2024/08/04 - 2024/08/04
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たびたびさん
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四日目にじゃんとこい魚津まつりを見て、もう帰るだけ。帰りがてらに、途中下車して気になるスポットを訪ねます。
ところで、富山県のこと。タテモン祭りもそうだし、生地地区に滑川のほたるいかミュージアムとか、自分の中でもう富山県は卒業した県の位置づけだったのに、意外に大きな穴が残っていたことを実感しました。
少しその辺りの説明を加えると、まずは富山県の律令国家での位置づけ。北陸と新潟を含む広大な地域はそれまでは越国と呼ばれていたのですが、それを三つに分けて出来たのが、越前国、越中国、越後国。この越中国が富山県ですね。越前国は、ほどなく、能登国と加賀国が越前の国府からあまりにも遠いという理由で分離され、最終的に、越国は五分割されるされることになりました。ちなみに、越前国は、能登国と加賀国が分割されても、北陸道では唯一の大国のままでしたから、いかに豊かな国だったかが分かると思います。つまり、越前国は継体天皇の出身ということもそうですが、戦国時代は守護大名朝倉氏の根拠地でしたし、北陸の要として柴田勝家が入ったのも越前。江戸期には徳川家康の次男で家康の評価も高かった結城秀康が福井藩68万石で入封し、幕末には松平春嶽が現れて、名門の意地を示しました。ただ、こうした古代から続いた越前を中心とする構図を大きく変えたのは前田利家。加賀国、能登国、越中国を有する100万石の大大名となり、金沢を北陸第一の都市に発展させました。
少し長くなりましたが、その上で、越中国、富山県のこと。富山県は東部と西部を呉東、呉西と呼びます。呉羽丘陵を境にする呼び名です。大よそのイメージとして、呉東は富山市が中心、呉西は高岡市が中心なのですが、富山市(含む越中八尾)は富山藩10万石の城下町だったこともあって、黒部や魚津を踏まえても呉東の中では圧倒的な存在。対して、高岡市は北陸を代表する穀倉地帯を背景にして越中の国府(伏木)があったり、前田家二代当主、前田利長の隠居城があったので、中心は中心なのですが、周辺には氷見、射水、小矢部、砺波(井波、福光)、南砺(城端、五箇山)といった多彩な歴史と文化を持つ地域があるので圧倒的な存在というほどではないような気がします。まあ、この辺りは、富山県の探訪では一番手がかかるところですけどね。富山県を理解するにはまずこれが基本なのですが、もう一つ忘れてならないのは、やはり立山黒部アルペンルート。室堂とか黒部ダムとかは富山の代名詞といったくらいの存在ですからね。で、さらに言うと、これで富山県は完結しているはずだったのですが、実はもうひとつ足りないものがあって、それは宇奈月温泉を玄関とする黒部峡谷。たぶん、黒部峡谷と立山黒部アルペンルートの区別はあまり周知されていないと思いますが、これは別物。黒部峡谷トロッコ電車は、立山黒部アルペンルートでは味わえない生の黒部を感じることができる優れものです。
まあまあ、こうしたところが見えてくるまで、かなり手こずりながらもなんとかやってきたのが富山県。思い出すとけっこう感慨深いものもなくはないですね。
ただ、それはそうなんですが、やっぱりそれで終わりということでもない。見どころはそれ以外にもまだまだあって、今回の旅では、またそうした当たり前のことに気が付かされたようなところもあったかなと思います。五日目もその延長と言えば延長。この日訪ねる世界一美しいスタバと言われるスターバックスコーヒー 富山環水公園店に富山県美術館、富岩水上ラインの先の中島閘門も、間違いなく富山の大事なピース。いずれも一見の価値ありのスポットだったと思います。
なお、最後に寄った敦賀の方も、長く気になっていた武田耕雲斎等の墓は大きな収穫。幕末の混乱の時代を考えるうえで、水戸藩の天狗党の乱は外せない事件のひとつですが、史跡は今も大切に守られているよう。ちょっと安堵する反面、改めてやはり傷は深いなという思いにもなりました。
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早朝、魚津駅を出発して、富山駅に到着。
駅の改札を出ると向かい側に見えるのがとやま観光案内所。外観は、係の人の姿も含めてホテルのコンシェルジェみたいです。 -
イチオシ
富山駅のすぐ南側に建つのはMAROOT。アートっぽいデザインのきれいなビルです。観光客にとっては、一階の食品売り場が使えるかなと思いますが、あんまりお土産物の品揃えはないかなあ。二階以上は専門店も多いし、やっぱりイマイチです。
ただ、富山は、駅の周辺がとてもよく整備されていて、注目のライトレールとかも含めて、金沢にもない近代的な美しさがありますよね。 -
イチオシ
富山駅から、スターバックスコーヒー 富山環水公園店に向かいます。富山駅からは約1㎞あるのですが、この富山環水公園も本当にきれいですから、そこまで苦にはなりませんね。
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イチオシ
スターバックスコーヒー 富山環水公園店。見えてきましたね。
さすが、世界一美しいスターバックスに選ばれたことがあるというお店。お店の周囲の芝生の方でゆっくりドリンクを飲んでいる人もいるし、もうこの外観だけで只ならぬ雰囲気がありますね。 -
イチオシ
店内に入ると朝からたくさんの観光客で賑わっていまして。
正面は全面ガラス張り。まあ、こうした建物はそこまでは珍しくもないかもしれませんが、全面に環水公園の運河とまばゆい芝生の緑が広がっていて、この爽やかな景観はスマートなスタバのコンセプトとの相性がぴったりなのかも。そうした相性の良さも評価された一因のような気がします。 -
私も、席に座って、しばし唯一無二の優雅な朝の時間を楽しみました。
ちょっと余談ですが、上野公園でもスタバはいい場所にお店があって、やっぱり大人気。スタバからすると公共の公園の一等地に出店させてもらうというのは、願ったり叶ったりでしょうが、公園の方もその価値が高くなるような面もあって、お互いにウィンウィン。マンションやショッピングセンターなんかもそういうケースはけっこうあって、それも民力を活用するという一環なんでしょうが、しかし、一歩間違うと特定の企業だけに公共資産のメリットを与えてしまうリスクもないことはない。いろんな視点も必要なんだと思います。 -
スターバックスからも見えていましたが、ここから富山県美術館に向かいます。
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平成29年にオープン。ついこの間で、まだほやほやだと思っていましたが、もう7年経っていたとはちょっと驚きですね。
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イチオシ
こちらも富岩運河環水公園の傍らという絶好のロケーションの良さに建築家、内藤廣設計の近代的なデザインの建物は全面ガラス張り。しっかり街の魅力の一つとなりそうですが、富山市って、なにかこういう箱モノが得意なんでしょうかね。
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まだ、開館時間の前だったので、
屋上に上がってみます。 -
これは立山連峰を望む”オノマトペの屋上”。立地を活かして、これも素晴らしいと思います。
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下に下りて、この先が入口です。
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イチオシ
館内はとっても明るい。
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水辺の潤いとかを含めて、
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長崎県立美術館にもちょっと似ているような気もします。
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収蔵品は、富山県立近代美術館のコレクションを引き継ぐもの。
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ロートレック「マンジの肖像」
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シャガールの「山羊を抱く男」
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ピカソの
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「肘かけ椅子の女」
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藤田嗣二の
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「二人の裸婦」
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岡本太郎「赤い兎」
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李禹煥「線より」などなど。
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これは大型の作品
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浅井裕介「生きている自然」
ネームだけでなく、けっこう出来のいい作品が多くて安心して鑑賞できました。 -
チェアのコレクションも
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ちょっとした見応え。
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彫刻・立体造形なんかも
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アートの楽しさが感じられます。
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富山県美術館から、
富岩運河沿いに歩いて -
今度は中島閘門を目指します。
これまでは、遠くて時間がかかるので敬遠していましたが、今日はたっぷり時間がありますからね。余裕です。 -
これは、富岩水上ライン。環水公園から中島閘門までのコースは、片道1200円、往復で2000円です。富岩を滑るように進んで行く船はまったく揺れることもなくて、静かなもの。周囲の緑の風景が美しいです。
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あれかな。見えてきましたね。
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傍らにはむくりの堤防です。
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中島閘門は、富岩運河の中流部。
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昭和9年、運河の開削にあわせて河口から約3.1km上流に設置されました。今では国の重要文化財です。
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ちなみに、閘門というのは、異なる水位間を船が航行する場合にそれをつなぐ役割がある大仕掛けの装置。前後に鉄の扉があって、
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水を入れたり出したりしながら、水位を調整するのですが、
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イチオシ
けっこう迫力がありますね。
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運河はこの閘門があっての静かな眺め。水を上手にコントロールして、その恵みをいただくというわけですね。
富山駅への帰りは、最寄りのライトレールの駅から。それでも、けっこう歩きましたけどね。 -
早めの昼飯は、廻る富山湾 すし玉 富山駅店。キトキト市場の中でもひときわ人気のお店。いつもけっこうな行列なので避けてきましたが、今回は時間に余裕がありますからね。とはいえ、日曜日のお昼ということもあって、並んだ時間は1時間強。やっぱりなかなか大変です。
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カウンターに座って、タブレット端末から注文。混みあっているはずなのに意外に早く出てきますね。
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で、お味の方ですが、きりっとした味わいが印象的。なるほど、なるほど。これが人気の理由ですね。
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これって、シャリの下の方に塩を付けているんじゃないかな。その塩味がきりっとした味わいの元になっているんだと思います。
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ただ、そうはいってもそれをこうやって絶妙の加減で出来るのはここだからこそ。真似をしたらできるという単純なものでもないでしょう。
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しかし、人気の理由の一端は確認できたかな。並んだ甲斐はあったと思います。
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富山駅でもう一軒は、フェルヴェール 富山駅店。
カフェかと思ったら、お菓子屋さんの片隅に少しイートインのスペースがくっついているというお店でした。 -
まあ、それはそれとして。アイスクリームをいただきましたが、たまご屋さんということで卵の存在感がしっかりあって、なるほどねという感じ。しかし冷静になってみると、結局のところはミルクセーキのような味わい。レトロな感覚のアイスだと思います。
では、これで、富山はおしまい。ここから敦賀駅に向かいます。 -
敦賀駅に到着。
TSURUGA POLT SQUARE 「otta」は、敦賀駅西口前に出来たまだ真新しい商業施設。駅ビルに直結はしていませんが、駅からはすぐ目と鼻の先です。
これは、その中にあるお土産物屋さんのかゞみや。
お菓子なんかの食品でもグッズでも福井のちょっといいものを集めたような感じ。最近のお土産物屋さんは、こういうワンランク上の感じのお店がたまにあるんですが、ここもそういうお店だと思います。 -
ちえなみきは、一番奥にある本屋さん。迷路のような書棚の間を抜けて行くのも面白いのですが、
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階段を上がって、上から見ると
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実は書棚の配置はアートのデザインになっていて、これは一見の価値ありですね。本屋さんは本屋さんでも、ここはちょいと違います。
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では、敦賀駅から離れて散策開始です。
まずは、武田耕雲斎等の墓。 -
全体が史蹟となっています。
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ちなみに、武田耕雲斎は、尊王攘夷を掲げる水戸藩天狗党の首領だった人物。
水戸藩を出て、はるばるここまで行軍したのは、当時、京都に詰めていた藩主の徳川慶喜に会い直談判をするためだったのですが、 -
しかし、天狗党員353名は敦賀で捕らえられた後、罪人として処刑されるという大惨事となりました。
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水戸藩は、幕末、維新のトップランナーだったはずなのですが、迷走に迷走を重ね、これだけではない悲劇が繰り返される。
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つまり、天狗党と対立し、藩内から追い出したのは保守派の諸生党。天狗党は壊滅しますが、その処罰は家族にも及びます。ただし、戊辰戦争で幕府軍が敗走を重ねると、今度は天狗党の残党が復権し、諸生党への報復が始まります。仕返しとばかりに家族も対象にした陰惨な報復が行われ、結果として、水戸藩には有為の人物はほとんどいなくなる。水戸藩の歴史の最後に大きな汚点を残すことになってしまったのです。
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こうした悲劇は正しいか正しくないかにこだわる儒教精神の悪い面が出たのではないかと思いますが、今やこうした分断は現代にも通じるものがあって、暗い気持ちにならざるを得ない。米国や韓国内の分断は相変わらず深刻ですが、日本国内でもその傾向が強まってきていて、とても心配なところ。少なくとも対立を煽るデマや陰謀論などは何とかしてほしいと思います。
なお、墓所は思いのほか立派で、少し気持ちが癒されるようでしたが、しかし、反面それはそれだけ傷が深いということでもありますね。私は、この幕末の一連の出来事があったために水戸や茨城は、今も発信がイマイチやりにくいことになっているのではないかと思っています。いかがでしょうか。
参考まで
https://4travel.jp/travelogue/11231099
https://4travel.jp/travelogue/11168526 -
ここから、松原公園を抜けて、海の方へ。
松原公園の気比の松原は、三保の松原、虹の松原と並ぶ日本三大松原のひとつ。松原の中央には自動車道が一本走っていて、両側には深い松原が続いています。 -
気比の松原の松原公園を抜けて海岸に出たところが市営松原海水浴場。広い駐車場は車でいっぱいだし、
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海岸も大賑わい。敦賀の市街から近いこともあるのでしょうが、
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すごい人気ぶりですね。
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湾の奥まった場所にあるので、波も穏やかです。
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市街に入ると
洲崎の高燈籠は、享和2年(1802年)に建てられた、現存する日本海側最古の石積みの灯台。石積みというのは変わっていますね。船問屋、庄山清兵衛が自邸の一角に建てたことから、庄山の高灯籠とも。今は敦賀観光ホテルの前に建っていて、かつての敦賀湊の名残をとどめる大切な遺産です。 -
めん房丸仁は、おろしそばの幟が目に入ったので入ってみました。
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店内もいい感じで老舗感がありますね。
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イチオシ
お目当てのおろしそばの方は、少し甘めのたぷたぷの出汁にしっかりした辛味大根。そばは平打ちで、舌触りがよくてキレがある。いやいや、これは福井市内の名店にも全然負けてないですよ。
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清算の時に気が付くと、山本陽子、三國連太郎、宇野重吉といったそうそうたるスターの色紙がずらり。敦賀を代表する歴史あるお店だったようです。
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そのまま博物館通りへ。この通りに旧大和田銀行本店の建物だった敦賀市立博物館があるので、博物館通り。明治から戦前にかけては、ここが敦賀の賑わいの中心だったよう。今は石畳のきれいな通りだなくらいで、賑わいは過去のもの。
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通りの名前だけで名残をとどめているような状態です。
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そして、永賞寺は、敦賀城主、大谷吉継ゆかりの寺。
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天正19年(1591年)、大谷吉継が寺を現在の場所に移し、再興。曹洞宗に改宗、寺号も永賞寺に改め、自らの菩提寺としました。ただ、寺はいたって静かな佇まい。特別な雰囲気はありませんが、大谷吉継の死から9年後に建てられた慰霊の九重塔も残っているようです。
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さらに進んで。
ランプ小屋は、金前寺の南側。駐車場に隣接した目立たない場所ですが、かなり端正に作られたレンガの建物です。ウラジオストク航路の発着港でもあり、かつて賑わった敦賀港駅で列車の灯火に使用されるカンテラの燃料を保管する油庫として使われていたもの。明治15年頃に建てられたようです。
これで、敦賀の散策もおしまい。敦賀駅に戻りますよ~ -
敦賀駅から京都駅に到着。もうひと踏ん張りで京の七夕の鴨川会場を訪ねたのですが。。
この日は珍しく京都に洪水警報が出たようでどうかなあと思いましたが、ネットで確認すると特に中止の情報もないし、とりあえず会場に。しかし、やっぱり中止のよう。京の七夕の鴨川会場は、四条大橋から三条大橋の間の鴨川沿い。本来ならぷらぷらとそぞろ歩きするのにちょうどいいところなんですけどね。ゲートの看板や出店している小屋とかを確認して終わりでした。残念。
では、ここからやっと広島に帰ります。お疲れさまでした。
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