。昔ながらの素朴な味わいのカレーでした。三つ目は、人気の「とろけるヤスダヨーグルト」です。できたての生乳で作られているので、少々固めの食感で、濃厚な味わいを楽しむことができました。その他、郷土料理「のっぺ」や「栃尾揚げ」をはじめ、地産地消にこだわった日本料理を味わうことができます。旅行に行くとたいていの場合は洋食中心ですが、今日は和食で地元新潟の味を堪能することができました。お腹も一杯になったところで、新幹線の時間まで新潟市内の観光へ向かいます。最初に向かうのは、「ANAクラウンプラザホテル新潟」から徒歩7分500mほどのところにある「三社神社」です。<br /><br />04_三社神社<br />最初に「三社神社」の歴史を紐解いてみると、延享3年(1746年)8月に「信濃川」によって運ばれてきた土砂の堆積で島嶼の「長岡領附寄島」が誕生しました。「安倍玄的」が中心となって開拓しました。そして、翌年の延享4年(1747年)4月26日に開拓の安全と成功を祈願して、島中に一祠を祀りました。それが「三社神社」の始まりです。当初は、「伊勢皇大神宮」を主祭神にお祀りしたことから神社名を「附寄島大神宮」、「附寄島神明宮」としました。また、開拓者であるに「安倍玄的」因み「玄的のお宮」とも呼ばれていました。その後、弘化元年(1844年)には「流作場大神宮」、「流作場神明宮」と名を変え、明治維新以後に「三社神社」と改称されたそうです。御神徳は、大河の中に新しく生まれた土地に建立された神社であることなどに因み新規事業開拓、会社、店舗などの開業、開運立身出世、家内安全、心願成就のご利益があるといわれています。<br />それでは、「三社神社」を参拝します。まず、大きな社号標のある入口から入ると、「狛犬」(石鳥居)の先に「一の鳥居」(石鳥居)、さらにその先に「二の鳥居」が見えます。参道が右手方向に蛇行しているので「一の鳥居」からは「拝殿」は見えません。「二の鳥居」をくぐると「拝殿」がその姿を現します。左手には、立派な神輿が展示してある「神輿庫」があり、右手には「龍の口」と書かれた「手水舎」があります。「手水舎」の先には、これまた立派な真新しい石製の由緒板があります。三柱を祀ってあるので「三社神社」と呼ばれているそうです。反対側には、よほど価値のある「さざれ石」らしく鉄柵で囲まれていいました。説明板によると、「今上天皇御即位」20年を奉祝して奉納されたものです。ちなみに、「さざれ石」とは小さい石のことです。この岩石は土の中で長い年月をかけて小さい小石が寄り付き固まって岩と化した産物です。国歌「君が代」の一節に「さざれ石の巌と成りて」とうたわれているのはこのことです。この意味は、何万年も掛けて小石が巌と成る様に、国土の永久安泰と繁栄を願って詠まれた和歌です。この「さざれ石」は宮城県登米市の山中で発掘されて奉納されました。「さざれ石」の左脇にある「添え碑」の国歌は三社神社所蔵「東郷平八郎」の揮毫によるものです。何となく大切なものだとその理由が理解できました。「拝殿」で参拝を済ませ、拝殿に向かって右手の方向に進むと「玄的の青蛙」がありました。その隣には奉納された可愛らしい蛙の置物が沢山飾られていました。説明板によると「当地流作場は延享3年(1746年)に「安倍玄的」が信濃川の島嶼を開拓して住家15軒にて玄的村を開くに始まります。元来水損地のため、文化4年(1807年)、・文化5年(1808年)3度の大洪水に襲われ壊滅的状況に至り廃村を決意しました。しかし、その惨状の中で沢山の青蛙が力強く生きている姿に村人達は発奮して自らを「玄的の青蛙」と呼び水と戦い水と和して村を再建したと言い伝えられています。今日の繁栄は先祖達「玄的の青蛙」の不屈の努力に依ってもたらされた賜物である。」と記載されていました。事前に調べていかなかったので、見逃してしまいましたが、実は、「三社神社」の境内には、小さな5匹のカエルが隠れていて、「玄的の青蛙像」と合わせると6匹となり、6カエル(むかえる)「幸せを迎える」となるそうです。今後いかれる方は是非6匹のカエルを見つけて、幸せになってください。「玄的の青蛙像」の奥には、「明治天皇聖跡碑」と「江戸時代の道標」がありました。「明治天皇聖跡碑」は、「明治天皇」が明治11年(1878年)9月19日に東海北陸御巡幸中に流作場の開祖安倍邸で小休止したそうです。それを記念して、新潟市は昭和10年(1935年)1月に安倍邸門前に「明治天皇聖跡碑」を建立しました。そして、「明治天皇聖跡碑」を平成21年(2009年)7月27日に「三社神社」境内へ移設したそうです。「江戸時代の道標」は、嘉永7年8月(1854年)に新潟奉行所で建てた道標です。平成8年(1996年)に神社御鎮座及び開村250年を記念して、斎行された流作場250年祭の後、平成10年(1998年)境内に移設しました。歴史的に価値のあるものだそうです。最後が、末社である「石宮神社」です。「石宮神社」の御祭神は、「石宮大神」です。時代の流れと共にすたれてしまったものを「三社神社」の境内の一隅を借地し、昭和54年(1979年)12月に起工式を行い、翌年5月新社殿に遷宮し、「石宮神社」としたそうです。「三社神社」の次は「萬代橋」へ向かいます。「萬代橋」は「三社神社」から徒歩12分850mほどの距離のところにある「信濃川」に架かっています。<br /><br />05_萬代橋(「新潟ブルースの歌碑」、「高浜虚子の句碑」、「吉野秀雄歌碑」)<br />最初に「萬代橋」の歴史と概要について紐解いてみると、「萬代橋」は、新潟市の「下大川前通」、「川端町」と「万代」を結ぶ、「信濃川」にかかる美しい連続アーチが特徴的の「鉄筋コンクリート造6連アーチ橋」です。現在の「萬代橋」は三代目で、橋の長さは306.9m、幅は22.0m、そして1日約3万台の自動車の往来を支える大動脈となっていてまさに新潟市のシンボル的存在です。「萬代橋」は、アーチの美しさと花崗岩や御影石を使った石づくりの重厚さが調和し、その姿にはゆとりと風格さえ感じられます。また、昭和39年(1964年)に起きた新潟地震に耐え、市民の避難や救助、災害復旧に大きな役割を果たしました。三代目「萬代橋」は、平成16年(2004年)7月6日に国の重要文化財に指定されました。国道にかかる橋梁で重要文化財に指定されたのは、東京の日本橋に次いで2番目となるそうです。<br />「萬代橋」の変遷の歴史を見てみると、初代「萬代橋」は、明治19年(1886年)11月から明治41年(1908年)3月まで架けられていました。当初は個人所有の有料橋でしたが、明治33年(1900年)4月に県が買い取り、無料橋となりました。二代目「萬代橋」は、明治42年(1909年)12月から昭和4年(1929年)8月まで架けられていました。実は、明治41年(1908年)3月8日の「新潟大火」により、初代「萬代橋」は半分以上焼け落ちてしまいました。「萬代橋」は多くの人馬車の通行があり、交通上重要な橋としてその通行を一日たりとも止めることが出来なかったため、県は直ちに建設に着手し、明治42年(1909年)12月に二代目萬代橋が完成しました。三代目「萬代橋」は、昭和2年(1927年)7月に起工し、昭和4年(1929年)8月に完成し今日に至っています。三代目「萬代橋」の現橋の架橋75周年を迎えた2004年(平成16年)、国の重要文化財に指定されたのを機に、漢字表記を新字体の「万代橋」から、建設時よりの橋名板表記である「萬代橋」に戻したという経緯があります。<br />では、早速「萬代橋」を渡ってみたいと思います。まず、「万代」側の橋の手前には、橋の由来や構造等が紹介されている銘板があります。途中には、テラスもあり通行人を気にすることなく、信濃川の流れ、遠くに見える稜線、下流に架かる柳都大橋、新潟の街並みなどを眺めることができます。「萬代橋」の橋詰は、建設当時には、12本の柱で囲まれていたそうです。そのうち現存するのは4本の親柱と3本の隅柱で、残りの5本は、当時のデザインを忠実に再現し、見事に復元されています。「照明灯」もありました。よく見るとこの「照明灯」には、「電車用架線フック」が付いていました。実は、大正14年(1925年)の新潟県都市計画では、新潟駅前から萬代橋を経て、今の新潟市役所まで路面電車を通す計画があった名残だそうです。「下大川前通」、「川端町」側に行くと「新潟ブルースの歌碑」なるものがありました。「新潟ブルース」と言えば、確か歌手の「美川憲一」の持ち歌ですよね。「新潟ブルース」は、新潟県出身の作詞家「山岸一二三」が作詞し、「新潟ブルースの歌碑」は、新潟市市政百周年記念として建てられたものだそうです。「新潟ブルースの歌碑」の前に立って歌詞を読んでいくと「美川憲一」の低温が腹に響くような感じがしました。少し先にある信号(表示名「礎町」)の横断歩道を渡り道路の反対側に行きます。橋の手前の「ホテルオークラ」の植栽の中には、「高浜虚子の句碑」がありました。「高浜虚子の句碑」には、「千二百七十歩なり 露の橋」と刻まれていました。大正13年(1924年)9月11日に、新潟を訪れた俳人「高浜虚子」が、宿泊していた旅館から「萬代橋」を渡って散歩に出た朝に詠まれた句といわれています。当時は二代目「萬代橋」の時代で、今の3倍も川幅があったそうです。「ホテルオークラ」側の橋詰広場から川沿いに下り、「信濃川やすらぎ緑地」の堤防沿いで「萬代橋」の全景の写真を撮りに行ったときに、「吉野秀雄歌碑」を発見しました。「吉野秀雄歌碑」には、「萬代の橋より夜半の水の面に 涙おとしてわが去るむとす」と刻まれていました。この歌は、昭和31年(1956年)11月23日に師である「會津八一」の葬儀を終え、帰途に就く途中で詠んだ歌だそうです。それでは「萬代橋」に戻り「万代」側に向かいます。途中で「信濃川」を行く水上バスが、「萬代橋」の下を通過する光景も見ることができました。橋を渡り終えると橋の由来や構造等が紹介されている銘板そして国の重要文化財指定の銘板がありました。「萬代橋」の次は「須田霞亭生誕地」へ向かいます。「須田霞亭生誕地」は、「萬代橋」から徒歩17分1200mほどの距離のところにある「万代町通り」の左側の歩道沿いにあります。そのほか、続けて通り沿いに「会津きい子生誕地」、「長井運坪生誕地」の説明板もありました。沼垂地区は、画家や文人など芸術家を輩出した地域ですね。<br /><br />06_「万代町通り」にある画家や文人など生誕地の説明板<br />「須田霞亭生誕地」、「会津きい子生誕地」、「長井運坪生誕地」の順で見ました。<br />①「須田霞亭生誕地」<br />説明板によると、「須田霞亭」は、明治15年(1909年)にここ新潟市沼垂町生まれの画家です。「寺崎広業」の門下生で組織した美術研精会に属して研鑽を積み、明治42年(1909年)頃から大正にかけて、週刊「新潟交友」の挿絵を執筆担当しました。大正時代には、実業家「桜井市作」の援助を得て頒布会を行い。大正5年(1916年)に、代表作である新潟市公会堂「松鯉図」寄贈しています。晩年は東京から鎌倉に居を移しています。<br />②「会津きい子生誕地」<br />説明板によると、「会津きい子」は明治45年(1912年) 3月31日に沼垂片原町で生まれ、「會津八一」昭和19年(1944年)2月に、「會津八一」の養女となり、「會津八一」を世に認めさせた人物です。旧姓は「高橋キイ」です。「会津きい子」は、早稲田大学の教授で、英文学を講じ、東洋美術史を研究していた「會津八一」の学究生活を献身的に支えました。「会津きい子」は、その青春のすべてを八一への内助の功に捧げつくして、短い生涯を終えました。<br />③「長井雲坪生誕地」<br />説明板によると、「長井雲坪」は、幕末から明治にかけて活躍した新潟市沼垂出身の画家です。「長井雲坪」の代々医師の家に生まれました。「長崎南画三画人」(長崎南画三筆)に数えられる「鉄翁祖門」と「木下逸雲」に師事し、慶応3(1867)年には清国への渡航を果たして、中国の文人画(日本では「南画」とも)を学びました。帰国後、「長井雲坪」は各地をめぐり、沼垂にも一時帰郷した後、おもに長野を拠点に活動したそうです。<br /><br />01_【「須田霞亭生誕地」の一口メモ】<br />&#9332; 所在地<br />①「須田霞亭生誕地」…〒950-0076 新潟県新潟市中央区沼垂西1丁目1 <br />②「会津きい子生誕地」…〒950-0076 新潟県新潟市中央区沼垂西1丁目2-23<br />②「長井運坪生誕地」…〒950-0076 新潟県新潟市中央区沼垂西1丁目3-25 <br />02_【「須田霞亭生誕地」へのアクセス】<br />&#9332; JR「新潟駅」万代口から徒歩で<br />①「須田霞亭生誕地」…JR「新潟駅」万代口から徒歩14分1000mほど<br />②「会津きい子生誕地」…JR「新潟駅」万代口から徒歩15分1100mほど<br />③「長井運坪生誕地」…JR「新潟駅」万代口から徒歩16分1100mほど<br />&#9333;  JR「新潟駅」からバスを利用して<br />今代司酒造[新潟駅] ⇒[臨港病院前行]≪新潟バス:E10・E11・E12≫<br />・バス乗り場:「新潟駅」(5番のりば)<br />・停留所目(「万代町」の次の停留所) 所要時間約6分<br />・9時から17時の間に1時間平均2~3便 <br />①「東地区総合庁舎前行」で下車し「須田霞亭生誕地」まで徒歩1分62mほど<br />⇒バスは「東地区総合庁舎前行」停留所に停まるので下車した後、バスの進行方向と同じ方向に62mほど進むと歩道の左側に「須田霞亭生誕地」があります。<br />②「東地区総合庁舎前行」で下車し「会津きい子生誕地」まで徒歩1分44mほど<br />⇒バスは「東地区総合庁舎前行」停留所に停まるので下車した後、バスの進行方向と同じ方向に44mほど進むと歩道の右側に「会津きい子生誕地」があります。<br />③「東地区総合庁舎前行」で下車し「長井運坪生誕地」まで徒歩徒歩1分68mほど<br />⇒バスは「東地区総合庁舎前行」停留所に停まるので下車した後、バスの進行方向と同じ方向に68mほど進むと歩道の右側に「長井運坪生誕地」があります。<br />次は「小唄勝太郎像」へ向かいます。「長井雲坪生誕地」から「小唄勝太郎像」まで、「万代町通り」を道なりに直進します。350mほど進むと「市立沼垂保育園」がありその前にあります。<br /><br />07_小唄勝太郎像<br />「小唄勝太郎」は、明治37年(1904年)11月6日に生まれ、本名は「眞野カツ」で、旧姓は「佐藤」です。芸者「勝太郎」として葭町花街に籍を置く傍ら、昭和40年(1965年)に上京し、「島の娘」で歌手デビューし、いわゆる「ハァ小唄」の流行を作りました。戦後NHKの紅白歌合戦に三出場するなど活躍し、昭和46年(1971年)に紫綬褒章を受章しました。特に、「三島一声」と歌った「東京音頭」の大ブームを受けて芸妓の籍を抜け、「小唄勝太郎」と名乗って歌手業に専念しました。「市丸」、「赤坂小梅」、「浅草〆香」らとともに芸者歌手の一時代を形作ったひとりです。次は「真善寺」へ向かいます。<br /><br />08_真善寺<br />「真善寺」は「小唄勝太郎像」からは90mほどのところにあります。来た道を戻ると20m先に角がありそこを左折し、70mほど進むと左手に「真善寺」があります。「山門」は「真善寺」の壁沿いに進み、左折すると左手にあります。「山門」を入った右手には「足ツボ増益寿命ロード」が設置されていました。「真善寺」は、日蓮宗のお寺です。御本尊は「一塔両尊四菩薩」で、応安元年(1368年)に、「日禅上人」によって創建されました。「真善寺」は、沼垂の町と共に4度の移転を繰り返し、現在の地へ移ったそうです。見ることはできませんでしたが、本堂の天井には花鳥風月が描かれているそうです。境内は、広々としていて夏の暑い日には、生い茂った木々があり、清涼感がありました。当初は、「沼垂テラス商店街」へまっすぐ行く予定でしたが、大きなお寺があったので入ってみました。この付近は、寺町かどうかは分かりませんが沢山の寺院がありました。<br /><br />09_沼垂テラス商店街<br />「真善寺」の反対側にあるのが「沼垂テラス商店街」です。「沼垂テラス商店街」の「沼垂」は、特徴的なネーミングで「ぬったり」と読むそうです。勉強不足で最初は「ぬまだれ」と思っていました。この「沼垂テラス商店街」と呼ばれるようになったのはつい最近のことです。平成27年(2015年)の春に、「旧沼垂市場」のすべての長屋が店舗として開業したときにこう呼ばれるようになったそうです。市場だった長屋の建物を活用した小さな商店街でノスタルジックな風景と昭和レトロな街並みが調和し印象的で、もちろんインスタ映えする写真撮影もすることができます。現在は、飲食店、カフェ、居酒屋、ハンドメイドアクセサリーショップ、お総菜屋、八百屋、雑貨屋、陶芸工房やガラス工房、古着屋、古道具屋、観葉植物店など約30店舗が軒を並べています。「沼垂テラス商店街」の変遷を紐解いてみると、かつては、新潟市中央区の沼垂地区は、周辺に大工場が立ち並び、工場関係者が利用するまちとして栄えていたそうです。しかし、まちの人々の高齢化や相次ぐ工場の撤退などの影響で周囲の人口減少に繋がりました。また、中央卸売市場の建設により沼垂の問屋も移転してしまいました。平成22年(2010年)から少しずつお店がオープンしはじめ、平成26年(2014年)に店舗全体を管理する事務所が開設しました。その後、続々とお店が増え、平成27年(2015年)の春にはついに、「旧沼垂市場」のすべての長屋が店舗として開業することになりました。また、かつて市場だった頃は商品の見張り番としてネコが重宝されていたそうで「ネコのまち」でもあったそうです。その面影を残しているのが、「沼垂テラス商店街」の案内所も兼ねている「ひとつぼし雑貨店」で、アクセサリーやネコをモチーフにした雑貨などがあり、特にネコの豆皿が人気だそうです。たまに交代で出勤してくる2匹の看板猫もいるそうです。<br /><br />01_【「沼垂テラス商店街」の一口メモ】<br />所在地…〒950-0075 新潟県新潟市中央区沼垂東3丁目5<br />02_【へのアクセス】<br />&#9332; 徒歩で<br />JR「新潟駅」万代口から徒歩19分14000mほど<br />&#9333;  JR「新潟駅」からバスを利用して<br />今代司酒造[新潟駅] ⇒[臨港病院前行]≪新潟バス:E10・E11・E12≫<br />・バス乗り場:「新潟駅」(5番のりば)<br />・4停留所目(「万代町」の次の停留所) 所要時間約7分<br />・9時から17時の間に1時間平均2~3便 <br />・「沼垂四ツ角」停留所で下車し「沼垂テラス商店街」まで徒歩3分170mほど<br />⇒「沼垂四ツ角」停留所のすぐ先に横断歩道があります。横断歩道(信号:表示名「沼垂四ツ角」)を右折し道路の反対側に渡ります。90mほど道なりに直進すると左手に「居酒屋め」があり、そこから「沼垂テラス商店街」が続きます。<br /><br />10_今代司酒造<br />「沼垂テラス商店街」の次に訪れたのは「今代司酒造」で、「沼垂テラス商店街」から徒歩9分700mほどのところにあります。JR「新潟駅」から「今代司酒造」へのアクセスは、新幹線の改札口を出て左方向に進むとすぐ右手に「新潟市観光案内センター」があります。そこを右折し少し進むと左手に降り口がありますのでそれを降りると「万代広場」方面に出ます。「ロイヤルホスト」、「ローソン新潟花園一丁目店」の先の横断歩道を渡ります。「セブンイレブン新潟明石店」があるのでそこを右折し、900mほど進むと突き当りになります。そこを左折し、50mほど進むと角があるので右折し信号(表示名「長嶺町」)を渡ります。横断歩道を渡ったら右折し200mほど進むと「今代司酒造」が左手あります。<br />最初に「今代司酒造」の歴史を紐解いてみたいと思います。その前に、「今代司」と書いて「いまよつかさ」と呼ぶそうです。「今代司」とは「今の時代を司る」という意味だそうです。「沼垂(ぬったり)」などこの辺の地名等は難しい呼び名が多いですね。<br />「今代司酒造」の創業は明和4年(1767年)です。創業当初は酒の卸し業、旅館業、飲食業を商いにしていたそうです。ちなみに、江戸後期から明治初期の新潟は、「北前船」が頻繁に寄港していたため、驚くなかれ人口が江戸より多かったといわれ、「今代司」も繁盛していたようです。「今代司酒造」が、本格的に酒造りに参入したのは、は明治中期に入ってからだそうです。地理的に見ると、その昔、まちの真ん中を流れていた運河「栗ノ木川」によって酒の原料や製品の運搬に便利だったことから、沼垂地区に蔵が構えられました。また、沼垂地区は、地盤がよく、阿賀野川のきれいな伏流水が出て酒造りに適していました。そして、「今代司酒造」の最大の特徴は、全国的に見ても珍しい、アルコール添加を一切行なわない全量純米仕込みの酒蔵です。「今代司酒造」は、伝統を大切にすると同時に、新しいコンセプトやデザインにもこだわっています。今年の6月に長崎に行ったのですが、行きの飛行機(ANA)の機内誌に錦鯉のデザインの日本酒が掲載されていました。家内がそれを見つけ、斬新的で素敵なデザインと感心していました。その時は、「今代司酒造」のことは何一つ知らずに、私もなかなかいい日本酒だねと言ったのを記憶しています。それが一か月もしないうちに対面できるとは思いませんでした。<br />「直売店」は、明治中期の建物をリノベーションした雰囲気のあるスペースです。お酒やお土産はもちろんのこと、お酒が飲めない人にも楽しめるように酒蔵スイーツもありました。私は、直売店で冷たい甘酒を飲みました。甘酒も甘いタイプとヨーグルトタイプがありました。ただ美味しいという表現しか見つかりませんでした。そして何と言っても「直売店」の人気は、「地酒ガチャ」、「おみやげガチャ」です。カプセルの中のコインの色で1等から5等までハズレなしでお酒や甘酒やオリジナルグッズが当たるシステムです。そして、「直売店」の奥には、「無料テイスティング」と1,000円で10種類以上のお酒を一杯ずつ飲める「プレミアムテイスティング」の試飲コーナーもありました。当日、時間がなかったので「酒造見学」には参加できませんでしたが、「酒造見学」の所要時間は約30分で、風情ある建物の中を案内人が丁寧に案内してくれるそうです。次は、隣にある「沼垂白山神社」へ向かいます。<br /><br />11_沼垂白山神社<br />「今代司酒造」の次に訪れたのは「沼垂白山神社」で、「今代司酒造」の手前にあり、「今代司酒造」から徒歩2分120mほどのところにあります。<br />JR「新潟駅」から「沼垂白山神社」へのアクセスは、新幹線の改札口を出て左方向に進むとすぐ右手に「新潟市観光案内センター」があります。そこを右折し少し進むと左手に降り口がありますのでそれを降りると「万代広場」方面に出ます。「ロイヤルホスト」、「ローソン新潟花園一丁目店」の先の横断歩道を渡ります。「セブンイレブン新潟明石店」があるのでそこを右折し、900mほど進むと突き当りになります。そこを左折し、50mほど進むと角があるので右折し信号(表示名「長嶺町」)を渡ります。横断歩道を渡ったら右折し110mほど進むと「沼垂白山神社」が左手あります。<br />「沼垂白山神社」の創建年月は不詳です。「沼垂白山神社」の御祭神は、男女の仲を取り持つ縁結びの神や事業の商談成立の神といわれる「菊理媛命」とあらゆる願いを聞き届けるとし、所願成就の神様として知られる「天照皇大神」の二柱を祀っています。「沼垂白山神社」は、式内社「美久理神社」の論社の一つで、沼垂郡中の総鎮守です。新潟市中央区一番堀通町にある同名神社と区別するため「沼垂白山神社」と呼ばれています。現在の「社殿」は、名匠として知られる「熊谷源太郎」を棟梁として建てられ、総欅造りの堂々とした姿で細部に手の込んだ彫刻が見られるのが特徴です。栗ノ木バイパスの拡幅工事に伴い、平成28年(2016年)6月に「曳家」工事という手法を使い、人力で社殿を現在の場所に移動しました。それでは、早速「沼垂白山神社」を参拝したいとお思います。「一の鳥居」付近には、右手に「郷社白山神社」と刻まれた「社号標」、左手に「由緒板」、そして両側に阿吽の「狛犬」が睨みを利かせています。また、右手には「手水舎」と「百度石」があります。「二の鳥居」をくぐると、正面に「社殿」、左手に「境内社」が並び右手に「参集殿」があります。境内には、いくつかの境内社があります。参道入口を入ってすぐ、左手に「太子社」、「大宮賣大神」、「伊夜日子大神」を祀る祠があります。また、「菅原大神」、「後藤稲荷大神」、「大山祇大神」、「秋葉大神」、「粟島大神」を祀る祠や、「古峰神社」、「神明社」、「庚申碑」などもありました。そして、最も印象的だったのは、「拝殿」、「本殿」の装飾です。弘化4年(1847年)に総材で再建され、本殿四方を飾る向拝左右獅子頭上り龍下り龍子持龍唐獅子等の彫刻です。制作者は左甚五郎と称される幕末の名匠「熊谷源太郎」の手によるものです。非常に精巧にできていて見ごたえ十分です。次は最終目的地である「峰村醸造」です。<br /><br />12_峰村醸造<br />「沼垂白山神社」から「峰村醸造直売店」までは徒歩3分210mほどです。<br />JR「新潟駅」から「峰村醸造」へのアクセスは、新幹線の改札口を出て左方向に進むとすぐ右手に「新潟市観光案内センター」があります。そこを右折し少し進むと左手に降り口がありますのでそれを降りると「万代広場」方面に出ます。「ロイヤルホスト」、「ローソン新潟花園一丁目店」の先の横断歩道を渡ります。「セブンイレブン新潟明石店」があるのでそこを右折し、900mほど進むと突き当りになります。そこを左折し、150mほど道なり進むと「峰村醸造」が左手あります。<br />「峰村醸造」は正面右手の蔵が「直売店」、正面左手の蔵が土日祝日営業している「くらざしきスイーツ」になっています。「峰村醸造」は、昔ながらの製法で味噌造りを行なう明治38年(1905年)創業の越後味噌の老舗です。当時、蔵の前には「栗ノ木川」が流れて、原料等の輸送の便が良いことから、両岸に味噌の製造業や、造り酒屋、醤油の製造業等の醸造業が栄え、最盛期には40余軒の醸造蔵が栗ノ木川周辺に軒を並べ、発酵の街として有名でした。明治・大正時代の土蔵で、味噌や味噌漬け、発酵・醸造の技術をいかしてうまみを引き出した出汁やポン酢などの調味料を製造・販売しています。「くらざしきスイーツ」では、「みそキャラメルチーズケーキ」、「みそガトーショコラ」、「みそプリン」、「こうじプリン」、「枝豆プリン」などオリジナルの商品があり、特に、「みそプリン」は、越後味噌を隠し味に使用した、濃厚な味わいが特徴だそうです。そして、スイーツを購入すると今ではなかなか見ることのできない2階の立派な「お座敷」も見学することができます。<br /><br />今回の旅行も足早になってしまいましたが、色々な出会いと経験ができたと思います。日本人でありながらほとんど日本を知りません。これからも生ある限り日本中を旅したいと思います。お土産も買い、JR「新潟駅」発15:17の「とき326号」で東京へ向かいます。<br />

見たこともないスケールの大きい花火が漆黒の日本海と夜空に打ちあがるシーンは感動的でした。

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2024/07/26 - 2024/07/27

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Lily-junjunさん

この旅行記のスケジュール

2024/07/26

  • JR上野駅発(08:36「上越新幹線とき59号」)⇒JR新潟駅着(10:20)

  • JR新潟駅南口バス乗り場発(14:00)⇒ぎおん柏崎まつり海の大花火大会バス駐車場着(16:30)

  • ぎおん柏崎まつり海の大花火大会バス駐車場⇒ぎおん柏崎まつり海の大花火大会会場 ※徒歩15分ほど

  • おん柏崎まつり海の大花火大会会場(21:00)⇒おん柏崎まつり海の大花火大会バス駐車場(21:20)

  • おん柏崎まつり海の大花火大会バス駐車場(21:50)⇒JR新潟駅南口バス乗り場(01:15)

  • JR新潟駅南口バス乗り場⇒ANAクラウンプラザホテル新潟 ※徒歩15分ほど

2024/07/27

  • 峰村醸造直売店⇒JR新潟駅 ※徒歩14分1000mほど

  • JR新潟駅発(15:17「上越新幹線とき326号」)⇒JR上野駅着(16:54)

この旅行記スケジュールを元に

今回は一泊二日(7/26-7/27)で新潟県の柏崎の花火と新潟市内の一部を観光しました。新潟旅行のきっかけとなったのは、昨年BSフジで放映された「2023年ぎおん柏崎まつり海の大花火大会」を見て、テレビでは本物のすごさが分からないので、家族全員で、実際に柏崎の花火を観覧しようということになったからです。
まず、衝食を食べていなかったのでJR「上野駅」の中央改札口を入った真正面にある「駅弁屋」でお弁当を買いました。毎回、「駅弁屋」で買うお弁当は決まっていて、家内も食べるのを楽しみにしています。それは「鮭いくら弁当」です。鮭の切り身は、大振りで身も厚く、辛さ控えめで旨みがあります。いくらはこれでもかというくらい入っています。JR「上野駅」から8時36分発の上越新幹線「とき59号」に乗車し、約1時間56分でJR「新潟駅」に到着しました。生涯に一度も新潟には行ったことがなく、10時20分に初めて新潟の地に足を踏み入れました。
最初に向かったのは、パンフレット、市街地図や観光情報をゲットするために「新潟市観光案内センター」へ行きました。観光案内所はだいたい親切ですが、ここでは非常に親切に説明してもらえました。バスの時間まで少し時間があったので、JR「新潟駅」ビルにあるお土産のショッピングセンター「ぽんしゅ館 コンプレックス」、「ふるさと CoCoLo新潟店」を散策し、お土産などを物色しました。
バスの時間が迫ってきたので集合場所であるJR「新潟駅」南口のバス乗り場へ向かいました。るJR「新潟駅」を14:00に出発し、途中3ケ所に立ち寄り、ツアーに参加する観覧客がバスに乗車してきました。16:30頃に花火大会専用バスの駐車場に到着しました。駐車場から花火大会会場まで徒歩15分ほどかかりました。花火がはじまるまで2時間30分ほどありましたが、会場でのイベントやお弁当を食べているとあっという間に花火が始まりました。何よりも感激したのは、沈む夕日を見ることもできたということです。
花火大会と新潟市内の観光は次のような巡路で巡り、詳細についてはそれぞれまとめてあります。

《新潟旅行の観光巡路》
①《新潟市観光案内センター:7/26》⇒②《ぎおん柏崎まつり海の大花火大会:7/26》⇒③《ANAクラウンプラザホテル新潟:宿泊先》⇒④《三社神社:7/27》⇒⑤《萬代橋:7/27》⇒⑥《新潟ブルース 歌碑:7/27》⇒⑦《會津八一石碑:7/27》⇒⑧《高浜虚子の句碑:7/27》⇒⑨《須田霞亭生誕地:7/27》⇒⑩《会津きい子生誕地:7/27》⇒⑪《長井運坪生誕地:7/27》⇒⑫《小唄勝太郎像:7/27》⇒⑬《日蓮宗 真善寺:7/27》⇒⑭《沼垂テラス商店街:7/27》⇒⑮《真言宗 悉地院:7/27》⇒⑯《今代司酒造株式会社:7/27》⇒⑰《沼垂白山神社:7/27》⇒⑱《峰村醸造直売店:7/27》

01_新潟市観光案内センター
「新潟市観光案内センター」は、JR「新潟駅」の2階の在来東改札前にあります。新幹線の改札口からは左方向に進むとすぐ右手にあります。
今回は、「ぎおん柏崎まつり海の大花火大会」が主目的だったので、新潟観光は全く考えていませんでした。行きの花火大会会場へのバスと帰りの新幹線の時間がそれぞれ3~4時間あったので、思案に暮れていたところ運よく、新幹線の改札口からすぐ左手のところに「新潟市観光案内センター」を発見しました。とにかく、初めての新潟旅行なので、地理感もゼロでどこへ行ったらいいのか見当もつきませんでした。3~4時間の予定で観光したいと相談したところ、とても親切に丁寧に説明してくれました。また、観光スポットのパンフレットも充実していて豊富にありました。実は、「新潟市観光案内センター」の隣にお土産センターがあり、翌日、お土産を買おうと思い行きましたが、種類がたくさんあり何を買っていいのか分からなくなったので、再度「新潟市観光案内センター」のスタッフの方に相談しました。お土産センターの右手入口のところにある「アン・ブルボン」の「シュガーバター」、「GATEAU HA NA BI」の「夏花火パイ」そしてやはり越後といったら「笹団子」だそうです。それともう一つ耳寄りな情報も教えてくれました。それは、新幹線の改札口の左手にある奥のお土産屋で美味しい湯がた枝豆を販売しているということです。残念ながら売り切れで在庫がありませんでした。
ちなみに、「新潟市観光案内センター」は、2024年3月1日にリニューアルオープンしたばかりの出来立てのピカピカです。清潔感溢れる内装も魅力です。内装には新潟県産スギ材や新潟漆器を使用しているそうです。3台の大型LEDビジョンを設置し新潟の観光魅力を上映していました。また、窓口業務としては、当日の新潟市内宿泊予約、観光案内、交通案内、各種観光パンフレットの提供、にいがた食の陣「うまさぎっしり湊町券」の換券、手荷物配送サービスの「新潟駅から手ぶらで観光」などを行っています。「ぎおん柏崎まつり海の大花火大会」行きのバスには時間があるので、新潟駅構内の「CoCoLo新潟」でお土産を見たりして時間を潰しました。

02_ぎおん柏崎まつり海の大花火大会
新潟県には、「越後三大花火」という夏を代表する一大花火イベントがあります。まず、先陣を切って開催されるのが、7月26日に行われる海の花火として知られる「ぎおん柏崎まつり海の大花火大会」です。次に8月2日・3日に行われ、川の花火として知られる「長岡まつり大花火大会」で、信濃川の両岸を観覧席として開催されます。「長岡まつり大花火大会」は、日本屈指の花火大会で、新潟の花火といったら誰もが「長岡まつり大花火大会」と答えるでしょう。そして、最後が9月13日・14日に行われ、山の花火として知られる「片貝まつり浅原神社秋季例大祭」の花火で、別名「花火祭り」と呼ばれています。ちなみに、片貝は三尺玉発祥の地であり、この片貝まつりで打ち上がる「正四尺玉」は世界最大の打ち上げ花火としてギネスブックにも掲載されています。
今回、その「越後三大花火」の中で、「ぎおん柏崎まつり海の大花火大会」の花火を見に行ってきました。「ぎおん柏崎まつり海の大花火大会」の花火を見て大変感動しました。「ぎおん柏崎まつり海の大花火大会」は、花火そのもののスケールもさることながら、海というロケーションを最大限利用して活かしていることです。日本海そのものが、夜空、海中に咲く花火のキャンバスになっています。聞いたところによると、柏崎のように、あれだけのスペースを使った花火大会は日本中どこに行ってもないということです。私の住んでいる東京にも全国的に有名な「隅田川の花火」もあります。「ぎおん柏崎まつり海の大花火大会」の花火を見るまで日本一かと思っていましたが、認識が一気に変わりました。確かに「隅田川の花火」は、建物が密集しているので、おそらく花火の大きさに制限があるので仕方がないでしょう。「ぎおん柏崎まつり海の大花火大会」の花火を見たら、残りの「越後三大花火」も観たくなりました。結構お金もかかるので、来年は「長岡まつり大花火大会」、再来年は「片貝まつり浅原神社秋季例大祭」の花火を観に行こうと考えています。
「ぎおん柏崎まつり海の大花火大会」は、「T-LIFEホールディング」のツアー「指定観覧席:らくらくイス・テーブル席」に申し込みました。新幹線やホテルの手配は自分たちでしなければなりません。集合場所は、JR「新潟駅」南口にあるバス乗り場です。JR「新潟駅」南口からバスに乗り込むと私たち家族を含め10名程度しかいませんでした。バスの座席はスカスカの状態です。バスは14時00分に出発し、最初に「ビックスワン無料駐車場」に停まりました。ここからは大勢の観覧客が乗車してきました。それから「栄パーキング上り売店前」、「長岡インター」でも観覧客が乗車し、いつのまにかバスの座席は満席になっていました。そして、目的地である「ぎおん柏崎まつり海の大花火大会」のバス専用の駐車場に、16時30分ごろに到着しました。広大なバス専用の駐車場です。添乗員の話によると、到着して時点では私たちのバス以外に1台しか駐車していませんでしたが、200台以上のバスで駐車場が満杯になるそうです。車内で有料観覧席の「イス・テーブル席」IDカードとお弁当の引換券が配られました。紛失してしまうと入場できなくなりますので注意してくださいという指示が添乗員からありました。駐車場から「ぎおん柏崎まつり海の大花火大会」の会場まで歩いて15分ほどでした。有料観覧席の入場ゲートは、個人と団体に分かれていて、そこからの入場です。ちなみに、有料観覧席は、「イス・テーブル席」(36000円)、「マス席」(30000円)、「階段席」(13000円)、「ベンチ席」(14000円)の四種類です。私は正座が苦手なので「イス・テーブル席」にして助かりました。食事をしながら花火を十分楽しむことができました。ただし、太陽が沈むと辺り一帯は真っ暗になりテーブルの上に何があるか分からなくなるので、食事は明るいうちに済ませた方がいいですね。花火が打ちあがるまで2時間30分以上あるので、会場の外にある「セブンイレブン 柏崎西港町店」に飲み物とデザートを買いに行きました。そこで目の前には愕然とするような光景が広がっていました。店内の入場制限をしていて、50から60人の観覧客が並んでいました。ここしかないので仕方なく並んで飲み物等を購入しました。「イス・テーブル席」に戻り、お弁当の引換券を持って、お弁当引換所に向かいました。私がお弁当引換所へ行ったときには誰も並んでいませんでしたが、バスが到着するにつれて、長い時は30分以上も並ばなければならないそうです。お弁当は三種類ありましたが、一番量の少ない「かしわざき花火弁当」(1500円)を事前に注文しておきました。「かしわざき花火弁当」は、柏崎名物の鯛めし、鮭の米麹焼きや越後醤油の海老艶煮、菜の花、柿、柏崎伝統野菜に認定される節なり胡瓜など柏崎を感じられる種類豊富な食材が入っている花火限定の弁当です。
会場にある「夕陽のドーム」では、イベントが次から次へと開催され、色々なジャンルの歌声があたりに響いていました。時間を潰したつもりでしたが、花火の打ち上げまで1時間ほどありました。しかし、ここで信じられない光景を目にすることができました。それは、夕陽が雲のまにまに沈むのを見ることができたことです。当日は曇り空だったので、残念ながら地平線の彼方に沈むのを見ることができませんでしたが、なんとなく得した気分になりました。
アナウンスがありいよいよ開演です。開演に先立ち花火大火の開始の前のイベントである「日本海太鼓」の演奏です。荒々しい太鼓の音色が日本海に響き渡り、五臓六腑にも共鳴するのを感じました。「ぎおん柏崎まつり海の大花火大会」は、海の柏崎ならではの海の広さを利用した幅600メートルの「ワイドスターマイン」、「海中空スターマイン」、「尺玉100発一斉打上」、そして、柏崎でしか見られない「怒涛の尺玉300連発」など、豪華絢爛な花火が目白押しです。
さて、いよいよ始まります。最初は、日本海の美しい夕日と紺碧の空をバックに繰り広げるオープニング・スターマインから始まります。次が、「海中空スターマイン」です。花火が海に向かって曲線を描きながら打ち込まれ、海面で花が咲き、美しい半円を描きます。これこそまさに海の柏崎である由縁でしょう。私も最初疑問に思ったのですが、海に打ち込んだら導火線の火が消えてしまうのではないかと心配になりました。実は、花火の火薬は燃えているのではなく、化学反応で爆発しています。酸素を含んだ薬品と炭素とが結合して燃焼現象を起こします。この化学反応によって、海の中に投げ入れても火が消えないのです。海に打ち込まれた花火は、海中に沈んだ後、花火の中に入っている空気によって海面に浮かんできます。その海面に浮かんできた時に開かせるように打ち上げからの時間を調整しているそうです。次が、花火の王様である「三尺玉特大花火」です。会場入り口付近に記念撮影スポットがあり、一番大きい「三尺玉」の実物大見本も展示してありました。「三尺玉」は、重さ約200kgあり、高さ600メートルの上空で直径600メートルの大輪の花を咲かせます。「三尺玉」の会場に轟く大音響、爆風などを感じることができました。次が、「ワイドスターマイン」です。日本海に突き出る600メートルの堤防をワイドに使って打ち上げます。花火の滝が広範囲に渡って流れ落ちます。次が、「尺玉100発一斉打上」の連発です。開花すると直径300mの尺玉100発が、幅1500メートルにわたり一斉に打ちあがりしかも2回連続で打ち上がるという贅沢な光景を演出してくれます。最後の感動のフィナーレは、「怒涛の尺玉300連発」です。柏崎の海をふんだんに使い、300発の鮮やかな花火が、約6分間打ち上がり続けます。感動と驚愕のうちに1時間30分に及ぶ花火もあっというまに終わってしまいました。
帰りはこれまた大変でした。会場からバスの駐車場まで人の波が続き30分近くかかりました。全員揃ったところで出発です。駐車場から途中の経由地を経て、JR「新潟駅」南口へ戻ります。バスの駐車場からもなかなか出られません。出口から高速のインターまでまた大渋滞で、結局JR「新潟駅」南口へ着いたのは、深夜1時15分でした。そして、今夜の宿泊施設である「ANAクラウンプラザホテル新潟」へ着いたのは1時30分過ぎでした。美しい花火を十分堪能できましたが、また、疲れたというのも本音です。そして、最後に、当日の花火のプログラムを転記しましたのでご参考までに覧ください
《花火プログラム》 ※()内は協賛企業等
19:30…オープニングスターマイン(柏崎商工会議所 正副会頭一同)
19:32…ぴっから通りスターマイン(ぴっから通り商店街・柏崎市五中会商店街振興組合・本町六丁目商店街振興組合)
19:34…(特) 海中スターマイン(株式会社イシザカ)
19:36…(特)スターマイン(山一商工株式会社)
19:38…超特大海中空スターマイン((一社)新潟県建設業協会柏崎支部・柏崎建設業協同組合)
19:40…ベスビアスワイドスターマイン(JAえちご中越 / (株)ジェイエイサービス柏崎)
19:42…スターマイン(柏崎刈羽原子力発電所協力企業協議会会員企業有志一同)
19:44…大スターマイン(日本ドレッサー株式会社)
19:46…ベスビアス特大海中空スターマイン(日本フローサーブ株式会社)
19:48…スターマイン(新潟産業大学・新潟工科大学)
19:50…ベスビアス海中空スターマイン(株式会社アドバネクス新潟工場)
19:52…超特大スターマイン(東日本高速道路(株) 新潟支社長岡管理事務所)
19:54…大型ベスビアス海中空スターマイン(住友電気工業株式会社)
19:56…ベスビアスワイドスターマイン(株式会社東芝 柏崎工場)
19:58…ベスビアス海中空スターマイン(山崎工業(株) プレス事業部・自動車事業部)
20:00…スターマイン(創価学会 柏崎牧口記念会館)
20:02…ベスビアス海中空スターマイン(プロゴルファー古閑美保)
20:04…特大スターマイン(前澤工業株式会社・株式会社前澤エンジニアリングサービス)
20:06…ベスビアス特大海中空スターマイン(株式会社INPEX・株式会社INPEXドリリンク・株式会社INPEXビジネスサービス ・株式会社INPEXパイプライン ・株式会社INPEXエンジニアリング)
20:08…特大スターマイン(越後交通グループ:越後交通株式会社・ネッツトヨタ越後株式会社・越後交通整備株式会社)
20:10…スターマイン(税理士法人ツチダ会計)
20:12…特大スターマイン(株式会社藤真工業)
20:14…超ベスビアス立体ワイド大海中空スターマイン(株式会社ブルボン・ブルボングループ)
20:18…特大スターマイン(ウオロク柏崎店・ホームセンタームサシ柏崎店・しまむら柏崎店・ABCMART)
20:20…ベスビアス海中空スターマイン(東京電力ホールディングス株式会社社員一同)
20:22…特大スターマイン(藤林コンクリート工業株式会社・株式会社フジコン)
20:24…大型ベスビアスワイドスターマイン(株式会社エヌ・シィ・ティ)
20:26…ベスビアス海中空スターマイン(株式会社コロナ柏崎工場)
20:28…尺玉100発一斉打ち上げの2連続(有料観覧席利用者一同)
20:30…スターマイン(リメイク株式会社)
20:32…ベスビアス海中空スターマイン(藤村クレストグループ・藤村クレスト(株)・東北藤村クレスト(株) ・(株)フジムラ ・マテックス建材(株)・ 藤村企画(株)・ 藤和生コン(株)・(株)FIT)
20:34…特大スターマイン(株式会社フォーラムムラタ・カーライフステーション柏崎店)
20:36…NGT48コラボレーション花火(えちゴン花火10周年記念企画)
(株式会社ケンブリッジ・橋本医科器機株式会社・大新東株式会社・シダックス大新東ヒューマンサービス株式会社)
20:40…超ベスビアス海中空スターマイン(シモダ産業株式会社・協賛企業)
20:42…超ベスビアスワイドスターマイン(株式会社リケン柏崎事業所)
20:44…ベスビアス特大海中空スターマイン
(植木組グループ ・北陸施設工業(株)・ 植木不動産(株)・(株)ユニテック・(株)アスカ・(株)植木機工・(株)はまなす保険企画・(株)さくら介護サービス ・柏崎カントリークラブ・(株)村田電気商会・(株)エコー・ユー・(株)ワールドスイコー)
20:46…ワイドスターマイン(三尺玉入り)( アクシアルリテイリング株式会社・前澤工業株式会社・新潟県自動車整備柏崎地域協議会・ 柏崎市職員互助会・柏崎市金融団・柏崎機械金属団地協同組合・柏崎田尻工業団地協同組合)
20:50…柏崎市民一同(柏崎市民一同)
20:56…尺玉300連発(協賛S・M・L・特別協賛一同)

03_ANAクラウンプラザホテル新潟
「ぎおん柏崎まつり海の大花火大会」を観覧した後、JR「新潟駅」に着いたのは、深夜の1時15分過ぎです。この時間帯だとほとんどタクシーはなく、徒歩10分ほどなので歩いてホテルに行くことにしました。「ANAクラウンプラザホテル新潟」に着いたのは、1時30分頃になってしまいました。ホテルに帰ってシャワーを浴び、寝るだけでした。客室は、10階にある角部屋の1001室ですツインの部屋なのでエクストラベットが1つ用意されていました。家内と娘は、寝心地のよさそうなSIMMONS製ベッドで睡眠をとりました。部屋の大きさはまあまあの広さです。アメニティ・備品等も一通り完備されていました。シャワーを浴び、エクストラベットにはいるとあっという間に眠りに陥りました。
朝食は、1Fの「ブレックファストビュッフェ」で朝の6:00から10:00までです。普段は早めに朝食を済ませ観光に向かいますが、寝たのが遅かったので9:00過ぎに朝食会場へ行きました。朝食は楽しみにしていたものが三つあります。まず、新潟県の北部にある岩船地域で育てられた良質の県産ポークをじっくり熟成させた「黄金豚のハムステーキ」です。「シェフコーナー」で目の前で焼いてくれます。当日は、女性のシェフが調理してくれました。「黄金豚のハムステーキ」は、やわらかく、かみしめると一層旨みが出てきました。二つ目は、米どころ新潟の三種のお米の食べ比べができるということです。三種のお米とは、「魚沼産コシヒカリ」、「佐渡産コシヒカリ」、「岩船産コシヒカリ」です。ただ食べ比べでは芸がないので、三種のお米をお椀に盛り付け、まず、「タレカツ丼」にして食べました。どの銘柄のお米も甘みが半端ではありませんでした。もちろんカツもあっさり揚げてあり、サクサクとした食感でした。それと新潟ではカレーがB級グルメらしくホテル自慢の自家製カレーをかけ三種のお米を堪能しました。昔ながらの素朴な味わいのカレーでした。三つ目は、人気の「とろけるヤスダヨーグルト」です。できたての生乳で作られているので、少々固めの食感で、濃厚な味わいを楽しむことができました。その他、郷土料理「のっぺ」や「栃尾揚げ」をはじめ、地産地消にこだわった日本料理を味わうことができます。旅行に行くとたいていの場合は洋食中心ですが、今日は和食で地元新潟の味を堪能することができました。お腹も一杯になったところで、新幹線の時間まで新潟市内の観光へ向かいます。最初に向かうのは、「ANAクラウンプラザホテル新潟」から徒歩7分500mほどのところにある「三社神社」です。

04_三社神社
最初に「三社神社」の歴史を紐解いてみると、延享3年(1746年)8月に「信濃川」によって運ばれてきた土砂の堆積で島嶼の「長岡領附寄島」が誕生しました。「安倍玄的」が中心となって開拓しました。そして、翌年の延享4年(1747年)4月26日に開拓の安全と成功を祈願して、島中に一祠を祀りました。それが「三社神社」の始まりです。当初は、「伊勢皇大神宮」を主祭神にお祀りしたことから神社名を「附寄島大神宮」、「附寄島神明宮」としました。また、開拓者であるに「安倍玄的」因み「玄的のお宮」とも呼ばれていました。その後、弘化元年(1844年)には「流作場大神宮」、「流作場神明宮」と名を変え、明治維新以後に「三社神社」と改称されたそうです。御神徳は、大河の中に新しく生まれた土地に建立された神社であることなどに因み新規事業開拓、会社、店舗などの開業、開運立身出世、家内安全、心願成就のご利益があるといわれています。
それでは、「三社神社」を参拝します。まず、大きな社号標のある入口から入ると、「狛犬」(石鳥居)の先に「一の鳥居」(石鳥居)、さらにその先に「二の鳥居」が見えます。参道が右手方向に蛇行しているので「一の鳥居」からは「拝殿」は見えません。「二の鳥居」をくぐると「拝殿」がその姿を現します。左手には、立派な神輿が展示してある「神輿庫」があり、右手には「龍の口」と書かれた「手水舎」があります。「手水舎」の先には、これまた立派な真新しい石製の由緒板があります。三柱を祀ってあるので「三社神社」と呼ばれているそうです。反対側には、よほど価値のある「さざれ石」らしく鉄柵で囲まれていいました。説明板によると、「今上天皇御即位」20年を奉祝して奉納されたものです。ちなみに、「さざれ石」とは小さい石のことです。この岩石は土の中で長い年月をかけて小さい小石が寄り付き固まって岩と化した産物です。国歌「君が代」の一節に「さざれ石の巌と成りて」とうたわれているのはこのことです。この意味は、何万年も掛けて小石が巌と成る様に、国土の永久安泰と繁栄を願って詠まれた和歌です。この「さざれ石」は宮城県登米市の山中で発掘されて奉納されました。「さざれ石」の左脇にある「添え碑」の国歌は三社神社所蔵「東郷平八郎」の揮毫によるものです。何となく大切なものだとその理由が理解できました。「拝殿」で参拝を済ませ、拝殿に向かって右手の方向に進むと「玄的の青蛙」がありました。その隣には奉納された可愛らしい蛙の置物が沢山飾られていました。説明板によると「当地流作場は延享3年(1746年)に「安倍玄的」が信濃川の島嶼を開拓して住家15軒にて玄的村を開くに始まります。元来水損地のため、文化4年(1807年)、・文化5年(1808年)3度の大洪水に襲われ壊滅的状況に至り廃村を決意しました。しかし、その惨状の中で沢山の青蛙が力強く生きている姿に村人達は発奮して自らを「玄的の青蛙」と呼び水と戦い水と和して村を再建したと言い伝えられています。今日の繁栄は先祖達「玄的の青蛙」の不屈の努力に依ってもたらされた賜物である。」と記載されていました。事前に調べていかなかったので、見逃してしまいましたが、実は、「三社神社」の境内には、小さな5匹のカエルが隠れていて、「玄的の青蛙像」と合わせると6匹となり、6カエル(むかえる)「幸せを迎える」となるそうです。今後いかれる方は是非6匹のカエルを見つけて、幸せになってください。「玄的の青蛙像」の奥には、「明治天皇聖跡碑」と「江戸時代の道標」がありました。「明治天皇聖跡碑」は、「明治天皇」が明治11年(1878年)9月19日に東海北陸御巡幸中に流作場の開祖安倍邸で小休止したそうです。それを記念して、新潟市は昭和10年(1935年)1月に安倍邸門前に「明治天皇聖跡碑」を建立しました。そして、「明治天皇聖跡碑」を平成21年(2009年)7月27日に「三社神社」境内へ移設したそうです。「江戸時代の道標」は、嘉永7年8月(1854年)に新潟奉行所で建てた道標です。平成8年(1996年)に神社御鎮座及び開村250年を記念して、斎行された流作場250年祭の後、平成10年(1998年)境内に移設しました。歴史的に価値のあるものだそうです。最後が、末社である「石宮神社」です。「石宮神社」の御祭神は、「石宮大神」です。時代の流れと共にすたれてしまったものを「三社神社」の境内の一隅を借地し、昭和54年(1979年)12月に起工式を行い、翌年5月新社殿に遷宮し、「石宮神社」としたそうです。「三社神社」の次は「萬代橋」へ向かいます。「萬代橋」は「三社神社」から徒歩12分850mほどの距離のところにある「信濃川」に架かっています。

05_萬代橋(「新潟ブルースの歌碑」、「高浜虚子の句碑」、「吉野秀雄歌碑」)
最初に「萬代橋」の歴史と概要について紐解いてみると、「萬代橋」は、新潟市の「下大川前通」、「川端町」と「万代」を結ぶ、「信濃川」にかかる美しい連続アーチが特徴的の「鉄筋コンクリート造6連アーチ橋」です。現在の「萬代橋」は三代目で、橋の長さは306.9m、幅は22.0m、そして1日約3万台の自動車の往来を支える大動脈となっていてまさに新潟市のシンボル的存在です。「萬代橋」は、アーチの美しさと花崗岩や御影石を使った石づくりの重厚さが調和し、その姿にはゆとりと風格さえ感じられます。また、昭和39年(1964年)に起きた新潟地震に耐え、市民の避難や救助、災害復旧に大きな役割を果たしました。三代目「萬代橋」は、平成16年(2004年)7月6日に国の重要文化財に指定されました。国道にかかる橋梁で重要文化財に指定されたのは、東京の日本橋に次いで2番目となるそうです。
「萬代橋」の変遷の歴史を見てみると、初代「萬代橋」は、明治19年(1886年)11月から明治41年(1908年)3月まで架けられていました。当初は個人所有の有料橋でしたが、明治33年(1900年)4月に県が買い取り、無料橋となりました。二代目「萬代橋」は、明治42年(1909年)12月から昭和4年(1929年)8月まで架けられていました。実は、明治41年(1908年)3月8日の「新潟大火」により、初代「萬代橋」は半分以上焼け落ちてしまいました。「萬代橋」は多くの人馬車の通行があり、交通上重要な橋としてその通行を一日たりとも止めることが出来なかったため、県は直ちに建設に着手し、明治42年(1909年)12月に二代目萬代橋が完成しました。三代目「萬代橋」は、昭和2年(1927年)7月に起工し、昭和4年(1929年)8月に完成し今日に至っています。三代目「萬代橋」の現橋の架橋75周年を迎えた2004年(平成16年)、国の重要文化財に指定されたのを機に、漢字表記を新字体の「万代橋」から、建設時よりの橋名板表記である「萬代橋」に戻したという経緯があります。
では、早速「萬代橋」を渡ってみたいと思います。まず、「万代」側の橋の手前には、橋の由来や構造等が紹介されている銘板があります。途中には、テラスもあり通行人を気にすることなく、信濃川の流れ、遠くに見える稜線、下流に架かる柳都大橋、新潟の街並みなどを眺めることができます。「萬代橋」の橋詰は、建設当時には、12本の柱で囲まれていたそうです。そのうち現存するのは4本の親柱と3本の隅柱で、残りの5本は、当時のデザインを忠実に再現し、見事に復元されています。「照明灯」もありました。よく見るとこの「照明灯」には、「電車用架線フック」が付いていました。実は、大正14年(1925年)の新潟県都市計画では、新潟駅前から萬代橋を経て、今の新潟市役所まで路面電車を通す計画があった名残だそうです。「下大川前通」、「川端町」側に行くと「新潟ブルースの歌碑」なるものがありました。「新潟ブルース」と言えば、確か歌手の「美川憲一」の持ち歌ですよね。「新潟ブルース」は、新潟県出身の作詞家「山岸一二三」が作詞し、「新潟ブルースの歌碑」は、新潟市市政百周年記念として建てられたものだそうです。「新潟ブルースの歌碑」の前に立って歌詞を読んでいくと「美川憲一」の低温が腹に響くような感じがしました。少し先にある信号(表示名「礎町」)の横断歩道を渡り道路の反対側に行きます。橋の手前の「ホテルオークラ」の植栽の中には、「高浜虚子の句碑」がありました。「高浜虚子の句碑」には、「千二百七十歩なり 露の橋」と刻まれていました。大正13年(1924年)9月11日に、新潟を訪れた俳人「高浜虚子」が、宿泊していた旅館から「萬代橋」を渡って散歩に出た朝に詠まれた句といわれています。当時は二代目「萬代橋」の時代で、今の3倍も川幅があったそうです。「ホテルオークラ」側の橋詰広場から川沿いに下り、「信濃川やすらぎ緑地」の堤防沿いで「萬代橋」の全景の写真を撮りに行ったときに、「吉野秀雄歌碑」を発見しました。「吉野秀雄歌碑」には、「萬代の橋より夜半の水の面に 涙おとしてわが去るむとす」と刻まれていました。この歌は、昭和31年(1956年)11月23日に師である「會津八一」の葬儀を終え、帰途に就く途中で詠んだ歌だそうです。それでは「萬代橋」に戻り「万代」側に向かいます。途中で「信濃川」を行く水上バスが、「萬代橋」の下を通過する光景も見ることができました。橋を渡り終えると橋の由来や構造等が紹介されている銘板そして国の重要文化財指定の銘板がありました。「萬代橋」の次は「須田霞亭生誕地」へ向かいます。「須田霞亭生誕地」は、「萬代橋」から徒歩17分1200mほどの距離のところにある「万代町通り」の左側の歩道沿いにあります。そのほか、続けて通り沿いに「会津きい子生誕地」、「長井運坪生誕地」の説明板もありました。沼垂地区は、画家や文人など芸術家を輩出した地域ですね。

06_「万代町通り」にある画家や文人など生誕地の説明板
「須田霞亭生誕地」、「会津きい子生誕地」、「長井運坪生誕地」の順で見ました。
①「須田霞亭生誕地」
説明板によると、「須田霞亭」は、明治15年(1909年)にここ新潟市沼垂町生まれの画家です。「寺崎広業」の門下生で組織した美術研精会に属して研鑽を積み、明治42年(1909年)頃から大正にかけて、週刊「新潟交友」の挿絵を執筆担当しました。大正時代には、実業家「桜井市作」の援助を得て頒布会を行い。大正5年(1916年)に、代表作である新潟市公会堂「松鯉図」寄贈しています。晩年は東京から鎌倉に居を移しています。
②「会津きい子生誕地」
説明板によると、「会津きい子」は明治45年(1912年) 3月31日に沼垂片原町で生まれ、「會津八一」昭和19年(1944年)2月に、「會津八一」の養女となり、「會津八一」を世に認めさせた人物です。旧姓は「高橋キイ」です。「会津きい子」は、早稲田大学の教授で、英文学を講じ、東洋美術史を研究していた「會津八一」の学究生活を献身的に支えました。「会津きい子」は、その青春のすべてを八一への内助の功に捧げつくして、短い生涯を終えました。
③「長井雲坪生誕地」
説明板によると、「長井雲坪」は、幕末から明治にかけて活躍した新潟市沼垂出身の画家です。「長井雲坪」の代々医師の家に生まれました。「長崎南画三画人」(長崎南画三筆)に数えられる「鉄翁祖門」と「木下逸雲」に師事し、慶応3(1867)年には清国への渡航を果たして、中国の文人画(日本では「南画」とも)を学びました。帰国後、「長井雲坪」は各地をめぐり、沼垂にも一時帰郷した後、おもに長野を拠点に活動したそうです。

01_【「須田霞亭生誕地」の一口メモ】
⑴ 所在地
①「須田霞亭生誕地」…〒950-0076 新潟県新潟市中央区沼垂西1丁目1
②「会津きい子生誕地」…〒950-0076 新潟県新潟市中央区沼垂西1丁目2-23
②「長井運坪生誕地」…〒950-0076 新潟県新潟市中央区沼垂西1丁目3-25
02_【「須田霞亭生誕地」へのアクセス】
⑴ JR「新潟駅」万代口から徒歩で
①「須田霞亭生誕地」…JR「新潟駅」万代口から徒歩14分1000mほど
②「会津きい子生誕地」…JR「新潟駅」万代口から徒歩15分1100mほど
③「長井運坪生誕地」…JR「新潟駅」万代口から徒歩16分1100mほど
⑵  JR「新潟駅」からバスを利用して
今代司酒造[新潟駅] ⇒[臨港病院前行]≪新潟バス:E10・E11・E12≫
・バス乗り場:「新潟駅」(5番のりば)
・停留所目(「万代町」の次の停留所) 所要時間約6分
・9時から17時の間に1時間平均2~3便 
①「東地区総合庁舎前行」で下車し「須田霞亭生誕地」まで徒歩1分62mほど
⇒バスは「東地区総合庁舎前行」停留所に停まるので下車した後、バスの進行方向と同じ方向に62mほど進むと歩道の左側に「須田霞亭生誕地」があります。
②「東地区総合庁舎前行」で下車し「会津きい子生誕地」まで徒歩1分44mほど
⇒バスは「東地区総合庁舎前行」停留所に停まるので下車した後、バスの進行方向と同じ方向に44mほど進むと歩道の右側に「会津きい子生誕地」があります。
③「東地区総合庁舎前行」で下車し「長井運坪生誕地」まで徒歩徒歩1分68mほど
⇒バスは「東地区総合庁舎前行」停留所に停まるので下車した後、バスの進行方向と同じ方向に68mほど進むと歩道の右側に「長井運坪生誕地」があります。
次は「小唄勝太郎像」へ向かいます。「長井雲坪生誕地」から「小唄勝太郎像」まで、「万代町通り」を道なりに直進します。350mほど進むと「市立沼垂保育園」がありその前にあります。

07_小唄勝太郎像
「小唄勝太郎」は、明治37年(1904年)11月6日に生まれ、本名は「眞野カツ」で、旧姓は「佐藤」です。芸者「勝太郎」として葭町花街に籍を置く傍ら、昭和40年(1965年)に上京し、「島の娘」で歌手デビューし、いわゆる「ハァ小唄」の流行を作りました。戦後NHKの紅白歌合戦に三出場するなど活躍し、昭和46年(1971年)に紫綬褒章を受章しました。特に、「三島一声」と歌った「東京音頭」の大ブームを受けて芸妓の籍を抜け、「小唄勝太郎」と名乗って歌手業に専念しました。「市丸」、「赤坂小梅」、「浅草〆香」らとともに芸者歌手の一時代を形作ったひとりです。次は「真善寺」へ向かいます。

08_真善寺
「真善寺」は「小唄勝太郎像」からは90mほどのところにあります。来た道を戻ると20m先に角がありそこを左折し、70mほど進むと左手に「真善寺」があります。「山門」は「真善寺」の壁沿いに進み、左折すると左手にあります。「山門」を入った右手には「足ツボ増益寿命ロード」が設置されていました。「真善寺」は、日蓮宗のお寺です。御本尊は「一塔両尊四菩薩」で、応安元年(1368年)に、「日禅上人」によって創建されました。「真善寺」は、沼垂の町と共に4度の移転を繰り返し、現在の地へ移ったそうです。見ることはできませんでしたが、本堂の天井には花鳥風月が描かれているそうです。境内は、広々としていて夏の暑い日には、生い茂った木々があり、清涼感がありました。当初は、「沼垂テラス商店街」へまっすぐ行く予定でしたが、大きなお寺があったので入ってみました。この付近は、寺町かどうかは分かりませんが沢山の寺院がありました。

09_沼垂テラス商店街
「真善寺」の反対側にあるのが「沼垂テラス商店街」です。「沼垂テラス商店街」の「沼垂」は、特徴的なネーミングで「ぬったり」と読むそうです。勉強不足で最初は「ぬまだれ」と思っていました。この「沼垂テラス商店街」と呼ばれるようになったのはつい最近のことです。平成27年(2015年)の春に、「旧沼垂市場」のすべての長屋が店舗として開業したときにこう呼ばれるようになったそうです。市場だった長屋の建物を活用した小さな商店街でノスタルジックな風景と昭和レトロな街並みが調和し印象的で、もちろんインスタ映えする写真撮影もすることができます。現在は、飲食店、カフェ、居酒屋、ハンドメイドアクセサリーショップ、お総菜屋、八百屋、雑貨屋、陶芸工房やガラス工房、古着屋、古道具屋、観葉植物店など約30店舗が軒を並べています。「沼垂テラス商店街」の変遷を紐解いてみると、かつては、新潟市中央区の沼垂地区は、周辺に大工場が立ち並び、工場関係者が利用するまちとして栄えていたそうです。しかし、まちの人々の高齢化や相次ぐ工場の撤退などの影響で周囲の人口減少に繋がりました。また、中央卸売市場の建設により沼垂の問屋も移転してしまいました。平成22年(2010年)から少しずつお店がオープンしはじめ、平成26年(2014年)に店舗全体を管理する事務所が開設しました。その後、続々とお店が増え、平成27年(2015年)の春にはついに、「旧沼垂市場」のすべての長屋が店舗として開業することになりました。また、かつて市場だった頃は商品の見張り番としてネコが重宝されていたそうで「ネコのまち」でもあったそうです。その面影を残しているのが、「沼垂テラス商店街」の案内所も兼ねている「ひとつぼし雑貨店」で、アクセサリーやネコをモチーフにした雑貨などがあり、特にネコの豆皿が人気だそうです。たまに交代で出勤してくる2匹の看板猫もいるそうです。

01_【「沼垂テラス商店街」の一口メモ】
所在地…〒950-0075 新潟県新潟市中央区沼垂東3丁目5
02_【へのアクセス】
⑴ 徒歩で
JR「新潟駅」万代口から徒歩19分14000mほど
⑵  JR「新潟駅」からバスを利用して
今代司酒造[新潟駅] ⇒[臨港病院前行]≪新潟バス:E10・E11・E12≫
・バス乗り場:「新潟駅」(5番のりば)
・4停留所目(「万代町」の次の停留所) 所要時間約7分
・9時から17時の間に1時間平均2~3便 
・「沼垂四ツ角」停留所で下車し「沼垂テラス商店街」まで徒歩3分170mほど
⇒「沼垂四ツ角」停留所のすぐ先に横断歩道があります。横断歩道(信号:表示名「沼垂四ツ角」)を右折し道路の反対側に渡ります。90mほど道なりに直進すると左手に「居酒屋め」があり、そこから「沼垂テラス商店街」が続きます。

10_今代司酒造
「沼垂テラス商店街」の次に訪れたのは「今代司酒造」で、「沼垂テラス商店街」から徒歩9分700mほどのところにあります。JR「新潟駅」から「今代司酒造」へのアクセスは、新幹線の改札口を出て左方向に進むとすぐ右手に「新潟市観光案内センター」があります。そこを右折し少し進むと左手に降り口がありますのでそれを降りると「万代広場」方面に出ます。「ロイヤルホスト」、「ローソン新潟花園一丁目店」の先の横断歩道を渡ります。「セブンイレブン新潟明石店」があるのでそこを右折し、900mほど進むと突き当りになります。そこを左折し、50mほど進むと角があるので右折し信号(表示名「長嶺町」)を渡ります。横断歩道を渡ったら右折し200mほど進むと「今代司酒造」が左手あります。
最初に「今代司酒造」の歴史を紐解いてみたいと思います。その前に、「今代司」と書いて「いまよつかさ」と呼ぶそうです。「今代司」とは「今の時代を司る」という意味だそうです。「沼垂(ぬったり)」などこの辺の地名等は難しい呼び名が多いですね。
「今代司酒造」の創業は明和4年(1767年)です。創業当初は酒の卸し業、旅館業、飲食業を商いにしていたそうです。ちなみに、江戸後期から明治初期の新潟は、「北前船」が頻繁に寄港していたため、驚くなかれ人口が江戸より多かったといわれ、「今代司」も繁盛していたようです。「今代司酒造」が、本格的に酒造りに参入したのは、は明治中期に入ってからだそうです。地理的に見ると、その昔、まちの真ん中を流れていた運河「栗ノ木川」によって酒の原料や製品の運搬に便利だったことから、沼垂地区に蔵が構えられました。また、沼垂地区は、地盤がよく、阿賀野川のきれいな伏流水が出て酒造りに適していました。そして、「今代司酒造」の最大の特徴は、全国的に見ても珍しい、アルコール添加を一切行なわない全量純米仕込みの酒蔵です。「今代司酒造」は、伝統を大切にすると同時に、新しいコンセプトやデザインにもこだわっています。今年の6月に長崎に行ったのですが、行きの飛行機(ANA)の機内誌に錦鯉のデザインの日本酒が掲載されていました。家内がそれを見つけ、斬新的で素敵なデザインと感心していました。その時は、「今代司酒造」のことは何一つ知らずに、私もなかなかいい日本酒だねと言ったのを記憶しています。それが一か月もしないうちに対面できるとは思いませんでした。
「直売店」は、明治中期の建物をリノベーションした雰囲気のあるスペースです。お酒やお土産はもちろんのこと、お酒が飲めない人にも楽しめるように酒蔵スイーツもありました。私は、直売店で冷たい甘酒を飲みました。甘酒も甘いタイプとヨーグルトタイプがありました。ただ美味しいという表現しか見つかりませんでした。そして何と言っても「直売店」の人気は、「地酒ガチャ」、「おみやげガチャ」です。カプセルの中のコインの色で1等から5等までハズレなしでお酒や甘酒やオリジナルグッズが当たるシステムです。そして、「直売店」の奥には、「無料テイスティング」と1,000円で10種類以上のお酒を一杯ずつ飲める「プレミアムテイスティング」の試飲コーナーもありました。当日、時間がなかったので「酒造見学」には参加できませんでしたが、「酒造見学」の所要時間は約30分で、風情ある建物の中を案内人が丁寧に案内してくれるそうです。次は、隣にある「沼垂白山神社」へ向かいます。

11_沼垂白山神社
「今代司酒造」の次に訪れたのは「沼垂白山神社」で、「今代司酒造」の手前にあり、「今代司酒造」から徒歩2分120mほどのところにあります。
JR「新潟駅」から「沼垂白山神社」へのアクセスは、新幹線の改札口を出て左方向に進むとすぐ右手に「新潟市観光案内センター」があります。そこを右折し少し進むと左手に降り口がありますのでそれを降りると「万代広場」方面に出ます。「ロイヤルホスト」、「ローソン新潟花園一丁目店」の先の横断歩道を渡ります。「セブンイレブン新潟明石店」があるのでそこを右折し、900mほど進むと突き当りになります。そこを左折し、50mほど進むと角があるので右折し信号(表示名「長嶺町」)を渡ります。横断歩道を渡ったら右折し110mほど進むと「沼垂白山神社」が左手あります。
「沼垂白山神社」の創建年月は不詳です。「沼垂白山神社」の御祭神は、男女の仲を取り持つ縁結びの神や事業の商談成立の神といわれる「菊理媛命」とあらゆる願いを聞き届けるとし、所願成就の神様として知られる「天照皇大神」の二柱を祀っています。「沼垂白山神社」は、式内社「美久理神社」の論社の一つで、沼垂郡中の総鎮守です。新潟市中央区一番堀通町にある同名神社と区別するため「沼垂白山神社」と呼ばれています。現在の「社殿」は、名匠として知られる「熊谷源太郎」を棟梁として建てられ、総欅造りの堂々とした姿で細部に手の込んだ彫刻が見られるのが特徴です。栗ノ木バイパスの拡幅工事に伴い、平成28年(2016年)6月に「曳家」工事という手法を使い、人力で社殿を現在の場所に移動しました。それでは、早速「沼垂白山神社」を参拝したいとお思います。「一の鳥居」付近には、右手に「郷社白山神社」と刻まれた「社号標」、左手に「由緒板」、そして両側に阿吽の「狛犬」が睨みを利かせています。また、右手には「手水舎」と「百度石」があります。「二の鳥居」をくぐると、正面に「社殿」、左手に「境内社」が並び右手に「参集殿」があります。境内には、いくつかの境内社があります。参道入口を入ってすぐ、左手に「太子社」、「大宮賣大神」、「伊夜日子大神」を祀る祠があります。また、「菅原大神」、「後藤稲荷大神」、「大山祇大神」、「秋葉大神」、「粟島大神」を祀る祠や、「古峰神社」、「神明社」、「庚申碑」などもありました。そして、最も印象的だったのは、「拝殿」、「本殿」の装飾です。弘化4年(1847年)に総材で再建され、本殿四方を飾る向拝左右獅子頭上り龍下り龍子持龍唐獅子等の彫刻です。制作者は左甚五郎と称される幕末の名匠「熊谷源太郎」の手によるものです。非常に精巧にできていて見ごたえ十分です。次は最終目的地である「峰村醸造」です。

12_峰村醸造
「沼垂白山神社」から「峰村醸造直売店」までは徒歩3分210mほどです。
JR「新潟駅」から「峰村醸造」へのアクセスは、新幹線の改札口を出て左方向に進むとすぐ右手に「新潟市観光案内センター」があります。そこを右折し少し進むと左手に降り口がありますのでそれを降りると「万代広場」方面に出ます。「ロイヤルホスト」、「ローソン新潟花園一丁目店」の先の横断歩道を渡ります。「セブンイレブン新潟明石店」があるのでそこを右折し、900mほど進むと突き当りになります。そこを左折し、150mほど道なり進むと「峰村醸造」が左手あります。
「峰村醸造」は正面右手の蔵が「直売店」、正面左手の蔵が土日祝日営業している「くらざしきスイーツ」になっています。「峰村醸造」は、昔ながらの製法で味噌造りを行なう明治38年(1905年)創業の越後味噌の老舗です。当時、蔵の前には「栗ノ木川」が流れて、原料等の輸送の便が良いことから、両岸に味噌の製造業や、造り酒屋、醤油の製造業等の醸造業が栄え、最盛期には40余軒の醸造蔵が栗ノ木川周辺に軒を並べ、発酵の街として有名でした。明治・大正時代の土蔵で、味噌や味噌漬け、発酵・醸造の技術をいかしてうまみを引き出した出汁やポン酢などの調味料を製造・販売しています。「くらざしきスイーツ」では、「みそキャラメルチーズケーキ」、「みそガトーショコラ」、「みそプリン」、「こうじプリン」、「枝豆プリン」などオリジナルの商品があり、特に、「みそプリン」は、越後味噌を隠し味に使用した、濃厚な味わいが特徴だそうです。そして、スイーツを購入すると今ではなかなか見ることのできない2階の立派な「お座敷」も見学することができます。

今回の旅行も足早になってしまいましたが、色々な出会いと経験ができたと思います。日本人でありながらほとんど日本を知りません。これからも生ある限り日本中を旅したいと思います。お土産も買い、JR「新潟駅」発15:17の「とき326号」で東京へ向かいます。

旅行の満足度
4.5
観光
5.0
ホテル
4.0
グルメ
4.5
ショッピング
4.5
交通
3.5
同行者
家族旅行
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
観光バス 新幹線 徒歩
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
32いいね!

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