2024/04/18 - 2024/04/18
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hijunoさん
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コロナ禍が通り過ぎたあとも、
人の多いところが、ちょっと苦手で、できるだけ、人の少ない時期や場所を選んでいます。
京都も沢山あるきたいのですが、いまや、オーバーツーリズムの問題もあり
繁華街や中心地、有名な観光地は人でいっぱいです。
そこから、離れた場所をできるだけ探して歩くようになりました。
山科のあたりも観光地の中心から離れてしまっているのか、平日ということもあってか、とても静かで、ゆったりと観光ができました。
難しい問題ですが、どんどん観光地が分散されていくと良いとおもいます。
今回は山科の観心寺と随心寺を中心に、その周辺を歩いてみました。
順番は次のとおりです。
折上稲荷神社→宮道神社→仏光院→勸修寺→八幡宮→随心院
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 自家用車 徒歩
-
電車とバスを乗り継いで、山科へ。
川べりの名の花がとても綺麗でした。 -
途中、面白い花が。
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折上稲荷神社へ。
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社殿があでやか。
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歴史の古い神社のようです。
創建は711年、伏見稲荷大社の奥宮として創建されたといわれています。
幕末に孝明天皇の女官たちが病に倒れた際に祈祷したところ、回復したことから孝明天皇が長寿箸を奉納、それ以降、元気に働く女性の守り神として信仰を集めるようになったそうです。 -
イチオシ
本殿。令和元年に改修工事が終わり、美しい姿のお社。
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稲荷塚。
中臣十三塚古墳群の一つの円墳。
稲荷大神が最初に降りた場所とされています。 -
古墳群の一つの円墳の上にお社が。
このあたり、多くの古墳のあったところですが、いまや、少なくなったそうです。
中臣十三塚古墳群と呼ばれ、6~7世紀の小さな円墳があったようです。
宮道列子の墓とされる宮道古墳と、この稲荷塚古墳とよばれるものの二つのみが
残っているそうです。 -
五社稲荷大神とあります。
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イチオシ
摂社。ひょうたん大神。
アメリカ人富豪モルガンと結婚した、京都の芸妓だったお雪が信仰したといわれています。
玉の輿といわれました。
ひょうたんのお守りをいつも持っていたそう。 -
小さな摂社があり、稲荷巡りができます。
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鳥居にこんな説明の看板がありました。
モルガンお雪が鳥居を奉納しています。
その際に、当時はアメリカとの関係も悪化していたため、モルガンお雪と
記すことができず、別の名前が記されていました。 -
こちらに加藤楼稲吉と偽名で。
当時姉が経営していた祇園の置屋の加藤楼と折上稲荷の稲、神社からもらった吉をあわせた名前に。 -
この地に折上稲荷大神が降り立ったときに、お使いとして白い狐が三頭、たどりつき、三頭の苦労した稲荷から「三苦労稲荷」に。
のちには、人間の三大苦労 「人間関係・健康・お金」から苦労を取り除いてくれる神様として信仰されているそうです。 -
こんなことが書いてありました。
たしかに、、、
嫌いな人を頭に浮かべるのは時間の無駄です。
とらわれて、苦しいだけ。
それよりも好きな人を沢山増やしていくほうが良いですー。 -
あちこちに摂社がありました。
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ここから、川沿いに、勸修寺に向かってあるきます。
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川べりには、菜の花、のどか~。
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イチオシ
牡丹桜もまだ咲いていて。
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色が微妙に違う。
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枝垂れ桜も、もう少し残ってました。
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イチオシ
可愛い花。
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紫陽花も咲き始めてました。
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勸修寺に着く前に、こちらの神社へ。
宮道神社。 -
説明板にもありますが、
898年に創建された、この土地の豪族宮道氏の神社です。
日本武尊と稚武玉を祀る神社でした。
その後、宮道弥益の娘の列子が藤原高藤に嫁ぎ、その娘の胤子が宇多天皇との間にのちの醍醐天皇を産みます。
宮道弥益、宮道列子、藤原高藤、藤原定方、藤原胤子が合祀されました。
明治時代になって、本殿は再建されています。
宮道弥益の娘の列子が藤原高藤と出会い、結婚したのは、
のちに、「玉の輿」のルーツのように言われているそうです。
藤原高藤と言えば、名門の北家の出身、右大臣も努めた身分の高い人物、
宮道列子は地方の豪族の娘、その身分の違いの結婚が「玉の輿」といわれた由縁。 -
ちょっと見えにくいですが、恋の歌の石碑がありました。
小倉百人一首の有名な歌です。 -
三条右大臣と呼ばれた、藤原定方です。
和歌にも優れた人物で、母親の宮道列子と藤原高藤のロマンスをうたっているそうです。
藤原高藤はこの地を訪れたさいに、雨宿りをし、そこで偶然に宮道列子と出会い、二人は結婚します。
そして生まれたのが、藤原定方、藤原定国、藤原胤子です。
藤原胤子はさらに宇多天皇に嫁ぎ、醍醐天皇の母となります。
一族の繁栄は、両親の出会いとロマンスから~。 -
明治になって再建された本殿。
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ここにも由緒がありました。
このあたりは、宮道弥益の屋敷跡といわれています。 -
宮道列子の誕生1100年祭を記念して、歌も詠まれていました。
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説明。
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小さなお社ですが、丁寧に整えられていました。
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勸修寺に向かって歩いていると、仏光院というお寺があります。
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お寺の沿革がありました。
大石順教尼はもと大阪の名妓でしたが、義父の狂刃の巻き添えで両腕をなくします。
その後苦難を乗り越えて、出家、得度し、その際に亡くなった人々の冥福を祈り、身体障がいの福祉に生涯をささげた人物です。
同時に、書画にもたけていて、口に筆を加えて作品を創っていました。
昭和11年に身体障がい者のための収容厚生施設をつくり、また、
この地にお寺を再興建立したそうです。 -
写真が反射してしまい、うまく撮れませんでしたが、
順教尼の写真や作品が展示されていました。 -
美しい書画でした。
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奥に庭園があり、石碑があるようでした。
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勸修寺へ向かいます。
-
ちょうど、桜が散ってしまったころ。
残念です。 -
勸修寺へ。
醍醐天皇が母の藤原胤子が亡くなったときに、祖父の宮道弥益の屋敷跡に
建てたお寺です。 -
希望に起き
愉快に働き
感謝に眠る
こんな風に一日を過ごしたいです。 -
説明板があります。
900年の建立。真言宗の寺院です。
鎌倉時代に後伏見天皇の皇子 寛胤法親王が16世として入寺し
その後門跡寺院となります。 -
チケットを購入した際に、受付の女性が池の鯉や鳥の餌をくれました。
楽しみ~♪♪ありがとうございます。
境内、生き物が住みやすいところなんですね~。 -
門をくぐって、
-
醍醐天皇が母の藤原胤子の冥福を祈るために建てたお寺ですが、祖父の藤原高藤の諡号(しごう)を取って、勸修寺という名前にしたそうです。
醍醐天皇の勅願寺です。
門跡寺院として栄えていましたが、兵火によって焼失、
その後江戸時代になって徳川氏や公室の援助によって再興されています。
池泉回遊式庭園は平安時代にできたものだそうです。
徳川光圀寄進の灯籠もあったようですが、見落としてしまいました。^^; -
イチオシ
門をくぐると、樹々の光景、空気が澄んでいて、とても気持ち良いです。
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イチオシ
入ってすぐ右に宸殿が目に入ります。
雅な雰囲気。 -
イチオシ
桜とよく似合います。
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1697 明正天皇の御所を下賜されたもの。
江戸時代初期の御所の建物です。 -
これも、藤の種類でしょうか、、、綺麗でした。
ハチが飛んでいたので、ちょっと注意。 -
さっそく、さきほどいただいた、餌をやります。
鯉がどんどんやってくる。
写真に撮れませんでしたが、奥のほうに、大きな鳥がいました。 -
青もみじが綺麗でした。
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池のほとり。
観音堂。
昭和6年の再建だそうです。 -
桜は散ってしまったけれど、風情のある建物でした。
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弘法大師像。
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お庭も綺麗に整えられています。
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本堂。
こちらも1672年に霊元天皇の仮内侍処を下賜されたもの。
もとは近衛家の建物だったそう。
室町時代作の本尊 千手観世音菩薩が安置されています。 -
私はこのあたりの風景がとても好きでした。
古い年月を経た樹々。 -
イチオシ
苔も。
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イチオシ
静かで、雅な雰囲気でした。
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書院。
入母屋造、杮葺き、江戸時代初期の書院造の典型。
1686年に御所の宮殿を下賜されたもの。
明正天皇とも後西天皇の宮殿ともいわれているそうです。
勸修寺棚や土佐光起作の近江八景図や土佐光成さくの竜田川紅葉図などが
あるそうです。春の特別公開で観れるのかな、、、 -
静かで、散策が楽しい♪
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目が醒めるような真っ赤。
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庭園の説明がありますが、もともともっと広い池だったようですが、
豊臣秀吉の伏見城築城の際に埋められたとありました。 -
ちょっと見えにくいですが、中央の上のほう、大きな鳥が巣を作ってました。
鳥は撮影できず。
自然がそのまま残って、生き物が住みやすい場所なんですね~。 -
老木もあります。
樹齢350年といわれるヤマモモの樹。 -
勅使門の横にあった、枝垂れ桜。
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外に葉桜になりかけていた枝垂れ桜がありました。
まだまだ綺麗! -
勸修寺を出て、道路をはさんで、八幡宮に行きます。
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残念なことに、説明板が読みにくいです。
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八幡宮。
歴史は古く、平安時代、文徳天皇の時代に、つくられています。
御祭神は応神天皇、仲哀天皇、神功皇后。
皇族とのつながりもあり、勅使は派遣されたそうです。
後醍醐天皇も勧心寺を造る際に、身を清めた井戸があったそう。 -
安産の神とありました。
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石段を登っていきます。
大きな矢が刺さっていました。
これは、総代会が奉納したものだそうです。 -
豊臣秀吉が崇拝していたようで、遺命によって前田玄以が木製の灯籠を奉納したそうです。
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写真にあるものも、一緒に奉納されたらしい。
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拝殿本殿へ。
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説明駒札がありました。
江戸時代までは勸修寺の鎮守社で、本殿は1695年に、勸修寺の再興の際にこちらの八幡宮も再建されたようです。
1734年、1779年に修理が行われ、
江戸時代中期の大型切妻造平入本殿として貴重な建物。 -
拝殿と本殿。
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本殿、屋根がとても優美でした。
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高い場所にあります。
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修復の様子。
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参道には青もみじも綺麗で、大木がそびえたっていました。
続いて小野小町ゆかりの随心院に向かって歩きます。
最後までお読みいただいてありがとうございます。^^
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この旅行記へのコメント (2)
-
- sukecoさん 2024/05/22 10:45:24
- 山科エリア!
- Reiseさん、こんにちは♪
山科エリアは、静かでゆっくり散歩ができますねー。
京都はオーバーツーリズムで、大変なことになっているとニュースでよく見ます。
そのため、行きたくても、、、今はやめておこうとなってしまう(苦笑)。
その点、山科だと、観光楽しめそうです。
「三苦労稲荷」の、嫌いな人間について、なるほどーって感心しちゃいました。
ホント、時間の無駄ですねー。
そして、「ひょうたん大神」。
女性の玉の輿。
あはは、、、もう少し早くに知っていれば(笑)?!。
さんぽ途中の牡丹桜、もこもこでかわいい~♪。
ほわほわ気分になれました!。
続きも楽しみにしています。
sukeco
- hijunoさん からの返信 2024/05/22 16:55:04
- 山科、おすすめです!!
- sukecoさん
こんにちは!
いつも、温かいお便りをありがとうございます。
ユーモアあふれていて、楽しくなります♪♪
ありがとうございます。
そうなんです、いま、京都は大変なことになっています。
海外からの観光客を増やせ増やせとやったのは良いのですが、その基盤が全然ないまま、今は、京都はカオスのような状態になっています。
京都に住む友人たちは、バスも満員で乗れず、(バスに、とても大きなトランクいを持った観光客が乗っていたりして、バスがぎゅうぎゅうに。。
一般の京都に住む人々は仕事や生活に使っていたバスになかなか乗れず、特に二条城のあたりに住んでいる友人は、まともにバスに乗れたことがない、、、と嘆いていました。
あと、物価も一段と高くなって、家賃や土地、家の購入もどんどん値上がり、友人たちは、一気に住みにくくなった、、と京都脱出を本気で考えている始末です。
私も最近、京都に行くことが多くて、駅のホームの階段に海外からの観光客の人々があふれ、立ち止まり、高齢者が階段を上がれず、私自身も危ないおもいをしました。怒っている人もいて、いつか事故がおこらないか、、とヒヤヒヤです。
祇園のあたりは、人、ひと、ひと、、、あのあたりにあるお店に行くのも、着くまでに相当の時間を要してしまいました。
錦市場も、もう、維持していくのが無理ともいわれています。
昔からのお店の人たちと、新たに外国の資本で入ってきたお店の人たちの対立があるようで、ここもカオスです。
私達も好きなお店がありましたが、もうずいぶん行けていません。
伝統ある市場もすっかり変わってしまって、おなじみのお客さんも遠のいてしまいました。
こんなオーバーツーリズムになっても、地元に住む人には還元がなく、京都を離れる人がどんどん増えているというような報告もありました。
この先どうなるんだろう〜と、毎日のように、関西の番組では取り上げていて、
観光の分散が急務であるにもかかわらず、集中してしまうのが現状です。
山科あたりは、本当に観光客がいなくて、勧心寺も私一人だけでした。
そこまで、著名ではないかもしれませんが、勧心寺や随心院も歴史のある、美しいお寺なので、是非、このあたりにも観光が分散されると良いと思っています。
私も京都は大好きなのに、人の多いところが苦手なもんで、ついつい少ないところを探してしまいます。
なのに、この間、友人に京セラ美術館を勧められ、平安神宮と平安蚤の市にも行きたかったので、美術館には時間がなくて、行けれず、平安神宮と蚤の市を楽しんできました。
平安神宮は広いし、庭園も人も少なく、海外からの観光客の人たちも、ゆったりと
楽しんでおられました。
蚤の市はさすがに人も多く、にぎわっていましたが。。。
三苦労稲荷のお言葉、、、
生きている以上、やはり合わない人もいますし、会いたくないくらい嫌いな人もいますが、嫌いな人を思うのは時間ももったいないし、それよりも好きな人を増やすほうが良いというのも、、なるほどですね〜。
とても前向きな考えです。なかなかできないのですが、、、、^^;
モルガンお雪は富豪のモルガンと結婚したことで、玉の輿といわれているみたいです。波乱万丈の女性だったようですが、私も玉の輿にあやかりたかったです。笑
兵庫にも石燈籠を奉納したり、信仰心のあった女性だったのでしょうか。
桜の季節はも終わりかけていたのですが、牡丹桜も種類が色々あるんですね、
おっしゃる通り、もこもこで可愛かったです。^^
川べり、花さかりでした。
熱く語ってしまって、すみません!!
関西、京都以外にももっともっと面白い観光地も沢山あるので、どんどん分散されて、いろんな場所を知ってもらいたいです。
観光の利益が住む人のマイナスにならないように、強く望む次第です。
京都に住む人たちはかなり不満がたまっています。難しい問題ですね〜。
長くなりました。
いつもありがとうございます。
Reise
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