2024/05/23 - 2024/05/23
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あちっとさん
外海出津地区にあるド.ロ神父記念館と救助院を訪れました。
ドロ神父はフランスでは貴族として生まれ、司祭階級だったのに、28歳の時にこの出津に来て村民たちの貧しい暮らしに驚き、魂の救済だけでなく生活の救済も必要と、教会を中心とした「旧出津救助院」を作りました。。そして色々な技術を村人に教え、私財を投じて多彩な事業を外海地区の人々に授け、生涯をこの地と人々へ捧げ愛の実践をされました。
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枯松神社を後に、またバスで山を登って出津地区に来ました。
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途中に「沈黙の碑」がありました。
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「人間がこんなに哀しいのに
主よ、海はあまりに碧いのです」
遠藤周作 -
こんな荒海を乗り越えて、長崎からこんな所まで逃げて来たのですね。。
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実はこのツアーは、ドキュメンタリーを制作するためカメラマンが一緒に参加しており、このようにビデオを撮っています。
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駐車場から坂道を歩いて行くと、ドロ記念館と救助院が見えて来ました。
ド ロ神父記念館 美術館・博物館
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村の人たちを救いに導いたドロ神父。
礼拝堂、今は記念館。 -
こちらは魂の救いだけでなく、生活の救済も必要と考えたドロ神父が作った救助院
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旧出津救助院 ドロ神父はここで色々な技術を島の人に教えて、後々ずっと生活の役に立てられるように教えた。
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中に入りました。衣服の縫い方や、
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網の作り方、
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こんな大きなそろばんを使って計算も教えた。
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これはドロ神父の故郷フランスから贈られた足踏みオルガン
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ドロ神父の肖像画
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人体の中がどうなっているのかも教えた。
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建物を移動して、こちらではここに住んでいらっしゃるシスターの説明を聞きました。
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床下に味噌などを作って貯蔵してた。
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このような感じで。
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一階と二階の当時の作業場の地図
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2階ではシスターがオルガンを弾いて、当時の説明をしてくれました。ドロ神父が村の人たちを心から愛し、村の人たちもドロ神父を心から愛し、今もその愛が溢れている様子が伝わって来ました。
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外にもドロ神父の像。この人のおかげで村人たちは魂の救いを得て、身体も生き延びて来れたのですね。私財を投じて生涯を村と人のために捧げられたとは。このような方がおられたことを初めて知って、とても感銘を受けました。
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