2024/06/02 - 2024/06/05
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たびたびさん
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島根でひょいと用事ができたことから、それに絡めての安来・米子周辺の旅。車もあるし、この際ですから日程も少し多めにとって、これまでなかなか機会がなくて行けてない場所やかなりしばらくぶりの場所をいくつかまとめて回ります。
その中で、ハイライトは安来節演芸館ととっとり花回廊。そこに奥出雲のひなびた温泉とかが加わります。島根と鳥取の県境を挟んでうろうろするという感じなんですが、ちょっと秘密の話しをしておくと島根県と鳥取県は仲が良くないです。というと微妙なニュアンスが伝わらないのですが、これは県と県という関係ではなくて、県境を挟んでの住民レベルの意識の問題。安来と米子の関係なんて興味なんかないとは思いますが、それでもあえて話を続けると、安来は出雲国の人間という自意識があります。それは、スサノオノミコトから始まる出雲神話の故郷であり、もうひとつは松江藩松平不昧公の大茶人としての薫陶を受け継ぐ数寄者の文化があるという自負心です。松江城や出雲大社は安来にとっても大切なアイデンティティです。かつ、安来は、これに安来鋼(ヤスキハガネ)や尼子氏の月山富田城の歴史に、北前船の寄港地という背景もあって発生した安来節、特に最近は足立美術館の文化的要素が加わって、田舎は田舎ですが、気風は落ち着いたものがあると言えると思います。これに対して、米子はちょっと複雑。家康の血が入ったことで准家門の処遇を受ける名門鳥取藩ではありますが、米子は荒尾家が城代家老として委任統治をするという自分手政治を行った独立性の高い地域。鳥取市への根強い対抗心が育まれました。しかし、一方で荒尾氏は鳥取藩の重臣ですが、荒尾氏の家来は外形的には武士であっても扱いは陪臣。そのため、明治になってから士族の権利が与えられなかった武士が多くいたのではないかと思います。ということもあって、米子は商人の町。武家の気風はほとんどありません。そこへ伯備線が米子を通ったことで今度は山陰の玄関口に。商都としての発展の道がさらに開かれたことで、米子高島屋や周辺の商店街が賑わって長年の留飲を下げた面があるような気がします。そうしたこともあってだと思いますが、米子からすると安来は田舎者と一格下に見る意識がありますし、安来からするとしっかりした歴史や文化のバックボーンがあるので、逆に、たかが商売人の町が威張ってどうすんの?みたいなことかな。そこに互いのモノサシの違いがあるので、丸めて表現すると仲が良くないとなるんです。ちなみに、現在、自慢だった商業都市としての米子の地盤沈下は目を覆いたくなるくらい。鳥取市との格差も広がっているような気もするし、ちょっと悲惨な状況なんですけどね。ただ、その中で、とっとり花回廊の方は大ヒット。今回初めて訪ねましたが、大山の豊かな恵みを活かして、全国に誇れる素晴らしいものができたなと感じました。その流れもあるかもしれませんが、大山や皆生さえ活性化に無頓着だった米子は、最近では中村一忠の米子城のPRにも力を入れていて、地道な努力をし始めたのはせめてもの光明かもしれません。
とりとめのないような話でしたが、つまり、二つのハイライトは安来の正当な文化の継承である安来節演芸館と米子の新しいチャレンジとしてのとっとり花回廊。二つの性格はいわば正反対のものなのですね。それがどうした?みたいなことかもしれませんが、これが生の地域性。そんなこともあるのかなあとか少しでも興味を持ってもらえたらいいのかなと思います。
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さっそく安来節演芸館にやってきました。
今日は、ここでじっくりと安来節の公演を拝見しますよ~ -
ところで、安来節の歴史。江戸時代の中期頃と言われますが、北前船の寄港地であった安来では佐渡おけさや追分節が歌われたりして民謡の素地が厚くなっていたところに改良が加えられ発生したというもの。現在の形になったのは明治時代の初期。地元で大人気を博しますが、それが全国に広まったのは、初代渡部お糸らによる全国的な巡業やその人気に着目した大阪の吉本、またその好評を見た浅草の興行師たちによるブームの火付け。民謡でありながらその地域にとどまることなく、エンターテイメント性を武器にして全国区に出ていったという流れはかなり特異だったのではないかと思います。歌詞はとっても素朴で、ローカル色が濃いものなんですけどね~
出雲名物 荷物にならぬ 聞いてお帰り 安来節
安来千軒 名の出たところ 社日桜に 十神山
いずれにしても、これによって山陰の片田舎でしかなかった安来の名前が全国に知れ渡り、一世を風靡する。その輝かしい歴史を今に受け継ぐ施設が安来節演芸館なんですね。 -
安来節はいきなりは披露されず、イントロは倉吉の貝殻節。
カワイヤノー、カワイヤノーの合いの手がインパクトありの民謡です。 -
次は、踊り。
隠岐のしげさ節です。 -
小さな皿をもって
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カチカチ音を鳴らしながら踊ります。
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隠岐も良港に恵まれて、北前船の恩恵にあずかった島。
佐渡ほどではないかもしれませんが、しげさ節もその関係はあるでしょう。 -
北前船と民謡や芸能はけっこう関係があって、
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イチオシ
例えば北海道の江差。
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本当にすごい種類の民謡や芸能が伝わっていて、かなり驚きましたが、
たぶんそれも北前船が江差に持ち込んだもの。 -
かつては、才能のある船頭さんがたくさんいたのではないかと思います。
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これは銭太鼓。
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安来節だけのものではないですが、
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エンターテイメント重視の安来節。
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イチオシ
いち早く取り入れて、
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安来節のひとつの顔となりました。
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最後は目隠しをしての演技。
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しっかりできましたね~
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正調安来節を挟んで、最後はお楽しみのドジョウ掬い。
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泥田の中で
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悪戦苦闘しながら
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ドジョウを掬う。
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その
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ひょうきんな姿と
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真に迫った
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表情や
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身体の動きで
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観衆を魅了します。
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演じているのはまだ若い女性ですが、
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がんばってますねえ。
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まあ、これは芸ですからね。
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顔に着いた泥をぬぐう姿や
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イチオシ
指で表現したドジョウのにょろにょろした動きもこれが命。
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安来節はここにありの妙技ですね。
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第二部は、大社町から応援に駆け付けた海潮山王寺神楽です。
出雲大社で神楽を奉納する神楽団の中では一番の大御所なんだそうです。 -
島根の神楽と言えば、全国区で有名なのは石見神楽。島根県の西部、石見地方の神楽です。
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これに対して、海潮山王寺神楽は出雲神楽ですね。
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神楽は神事に関係しますが、だんだんと見せることに重点が置かれ出していて
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石見神楽も派手になってきているし、
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石見神楽を受けて発展した広島神楽もさらに派手になっています。
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イチオシ
そうしたことを考えるとたぶん出雲神楽はもっと原形の神事に近いものかもしれませんね。
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演目は、ヤマタノオロチ。
最初に登場したスサノオノミコトも荒ぶる神の威風がよく出ていると思います。 -
クシナダヒメと老夫婦。
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ヤマタノオロチの生贄となる娘は哀れ。
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なんとか助けてほしいと頼みます。
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この辺りもほかの神楽だと老夫婦のひょうきんさが出たりするのですが、けっこうシリアスですよね。
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あい、分かった。
承知をするスサノオノミコト。 -
ヤマタノオロチを油断させるための酒造りを命じます。
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大きな桶に入った酒を持ち出して
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これならOK。
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ヤマタノオロチの出現を待ちましょう。
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と、
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これがヤマタノオロチですか。
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はー
なんかツチノコみたいですけど -
イチオシ
これは素朴なヤマタノオロチですねえ。
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大蛇の頭は
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それなりに恐ろしいですが
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ひとつですしねえ。
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長い尻尾はありますけど
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やっぱり
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どこか頼りない。
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凶悪で
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憎々しいヤマタノオロチばかり見てきたので
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このヤマタノオロチは
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ちょっとポエムのような雰囲気です。
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ただ、しばらくすると
この姿にもちょっと慣れてきたかも。 -
ぐびぐびと
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酒をあおって
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悪の本性を現し始めます。
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ぐびぐびぐび
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ぐびぐび~
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ぷはあ
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全ては自分の思い通りの気分ですね。
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そこにこっそりと忍び寄る影は
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スサノオノミコト。
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背後から
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攻撃するタイミングを測ります。
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ヤ、ヤー
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しかし
ヤマタノオロチもさるもの。 -
スサノオノミコトにしっかり反撃して
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戦いは一進一退。
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しかし、われらがスサノオノミコトは
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やっぱりヒーロー。
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ヤマタノオロチの首を挙げて
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娘を救うことができました。
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めでたしめでたし。
八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を
スサノオノミコトとヤエガキヒメは結婚し、生まれた子供がオオクニヌシノミコトです。その地は、まさにここ出雲。葦原中国(あしはらのなかつくに)の平和な時代が始まります。 -
日を改めて、この日は久々に奥出雲の方へ。
亀嵩温泉ってひなびた温泉おイメージだったんですけど、この玉峰山荘はとても立派。ロビー周りの悠々さとか近代的なホテルといった感じですね。 -
日帰り温泉700円を利用しましたが、お風呂の方もちょっと豪華。ゆったりした空間の内湯に露天風呂も。少し熱めの温度が身体に染みて、元気回復。湯上りの休憩所も広々です。
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金屋子神社は、初めて来ましたけど
広瀬町と言ってももう奥出雲のエリアといった方がいいですね。 -
古来、たたら製鉄七守護神を祀る神社として知られ、
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鍛冶鋳物師の職場では必ず金屋子神を勧請するといったことだったよう。
また、参道にはたたらの製鉄炉の中にできる塊、「 鉧 ( けら )」が置かれていたりして、さすがたたらの神社という感じです。 -
砂の器記念碑は、昭和58年、松本清張の揮毫により、推理小説のベストセラー「砂の器」を記念して建てられたもの。亀嵩(かめだけ)の地名とズーズー弁が殺人事件の謎を解く鍵となったストーリーから、亀嵩ほか奥出雲が広く日本中で認知されることになりました。
松本清張は小倉出身ですが、小倉で文学の種を蒔いたのは小倉に駐在していた島根出身の森鴎外とも。私的には、遠回りですが、その島根に恩返しをしてくれたと解釈しております。 -
昼飯は、味処 玉峰。亀嵩駅からは少し離れたところですが、ここも市街の中心部ですね。
車が何台か停まっていてそれなりに人気のようですね。 -
いただいたのは日替わりランチ。奥出雲牛ということではないと思いますが、牛肉のタイプを注文。お米は仁多米かな。肉もご飯もちゃんとしたおいしさで、けっこう満足感がありました。
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同じ中心部にある道の駅 酒蔵奥出雲交流館。堂々とした構えの建物で、
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中も悠々。
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例によって、
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泣く子も黙る仁多米や
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地元の名店、井上醤油店、
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森田醤油店の商品も。
ただ、その価値が分からないとありがたみも半減かな。よく勉強してその価値を分かっていただきたいと思います。 -
そして、もう一つの温泉、湯田山荘へも寄ってみます。
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こちらは、比田の湯と言って、昔から地元では薬の湯と言って重宝されてきた温泉。最近、リニューアルされたということでめちゃめちゃ立派になっていました。これは、テレビドラマのVIVANTを記念するロゴ。たたら製鉄の御三家の一つ櫻井家がロケ地となりました。
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では、お風呂へ。
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ただ、お風呂はジェットバスになっていて、ゆっくり入りたかったのですが、少し落ち着かないかな~
ところで、入り口には温泉水を汲む場所もあって、地元の人がタンクを持ってきている姿もありました。さすが、古くから大事にされてきた比田の湯です。 -
日を改めて、この日は、とっとり花回廊ほか大山の周辺です。
とっとり花回廊に向かう途中の南部町。
パッチェリービーは、地元でも大評判のジェラート屋さんに寄ってみます。 -
まあ、そうはいってもあくまで地方レベルですよねとか思いながらいただいてみますと。。
あれれ?基本のプレミアミルクとチェリーを甘く似たようなアマレーナの組み合わせにしてみましたが、このおいしさは爽やかさもあるしコクもあるしで、明らかにずば抜けたものがありますね。何かの秘密があるのでしょうが、いずれにしてもここまでのものに仕上げた技量はたいしたもの。間違いなく全国区の実力があるお店だと思います。 -
ほどなくとっとり花回廊に到着です。
米子の観光ではイチオシスポットとして強烈にアピールしていて、今や本家の大山を上回るくらいの知名度と人気ぶり。以前から気になっていましたが、やっと今回が初訪問です。 -
園内に入ると、かわいらしい乗り物。
まずはこれに乗って、園内を概観したいと思います。 -
では、出発。
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丘陵地帯に整備された公園は、それなりのアップダウンがありますが、
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乗り物はなんの苦もなくコトコトと進みます。
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天気もいいし、
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緑が美しいですね~
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ちょっと高原のような爽やかな風も吹いています。
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お花畑の向こうには大山の雄姿。
いやいや、これは想像以上に素晴らしいですね。富良野や美瑛にも十分対抗できているかもしれません。 -
今度は、豊かな緑の中を巡る空中回廊を歩きます。
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イチオシ
ここからでも大山が遠望できて、愉快愉快。
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イチオシ
空中回廊にはウッドデッキみたいな感覚があって、それもなかなか快適です。
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下を眺めると
園内の緑はこんなにきれい。まるで箱庭のような感じかな。 -
いいじゃないですかあ。
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ほぼ一周してみましたが、十分なスケールですね。
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改めて、お花畑の丘の方へ。
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こちらも、とにかく隅々まで手入れが行き届いていて素晴らしい。毎日毎日、朝から晩までお手入れしているくらいじゃないとこんな風にはならないでしょう。
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その最たる姿は、このバラ園でも。
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輝くようなバラの園。
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見事な花が満開です。
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イギリス庭園や
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中央の丸いドームの温室の周辺に
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何か所かに分かれてバラ園がありましたが、
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どこに行っても、
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イチオシ
ベストの状態。
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これを維持するだけでも
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とんでもない労力だと思います。
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チリ一つ
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イチオシ
落ち葉ひとつ見当たらないくらいですからねえ。
いやはや、いやはや。 -
最後に中央の温室へ。
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こちらは、涼し気な南国のパノラマ。植物が密集していないのもいいと思います。
これで、とっとり花回廊は終了。想像以上に楽しめましたね。 -
ここからは、大山の周辺をもう少し。
おにっ子ランドは、巨大な鬼のいる公園。駐車場のところから奥に向かうと建物の上に陣取った恐ろしい形相の鬼の像がありました。敷地の隅っこなので、真下から見上げるしかないのですが、まあまあ全体像は確認できる。それなりにスカッとした気分になれました。 -
もう少し大山に向かって、
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これは、大山まきば みるくの里。
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山麓の開けた場所で
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いただく白バラのソフトクリームです。
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さきほどの大山を仰ぎ見る眺めと眼前には弓ヶ浜や日本海を見下ろす眺め。
二つの絶景を楽しめるロケーションが素晴らしいですね。
しばらくテラス席でのんびり寛ぎましたが、広い芝生の広場も気持ち良さげです。 -
みるくの里から今度は植田正治写真美術館へ。
植田正治は、境港市出身で世界的な写真家、植田正治の作品を回顧展のように展示し、氏の功績を偲ぶといった感じの施設ですが、 -
この建物自体のスケール感も大きな魅力。大山の雄大さに負けていないのがいいですね。
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植田正治の専売特許は、被写体をオブジェのように配置する「演出写真」。当時は、大いに評価されたもののようですが、対象物の真実に迫るというより絵的な面白さを追求したようにも見えて、今の感覚だと少し古臭いようなちょっと微妙な印象です。ただ、少なくとも一心に打ち込んだひたむきさのようなものは伝わってきて、その辺りになるとやっぱりさすがなのかな。
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なお、建物は建築家、高松伸の設計によるもの。
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イチオシ
大山を望む立地の利点を生かしたスケール感を是非味わってみてください。
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南部町に戻ってきて。。
この賀祥ダムは、日野川水系法勝寺川の上流に作られた重力式コンクリートダム。昭和63年の竣工です。
国道からすぐのところにあるので、ちょこっと寄って拝見しましたが、 -
ダムそのものよりも、ダム湖である緑水湖が美しくて、そちらの方が見どころかも。それなりの広さがあるし、青い水と周囲の山は少し赤土の部分があって、その赤土との色彩のコントラストが美しいですね。周囲の山々も穏やかな風景となっていて、すべてを含めてなかなかの美観です。
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そのほとりにある祐生出会いの館にも寄ってみます。
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こちらは、南部町出身で、明治時代から昭和時代にかけての版画家、板祐生のコレクションを展示する美術館。
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板祐生のガリ版孔版画作品もありますが、ただ、メインは収集した浮世絵のコレクションですね。
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もともとは高価なものではないと思いますが、板祐生の確かな審美眼を感じる品々だし、江戸期から明治、大正と時代を追った体系的なコレクションとなっているのが秀逸です。また、ほかのジャンルのコレクションもいくつかあって、天神さんのコレクションとかもなかなかです。
ところで、私の好きな大正・昭和期の浮世絵師、川瀬巴水はもう少し後の時代でしょうか。板祐生だったらどう見ていたのかなとかちょっと気になりました。
さて、以上で今回の旅は終了。詰め込まない旅もたまにはいいものですね~
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