2024/05/03 - 2024/05/04
16位(同エリア513件中)
エンリケさん
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2024年のGW。
この年のGWはカレンダー通りのお休みしか取れませんでしたが、期限の迫っている大韓航空のマイルを使って韓国へ。
実は海外旅行はコロナ禍もあったため、2019年以来、5年ぶり。
直前まで仕事が忙しかったため、ろくな準備もできませんでしたが、身近な韓国でほぼ国内旅行と同じように過ごし、久々の海外旅行としてはいいウォーミングアップとなりました。
まずは旅行初日に訪れたソウル南郊にある城壁の街、水原(スウォン)から旅行記を始めます。
<旅程表>
2024年
〇5月3日(金) 羽田
〇5月4日(土) 羽田→仁川→ソウル→水原(スウォン)→ソウル
5月5日(日) ソウル→扶余(プヨ)→ソウル
5月6日(月) ソウル→仁川→成田
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 3.0
- 交通
- 4.0
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 航空会社
- 大韓航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
2024年5月3日(金)
コロナ禍のため2019年7月以来海外旅行から遠ざかり、仕事が忙しくなったこともあって旅行意欲が減退していたところでしたが、大韓航空のマイレージが切れる前に奮起して2024年のGW(といっても、カレンダー通りの5月4日~6日のみ)は韓国旅行を計画。
マイレージで取れたのは4日の深夜便のため、前日3日の21時に羽田空港第3ターミナルに到着。
久しぶりの国際線ターミナルは、だいぶコロナ前の賑わいを取り戻しているようです。 -
深夜2時出発の便にしては早く来すぎてしまったため、ターミナル内をぶらぶら。
展望デッキに出てみると、初夏の夜のひんやりとした風が身体に当たって気持ちいいです。 -
5月4日(土)
ターミナル内でグローバルWiFiも借り、日付が変わって1時、出国手続きを済ませ、まだまだ賑わっているエリア内を大韓航空の搭乗ゲートへ。 -
大韓航空の搭乗ゲートに到着。
いよいよ5年ぶりの国際線に搭乗です。 -
さすがに深夜便だけあって機内には混雑なく乗り込み、2時、大韓航空KE720便は定刻通り羽田空港を離陸。
きらきらと輝く深夜の湾岸地帯を見下ろしながら、一路、西へと飛行していきます。 -
2時30分、こんな深夜でも機内食の提供。
しかもうなぎが出るとは太っ腹。
コチュジャンのチューブもついていますが、うなぎにつけろとでも言うのかしらん?? -
大韓航空KE720便は仁川国際空港を目指し、順調に日本海を飛行。
-
4時30分、大韓航空KE720便は定刻より少し早く、仁川国際空港第2ターミナルに到着。
所要時間は2時間半、やはり日本-韓国間は早い。仁川国際空港 (ICN) 空港
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空港では営業時間外のせいかATMが使えなかったので、レートは良くないものの開いていた両替カウンターで12,000円ほど両替を済ませ(1ウォン=0.1212円として99,000ウォンに)、5時15分、空港鉄道A'REXの始発に乗り込みます。
※仁川国際空港第2ターミナルからソウル駅まで11,000ウォン(約1,300円)。券売機は日本語表示あり、クレジットカード使用可。仁川国際空港駅 駅
-
空港鉄道A'REXは仁川国際空港第2ターミナルからソウル駅まで51分。
ソウル駅到着後、迷路のような駅構内を通り、まずは翌日の扶余(プヨ)までの市外バスチケットを購入すべく、6時20分、漢江(ハンガン)の南にある南部バスターミナルを目指して、地下鉄4号線のホームへ。
※ソウル駅から南部バスターミナル駅は1回券で1,600ウォン+デポジット500ウォン=2,100ウォン(約250円)
早朝の地下鉄は若者が少なく、高齢者、特にジャージなどラフな格好の男性が目に付く感じですね。地下鉄ソウル駅 駅
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ソウル駅から忠武路(チュンムロ)駅で地下鉄3号線に乗り換え、ソウル中心部を東西に流れる漢江を渡って南部ターミナル(日本語読みと同じ)駅へ(所要約25分)。
地下鉄を出てすぐのところにある南部バスターミナルでは、自動券売機で扶余までの市外バスチケットを買おうとするも、国外のクレジットカードは使えないとのことで、結局窓口でおばさんから現金で購入(同様の理由でネット購入も不可)。
韓国って、キャッシュレス決済が日本以上に進んでいるイメージがありましたが、外国人旅行者にとってはそうではないようです・・・。
ちなみにこちらは地下鉄のホームで見かけた自動販売機。
日本では見かけなくなったアルミ缶のポカリスエットが懐かしいですね(1400ウォン=約170円)。 -
こちらは同じく駅のホームに設置されているコーヒーの自動販売機。
1杯500ウォン(約60円)というのがお値打ち価格です。 -
南部バスターミナルで翌日のバスチケットの購入を済ませ、この日はソウル南郊の水原(スウォン)を観光すべく、南部ターミナル駅から再び地下鉄に乗って水原駅を目指します。
※南部ターミナル駅から水原駅までは1回券で2,000ウォン+デポジット500ウォン=2,500ウォン(約300円)。 -
8時40分、南部ターミナル駅から教大(キョデ)、舎堂(サダン)、衿井(クムジョン)と地下鉄を乗り換えていき、約1時間で水原駅に到着。
駅前の雰囲気は、日本の地方都市と似ていなくもないですが・・・。水原駅 駅
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歩いて行くと、ハングルの看板がやたら目に付いたり、日本とは違う色合いのセブンイレブンがあったりと、ここは日本ではないことを実感。
早朝で人が少ない繁華街の道路を、てくてくと世界遺産の水原華城(スウォンファソン)に向かって歩いて行きます。 -
水原駅から水原華城までは案外遠く、9時05分、25分ほど歩いてようやくそれらしき登り坂のある緑の深い公園のようなところに。
しかしこの登り坂、角度が急で、やたらきつい・・・。 -
少し汗をかきながらも坂を登り切り、9時10分、ついに水原華城の西側の入口に到着。
石垣であつらえられた、日本のお城にもありそうな入口ですが・・・。
【水原華城】
https://www.swcf.or.kr/japan/?p=31水原華城 城・宮殿
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中に入ってみると(入場無料)、世界遺産登録を記念した石碑が。
この水原華城、李氏朝鮮時代(1392-1910年)の18世紀末に、第22代国王の正祖(在位:1776-1800年)が築かせた城で、朝鮮戦争(1950-53年)で一部が破壊されたものの、1975年から5年をかけて復元工事が実施され、1997年に世界遺産登録されるに至ったものです。 -
水原華城の内部は、このように城壁に沿って遊歩道が整備され、観光客は城壁を見ながらぐるりと城の内部を一周することができます。
-
水原華城の西側の入口から北に向かって歩いて行き、まず見えてきたのは“西舗樓”(西舗楼)と呼ばれる建物。
“舗樓”(舗楼)とは、城壁の一部が外側に張り出した部分である“雉城”の上に建てられた木造の建物で、兵士たちが交代で見張りを行う詰所となっていたもの。
水原華城には、舗樓は東西南北に全部で5つあり、1796年8月18日に完成したとのことです。西舗楼 史跡・遺跡
-
西舗樓を斜め下からパチリ。
この建物の様式や緑を基調とする模様は、昔、ソウルで見た景福宮(キョンボックン)の建築物群を思い起こさせます。
李氏朝鮮は、儀礼やしきたりを重んじる儒教を統一理念にして500年間も朝鮮半島を支配してきた王朝・・・そういう意味では、同王朝時代の建築物は様式の多様性に乏しいのかも。 -
続いてちょっと開けた展望台のようなところに見えてきたのは“西将臺”(西将台)と呼ばれる建物。
“将臺”(将台)とは、城郭一帯を見下ろしながら、この水原華城に駐屯する壮勇外営(親衛隊)の兵士らを指揮していた総指令所のことで、東西2か所に設置されています。
この西将臺は水原華城が位置する八達山の頂上にあり、写真に見える“華城将臺”と書かれた扁額は、建設者の正祖が直々に書いたものだとされているとか。
1794年8月11日から9月29日にかけて建設が行われ、翌年の1795年閏2月12日、正祖は顕隆園(隆陵)への参拝を終えた後、この西将臺に登り、兵士たちの日中と夜間の訓練を直接指揮したと言われているそうです。西将台 史跡・遺跡
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その西将臺からの眺め。
八達山の緑の向こうに近代的な水原の街並みが一望できますね。 -
そのまま北上して出てきたのは“西二雉”と呼ばれる箇所。
“雉”とは先ほどの西舗樓のところでもあったように、一定の距離を置いて、外側に張り出すような形で造られた施設のこと。
城壁に近づく敵を攻撃しやすいように造られたもので、この水原華城には全部で10個の“雉”が設けられているようです。
“雉”という名称は鳥の“キジ”が由来で、“自分の体をうまく隠し、敵の監視に長けた”その特徴から来ているそうです。
“頭隠して尻隠さず”とは言いますけどね・・・。西二雉 史跡・遺跡
-
水原華城に入場して1時間ほどが経過した10時10分、城壁伝いに歩いていたら、本格的な城の入場口っぽいところにやってきました。
この門は“華西門”。
東西南北に4つある水原華城の大城門のうちの西側の大門にあたり、1795年7月21日から翌1月8日にかけて建設されたもの。
建設当時の姿がそのまま残されているそうで、扁額は初代水原華城留守であった蔡済恭が書いたものとのことです。華西門 史跡・遺跡
-
華西門の上部にそびえる楼閣に入ってみると、これまた緑を基調とした梁などの屋根裏の構造。
その下には“靴を脱いでお上がりください”と注意書きのある、土足厳禁の板の間が敷かれています。
そして、板の間のすぐそばには消火器。
この後も観光施設のあちこちでこんな消火器が目ざとく置かれているのを見かけましたが、韓国では2008年に国宝第1号である南大門(崇礼門)の放火による火災を経験しているだけに、文化財の危機管理には慎重になっているということでしょうかね・・・。 -
華西門からいったん外に出て、公園のように開けている門の手前から入口方向をパチリ。
この日は春の陽気ながらも日中の陽射しが強く、早速、旅行初日から日焼けしてしまいそうです。華西公園 広場・公園
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華西門からは城壁の内側を北東の方向に向かって歩いて行きます。
再び現れた、城壁の出っ張りを意味する“雉”の部分に建てられているのは“北舗樓”。
水原華城に5つある舗樓のひとつで、1795年2月20日に完成したものとのこと。北鋪楼 史跡・遺跡
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続いては、この水原華城のいちばん北側に位置する“長安門”。
水原華城四大城門の北側の一角を占めるこの門は、1794年2月28日から9月5日にかけて建設。
“長安”という名前は首都を象徴し、民の安寧を意味するとのこと。
その屋根のかたちは、4方向に傾斜のある“寄棟屋根”となっており、威風堂々とした構えを特徴としています。長安門 史跡・遺跡
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11時10分、水原華城の内部を南北に流れる“水原川”の渡しに建つ“北水門”(華虹門)にやってきました。
1794年2月28日から翌1月13日にかけて建設された水門で、虹のようなアーチ型の門が特徴となっていることから、通称“華虹門”とも呼ばれています。
水原川の脇から華虹門への眺めはたいへんフォトジェニック!華虹門 (ファフォンムン) 史跡・遺跡
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さて、水原華城に入場してから2時間ほどが経過したのですが、華虹門までで城壁全体の半分しか見れていない・・・。
この先もまだまだ城壁が続いていて、そろそろ飽きてきたかも・・・。 -
こちらは1796年3月25日に完成し、1976年に復元されたという“東暗門”。
西洋の城のような外観ですね。
【東暗門~水原文化財団】
https://www.swcf.or.kr/?p=59&listGubun=list&page=1&viewMode=view&idx=27東暗門 史跡・遺跡
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東暗門の外側は公園のようになっていて、市民が平和な休日のひとときを楽しんでいます。
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“ここまで来たら、最後まで歩き切るしかない”と覚悟を決めて、強い日射しの下、城壁沿いの道を歩いていると、向こうにはぶかぶかと宙に浮かぶ気球が。
こちらの様子も向こうから撮影されているのかしらん・・・。 -
水原華城四大城門の東の門、“蒼龍門”にやってきました。
1798年5月8日から10月17日にかけて建設された城門で、“蒼龍”は風水上の左青龍を指し、東側を意味するとのこと。
この蒼龍門でも、華西門や長安門と同様、城門を保護するため、外に向かって半円型の甕城が建てられています。蒼龍門 (華城東門) 史跡・遺跡
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蒼龍門からは城壁は南に伸びており、次に見えてきたのは“東一舗樓”。
これまでの舗樓と同様、城壁のうち外側に張り出した部分である“雉”の上に建てられた兵士の見張り台で、1769年7月10日に建設されたものとのことです。
強い日射しを避けるようにして、ここで一休みしている観光客がいますね。東一舗楼 史跡・遺跡
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城壁の外の水原の市街地には、建設中の巨大なキリスト教の教会が。
韓国においてはキリスト教徒は全人口の3割で、全宗教の中で最大。
こんな巨大なキリスト教会も、街の真ん中に違和感なく建ってしまうのでしょう。 -
さて、長かった水原華城の城壁もだんだんと南の終点に近づいて行き、1796年7月3日に建てられたというこの“東二舗樓”を過ぎて・・・。
東二舗楼 史跡・遺跡
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12時30分、先ほど見た、水原川が流れていた北水門の下流にあたる“南水門”へ。
この南側の地点で水原華城をぐるりと取り囲んでいた長い城壁が切れており、これにておよそ2時間20分を費やした水原華城の城壁巡りが終了です。南水門 史跡・遺跡
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水原華城の城壁巡りを終えた後は、城壁内の中央付近に位置する博物館へ。
城壁内の一部は普通に街になっており、昔ながらのこんな八百屋さんも。 -
途中、色とりどりの提灯が吊り下げられている水原寺もありました。
韓国は宗教人口で見てみるとキリスト教徒の割合が高い(約3割)ですが、仏教寺院もそれなりにあるのですね(仏教人口は総人口の15%程度)。 -
12時45分、水原華城博物館に到着。
水原華城内のもうひとつの有料入場施設、華城行宮との共通券を3,500ウォン(約450円)で購入し、見学スタート。水原華城博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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最初の部屋には、水原華城を築かせた李氏朝鮮第22代国王、正祖の模型を用いたこんな行列の様子や・・・。
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当時の書類の数々が。
やはり重大な文書は漢字がメインで、ハングルはほとんど使われていないようですね。 -
次は水原華城と世界の城郭との比較コーナー。
日本の姫路城や中国山西省の平遥古城、デンマークのクロンボー城の模型が比較対象として展示されていました。
シェイクスピアの四大悲劇のひとつ、ハムレットの舞台にもなったとして世界遺産に登録されているクロンボー城は2010年のノルウェー~デンマーク旅行の際に訪問しており、何だか懐かしい気持ちになりました。
【ノルウェー~デンマーク紀行(9) ヘルシンオアのクロンボー城】
https://4travel.jp/travelogue/10486477#photo_link_19796661 -
水原華城内に建てられた“華城行宮”(ファソンヘングン)のミニチュア。
正祖李祘(イサン)は当時の首都漢城(ソウル)からこの華城行宮への遷都を計画していましたが、派閥闘争の中、49歳で病に倒れ、結局遷都は果たされずに終わってしまいます。 -
こちらのミニチュアは、1795年に催された、正祖の母后恵慶宮の還暦を祝う宴の様子。
韓国の歴史ドラマでお馴染み、原色のどぎつい衣装を着た官人たちがびっしりと並べられていますね。 -
14時10分、1時間20分ほどで博物館の見学を終え、続いては水原華城の中心に位置する華城行宮へ。
行宮の手前にある広々とした広場の一角には、当時の建物の復元なのか、奇妙な形をした塔がそびえています。 -
さて、華城行宮の入口に近づくと、何やらイベントが行われているのか、賑やかな音楽とともに、観光客らしきたくさんの人々が集まっています。
華城行宮入口 史跡・遺跡
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華城行宮の入口、新豊樓の前では、どうやら李氏朝鮮時代の武官の衣装を着た人々による演武が行われていた模様。
ちょうどわたしが会場に駆け付けた時には、イベントの終わりのあいさつが行われていました。
演武そのものは見られませんでしたが、代わりに演者の男性にポーズをとってもらってパチリ。新豊楼 史跡・遺跡
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さて、時計を見ると14時30分。
華城行宮に入ってしまうとしばらく出られそうにないので、その前にペコペコになっていた腹を満たそうと、行宮の南側に連なる飲食店街へ。 -
ここでそこそこ客の入っている手頃な値段の韓国料理のお店を見つけ、入ってみることに。
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注文したのはチョル麺(8,000ウォン=約970円)と蒸し餃子(7,000ウォン=約850円)。
中央のチョル麺は野菜がたっぷり載せられていて、ヘルシーそうに見えますが・・・。 -
お椀の底にはコチュジャンや酢をベースにしたが赤いソースが隠されていて、かきまぜるとこんな感じに。
麺そのものはモチモチしていて歯ごたえがよく、甘辛いソースと混ざってなかなかの味。
このチョル麺、出されたのはけっこうなボリュームで、さすがに途中、その味に飽きてきたものの、なんとか完食することができました(笑)。 -
腹ごしらえをした後の15時20分、いざ華城行宮へ。
博物館との共通券を提示し、さきほどの新豊樓から中に入るとまた門が。
中央に太極図の描かれたこちらは、“左翊門”と呼ばれる門です。
【華城行宮】
https://www.swcf.or.kr/japan/?p=35左翊門 史跡・遺跡
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左翊門を抜けるとこれまた太極図の描かれた“申陽門”。
何か由縁があるのか、記念撮影を行っている韓国人観光客が多いです。 -
申陽門を抜けると“奉壽堂”と呼ばれる正殿が。
案内板には“正祖大王居所”と書かれており、正祖がこの水原華城に行幸の折、滞在した建物。
先ほど博物館で見た、1795年の母后恵慶宮の還暦宴はここで開催されたとのことで、“母后の長寿を願って万年の寿をお祈りする”いう意味の“奉壽堂”という堂号が付けられたのだとか。奉寿堂 城・宮殿
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奉壽堂の内部には入れませんが、このように外側から堂内の様子を眺めることができます。
韓国らしくオンドル付きの板の間になっているのでしょうかね。 -
こちらの人形は正祖の母后恵慶宮でしょうか。
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奉壽堂の南側には“慶善門”。
華城行宮は内部のあちこちに門があり、迷路のように入り組んでいます。 -
慶善門をくぐってうろうろしていると、現れたのは“景龍館”。
“景龍”とは帝王を象徴する大きい龍のことで、なるほど巨大な造りの建物となっているところです。景龍館 史跡・遺跡
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こちらの建物に並べられている壷などは当時の台所用具で、韓国の歴史ドラマ、“宮廷女官チャングムの誓い”で再現されたとの解説が。
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八達山の緑をバックにしたこちらの建物は“維與宅”。
華城守が居住し、正祖が不在の際は、代わって臣下に接見する建物であったとのこと。維与宅 史跡・遺跡
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他の建物にもところどころに人形が。
こちらは身支度をする尚宮(サングン、高位の女官)。 -
こちらは“準備をする宦官”。
韓国にも宦官はいたのですね。 -
16時20分、華城行宮に入場してから1時間が経過。
そろそろ同じような景色ばかりで飽きてきたかな・・・。 -
華城行宮の建物の屋根には、よく見たらこんな装飾が。
昔、中国の北京で見た紫禁城の建物の屋根にもこんな装飾がついていたなあ・・・。
【北京の休日(3) 故宮博物院(紫禁城)の中和殿】
https://4travel.jp/travelogue/10574522#photo_link_22309565 -
奉壽堂の北側に移って、こちらは“子華観”という建物。
比較的新しめの建物で、復元されたのも最近のようです。 -
華城行宮の最北部にあるこちらの建物は“風化堂”。
ここまで来ると、観光客も少なく寂しい感じです。 -
華城行宮の西側は小高い八達山となっており、階段があって上れるようになっています。
疲れをおして上ってみると、中腹あたりに“未老閑亭”というあずまやが。
“'将来、年をとったらのんびりと休むあずまや”という意味で、皆、このあずまやの近くに立って、一方向を見つめています。
わたしもそこに立って覗いてみると・・・。未老閑亭 史跡・遺跡
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ちょうど開けた林の間から、華城行宮の建物群の屋根の連なる姿が。
なるほど、昔の李氏朝鮮時代を思い起こさせる気の利いた眺めですね。
さて、時計を見ると17時、これで華城行宮の建物はあらかた見終わったので、そろそろ行宮を去ることにします。 -
17時10分、八達山から下山して華城行宮の出口へ。
5月になって日の入りの時間が遅くなってきたとはいえ、すっかり太陽が傾いてきました。 -
華城行宮では夜の行宮内を歩ける“ナイトウォーク”というイベントもあるそうですが、さすがに疲れていてそんな元気はなく、水原駅から宿を予約していたソウルに戻ることにします。
17時30分過ぎの電車に乗り、ソウル駅に着く頃には19時近くに。
宿のある“東大門歴史文化公園”までの途中、明洞(ミョンドン)に立ち寄り、レートのよい両替所の“MONEY BOX”で追加の両替も済ませておきます。
韓国は意外にクレジットカードが使えないことが分かったので・・・。
※水原駅から明洞駅までは2,200ウォン+デポジット500ウォン=2,700ウォン(約330円)明洞 散歩・街歩き
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明洞から宿のある東大門歴史文化公園までは、地下鉄という手段もあったのですが、夜のソウルの街並みを見ておこうと思い、てくてくと歩いて行くことに。
ソウルの中心部は東京と似ていて、夜でも怖さを感じることなく安心して歩くことができますね。 -
それでも疲れていたせいか、意外に時間がかかって、東大門歴史文化公園駅の近くに着いたのは20時半近く。
遅くなっても危険を感じるようなことはありませんでしたが。K ゲストハウス東大門プレミアム ホテル
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そして、予約していた東大門歴史文化公園近くの宿、“Kゲストハウス ドンデムンプレミアム”にチェックイン。
日本のビジネスホテルよりも狭い感じの宿でしたが、ソウルの中心部にしては1泊4,400円ほどでテレビあり、朝食(セルフサービスのシリアルとコーヒー)ありと、寝るだけなら十分のコスパの良い宿でした。
コロナ明けの5年ぶりの海外旅行、5月のソウルはまだ春の陽気ながらも日中の陽射しが強く、早速日焼けしてしまって、旅らしい感じで上々の滑り出しとなりましたが、次はどのような展開が待ち受けているでしょうか・・・。
(初夏の韓国歴史紀行2日目~扶余観光に続く。)
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この旅行記へのコメント (2)
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- 川岸 町子さん 2024/05/27 13:27:54
- お久しぶりです♪
- エンリケさん、こんにちは(^o^)
お久しぶりです、とても嬉しいです!
お忙しい日々をお過ごしなのだろうなと思っておりました。
そのようなご状況の中、韓国へお出かけ、そして旅行記を拝見できて、ワクワクします。
華虹門、とても素敵な名称ですよね。
お書きのように、川の流れと一緒の一枚はフォトジェニックです。
実は私は水原へ行ったことあるのに、駆け足で適当にまわっただけでした。
こんな風景が有るのだなと思いながら、一枚一枚進みました。
いつもながら、丁寧なご案内が添えられ、さすがです!
民族衣装の演武が行われていたのですね。韓国の空港は行進(金浦)、乗り換え時間を使ってのおもてなし(仁川)など、自国の良い文化や風習を本当に巧く表現してると、感心します。
韓国ドラマの影響もあり、鮮やかな民族衣装はとても目を引きます。
次回も楽しみにしてます。
エンリケさんと再会できたような、happy気分になりました(^-^)
ありがとうございます!
町子
- エンリケさん からの返信 2025/01/04 15:46:16
- 返信がとても遅くなりました。
- 川岸 町子さん
こんにちは。
いつもご訪問ありがとうございます。
韓国旅行記のその1を投稿してから、仕事がすっかり忙しくなって4トラベルから遠ざかる日々が続き、返信がとても遅くなってしまいすみませんでした。
今回訪問した韓国、以前はソウルの景福宮など、首都の宮殿くらいしか訪れたことがなかったのですが、水原や扶余など、郊外や地方の都市を初めて訪れることができ、昔ながらの韓国の素朴な一面を知ることができました。
観光名所も素朴でいいのですが、特に市場にあるお店の雰囲気が、おばちゃんが店番をしていたり、野菜をそのままのかたちで売っていたりと、東南アジアの市場っぽい雰囲気で、“韓国にもまだまだこんなところがあるんだ”と妙な感動を覚えてしまいました(笑)。
ところで、町子さんの旅の様子を拝見しに旅行記を訪れたのですが、町子さんもしばらく4トラベルから遠ざかっていたのですね・・・。
それでも、久々に投稿されたタイのお写真や文章の様子、いつもながらの町子さん節で安心しました。
タイの旅は後編があるとのこと、楽しみにしています。
わたしも余裕のある年始のうちに、もう少し旅行記を作成しておかねば・・・。
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