2024/06/08 - 2024/06/08
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harusuさん
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日本三大庭園『兼六園』は、2024年 兼六園開園150周年を迎えた。(兼六園、水戸の偕楽園、岡山の後楽園と共に日本三大庭園)
広大な園内には築山、池、茶屋などが点在しており、それぞれの景観を楽しみながら廻遊する庭園となっています。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 新幹線
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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兼六園入口は全部で7カ所あります。(桂坂口・蓮池門口・真弓坂口・髄身坂口・小立坂口・上坂口・桜が岡口)
兼六園 公園・植物園
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四高記念公園・しいのき迎賓館を観光して、百万石通りを通って、特別名勝「兼六園」真弓坂口から入場しました。
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真弓坂を上って、この先にチケット売り場 大人:¥320円 子供: ¥100円 6歳から17歳 その他: 障がい者・65歳以上無料、要証明書
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真弓坂を上ると「瓢池(ひさごいけ)」があります。ひょうたんのような形から名がついた池。
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兼六園の作庭はこの「瓢池(ひさごいけ)」から始まったそうな。
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「夕顔亭」は「瓢池」(ひさごいけ)に東側に隣接する翠滝と相対して建つ数寄をこらした茶席です。11代藩主治脩公の「大梁公日記」に新しい御亭のことを瓢池に浮ぶ島の中に建てられていることから「蓮池中嶋の亭」「中嶋の亭」と書かれているそうですが、当時の絵図を見ると蓮池の中の二つの島の一つに描かれている中嶋の亭(滝見御亭)が今の夕顔亭だといいます。
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「夕顔亭(ゆうがおてい)」今も創建当時の場所に、昔のままの形で残る園内唯一の建物です。もとは池に浮かぶ島に建てられていましたが、明治に入って一部埋め立てられ、現在は陸続きになっています。
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「時雨亭」(しぐれてい)兼六園内にある歴代藩主の別荘。かつては噴水前にあり明治初期に取り壊されたが、平成12年(2000)に再現。ゆったり腰を下ろして庭園を眺めながら、煎茶や抹茶が味わえる。
時雨亭 グルメ・レストラン
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「時雨亭」加賀藩5代藩主・前田綱紀は、1676年(延宝4年)に作事所を城内に移し、その跡に蓮池御亭(れんちおちん)を建て、その周辺を作庭しました。これが兼六園の始まりです。6代藩主・吉徳は御亭を建て替えましたが、明治のはじめに取り壊されるまで、今の噴水の前にありました。藩政後期には時雨亭とも呼ばれており、平成12年3月に現在地に再現しました。
時雨亭 グルメ・レストラン
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「時雨亭」(しぐれてい)抹茶:¥800円(和菓子付)/ 煎茶:¥340円(和菓子付)庭側の10畳と8畳、さらにそれに続く御囲は、残されていた当時の平面図により復元した部分です。
時雨亭 グルメ・レストラン
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兼六園の中ほどにある一番大きな池の「霞ヶ池」
周辺に徽軫灯籠、虹橋、唐崎松、蓬莱島、栄螺山、内橋亭などの名勝、銘石が配されている。 -
「霞ヶ池」の左岸に「内橋亭(うちはしてい)」が見えます。
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「内橋亭」(うちはしてい )は「霞ヶ池」のほとりに立つお食事処・お土産処です。
内橋亭 グルメ・レストラン
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「内橋亭」兼六園の霞ヶ池にある茶店。まるで池に浮かんでいるような美しい眺めを楽しめる。あんころもちセットや冬のぜんざい、甘酒などのほか、丼ものなどもある。
内橋亭 グルメ・レストラン
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「内橋亭」の左奥、親知らずから「霞ヶ池」(かすみがいけ)を望む。
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「徽軫灯籠(ことじとうろう)」と「霞が池」は兼六園で一番人気のスポット
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「徽軫灯籠(ことじとうろう)」水面を照らすための雪見灯籠が変化したものです。形が楽器の琴の糸を支え、音を調整する琴柱(ことじ)に似ているため、その名が付いたと言われています。
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「徽軫灯籠(ことじとうろう)」二股の脚は元々同じ長さでしたが、何かの原因で折れてしまい、石の上に片脚を乗せてバランスを保っているそうな。手前に架かる虹橋と傍らのモミジの古木との三位一体となった風景はとても絵になり、多くの観光客がここで記念撮影を行っています。
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「虹橋」は赤戸室石の反り橋で、琴の形のように緩やかな曲線を描いている。別名を琴橋と呼び、琴の胴を連想させる近代的なデザインです。
長さは約5m、幅は1.1mの1枚石で、ことじ灯籠の破調の美(ことじ灯籠は両脚の長さが異なり、その不均斉さが独特の美しさを作り出している)と琴橋の曲線の美が一体となって優れた風景を描き出している。 -
「霞が池」の右手に内橋亭 (うちはしてい )が見えます。
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「唐崎松」(からさきのまつ)冬季になると冬囲いのために縄で枝を吊る風景が有名
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「明治記念之標」は1880年(明治13年)に建立された、日本で最初の西洋式銅像。
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「明治記念の標」は西南戦争で戦死した郷土軍人の霊を慰めるものです。 銅像の身長は5.5m、1880年(明治13年)日本で最初に建てられた銅像といわれている。
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「明治記念の標」両脇に植えられた赤松は「手向松(たむけまつ)」と呼ばれ、当時、京都の東西両本願寺の門跡から移されたものです。
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