2024/07/23 - 2024/07/24
573位(同エリア3454件中)
杏仁豆腐さん
7月下旬の日光へ。
猛暑が続く中、久しぶりの日光です。前回の日光は、東照宮をじっくり見て回りました。今回は、輪王寺です。
車で順調に走り、9時半前には輪王寺に到着。団体客もいて、訪れる人も多かったですが、やはり東照宮に向かう人が多いです。大猷院を訪れる人は少なく、外国人観光客の方が目立ちました。
☆7月の湯西川温泉 本家伴久①☆日光東照宮☆日光金谷ホテル☆本宮神社☆2020/07/22
https://ssl.4travel.jp/tcs/t/editalbum/edit/11636453/
☆夏の日光①輪王寺・日光二荒山神社☆日光珈琲 御用邸通☆2024/07/23
https://4travel.jp/travelogue/11919266
☆夏の日光②金谷ホテル歴史館・中禅寺(立木観音)☆中禅寺金谷ホテル☆2024/07/23
☆https://4travel.jp/travelogue/11920977
夏の日光③ボートハウス・日光田母沢御用邸☆中禅寺金谷ホテル☆2024/07/24
https://4travel.jp/travelogue/11922621
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
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輪王寺の駐車場に車を停めて、拝観開始です。
日光山輪王寺総本堂三佛堂です。
本堂は日光山随一、東日本では最も大きな木造の建物で、平安時代に創建されました。全国でも数少ない天台密教形式のお堂です。
現在の建物は、正保2(1645)年、徳川三代将軍家光によって建て替えられました。 -
日光三所権現本地仏(千手観音・阿弥陀如来・馬頭観音)という三体の大仏(高さ7.5メートル)と、東照三所権現本地仏(薬師如来・阿弥陀如来・釈迦如来)という掛仏の、2組の三尊仏が本尊さまとしてお祀りされています。
扁額「金堂」が目立ちます。 -
相輪橖(そうりんとう)
寛永20(1643)年、3代将軍家光公の発願により、天海大僧正が建てたと伝えられています。当初は東照宮の奥院にありましたが、慶安3(1650)年に二荒山神社近くに移築され、神仏分離のため明治8(1875)年に今の場所に移されました。 -
上部には金の鈴つづられており、下部には徳川家の家紋である葵の紋が光ります。
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糸割符燈籠(いとわっぷとうろう)
相輪橖の前に立つ一対の銅燈籠。慶長9年(1604)、家康公により中国産生糸の独占輸入と販売を許可された特権的な商人集団のことを「糸割符仲間」といい、慶安元年(1648)4月、家康公の33回忌に彼らにより奉納されたのがこの糸割符燈籠だそうです。当時は商人ゆえ、東照宮神前奉納が許可されずここに据え置かれましたが、それでも民間奉納では破格の扱いでした。 -
糸割符燈籠
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宝物殿・逍遥園に入ります。
宝物殿は、昭和58年(1983)に開館しました。収蔵庫には、国宝1件・59点、重要文化財51件・1618点、重要美術品4件・7点を含め、日光山1250年余りの歴史を物語る約3万点の什宝を収蔵、常時50点ほどを拝観室に展示しているそうです。
宝物殿を見学してから逍遥園に行きました。 -
江戸時代の日本庭園「逍遥園」。
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逍遥園は桃山時代/江戸時代初期を代表する大名茶人、作庭家・小堀遠州の作庭と伝わります。
茶室「紫雲閣(しうんかく)」 -
池の周りのツツジやサツキの刈り込み、モミジなどの植栽の多くは当初は京都から移植されたそうです。
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訪れる人も少ないので、ゆっくりと巡ることができます。
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汗を拭き拭き、歩きます。
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蜻蛉がたくさん飛んでいました。
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静かで、安らぐ庭園です。
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近江八景の琵琶湖を模したといわれる大池を中心とした池泉回遊式庭園です。
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苔むした丸みを帯びた石が美しい。
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大僧正春海慶中大和尚顕彰碑
三佛堂横の「心字碑」
豊道春海揮毫による「心」字
鐘楼が奥にあります。 -
黒門
黒門は、日光山総本坊であった「光明院」の正門です。光明院は、江戸時代、日光山を中興した「天海」大僧正が日光山全体の総本坊(本部)として再興したお寺です。
光明院は延べ床面積約2,600坪の大書院でしたが、神仏分離の混乱の際、明治4年(1871)5月13日の火災により大半が失われました。その際、この「黒門」は境内北側にある「護法天堂」とともに焼失を免れたため、光明院の往時を偲ぶ貴重な建物となっています。 -
徳川三代将軍「家光」公の廟所に向かいます。
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常行堂です。
嘉祥元年(848)に慈覚大師円仁によって、比叡山延暦寺の『にない堂』に模して建立されました。純和様の宝形造で、隣の純唐様の法華堂との間に、歩廊を設け接続されています。
常行堂の御本尊は、宝冠阿弥陀如来です。平安時代末期の仏像で、国の重要文化財に指定されています。 -
法華堂です。
法華堂は、もともと天台宗の開祖、伝教大師「最澄」(767~822)によって「半行半坐」という修行を行うため比叡山に建てられました。その後、弟子の慈覚大師「円仁」(794~864)が常行堂を併設し歩廊で繫ぎました。この形式を「二ツ堂」(にない堂)と呼び、日光山にもそれに倣って造営されたものです。
法華堂の内部は非公開ですが、堂内には本尊である「普賢菩薩」がお祀りされています。 -
仁王門
2体の仁王像(金剛力士像)がお祀りされています。 -
向かって左の那羅延金剛は、「吽」と口を結んでいます。
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向かって右の密迹金剛は、「阿」と口を開いています。
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高野槇
樹齢約400年の高野槇。4代将軍家綱公自らの手によってここに植えられました。 -
仁王門を振り返って見てみます。
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御水舎です。
九州の大名、鍋島勝茂公が寄進した御影石の御水舎です。 -
天井には、狩野永真安信による龍の絵が描かれています。水面に映る姿から、「水鏡の龍」と呼ばれていました。
現在はほとんど消えてい -
創建は、1653年 (承応2年)
1908年に、重要文化財に指定されています。 -
水は背後の岩場から湧き出る聖水を集め、龍の口から流れています。
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龍光院
家光の8歳年下の家臣であった梶定良(梶左兵衛佐定良・1612~1698)は、幼少より家光に信任されて常に側近に使えた重臣です。家光亡き後も、江戸から日光に移り住み、元禄11年(1698)87歳で逝去するまで47年もの間、境内の警護にあたるとともに、家光に霊膳を捧げるのを日課としました。逝去後、尊骸は大猷院近くに葬られ、位牌は龍光院の仏間に祀られています。 -
梶定良は、寛文の水害や貞享の大火の際には、私財を投じて日光の人々の救済に尽くしたので、地元民からは「梶さま」と現在も敬われ慕われ続けています。
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二天門です。正面「大猷院」の額は、108代天皇の後水尾上皇により書かれた文字です。
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日光の境内で1番大きな門です。
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持国天
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増長天
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雷神
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風神
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幡の礎石
大法要などで境内に掲げる仏教様式の旗を「幡」、それを吊す竿を「幢竿」といいます。この特徴ある丸い石は、幢竿を立てる基礎石を護るための蓋となっています。境内には同様の基礎石が80箇所あります。 -
展望所
下を見ると、たくさんの石の灯篭が並んでいます。この灯篭は、10万石未満の大名からの献上品で、それらの大名は、二天門から先に進むことは許されませんでした。
ここからの眺めは、天上界から下界(人間の住む世界)を見下ろした風景を想像させます。 -
鐘楼
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鼓楼
鐘楼には釣鐘が、鼓楼には大きな太鼓がおさめられています。 -
夜叉門です。
4体の夜叉(阿跋摩羅、毘陀羅、犍陀羅、烏摩勒伽)が祀られ、霊廟を守ります。 -
毘陀羅(ひだら)
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阿跋摩羅(あばつまら)
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夜叉門は、牡丹の花模様と唐草模様の彫刻が彫られており、別名 牡丹門とも言われています。
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夜叉門を潜ります。
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鳥摩勒伽(うまろきゃ)
この青い烏摩勒伽は、破魔矢の発祥とされています。 -
犍陀羅 (けんだら)
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唐門です。
総金箔造りで、軒下には丹頂鶴、白龍が、玉垣には、たくさんの鳩、左右の壁には秋の七草が、彫刻されています。 -
夜叉門の周りの多くの燈籠は、江戸時代の大名達が奉納したものです。
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門前にある左右の大きな灯籠は、徳川御三家(紀州・水戸・尾張)からの献上品です。
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軒の下には左右に鶴、マグサの上には白い竜の彫刻が飾られています。
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唐門 を入った所で靴を脱ぎ、拝殿で参拝。中は写真撮影禁止です。
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こちらで、龍神破魔矢(りゅうじんはまや)をいただきました。
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破魔矢発祥の【烏摩勒伽(うまろきゃ)】が持つ矢をかたどっています。
昇り龍が彫刻してあります。
悪いものを祓い、願い事を叶える力があると言われています。 -
拝殿横の皇嘉門へ続く通路を歩きます。
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通路の右側の木塀は、唐門 両脇から繋がる袖塀の続きです。
装飾も着彩い地味な仕上げとなっています。 -
拝殿・相の間・本殿と、3つの部屋の並ぶ造りを「権現造り」と言います。たくさんの金箔が使われていることから、別名を「金閣殿」と呼ばれています。
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皇嘉門
家光公御廟への入口の門です。中国明朝建築の竜宮造りで、別名を「竜宮門」と呼ばれています。この門の先に、家光のお墓所があります。お墓所は非公開です。 -
日光二荒山神社に来ました。
良い縁打出の小槌 -
むすび大国
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大鳥居
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縁結びの御神木
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風鈴まつりを開催中です。
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境内には陶芸家でもある神社の職員が自宅の工房で焼き上げた陶器と磁器の風鈴あわせておよそ1000個も飾られています。
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手水舎
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輝く黄金の「良い縁うさぎ」。
両手には幸運と成功をもたらすとされる鉱石「ラピスラズリ」を持っています。 -
神楽殿
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本社拝殿
1200年以上前、勝道上人が開いた日光山。二荒山神社は日光山信仰の始まりとなった古社で、二荒山(男体山)をご神体としてまつり、古くから下野国の一の宮としてうやまわれ、信仰を集めていました。
二荒山神社の主祭神は招福や縁結びの神様、大己貴命(おおなむちのみこと)で、現在では縁結びのご利益で人気の社だそうです。 -
日光珈琲 御用邸通でランチです。
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水出しアイスコーヒー
暑い中、歩いたので、特に美味しいです。 -
ガレットコンプレをいただきました。
地元産そば粉のクレープ。ベーコンとチーズ。
サラダ、スープ付き。
けっこうボリュームありました。 -
とても落ち着く店内です。
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体を冷やし、ゆっくりと休憩しました。
この後、歩いて金谷ホテル歴史館に行きました。
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