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皇居 乾通り 秋の一般公開に行き、皇居東御苑も合わせて散策<br />紅葉はそこそこでしたが気候が良くて散策日和でした<br /><br /><br />

皇居 乾通り 秋の一般公開へ

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2023/11/28 - 2023/11/28

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ゆっこ

ゆっこさん

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皇居 乾通り 秋の一般公開に行き、皇居東御苑も合わせて散策
紅葉はそこそこでしたが気候が良くて散策日和でした


  • 平日の9時過ぎ、思いのほか人が少なく待つこともありませんでした<br />二重橋を近くから見たかったけれどコースがきっちり作られていて行けず<br /><br />

    平日の9時過ぎ、思いのほか人が少なく待つこともありませんでした
    二重橋を近くから見たかったけれどコースがきっちり作られていて行けず

  • 皇居前広場から丸の内のビル群を眺めつつ進み、入口となる坂下門の手前で手荷物検査とセキュリティーチェックを受けました<br /><br />

    皇居前広場から丸の内のビル群を眺めつつ進み、入口となる坂下門の手前で手荷物検査とセキュリティーチェックを受けました

  • セキュリティーチェックを通過したら入場門の坂下門へ<br />皇居外苑だけでも結構な広さであることを実感

    セキュリティーチェックを通過したら入場門の坂下門へ
    皇居外苑だけでも結構な広さであることを実感

  • 坂下門と言えば坂下門外の変が有名ですね<br />江戸時代には西の丸の坂の下にあったことから坂下門と呼ばれるようになり、大奥に近く西の丸の通用門として使われていたそうです<br />現在は宮内庁の出入り口で一般参賀や乾通理一般公開の時にのみ一般の方々も通行出来るそう<br />

    坂下門と言えば坂下門外の変が有名ですね
    江戸時代には西の丸の坂の下にあったことから坂下門と呼ばれるようになり、大奥に近く西の丸の通用門として使われていたそうです
    現在は宮内庁の出入り口で一般参賀や乾通理一般公開の時にのみ一般の方々も通行出来るそう

    坂下門 名所・史跡

  • 坂下門を入るとすぐにある宮内庁庁舎

    坂下門を入るとすぐにある宮内庁庁舎

  • 反対側には東御苑内にある富士見櫓が見えました

    反対側には東御苑内にある富士見櫓が見えました

    富士見櫓 名所・史跡

  • 一般公開されていた坂下門から乾門までは約750m

    一般公開されていた坂下門から乾門までは約750m

  • 一方通行なのでのんびりと進みました

    一方通行なのでのんびりと進みました

  • 少し進むと左手に局門がありました<br />こちらは明治宮殿造営時の明治20年頃に造られたもの、この辺りには女官が住居していた局があったそうです

    少し進むと左手に局門がありました
    こちらは明治宮殿造営時の明治20年頃に造られたもの、この辺りには女官が住居していた局があったそうです

  • 右手には富士見多聞(後程中も見学)が見えました<br />その下の蓮池濠は江戸城の本丸と西の丸を分けていた濠

    右手には富士見多聞(後程中も見学)が見えました
    その下の蓮池濠は江戸城の本丸と西の丸を分けていた濠

  • 局門の先に門長屋、こちらも明治20年の建築された木造2階建ての倉庫

    局門の先に門長屋、こちらも明治20年の建築された木造2階建ての倉庫

  • 門長屋

    門長屋

  • 紅葉の進み具合は木により様々

    紅葉の進み具合は木により様々

  • 四季桜が咲いていました

    四季桜が咲いていました

  • アップで

    アップで

  • 道灌濠<br />太田道灌が築いた城の外濠であったとの説があり、それが道灌濠の名の由来だそうです

    道灌濠
    太田道灌が築いた城の外濠であったとの説があり、それが道灌濠の名の由来だそうです

  • 西詰橋(通行禁止)

    西詰橋(通行禁止)

  • 西桔橋から北桔橋の間が乾濠

    西桔橋から北桔橋の間が乾濠

  • 乾門が見えてきました

    乾門が見えてきました

  • 乾門<br />(消しゴムマジック使用しています)

    乾門
    (消しゴムマジック使用しています)

    乾門 名所・史跡

  • 乾門は江戸時代には存在しておらず、明治時代に西の丸裏門を移築して造られた門だそうです<br />現在は皇室の通用門として使われていて一般に開放される期間以外は厳重に警備されています

    乾門は江戸時代には存在しておらず、明治時代に西の丸裏門を移築して造られた門だそうです
    現在は皇室の通用門として使われていて一般に開放される期間以外は厳重に警備されています

    乾門 名所・史跡

  • 乾門を出たところにあった案内図で皇居の広さがよく分かりました

    乾門を出たところにあった案内図で皇居の広さがよく分かりました

  • せっかくなので東御苑へも<br />北桔橋門から入ります<br />

    せっかくなので東御苑へも
    北桔橋門から入ります

    北桔橋門 名所・史跡

  • 北桔橋から見た乾濠

    北桔橋から見た乾濠

  • 北桔橋門から東御苑に入るとすぐに天守台がありました

    北桔橋門から東御苑に入るとすぐに天守台がありました

    江戸城 名所・史跡

  • 天守台の石垣の上まで上れたので行ってみました

    天守台の石垣の上まで上れたので行ってみました

  • 江戸城天守閣は3度建てられたものの明暦の大火(1657年)により焼失した後、天守再建を目指し1659年に石垣が築き直されたものの幕府内で天守は不要との結論が下され天守閣が再建れることはなかったそです<br />江戸時代の江戸城に天守があったのは50年間のみでその後210年間は無かったと言うのは知りませんでした

    江戸城天守閣は3度建てられたものの明暦の大火(1657年)により焼失した後、天守再建を目指し1659年に石垣が築き直されたものの幕府内で天守は不要との結論が下され天守閣が再建れることはなかったそです
    江戸時代の江戸城に天守があったのは50年間のみでその後210年間は無かったと言うのは知りませんでした

  • 東御苑は大部分が江戸城本丸御殿だったのですね

    東御苑は大部分が江戸城本丸御殿だったのですね

  • 天守台から見た本丸方面

    天守台から見た本丸方面

  • 反対側には武道館が見えました

    反対側には武道館が見えました

  • ちょっと離れて天守台全景

    ちょっと離れて天守台全景

    江戸城 名所・史跡

  • 上の写真を撮った辺り

    上の写真を撮った辺り

  • 石室(中には入れず)<br />この場所は元は江戸城本丸御殿の大奥の脇になるそうで、石室の用途は諸説あるものの火事などの時に大奥用の調度などを避難させた場所と考えられているそうです

    石室(中には入れず)
    この場所は元は江戸城本丸御殿の大奥の脇になるそうで、石室の用途は諸説あるものの火事などの時に大奥用の調度などを避難させた場所と考えられているそうです

  • 乾通りから見えた富士見多聞は中に入れました

    乾通りから見えた富士見多聞は中に入れました

  • 富士見多聞 内部

    富士見多聞 内部

  • 富士見多聞の概要、多聞とは城郭の石垣上に建てられた長屋で城壁よりも強固な防御施設、江戸時代の江戸城本丸にはこのような多聞が各所に築かれていましたが現存するのはこの富士見多聞のみ

    富士見多聞の概要、多聞とは城郭の石垣上に建てられた長屋で城壁よりも強固な防御施設、江戸時代の江戸城本丸にはこのような多聞が各所に築かれていましたが現存するのはこの富士見多聞のみ

  • 先程歩いた乾通りが見渡せます

    先程歩いた乾通りが見渡せます

  • 忠臣蔵で有名な松の廊下があったと思われる場所には標識もありました

    忠臣蔵で有名な松の廊下があったと思われる場所には標識もありました

  • 今は背の高い木々がこんなにあるけどこの辺りも元は本丸の一部<br />

    今は背の高い木々がこんなにあるけどこの辺りも元は本丸の一部

    皇居東御苑 公園・植物園

  • 木々の足元ではつわぶきが見頃<br />

    木々の足元ではつわぶきが見頃

    皇居東御苑 公園・植物園

  • 大きなクスノキからはパワーを貰える気がする

    大きなクスノキからはパワーを貰える気がする

  • 坂下門を入ってすぐに見えた富士見櫓の前までやってきました<br />どこから見ても美しいので八方正面の櫓と呼ばれ、再建が叶わなかった天守閣に代って江戸城のシンボル的な役目を果たしてきそうです<br />

    坂下門を入ってすぐに見えた富士見櫓の前までやってきました
    どこから見ても美しいので八方正面の櫓と呼ばれ、再建が叶わなかった天守閣に代って江戸城のシンボル的な役目を果たしてきそうです

    富士見櫓 名所・史跡

  • 本丸休憩所内に展示されている江戸城天守復元模型<br />この模型は3度目の最も大きかった寛永期の天守で、高さは60mあり20階建てのビルに相当し、日本のお城の天守の中で最も高いものだったそうです

    本丸休憩所内に展示されている江戸城天守復元模型
    この模型は3度目の最も大きかった寛永期の天守で、高さは60mあり20階建てのビルに相当し、日本のお城の天守の中で最も高いものだったそうです

  • 丸の内の高層ビル群と石垣

    丸の内の高層ビル群と石垣

  • 植木のお手入れも抜かりありませんね

    植木のお手入れも抜かりありませんね

  • 大番所=大手中之門の内側に設けられていた警備詰所

    大番所=大手中之門の内側に設けられていた警備詰所

    同心番所 名所・史跡

  • 百人番所=江戸城本丸への道を厳重に守る大手中之門に向き合って設けられた警備詰所

    百人番所=江戸城本丸への道を厳重に守る大手中之門に向き合って設けられた警備詰所

    百人番所 名所・史跡

  • 振り返って中之門跡、この門の石垣は江戸城の中でも最大級の巨石で築かれているそうです<br />高さ6mにもなる巨大な石垣 素晴らしい そして美しい<br />

    振り返って中之門跡、この門の石垣は江戸城の中でも最大級の巨石で築かれているそうです
    高さ6mにもなる巨大な石垣 素晴らしい そして美しい

  • 東御苑も広くて全で回れなかったのでまた機会を作って訪れたいです

    東御苑も広くて全で回れなかったのでまた機会を作って訪れたいです

  • 大手門は江戸時代には江戸城正門で本丸大手門と呼ばれていたそうです<br />現在の大手櫓門は1968年に復元されたもの

    大手門は江戸時代には江戸城正門で本丸大手門と呼ばれていたそうです
    現在の大手櫓門は1968年に復元されたもの

  • 大手櫓門 確かに乾門と違い新しいです

    大手櫓門 確かに乾門と違い新しいです

    大手門 名所・史跡

  • この鯱は1945年4月の戦火で消失した旧大手門渡櫓の屋根に飾られていた鯱で頭部に「明暦三丁酉」と刻まれていることから1657年の明暦の大火で消失した後に再建された際に製作されたものと推定されているそうです

    この鯱は1945年4月の戦火で消失した旧大手門渡櫓の屋根に飾られていた鯱で頭部に「明暦三丁酉」と刻まれていることから1657年の明暦の大火で消失した後に再建された際に製作されたものと推定されているそうです

  • 大手櫓門 この門は再建されたものとは言え、江戸時代にはこの場所を将軍はじめ各大名が通っていたと思うとワクワクしました

    大手櫓門 この門は再建されたものとは言え、江戸時代にはこの場所を将軍はじめ各大名が通っていたと思うとワクワクしました

    大手門 名所・史跡

  • 大手高麗門を出ると

    大手高麗門を出ると

  • 高層ビル群にのみ込まれる感覚に襲われる(笑)

    高層ビル群にのみ込まれる感覚に襲われる(笑)

  • 振り返って大手門<br />都民だった期間もあるのに今回初めて訪れた皇居、見所沢山で楽しめたのでいつになるか?だけど春の一般公開か皇居参観にも訪れたくなりました

    振り返って大手門
    都民だった期間もあるのに今回初めて訪れた皇居、見所沢山で楽しめたのでいつになるか?だけど春の一般公開か皇居参観にも訪れたくなりました

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