2023/03/07 - 2023/03/09
538位(同エリア1336件中)
のまどさん
我々がこよなく尊敬するラフカディオ・ハーンもしくは小泉八雲。ギリシア生まれのアイルランド人で、明治時代の日本に英語教師として移り住み、日本人によく知られた怪談話を執筆する傍ら、英米圏に日本や日本人についての見聞を著した文豪です。
ハーンが日本で最初に住んだ松江はエーゲ海にも似ていると言われる宍道湖に面し、西洋化されていない日本固有の文化に愛着を持ったようです。そんな松江をかなり徹底的に歩いてみたいと思います。
現地での観光情報は豊富にありますが、今回は英語の散策図を主に参考にしました。旧居宅、記念館で基礎知識を入れた後、その他の縁の地を回りました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
-
松江で二泊したのはドーミーイン系列の「だんだんの湯 御宿野乃」。玄関で靴を脱ぎ、館内は靴下で歩きます。室内は和風で最上階には天然温泉があり、ウワバミはいたく気に入っていました。
-
部屋から宍道湖が見えます。
-
日没直前その姿を拝めておきましょう。
-
夕食処を探しながら散策している際に見つけたセント・パトリック祭りのポスター。3月12日には別の地に移動しているのでウワバミは残念がっていました。
-
月曜日で閉まっているお店が多い中、「地産料理 あお山」に決めました。お客は我々だけで貸し切りが申し訳なく思いました。きちんとした和食に舌鼓を打ちました。
-
翌朝、朝がまるでだめなウワバミが寝ている間に本日の予定を立てます。
-
日本人でありながら自らの人間性故に日本に適応できなかった私にとって、日本に定住した外国人は渡来人(?)から厚切りジェイソン(??)まで畏敬の念を抱きます。今回の焦点はラフカディオ・ハーンもしくは小泉八雲。
ありがたいことに英語の観光地図もあるので豊富な情報を基に短時間で決まりました。 -
イチオシ
さて、出発です。
-
レイクラインバスに乗ります。
-
まずは宿泊先の御宿野乃を拝み、
-
塩見縄手で下車します。ラフカディオ・ハーン像。明治時代、『雪女』、『耳なし芳一』などの怪談話を世に知らしめた功績は母国アイルランドではあまり知られていません。日本でも小泉八雲がアイルランド人であることはどれだけ知られているでしょうか。
-
ハーンが暮らした国を一覧した広告。ギリシア人の母とアングロ・アイリッシュ(大変大雑把に言えば英系アイルランド人)の父を持ち、ギリシアに生まれたハーンはアイルランドで育ち、フランス・イギリスで学び、アメリカに渡った後、英語教師として日本に赴任しました。
その波乱万丈な人生は後で知ることにしてまずは腹ごしらえ。 -
出雲そばを謳った看板が多いのですが、どういう風の吹き回しかCoco壱番カレー。さすがの全国チェーン、インバウンド及び日本在住外国人に絶大な人気があります。英語のメニューがあり注文が簡単で大盛りが選べるからです。
-
小泉八雲旧居。
松江はインバウンドが少ないためか、外国人割引が広範に適用され見学無料の所もありました。市中見かけたガイジンも2組のみ。上級者向けだとウワバミは喜んでいました。 -
イチオシ
春の麗らかな日差しのせいか、武家屋敷だった邸内はとても住心地が良さそうでした。ラフカディオ・ハーンは長年松江に住んでいたのかと思っていたのですが、実質2年も経たないうちに熊本に移ったそうです。
-
アメリカで出会った日本人、服部一三の斡旋で松江の尋常中学校の英語教師に赴任するために来日したのは1890年。女中として雇われた没落氏族の娘小泉セツと結婚し、この武家屋敷を借りたそうです。
-
ハーンの日本語は「ヘルン語」と揶揄されるほどだったので、日本語の著作はセツが執筆したのではないかと思われます。かなりの知識と教養がある女性だったのでしょう。
その人生に焦点を宛てた朝ドラ『ばけばけ』の配役が決まりましたが、ハーン役の俳優は背が高すぎると思います。ドラマだから俳優の容姿が映えなくてはいけないのは分かりますが。 -
ハーンの身長は160cm前後で、90cmもの高さのこの机を愛用していました。ろうそくの光を宛てに頬を擦るようにして右目を近づけて本を読んでいたそうです。
というのも、少年時代に事故で左目を失明したからです。 -
それ以来左目にコンプレックスを持っていたため、肖像画はどれも右向き。この事故を機に性格が内向的になり、かなりの気難し屋だったようです。
その他、父が単身インド赴任に伴ってのダブリン移住後に母が精神を病み(天候の悪さが一因かと)、両親は離婚。その後、父が帰国途中に病死し、支えとなった大叔母が破産したため大学を中退し、19歳でリヴァプールからアメリカ行きの移民船に乗り込むという10代までに数々の苦難を経験しました。 -
当時の多くのアイルランド人同様に夢を求めた新天地アメリカ、シンシナティで広告会社の職を得るも違法だった黒人女性と結婚したことで解雇された。3年後に離婚し、シンシナティの公害が目に影響するのを懸念し、ニューオリーンズに移住。
食堂を共同経営した友人に資金を持ち逃げされるも、ジャーナリストとしての頭角を顕します。同時にクレオールやブードゥーなどの異文化に興味を持ち、来日を決意します。 -
決意の理由には2つの説があります。1つは当時英訳されたばかりの古事記を読んだこと、2つ目はハーンが憧れていた米国人女性ジャーナリスト、ビスランドからの影響。世界一周旅行をした彼女が日本を絶賛したことでハーンの心を動かしたと言われています。
-
北側の庭。ハーンは虫の音を聞くのが好きで、庭には自ら虫を飼い育てていたようです。虫への愛着から随筆を執筆し、飼っていたコオロギを亡くした際はその悲しみを『草ひばり』に表している。
昔国語の文章で西洋人には虫の声が聞こえないと習ったが、聞こえないのではなく気に留めない人が多いのだと思う。虫への愛着はハーンの繊細な感性を物語っています。 -
和食は好まず、家族とは別献立でビフテキなどの洋食を好んでいたようです。きっと米と醤油がだめだったんだろうね。
貯蓄には頓着せず、気に入ったものは惜しみなく購入するかなりの浪費癖があったようです。 -
イチオシ
ハーンは西洋化されつつあった神戸や東京などを毛嫌いした一方、松江は好んでいたようです。平日だからか他に見学者はおらず、ハーンの足跡を辿れました。
-
ハーンの旧邸宅のある塩見縄手は松江城の堀に面して武家屋敷が並んでいました。その一つが当時を再現して公開されています。邸宅の歴史は300年にもなるようです。
-
がんばり賞あげたくなります。
-
小泉八雲記念館。ありがたいことに正確な英語の説明文が併記されていてじっくりに見入りました。写真撮影禁止だったのが残念ですが、一字一句丁寧に読みました。他の訪問者も真剣に読んでいました。
-
ハーンが赴任した松江尋常中学校の石柱の礎石。
-
ハーンの遺髪塔。三男が亡くなった後に発見された遺髪は松江に移され、ハーンが興味を抱いた五重塔を模した塔の中に納められています。
享年54歳。狭心症を患い、痛みを和らげるためにウィスキーを飲んでいたというのは驚きの記述でした。 -
小洒落た店名のお土産屋さん。Gráはアイルランド語で愛という意味なので「親愛なるヘルンさん」と訳しておきます。
-
続いてのハーン・スポットは旧居から堀の対面に位置する城山稲荷神社。かなりの段数。
-
イチオシ
境内には2000体を超える稲荷きつね。
-
ハーンは石の狐、とりわけ片耳の狐に心惹かれたようです。
-
イチオシ
松江のシンボル、松江城。ハーンは城を龍のようだと表現し、生徒たちとここを訪れて宍道湖に沈む太陽を眺めるのが好きだったようです。
-
月照寺は明日来ることにしましょう。
-
大雄寺。怪談話『飴を買う女』はこの寺に伝わるもの。
-
出産後に亡くなった女性が霊となって飴屋に飴を買いに来る話の結びを「母の愛は死よりも強い」としています。
-
本日の散策はこれにて終了。スーパーで酒類を購入して足湯を利用します。松江は宍道湖畔に温泉があり贅沢ができます。
-
耳なし芳一の像。ウワバミに概要を伝えます。
-
夕食前にサンセット・パイント。今回の旅で出会ったレモンサワー。甘さが全くないのが気に入りました。ベルギー帰国後、近所の日本食材店でも出るようになり嬉しい限りです。冷蔵庫に常備しています♪
-
月が出ています。
-
予約を入れておいたのは旬菜 郷土料理 一隆。Google mapの写真に直感が走って電話したところベルギー番号を不思議に思われたのですが、のまどの苗字でるぼー(←ベタな仮名)は出雲地方に多いようで、大将にさん付けで呼んでいただくというビジネスクラス待遇を受けました。
-
カウンター席で隣りに座ったのは全国一周旅行中という佐賀県の若いカップル。我々に興味津々で色々ときかれたので、「ウクライナ戦争が終わって円安が落ち着いたら是非ヨーロッパへ」と言いましたが、1年半以上たった今も状況は変わっていません。
家族経営の和気藹々としたお店で、地元の食材をおいしくいただきました。幸せな気分で他のお客さんと閉店時間をもって御暇しました。
松江、後編に続く。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (2)
-
- jijidarumaさん 2025/02/02 14:27:52
- 松江・八雲翁旧居と奥谷町
- のまどさん、
今日は、ご無沙汰しています。
今年もどうぞ宜しくお願いします。
松江というと、我が故郷青梅の「雪女伝説」と八雲翁が思い出されます。
同時に大阪単身時代に来阪した家内と松江・出雲巡りに出かけたのですが、二日目に風邪をひいて、松江駅前のホテルで大汗をかいて寝ていました。
以来リベンジの機会が無く過ぎています(苦笑)。
また、70歳になって、一念発起して、家族・自分史に目覚めました。
母の遺品の中に一枚の写真を見つけ、その歴史を辿ったのです。写真は父方(あきる野市)の大叔父で、東京高等師範(旧東京教育大、現筑波大)を出て、旧制府立五中(都立小石川高校)の校長をしたようです。(なお、父はこの大叔父の影響もあって、青山師範(現東京学芸大)を出て、故郷青梅の小学校校長を務めた)
大叔父は頼まれて各地の学校の校歌を作詞して、その校歌がいまだに歌われています。
戸籍を調べてみると、この大叔父は東京都福生市の旧家に養子に入りましたが、その養父も松江の奥谷町から入り婿(養子)に入っていて、福生で小学校の校長をしていた。
我が一族には教職者が多い。
松江に遡って調べてみると、養父は吉田寂照の4男だったとありました。奥谷町は寺町の様で、寂照と云う名から住職だったように思えます。
因みに大叔父の履歴書原本は旧制第八高女(現都立八潮高校・・・女優の薬師丸ひろ子や二階堂ふみの出身校)を訪ねて写真を撮らせて頂きましたが、東京府士族とあり、吉田家も松江藩士であったのかもしれません。
奥谷町は八雲翁旧居の北に位置しています。
松江の名前にツイ、久しぶりにコメントを書いてみたら、上述のようになりました。
吉田家の寺?があるのかどうかは、一度足を運ばないと分からいのでしょうけど。
古文書とか戸籍(当時は家の存続のために、養子をとることが当たり前だった。・・・我が家は母・・・祖母の長女の長女・・・が祖母の養女に入り、父を婿に迎えた)は面白いですね。
それではまた。
jijidaruma
- のまどさん からの返信 2025/02/05 06:40:17
- Re: 松江・八雲翁旧居と奥谷町
- jijidarumaさん、
お返事遅くなってごめんなさい。こちらこそ、今年もよろしくお願いします。
雪女が青梅を舞台にした話であることはjijidarumaさんのブログで初めて知りました。松江にもご縁があるんですね。奥谷町には数件お寺があるようなので、ご家族に縁の場所があるかもしれません。
ハーンが松江に住んでいたのは40代始め、東京で生涯を閉じたのは54歳なので、明治期の平均寿命からしても翁と呼ばれるほど年取ってはいないと思います。もっとも苦悩に満ちた人生だったのは確かです。あと、日本名の小泉八雲が英名のLafcadio Hearnを遥かに凌ぐ貫禄をもたらしているような気がします。日本名については次回旅行記で少し触れたいと思います。
それではまた。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
松江・松江しんじ湖温泉(島根) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
2
43