2020/11/05 - 2020/11/07
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ミズ旅撮る人さん
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コロナ元年の2020年11月に、GO TO トラベルで佐渡に行きました。
佐渡と言えば金山。でも、それしか知りません。あとは、新潟県でポスターなどでよく目にするトキの繁殖に力を入れていることくらいでしょうか。行きたいと思っていた訳ではなかったのに、GO TO トラベルに背中を押されて、思ってもみなかった佐渡への旅が始まりました。
東京駅から上越新幹線「とき309号」に乗って新潟を目指します。新潟港から国道350号線であるフェリーに乗って佐渡に上陸しました。
初日は、佐渡ヶ島の北端にある「大野亀」を見学してホテルに行きます。
翌日は、沢崎鼻灯台、宿根木の散策、たらい舟、青の洞窟クルーズ、歴史伝説館。
最終日は、「きらりうむ佐渡」の見学、北沢浮遊選鉱場、佐渡金山、トキの森公園、トキのテラスを周って東京に戻って来ました。
佐渡ヶ島は、日本で沖縄本島に次ぐ面積を持つ島なので、それなりに観光地はあるのだろうと適当に考えていました。行ってみてびっくりです。島だと言うのに、多種多様な観光地があり、2泊3日でも足りないくらいでした。ユネスコから「情報照会」を勧告された佐渡を応援するつもりで、魅力あふれる佐渡ヶ島を紹介します。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- 交通手段
- 観光バス 船 新幹線
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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東京駅から上越新幹線「とき」に乗って新潟へ。朱鷺色と呼ばれるピンクのラインが入っていました。
新潟港からフェリーに乗り込みます。12:35発。国道350号線の一部になっています。この国道は新潟~両津港だけではなく、佐渡ヶ島を横断して、小木港~直江津のフェリーも含んでいます。こうした海上国道は、全国に24路線あるそうです。 -
新潟に来ると、あちこちで「トキ」を目にします。つい買ってしまいました。
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両津港北防波堤灯台「おけさ灯台」。平成2年に設置・点灯されました。「佐渡おけさ」を踊る人のイメージで作られています。
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15:05両津港に接岸しました。隣には先に着いていたジェットフォイルがいます。
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両津港から、バスは佐渡ヶ島の北端を目指して県道45号線を走っています。県道45号線は、佐渡ヶ島を一周する県道です。
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「大野亀」は、『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン』に二ツ星として掲載されました。
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標高167mの一枚岩です。
大野亀 自然・景勝地
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あたりは50万株100万本ものトビシマカンゾウの群生地なのが有名です。山形県の飛島と酒田海岸とここにだけ生息するユリ科の多年草です。
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厳しい日本海の荒波に削られて、荒々しい海岸線です。
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16:22。11月なので既に日が暮れて来ました。
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翌朝、ホテルからの眺めです。このツアーは、両津港のすぐそばで加茂湖に面した宿と、海が見えるこのホテルとどちらかを選ぶことが出来ました。断然、海に臨むホテルにしました。
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西側の海に面した相川地区にある「ホテル大佐渡」です。
広くて綺麗で、日本海をいつでも望めるホテル by ミズ旅撮る人さんSado National Park HOTEL OOSADO 宿・ホテル
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出発前にホテルの前の海岸を散歩します。「春日崎灯明台」です。今日は見学場所が盛り沢山なので、天気になって欲しいなあ。
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相川のホテルを出発して、南端に向かいます。「長者ヶ橋」です。
深い入り江によって分断されていた2つの地区を繋ぐため、2002(平成14)年に建設されました。 -
長者ヶ橋は橋長294m、約5年の歳月と事業費44億円を費やした
新潟県内初のエクストラドーズド橋です。深浦地区は国定公園内にあるため、景観にも配慮しており、斜張橋(横浜ベイブリッジ等)とは異なって、主塔を低くし、橋脚を少なく出来、材料費のコスト縮減も出来ました。 -
照明柱を見上げると扇形のモチーフが付いており、また、高欄も独特の格子状のパターンとなっています。これらは千石船で有名な地元宿根木地区の街並みをモチーフにデザインされました。
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この辺りは海の色がたいへん美しいです。後ほど「青の洞窟クルーズ」に出掛けます。これは楽しみになって来ました。
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宿根木地区出身の江戸時代の地理学者 柴田収蔵が1852年(嘉永5年)に描いた世界地図「新訂坤輿略全図(しんてい こんよりゃくぜんず)」のレリーフが飾られています。
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沢崎花灯台~佐渡島最西端にある灯台~
小佐渡山脈の南西、小木半島の枕状溶岩の上に建つ。昭和3(1928)年11月21日に建設され、与謝野晶子も「沢崎の灯台に身をなぞらえてはし鷹立てり一つの岩に」と詠んでいます。
現在の灯台は、昭和62(1987)年に建て替えられた二代目で、直江津~小木航路の小木へと向かう船舶が第一目標として目印にする重要な標識です。灯火は保安部で遠隔監視できるシステムとなっており、また定期的に事務所から職員が巡回し、機器の点検、施設の保全に当たっています。
光り方:群閃白光 毎30秒に2閃光 光の強さ:28万カンデラ 光の届く距離:18海里(約33㎞)沢崎鼻灯台 名所・史跡
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沢崎岬周辺には「枕状溶岩」が海に流れ落ちて来た様子をそのまま残しています。因みに遠くに霞んでいる場所は、ホテルのある相川地区辺りで、佐渡の真ん中でくびれた所です。佐渡島は予想以上に大きな島で、昨日の両津港から大野亀まで約1時間掛かっています。日本の島の面積ランキングは次の通りです。
1:沖縄本島1,204k㎡
2:佐渡島 854k㎡
3:奄美大島 712k㎡
4:対馬 696k㎡
5:淡路島 592k㎡ -
宿根木(しゅくねぎ)海岸。ここでは「はんぎり」と呼ばれるたらい舟に乗ることが出来ます。今回のツアーは、別の場所でたらい舟に乗ります。「はんぎり」とは、味噌樽を半切りにしたことからそう呼ばれています。
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「中世の頃より廻船業を営む者が居住し、宿根木浦は、佐渡の富の三分の一を集めたと言われるほど栄えた。やがて小木港が江戸幕府によって整備され、商業の中心が小木港へ移行すると、宿根木の者は、船主が船頭となり十数人の船乗りと共に、全国各地へ乗り出して商いを続けた。村には船大工をはじめ造船技術者が居住し、一村が千石船産業の基地として整備され繁栄した。」
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駐車場に面した集落との境には、見上げるほど高い竹囲いが施されています。この駐車場の一角には町並案内所があり、その屋根には大きな丸い石がたくさん乗っています。雨風に屋根を持って行かれないようにとの工夫です。
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マンホール蓋には、はんぎりのたらい舟。ここはたらい舟の発祥の地なのだそうです。
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では入って行きましょう。集落には現在も住民が住んでいるので、なるべく静かに建物の中を覗き込まないように配慮して見学します。この通りは「世捨小路」と言います。
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世捨小路の路面は地元で採れた石を敷き詰めていますが、長年の人や物の往来で、中央が凹んでいます。
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「屋号 庄司」何か商売をしているのかな?
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「正次酒店」年季のいった看板。
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もう少し道を広く取ろうとは思わなかったのかなあ。
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「柴田収蔵の生家」
1820年宿根木に生まれた。蘭学の他、医学、天文地理学を極め、37歳の時に江戸幕府の藩書調所絵図調出役を命ぜられた。1852年に刷行された楕円形世界地図「新訂坤輿略全図」には、樺太・ニューヨーク・ボストンなど当時の最新情報が記され、研究の確かさが伺える。鎖国政策下に於いて、世界に目を向け数多くの世界地図を残した。
長者ヶ橋で見た世界地図を描いた人物です。女と酒好きで、40歳で亡くなったそうです。 -
小路に面した部分は狭そうですが、意外と奥行きがあって広いのかもしれません。
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突き当りの家の屋号は坂下。
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日本海に浮かぶ佐渡島で、よく木造家屋がこれだけ現役で残ったものです。重要伝統的建造物群保存地区になっているので、改築も出来ずたいへんでしょうね。
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屋号「上」。2階の屋根が二段になっている珍しい家です。
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昔、港などでよく見掛けたガラス玉。
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屋根の上の神様。黒い瓦は、能登瓦です。
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壁が全て板張りです。この家の向かいに江戸時代後期から明治にかけて財を成した廻船主の邸宅「清九郎」が建っています。写真を撮り損ねました。有料で公開されています。
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「穴口」(屋号)
佐藤伊左衛門と名乗る千石船船主の家でした。元禄時代(1688~1803)に宿根木で分家して酒造業を営み、やがて廻船業に参加、江戸末期から明治時代には、全国で名を知られるほどになり、常に佐渡島内高額所得者になっていました。 -
現在はフレンチレストランになっている「あなぐち」
外観からは想像がつかないミュージアムレストランです。
https://www.anaguchi.com/お料理 あなぐち グルメ・レストラン
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「旧郵便局
大正10(1921)年に建てられた宿根木で数少ない洋風建築である。石塚家は、廻船業に携わり財を成した後、通信、薬局、郵便業へと事業を展開して行った。」
木造板張りの郵便局は、外装を深緑色に塗って、たいそう目立つ存在だったことでしょう。 -
郵便局の斜向かいには、1階に車庫のような部分が設けられた家があります。細い小路に面し、尚且つ用水路を渡って入る家なので、もちろん車の類は使えません。それでも何かの作業のためなのか、土間代わりなのでしょう。普通の四角い家よりも中が明るくて、使い勝手が良さそうで、こういう建築物が好きです。
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振り返ると、用水路が周り込んで来ているのがわかります。
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宿根木の中心を南北に通るこの道には、とても珍しい建物があります。写真の中央、小路の左側に建つ建物は、実は三角形なのです。
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公開民家 三角家(さんかくや)
建物の形から三角家、舟形の家などと呼ばれている。川の中州を埋め立てて出来た敷地に、1846年の水害後に、隣町の羽茂大橋付近から母屋を移築し、土地に合わせて三角形に切り詰めて建てられた。最大限に土地利用を図った知恵と技が見られ、宿根木を象徴する建物の一つである。 -
パンフレットにある三角家の見取り図です。
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三角家を背景に撮影された観光ポスター。吉永小百合さんです。
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宿根木の集落の形成過程
小木半島の集落は、ほとんどが海に面している。海に対して、ゾーンを形成しているのは宿根木と小木港だけである。他の集落は「海に対して平行型」か「平行、直交混合型」である。 -
宿根木公会堂
昭和33(1958)年築。芝居小屋形式(花道、2階観覧席、回り舞台の遺物)の集合施設。大正期には宿根木小学校としても使われた。 -
用水路呼ばわりしていますが、称光寺川だそうです。宿根木の集落の中を北の称光寺から海岸まで流れ下っています。川に面した家の前には分厚い石板が橋として架けられています。
その側面には「安永5(1776)年申高津」と刻まれています。白山神社の石鳥居には安永2年と刻まれていて、どちらも船主・高津勘四郎の寄進とされています。石材は瀬戸内海産の御影石で、尾道港から石工同行で運搬され、現地で施工されました。 -
白山神社
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共同井戸
江戸時代中期頃から宿根木の人口はどんどん増加した。谷内に収まり切らず、高台の高ノ山地区、新田地区へと増殖して行った。高台は段丘上に位置するため、井戸水が不足し、この共同井戸が利用された。右の石段は、担い棒で桶を担ぎ、毎日の水汲みで擦り減ったものである。高台へ上がると密集した集落が見渡せる。 -
見学が終わってバスで高台を通った際に撮った写真です。
見えているのは宿根木の南部なので、特徴ある三角家などは見えません。 -
ついでに、高台にある千石船の展示館です。1858年に宿根木で建造された「幸光丸」を当時の設計図を基に復元したものが展示されています。
佐渡国小木民俗博物館 千石船展示館 美術館・博物館
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土蔵とその覆屋(おおいや)
一般に、土蔵は白い漆喰を晒しています。しかし海風等が強い地域では、覆屋をかけて漆喰を保護しています。この土蔵は3階建で、入り口は4枚の戸で守られています。 -
腰板
分厚く風格ある板は、千石船建造の際に余ったものや廃船になったものを利用している。船に使われる板は、一番外側の板でも36㎜ほどある。これらは船喰い虫の被害を防ぐためで、数年で取り換えられる。船には役立たなくなるが、一般家屋にとっては宝のような材である。造船の残材や派生材は十分に利用され、それがまた千石船の里らしさを演出している。 -
家の外壁は船の材料だったのですね。
最盛期には120戸に500人程が住んでいましたが、現在では60戸に180人程が静かに暮らしています。 -
伊三郎
1891年に工事着手された主屋であるが、建築中に船乗りであった親子二代が遭難し、一時未完成のまま使用されていた。1993年に修復が行われた。
軒下に扇形の飾りを施し、石塚姓の「石」の字を彫り込んだものや家紋(角切り角の違い鷹の羽)など特徴的な意匠が残る。
現在は「一客一亭の御宿 伊三郎」として1日1組限定の宿泊施設となっています。 -
保存地区なので、現状維持が取り決められているのかと思いましたが、改装された家がありました。木造の家を何年たってもそのままというのは無理があるので、壁が老朽化したら直すのもいいと思います。今は木が新しいのが目立ちますが、やがて古びて来れば馴染んで行きます。
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宿根木は、1ha程の狭い谷合に家屋が密集しており、殆どが総二階建てになっています。外観は日本海から吹き付ける潮風から建物を守るため、包み板と呼ばれる縦板張りになっています。簡素な外観とは対照的に、内部は漆をふんだんに使うなど豪華な造りとなっています。
ツアーでは集落を歩いてみるだけで、建物の中には入りませんでした。公開しているどれかの建物に入って見たら、もっと印象が変わるのでしょうね。 -
小木港に来ました。ここで2つの班に分かれ、一つはたらい舟、もう一つは大型モーターボートに乗ります。
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たらい舟に乗るのは港の桟橋の横なので、海と言っても池のような感覚です。
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団体なので、たらい舟が次々に出て行きます。2020年。観光業は本当にたいへんでした。こういう風景は滅多になかった事でしょう。
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少し離れた桟橋には、直江津との間に就航しているカーフェリーが停泊していました。1時間40分で結びます。最も短い航路は、赤泊~寺泊間の高速船で1時間5分です。かつては定期航路でしたが廃止となり、2023年夏に臨時便が出ています。
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たらい舟の次は、このボートで小木海岸の遊覧をします。
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小木海岸天然名勝地めぐり
地図では沢崎岬まで行くように書いてありますが、10~35分のコースがあり、ツアーは20分の琴浦洞窟コースでした。 -
遊覧コースには「青の洞窟」があるのですが、この空模様で色が綺麗に見えるでしょうか。
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小木港内の防波堤を出てすぐに、赤い太鼓橋が見えます。
ここは「矢島・経島」と呼ばれる景勝地で、2つの島が防波堤の役をしているので、橋の向こう側には小さな港があります。ここでもたらい舟に乗ることが出来ます。 -
溶岩が海に流れ落ちた様子がよく見られます。
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ボートが狭い入り江に入って行きます。
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左八文字と呼ばれる穴の開いた岩。
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この入江は「青の洞窟」並みに綺麗なのでは?
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洞窟じゃないだけで、すごく綺麗です。
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虫谷(むしや)の入江です。ここでUターンして戻ります。
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入江の出口付近ですが、光線の方向が違うからか海の色が全然違います。
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私達のボートが入江の外に出たので、次のボートが入って行きます。
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沖合にきちんと並んだ岩塊があります。自然の防波堤でしょうか。
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小木港琴浦沖防波堤灯台。ここの灯質は、群閃緑光で毎6秒に2閃光です。
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小木漁港 琴浦地区の集落が見えて来ました。意外にも「青の洞窟」は、大海原に面している訳ではありませんでした。
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かつては集落から歩いて洞窟に行かれたようですが、現在では崩落のため立入禁止です。ボートでのみ行く事が出来ます。
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琴浦洞窟(竜王洞)の中に入って行きます。
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雲が空いっぱいに広がっていて、その向こうから薄日が感じられる程度の日でしたが、予想以上に綺麗に見えました。
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竜王洞は、意外と奥行きがなく、すぐに突き当たってしまいました。
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晴天の日には、もっとすごい青になるのかな?でも、これもとても綺麗でしたよ。
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佐渡島は、対馬暖流の影響で、夏は本土よりも涼しく冬は暖かいそうです。日本海に浮かぶ島なので、気候が厳しい土地だと思っていました。
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次のボートが、「青の洞窟」に入って行きます。自分たちの様子は見られないので、同じようなボートが来るとわかりやすいです。
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外の海はこんな色なのに、どうしてあそこだけ色が違うのでしょうね。
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元来た道を戻って行きます。11月初旬、少し紅葉が始まっています。
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小木港での2種類の体験は、たらい舟もおもしろかったし、「青の洞窟」も良かったです。どちらか一方を選べと言われても困るくらいです。
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小木港から国道350号線を北に走り、椿尾海水浴場に出たところにある「椿尾弁天岩」
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もう少しで国仲平野に入る辺りにある「立岩(人面岩)」。対岸は佐渡北部です。佐渡島は、かつて日本海が出来た頃には2つの塊でした。それが隆起して大佐渡・小佐渡の2つの島になりました。やがて双方の島からの土砂が埋め立てて国仲平野で繋がったのです。
2つの島が合体したのが今の佐渡島だとわかれば、ちょっと不思議な形をしているのも納得ですね。人面岩 自然・景勝地
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海鮮丼の昼食です。こういう食事が旅の楽しみでもあります。
ところが先日、大手旅行会社主催のバスツアーで、1泊2日で朝食1回だけしか付いていませんでした。料金が安いのなら仕方がないかもしれませんが、あれだけの料金でこれ?という状態です。早く食事が楽しめる旅行に戻って欲しいものです。
次回は、ツアー2日目の午後に訪れた「歴史伝説館」と大膳神社・長谷寺と、最終日の尖閣湾です。お食事処 夕鶴 グルメ・レストラン
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