2023/03/07 - 2023/03/08
490位(同エリア1334件中)
のまどさん
松江旅行記の後半です。月照寺は徳川家康の孫である初代松江藩主、松平直政が荒れた禅寺を改修し、以来松平家の歴代藩主の廟が立てられました。いずれも保存状態が良く、それぞれの廟に藩主の功績や人柄を垣間見られます。有名な7代藩主不昧公が愛用した湧き水があり、茶道の伝統がある格式高いお寺です。
そんな月照寺にスピリチュアルな感覚を掻き立てられたのか、ラフカディオ・ハーンは死後に埋めてほしいと言うほど気に入ってました。他にもハーンが松江に到着した場所や赴任した学校の跡地を巡りながら、その交友関係や作品を紹介したいと思います。と言ってもほぼウィキの引用ですが。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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夢路真っ只中の夜行性飲酒動物を置いて、朝食を買い出しに行きます。ドーミーイン系列のホテルは素晴らしい和朝食を売り出しているのですが、ウワバミは朝に米は食べられないので甘くないパンを買いました。
以前とある日本人女性から「毎日お米を出せば味が分かって好きになりますよ」と非人道的な助言をもらいましたが、体質に合わない物を無理強いしたくありません。 -
3泊した『御宿野乃』。個性的な工夫が見られました。チェックアウトして荷物を預けて本日の行程開始です。
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竹島は日本の領土です!国際司法裁判所になぜ訴えないのでしょうか。
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昨日見送った月照寺。やはり外国人割引適用。
松江藩主を務めた松平家の廟が並んでいます。ハーンは自分が死んだらここに埋めてほしいと言うほど気に入っていたようです。鬱蒼とした木々が彼の霊感を掻き立てたのでしょう。特に雨が降った時は。 -
月照寺はアジサイが有名なようです。
ハーンは気難し屋で時として激しい気性を表しましたが、逆に気に入った人にはとことん懇意にしましたよ。窮地を救ってくれる友人がいつもいました。 -
有名な10代不昧公の廟。藩の財政を立て直し、茶人としての才能もありました。
友人の一人にハーンと同じような根なし草のイギリス人、バジル・ホール・チェンバレンがいました。ハーンの訪日きっかけになったと言われる古事記の他、君が代や芭蕉の俳句を訳した東京帝国大学の名誉教授です。しかし、チェンバレンは日本文学を見下していたため、ハーンは次第に距離を置くようになりました。 -
初代直政の廟。徳川家康の孫だそうです。
チェンバレンの紹介があったのかハーンも帝国大学の英文学講師の職を得て東京に移住しました。持ち前の大盤振る舞いで優秀な生徒に文学全集を贈るなどし、生徒たちからは慕われていたようです。 -
8代斉恒の廟は竹林を背に趣があります。
6年勤めた後1903年に解任された時には生徒たちが反対運動を起こしました。ハーンの後任が夏目漱石だったということをこの旅で初めて知りました。 -
8代藩主は酒好きだったようで廟門にはたくさんのヒョウタンが掘られています。
もう一つ私が好きなハーンの交友エピソードは焼津の魚屋乙吉。毎年逗留した焼津の宿主で珍しい魚を調理して出してくれる乙吉の人柄を「神様のような人だ」とベタ褒めし、「乙吉様」「先生様」と呼び合いました。その温かな交流は『乙吉のだるま』に描かれています。 -
6代藩主宗衍の廟。亀を愛した藩主のために亀の像が立てられましたが、街を徘徊するようにになり、動きを封じあるために寺の住職が石碑を背負わせたとの伝説がハーンの随筆『知られざる日本の面影』に書かれています。
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本堂もどうぞと言われたのでもちろん見学します。
現在ハーンの『心』を読んでいるのですが、日清戦争後の庶民の生活習慣を鋭い観察眼で捉え、簡潔な文体でも細やかに書いています。明治期に居住した数少ない西洋人に対する日本人の扱いが個人的に興味深いです。 -
手入れの行き届いた日本庭園。
晩年の著作『Japan-An Attempt at Interpretation』は第二次世界大戦中とその後のGHQ占領時にアメリカの要人が日本人の心理を理解する手がかりにしたようです。 -
茶室では頼めばお茶とお菓子を出してくれるようですが、お昼時なので控えました。一応、日本人の端くれとして。
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今でも相撲史上最多勝利の記録を保持する江戸時代の力士雷電の碑。不昧公のお抱え力士だったようです。
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去り際に撮った湧き水。この水でお茶を立てるそうです。
月照寺、素敵なお寺でした。 -
松江市街に戻ってハーンが赴任した島根県尋常中学校跡地の碑。
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ヘルン校舎と呼ばれた中学校があった場所は現在県警察本部庁舎になっています。
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今晩のお酒を調達。
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昼食はスパゲティ。私が頼んだのはしらすやのりなど地元の特産物がふんだんで正解。フォークが出てきてよかった。スペゲティをお箸で食べるのは苦手です。
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松江の南北を300年に渡って繋いできた橋。造っては洪水などで流され、現在の橋が完成したのは昭和7年。中央の柱は、最初の工事で立てられた人柱の名を取って源助柱と呼ばれています。ハーンは『神国の首都』に源助柱について記述しています。
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ハーンはこの辺りにで汽船を降りて松江に到着したようです。
左奥の石は大庭の石と呼ばれ、打てば鐘のような音がし、千人で掛かっても動かないとの伝説があります。 -
すぐ側の富田旅館がハーンの最初の住居でした。現在は大橋館という旅館になっています。
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旧料亭久の家。市の文化財に指定されていますが、建立1933年なのでハーンは目にしませんでした。
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松江駅前の園山俊二作ギャートルズの像。松江出身だそうです。
松江市内には他にも数か所ハーンゆかりの地がありますが、ここで切り上げることにします。
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